10、国一番のブリキ職人
「マッチの入れ物?」
スランは私の持って来たマッチの束を受け取って首を傾げた。
「うん。このマッチが五本入るぐらいの小さなケースを作って欲しいの」
「マッチをブリキのケースに入れて売るのか? まあ便利かもしれないけど儲けはあるかなあ。ブリキの材料代だけでも20ルッコラはかかるぜ。マッチ五本と合わせて25ルッコラ以上で売らないと儲けは出ないだろ?」
「一つを100ルッコラで売ろうと思うの」
私が言うとスランは驚いた。
「100? 無茶だよ。マッチにそんなに払うヤツなんていないよ」
「でもそれぐらいで売らないと、ヨハンとの約束が守れないの」
「ヨハン? お前の親父だったよな」
他人のように呼ぶ私に再びスランは首を傾げた。
マッチはさっきの焚き火で使った分を差し引けば残りは九十本ぐらいだ。
五本ずつ入れて十八ケース出来たとして、一つを100ルッコラで売れば1800ルッコラになる。そこからブリキの材料費と制作費を引いたらギリギリぐらいだ。
「とにかく十八ケース、明日の朝までに作って欲しいの」
「明日の朝まで?!」
スランは呆れたように叫んだ。
「お願いスラン!!」
私は両手を前で合わせて懇願した。
「し、しょうがないな……レイラにそこまで頼まれたら根性出さないわけにはいかないな。オレはこれでもブリキ細工の腕だけは工房でも一番だと思ってるんだ。やってやるぜ」
「本当に? ありがとう! ありがとう、スラン!」
「へっ。いいってことよ。見てな。すっげえオシャレなのを作ってやるよ」
スランはまんざらでもない様子で鼻の下をこすった。
さすが美少女。
こんな無茶な頼みごとでも二つ返事でOKさせるなんて。
前世の私では絶対出来なかった。
◇
それから私とネロはパンとチーズを食べながらスランの作業をしばらく眺めていた。
さっきのカビだらけのパンと違って、このパンは美味しい。チーズの一片とシンプルな丸パンがこれほど美味しいと感じたことはなかった。
「美味しいね、ネロ」
「うん。こんな美味しいパンは初めてだね」
貧しい姉と弟は涙ぐみながらスランにもらったパンを頬張った。
「おじさんは相変わらず飲んだくれてんのか? お前たちも大変だな」
スランは大きな機械工具でブリキを切りながら気の毒な姉弟に同情した。
「昔は工場で働くいい親父さんだったのに、不況で工場をクビになってから働きもせずに飲んだくれるようになっちまった。今では人が変わったようになったな」
そうなんだ。
最初からろくでなしだったわけじゃないのね。
でも昔がどうであっても今はろくでなしには違いないけど。
「お父ちゃんは僕を肩車してくれて、よく一緒に遊んでくれたんだ。だから仕事さえ見つかれば元のお父ちゃんに戻ってくれると思うんだ」
ネロはまだ信じてるんだ。
あのクズの父親が立ち直ってくれると。
だから暴力を振るわれても、食事を与えられなくても文句も言わず耐えてるんだ。
でもね、ネロ。
昔の思い出のない私から見れば、あれはもう救いようのないクズ親よ。
ろくでもない親ならさっさと見限って、自分で生きていく道を探すべきだと……。
二十歳の私は思うのよ。
でも「お父ちゃんにもこのパンを食べさせてあげたいなあ」と申し訳なさそうに呟くネロには言えなかった。
やがて工房にいた他のおじさん達が順番に帰っていって私達三人だけになった頃に、ようやく一つのケースが仕上がった。
それは平らなブリキを叩いてくぼみを付け、それにスライド式のフタをつけるだけのシンプルなケースだった。でも指を切らないように端を器用な手先でくるりと丸めて、スライドもとてもスムーズに動く良作だった。
腕がいいというのは本当みたい。
マッチを入れると、綺麗に納まった。
「すごい! スランって本当に上手なのね! 天才よ!」
「へへっ。今頃気付いたのか? オレは国一番のブリキ職人になるのが夢なんだ」
「スランならきっとなれるわ! すごいわ!」
私は心からの称賛を伝えた。
前世では工場の大量生産品しか売ってるのを見たことがなかった。
それはそれで形が均一できれいに整ってるかもしれない。
でもやっぱり手作りのものは味があるというか、魂が入るような気がする。
これならいける! と私は心の中で思った。
そしてそばに置いていたジュラルミンケースの鍵を開けた。
「それ、さっきから気になってたけど何なんだ?」
スランは次のケースを作りながら尋ねた。
「これでこのマッチケースに絵を描くの」
「絵を?」
私がジュラルミンのケースを開けると、スランは覗き込んで驚きの表情を浮かべた。
次話タイトルは「レイラの武器」です