9、ブリキ職人、スラン
この世界にヘアーアイロンがないことは、本当に残念だ。
この綺麗な金髪をアイロンで伸ばせば、どれほどキラキラの天使の輪ができることだろう。
でも櫛があっただけでもありがたい。
それから眉毛切りバサミがあったので毛先の枝毛を切った。
子供の髪は毛量も少なくて扱いやすい。
焚き火の前で櫛で梳かしているだけで乾いてきた。
その髪に水で流さないトリートメントをつける。
試供品でもらったヤツを入れておいてよかった。
もうこれだけで艶々の髪になった。
そして弁慶パックをはずすと……。
「うわあ、なんかお姉ちゃん綺麗になった」
なんて手入れのしがいのある顔かしら。
ほんのちょっと手を加えるだけで、どんどん美しくなっていく。
私はコンパクトの小さな鏡で見ながら自分の顔に見惚れていた。
「ネロも顔と手足だけでも洗ったら? 保湿クリームを塗ってあげるわ。なんならパックもしてあげるわよ」
「ううん! パックはいい」
ネロが断固として断ったので、保湿のクリームだけ塗ってあげた。
「あとはこのボロ服が残念だけど、ぜいたくは言わないわ。さあ、身支度もできたことだしそろそろ作戦を始めましょう」
「作戦?」
「マッチを入れる入れ物が欲しいの。素材は何でもいいわ。でもこの時代にありそうなものと言えば、厚紙かブリキかしら」
「厚紙って紙のこと? 貧民街ではあまり手に入らないよ。でもブリキならいつも売るためのバケツをもらいに行ってるから知り合いが何人かいるよ。パンをもらったスランもいるし」
「スラン? それはどんな人? おじさん? いい人?」
「スランを忘れちゃったの、お姉ちゃん。お姉ちゃんより三歳年上で昔からよく一緒に遊んでたじゃない」
「三歳年上? ところで……私は何歳なのかしら?」
「もう、お姉ちゃん大丈夫? お姉ちゃんは十三歳、僕は十歳、スランは十六歳だよ」
「十三歳。もっと小さいかと思ってたけど」
ネロと一歳ぐらいしか違わないように見えた。
そうか。食べ物も充分与えてもらってなくて、あまり成長できてないんだ。
かわいそうに。
「それでそのスランって子は信用できるの?」
「うーん、カッコよくて調子のいい所はあるけど女の子には優しいよ」
それ一番信用出来ないヤツだ。
妹の直子がいっつも浮気されてたクズ男たちと同じだ。
そして私を見て「え? 直子の姉ちゃんこれ?」と指を差して鼻で笑ってたヤツらだ。
美人には愛想が良くて親切だけど、ブスにはとことん冷たいクズ。
悲しいかな、ブスは薄っぺらい男がすぐに見分けられる。
自分に親切かどうかで判断できるんだもの。
「ブリキ細工の腕もいいよ。スランの作るバケツは形がオシャレだってよく売れるもん」
「そうね。たとえクズ男だとしても、今はその人に頼るしかなさそうね」
「クズ男?」
ネロは首を傾げてから続けた。
「スランはこの時間ならまだ工房にいると思うよ」
「分かったわ。行きましょう」
私はネロに案内されて街のはずれにある泥煉瓦の建物に辿り着いた。
中はブリキの板があちこちに散らばっていて、まだ職人が何人か残っていた。
火花を出して溶接している者や、大きな金づちでブリキを叩いてる人もいる。
貧民街には年の瀬もなにもないらしい。
毎日作って売っていかないと食べることすらままならないのだ。
「あれ? ネロ? それにレイラまで。どうしたんだ、こんな時間に?」
くたびれたおじさん職人ばかりの中に、一人だけ別格にイケメンの茶髪男子がいた。
「えっ?」私はそのイケメンを見て驚いた。
少し赤味を帯びた黄褐色の瞳の青年は、直子の三番目のモデル彼氏にそっくりだった。
確かうちに遊びに来た時に「オレお前の姉ちゃんの顔、生理的に受けつけないわ」と言ってた男だ。偶然部屋の前を通り過ぎた時に聞いてしまったのだ。
苦手なタイプだ。
小学校の頃から私をバイキン呼ばわりしていじめてきたタイプの顔だ。
一気に警戒心で顔をこわばらせた。
「スラン。あのね、お姉ちゃんが頼みがあるんだって」
「ネ、ネロ……」
無邪気なネロが口走ってしまったけど。
作戦を変えなくちゃ。
この手の男が私の頼みを聞いてくれたことなんてないんだもの。
「は? なにオレ様に頼んでんだよ、ブスが!」
次に浴びせられる言葉が聞こえるようだった。
もっと年老いた優しいおじいさんに頼もう。
そう心の中で決意したその時、信じられない返事が返ってきた。
「珍しいな。レイラがオレに頼みごとなんて。いいぜ、言ってみろよ」
私は驚いて顔を上げてスランを見つめた。
目が合うとスランは少し照れたように微笑んだ。
「なんかレイラ、しばらく見ない間に綺麗になったよな」
そ。
そうだったあああああ!!!
うっかり前世のブス気取りで不安になってたけど、私って今美少女だったじゃない。
金髪碧眼の超絶美少女だったんじゃない!
「さっきはネロにカビたパンなんかあげて悪かったな。ここにさっき買ったばっかりのパンとチーズがあるんだ。食べていけよ」
そうよ。これよ!
美人はいつだってこういう恩恵にあずかれるものなのよ。
初めて経験したわ。
前世では一度だって男の人にこんな親切にしてもらえなかったもの。
美人サイコー!
美少女バンザ――イ!!
次話タイトルは「国一番のブリキ職人」です




