第9話:知らなかった
―ヒカリ―
「この国の奴ら皆殺しだぁ!」
剣を持った男が私の横で叫んでいる。
「まず手始めに糞豚姫をぶっ殺す」
瞬時に人生の思い出が甦ってくる。
いろんなことがあったな。今まで幸せに過ごしていた罰かな。
自然と涙があふれてきた。
男は私の頭を地面に押さえつけた。
―ああ、私、今日ここで死ぬのか―
剣を持った男が私を殺そうと剣を構えた。
―死にたくない―
剣を持った男が私の頭上で剣を大きく振りかぶった。
―誰かお願い!何でも言うこと聞くから!助けて!死にたくないよ!!!―
次の瞬間、剣が首を貫通し、目の前が真っ暗になった。
―そうか、私、死んだんだ―
「この命に代えてもお姫様を守って見せます」
「大丈夫ですか?」
「これ、着るといいよ」
「蛍」
「俺の名前は内藤陣」
「お姫様の事、ずっと待ってますから」
「“ヒカリ”はどうかな?」
ジンの優しい声が聞こえる。
そんな時、真っ暗な空間の中に光の柱が見えた。
そこには黒髪黒眼の少年が立っていた。
ジンだった。
私はジンの元へ行くため必死に走っていた。
「ヒカリは何も心配しなくていいよ。俺が君を守るから」
ジンは笑ってそう言ってくれた。
なんだか温かい気持ちになる。心地良い。
「ヒカリ。目を閉じて」
ヒカリはジンに言われるまま目を閉じた。
「いいって言うまで開けないで」
「はい」
それから数秒後、私を優しく抱きしめてくれた。
頭を撫でてくれた。
「大丈夫。ヒカリは一人じゃない」
これは夢なのだと思った。なぜなら、ジンはこんなことするような人じゃないと思ったからだ。
「ゆっくり目を開けて」
私はゆっくり目を開けた。
光が差し込んできた。
「うーん・・・」
辺りを見渡すと見慣れない家の中で眠っていた。
ジンがいた。この家まで案内してくれた女性がいた。
急に意識が戻ってきた。
「あれ?寝てしまいました」
私は驚きながらそう言うとジンがクスクスと笑っていた。
「私の顔に何かついてますか?」
私はジンが何に笑っているのか分からず、顔に何かついているのではと思い一生懸命手で払った。
「ううん、何でもない。おはよう。ヒカリ。よく眠れた?」
ジンは今まで通りの口調で優しく声をかけてくれた。
「おはようございます。ジン。お陰さまでよく寝れました」
ヒカリは何故か嬉しくなって笑って答えた。
「ヒカリ、ケデア、悪いんだけど次は俺が寝るよ」
ジンはそう言うと10秒もかからずに眠りについた。
私はジンの寝顔をみて少しほっとした。
「おやすみなさい。良い夢を」
私は小さな声で呟いた。
「あの・・・ヒカリさん」
「はい」
ケデアが話しかけてきた。
「ジンからあなたがお姫様だということを聞きました」
「そう・・・ですか。でも、私はもう姫ではないのでいつも通りの話し方でお願いします」
「え、あ、はい。お姫・・・ヒカリさんがそう言うなら・・・」
ヒカリは笑顔で頷いた。
「よろしくお願いしますね。ケデアさん」
「よろしく・・・お願いします。ヒカリさん」
お互い慣れていない口調で挨拶した為、思わず二人は笑ってしまった。
「慣れませんね。私のことはケデアでいいですよ。いいよ」
「わかりました。では私の事もヒカリでいいですよ」
「分かった。あと、ヒカリは敬語使わなくていいよ」
「ありがとうございます。でも私はこれがいつもの言葉遣いなので」
「そうなんだ」
ケデアと少しではあるが距離が縮まった気がした。
「ヒカリ。私も明日、2人と一緒にこの国を出ようと思うんだ」
「え?なぜですか?」
突然のことで驚きを隠すことができず、私はケデアの話を聞いた。
「そんなことが・・・」
ケデアの過去を知った私は他の国でこのようなことがあったと知って悲しくなった。
「でも、お父様に反対されるのでは?」
「そうだね。反対されれば行かない。でも、父さんは許してくれると思う」
「優しいお父様なのですね」
私はそう言うとケデアは嬉しそうだった。
「ね、ヒカリはどんなことが好きなの?」
ケデアは話を切り替えて明るく聞いた。
「私は外出することがあまり出来なかったので、縁側やお庭でお花を育てることですかね」
「素敵ね」
ケデアは微笑んでそう言った。
ケデアは羨ましそうに両手を合わせていた。
「ケデアは?」
「私は・・・使えなくなったものや使わなくなったものを作り直して再利用することかな」
「そんなことが出来るんですか?凄いですね」
私は再利用されたものを見たことがないため驚いた。
「ヒカリ。もし、誰かに今の服装を見られると怪しまれちゃうから私の服に着替える?」
「え、でも・・・」
ケデアにそう勧められたのだが、私は寝ているジンを見て戸惑った。
男性の目の前で着替えをしたことが一度もないからだ。もし見られたら恥ずかしい。
私の気持ちが分かったのかケデアに声をかけられた。
「大丈夫。ジン、一睡もしてないって言ってたから」
「え?」
私は再びジンを見ながら驚いていた。
「そんなはずはありません。ジンはちゃんと寝たと言ってました」
「たぶんそう言ったのはヒカリに心配されたくなかったからだよ」
「そんな・・・私」
知らなかった。ジンがそんなことをしていたなんて知らなかった。
それなのに私はそれを知らずに。
「ジンはヒカリのことを大切に思っているんだね」
「・・・」
ケデアはそう呟いたが私は何も言えなかった。
助けてもらったのにまた迷惑をかけてしまったという申し訳ない気持ち。
泣きそうになったが堪えた。
「これ、私の服。ボロボロで汚いけどごめんね」
「ありがとう・・・ございます」
私はケデアから服を受け取った。
そして、ヒカリはジンの軍服やドレスを脱いで、受け取った服に着替えた。
ジンが起きる気配は全くなかった。
「このドレス・・・」
ケデアがボソッと呟いた。
「ドレスを着ているのは怪しまれると思うけどワンピースならいいんじゃない?」
「ワンピース?」
「そう。今から作り直してもいいかな?」
「そんなことが可能なんですか?」
私は本当にドレスがワンピースになるのかとわくわくしていた。
この先、持っていけないよりはどんな形であれ身に付けていたいと思った。
「たぶんできると思う。こういうの慣れてるし、何より好きだしね」
「わかりました。お願いしますね」
私がそう言うとケデアは喜んで作業を開始した。
ケデアは物凄く集中している為、何も話さなくなった。
私はドレスが徐々に変わっていくのを見ているだけだったが、自分のものが形を変えていくのが面白くて見入っていた。
それから4、5時間が過ぎた。
ケデアは一度も休憩することなく作業を続けていた。
それは今も続いている。
作り直しを始めた頃と比べるともうドレスと呼べるような形ではなくなっていた。
私はただただ感動していた。
そんな時だった。
玄関の戸が開いた。
「ただい・・・ま!?」
「お帰りなさい、お父さん」
家に入ってきたのはどうやらケデアのお父様らしい。
髪色はケデアと同じ赤茶色だが、瞳の色はケデアと違い藍色だった。
家に帰ってきた瞬間に見ず知らずの人がいれば驚くのも無理はない。
「ケデア。この人たちは?」
「この国の兵に襲われてイラキから逃げてきた人達」
ケデアのお父様は状況がまだ理解できていないようだった。
「はじめまして。私はヒカリと申します。今寝ているのはジンといいます。この度、森で彷徨っていたところをケデアさんに助けていただきました」
しっかりとした自己紹介をした。
「そ、そうですか。今日はもう遅いから、ここで休んでいきなさい」
「ありがとうございます。明日の朝、ウタヅカリーを出て、隣のウオジュオーに向かう予定です」
私はケデアのお父様の優しさに感謝していた。
「お父さん」
いきなりケデアが真剣な顔、口調でお父様に話しかけた。
ケデアのお父様も娘の真剣な眼差しを見て真剣な顔に変った。
「お父さん。私も明日の朝、この人たちとこの国を出ようと思います」
「!?」
ケデアの電撃発表に驚きを隠せない父。
「ずいぶんと急だな。しかし・・・ケデアは昔からこの国から出ようとそう思っていたんだよな」
「え?知ってたの?お父さん」
ケデアは1人でずっと思い悩んでいたようなのだが父はケデアの思いを知っていたのだ。
「当たり前だ。私はお前の父親だぞ」
「知らなかった」
「ケデアがそれでいいのなら、後悔しないのなら、私はそれでもいいと思う。ケデアの人生は私の人生ではない。ケデアはもう子供ではないのだから自分の道は自分で決めるといい」
「わかった。ありがとうございます、お父さん」
「いいんだ。いつかこんな日が来るだろうと思っていたから」
ケデアは父にずっと隠していた気持ちを表に出し、父はケデアが知っているよりもずっとケデアの事を考えてくれているのだとわかってとても嬉しそうだった。
私は緊張した場面に声も出さず見守っていただけだったが、とても緊張した。
「しかし、この少年・・・黒髪か。珍しいな」
「髪だけじゃないわ。瞳の色も黒色よ。私も最初に会った時驚いた」
「双色者なのか!?そしてこの剣・・・すごく立派だな」
ケデアのお父様は寝ているジンの横に置いてあった剣を眺めてそう言った。
「この剣・・・『神話五剣』ではないのか?」
神話五剣。この世界で知らない人はいないと言われるほど神話に登場する有名な五本の剣。
しかし、名前は有名でも実際にその剣を見たことがある人はほとんどいないとも言われている。
「神話五剣?そんなはずないじゃない」
「そうだな」
ケデアが冗談を返すように笑って答えた。
しかし、私は違った。
もしかしてと頭によぎった。
なぜなら私を助けてくれた時に不思議な現象が現れたからだ。
神話五剣はどの剣もとてつもない力があると聞いたことがある。
さらにジンは黒の双色者。双色者も昔から不思議な力を持っていると言われている。
ジンが神話五剣の所有者でなかったとしても何か不思議な力を持っていることは間違いなかった。
神話五剣は100年に一本現れると言われている。そして既に現在、所有者が1人帝国にいるのだ。それによりジンが神話五剣の所有者という可能性が薄くなる。
「しかし、この少年はよく寝ているな。夜に眠れなくなってしまうぞ」
「仕方ないんだよお父さん。だって昨日から一睡もしていないし、森をずっと歩いてきたんだから」
ケデアは父にジンが良く寝ている理由を説明した。
まさにジンの話をしていた時だった。
ジンは目を覚ました。
「あ、すみません。ケデアさんに助けてもらった者です」
ジンは起きたらケデアの父が帰っていたことにすぐ気が付き焦りながら挨拶をした。
「ああ、大丈夫だよ。ゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます」
ケデアのお父さんにそう言われジンは少し安心を取り戻したようだった。
「さて今晩はご馳走だな」
ケデアの父は張り切って言った。
もうしばらく食事をとっていなかったのでとても嬉しかった。
そうしてケデアのお父さんは晩ご飯を作り出した。