40、乙女会に向けてのレッスン
「レイラ様、いけませんっ!」
夕食の席で、私はうっかり床にフォークを落としてしまった。
それを拾おうとしたところでシモンヌの叱責の声が響いた。
「貴族の令嬢が落としたフォークを自分で拾うだなんてはしたない」
「え? だって、私が落としたんだから私が拾うでしょ?」
「そういうことは給仕のメイドが致します。貴族の令嬢はメイドを呼びつけ、拾わせればいいのです」
「えー、何様の態度? いいわよ。自分で拾えるんだから」
私は口をとがらせ、もう一度拾おうと手を伸ばした。
その手をぺしりとシモンヌに叩かれた。
「何様? ええ、そうです。あなたは貴族様なのです。乙女会に行って自分で拾うような真似をしてごらんなさい。周りの令嬢から失笑をかうことでしょう。貴族なら貴族らしい振る舞いをせねば家の恥となり、ステラ奥様が恥をかくのです」
「そ、そんな……」
ステラおばさまに非がいくと思うと、私は何も言えない。
前世の私からしたら、傲慢に思えるようなことも、ここでは普通にしなければならないのだ。
「今日のデザートは乙女会対策用のものをご用意致しました。お出しして」
シモンヌが給仕のメイドに告げると、銀のドーム型ディッシュカバーで隠された皿が私の前に置かれた。料理の皿にかぶせているのは初めて見た。テレビドラマなんかで見たことはあるが、どちらかというと手品とか罰ゲームで使うアイテムのイメージだ。
「こ、これは何ですか?」
私がすぐさま銀のカバーを開けようとすると「いけません!」というシモンヌの叱責が再びとんだ。
「クロッシュは自分で開けるものではありません。メイドが開けるまで手を出してはいけませんよ、レイラ様」
「は、はい」
私はあわてて手を引っ込めた。
これ、クロッシュという名前だったのね。
それにしても貴族って自分でできることもわざわざ人を呼んでさせなきゃいけないなんて、面倒というか回りくどい。シモンヌに聞こえないぐらいの小さなため息が洩れた。
「では開けてちょうだい」
シモンヌが命じて、メイドがクロッシュを開けた。
「……」
一瞬の沈黙。
「え? これをナイフとフォークで食べるんですか?」
私はすぐに非難を込めた声で言い放った。
皿の上にはりんごが丸ごとのっていた。
りんごを丸ごと出すことなんてある?
ゴリラじゃないんだから、貴族様には皮をむいて切り分けて、なんだったらうさぎちゃんの飾り切りをして出すもんでしょ。
「それがね、私が乙女会に参加していた時に実際にあったのよ」
ステラ夫人が困った顔で言った。
「もう十数年前のことだけれど、クリスティナ様の気に入らないご婦人だったらしくて、わざわざご自分の円卓に呼び寄せて特別なデザートを用意させたのよって出してらしたわ」
それって絶対陰湿なイジメじゃない。
「時々そうやって誰かが呼ばれて、クリスティナ様の『特別な料理』をみんなの前で食べさせられてたわ。うまく食べることが出来ればお気に入りになれることもあるの。でもりんごの時はさすがに嫌がらせにしか見えなかった」
「それでりんごを出されたご婦人はどうなったんですか?」
「何等分かに切り分けてらっしゃったけど、皮をむいたりヘタをとるのが出来なくて、でもクリスティナ様に召し上がれと言われて泣く泣くヘタごと食べてらしたわ。それを見て取り巻きの方が野蛮だとか下品だとか、さんざんお笑いになって……とても嫌なお茶会だったの」
女たちのドロドロしたお茶会が目に浮かぶ。
この善良なステラおばさまは、さぞ心を痛めたことだろう。
「ですのでレイラ様。最悪の場合を想定して、このりんごを見事に作法通りに食べられるように練習して下さいませ」
シモンヌの言葉に私はうなずいた。
「分かったわ。絶対に巧くさばいてみせるわ。誰にも笑われるもんですか」
幸いにも前世を生きた私は、りんごの皮むきだってヘタ取りだってやったことがある。
いつも下処理をしたものしか食べたことのない貴族様とは違うもの。
私はシモンヌの手ほどきを受けながら、ひたすらりんごをさばく練習をした。
次話タイトルは「ドレスが届かない」です




