第10話:羽ばたく時
ケデアのお父さんが晩ご飯を作り始めてしばらくしたところで完成したようだ。
「こんなものしかないけどよかったらお食べ」
ケデアの父がそう言って出してきたのは雑炊だった。
たったそれだけなのだが、そのたったそれだけがとても嬉しかった。
「それでは、いただきます」
「「「いただきます」」」
ケデア父の挨拶によりみんなも挨拶をして雑炊を食べた。
味はないに等しく、現実世界で出てきたら一口食べて残すだろう。
しかし、無味のはずなのにとても美味しく感じた。空腹のあまりもっと食べたいと思った。
贅沢は言えない。この世界の人がこんな貧しい生活をしているのだと思うと非常に心苦しい。
『ごちそうさまでした』
俺たちは雑炊をすぐに食べ終えた。食べ終えるのに1分もかからなかったかもしれない。
食べ終えるとケデアはドレスの作り直しの続きを始めたり、ケデア父は食器を洗ったりしていた。
俺とヒカリは再び話し始めた。
「ジン。大丈夫ですか?」
「え?大丈夫だよ」
ヒカリは俺の心配をしてくれているようなのだが、何の心配をしているのか理解することはできなかった。
俺はヒカリに近づき耳元でケデアが家を出て行くことについて話したのか聞いた。
「ケデアはお父さんに明日出て行くこと話したの?」
ヒカリはしばらく何も言わず、固まっていたのだがヒカリも俺の耳元でささやき返してくれた。
「・・・はい。先ほど話してました。認めてくれました」
認めてもらえたと聞いて少し安心した。
「あの、ケデアは何してるの?」
「・・・」
俺はケデアに質問をしたが答えは返ってこなかった。
「あ、ケデアさんは私のドレスをワンピースに作り直してくれているんです」
「へえ、そうなんだ。凄いね」
ケデアは一点に集中すると周りが見えなくなるのか、物凄い集中力でワンピースを作っていた。
「あの、ジン」
ヒカリが俺に話しかけてきた。
「ん?どうしたの?」
「あの、昨日から寝てないというのは本当ですか?」
「ううん、ちゃんと寝たよ」
ヒカリの負担をなるべく増やさないように大袈裟に笑いながら言った。
「そう・・・ですか」
ヒカリは少し暗い表情をして言った。
ヒカリの表情を見て何か悪いことをしてしまったのではないかと焦る。
「どうしたの?具合悪いの?大丈夫?」
俺はヒカリに尋ねた。
「いえ、私は大丈夫です」
ヒカリはただそれだけ言うと黙り込んでしまった。
しばらく無言の時間が続いた。
ケデアのワンピースを作っている音、ケデアのお父さんが食器を洗っている音。
あとは何も聞こえない。
「ジンは何か不思議な力があったりしますか?」
ヒカリからいきなりの質問に戸惑ったがすぐに笑って答えた。
「ううん。ないよ」
「そうですよね」
ヒカリも思わず笑って答えてしまった。
先ほどからヒカリの様子が変わったように思える。
せっかくの話をつなげるチャンスを逃してしまい後悔した。
そしてまた二人は話さなくなった。
そんな時、食器を洗い終えたケデアの父が俺に話しかけてきた。
「少し・・・いいかな」
ケデアの父は裏口の戸をあけて言った。
外で話したいと言うことだろうと察した。
「わかりました」
俺もただそれだけ言って立ち上がった。
外へ出るとじめじめしていて少し暖かい風が吹いていた。
「私はケデアの父親のイーソユートスです」
「あ、俺はイラキから逃げてきました内藤陣といいます」
お互いは今になって自己紹介を始めた。
「さっき娘から明日、この国を出ると言われたんだ」
「はい」
「私は娘を止めない。娘が自分で選んだ道だ。私が反対しても娘は出て行くでしょう。だから娘を君に任せたいと思います。どうかひとつ宜しくお願い致します」
―2人を守れるかわからない・・・いや何人でも守って見せる。もう誰も死なせない―
「わかりました。任せてください」
俺がここで断ったとしてもケデアは近い将来1人ででも国を出て行きそうな気がすると思い断ることなく受け入れた。
1人で出て行くならみんなで同じ道を歩けばいいと思った。
「ありがとう」
イーソユートスはお礼の言葉を口にすると俺に銅貨一枚を差し出してきた。
「娘が出て行くときの為に一生懸命働いて貯めたお金です。たった銅貨一枚しかありませんが・・・」
「え、いや、大丈夫です。娘さん本人に渡してあげてください」
俺は受け取ることができなかった。
なぜなら銅貨一枚と言ってもイーソユートスさんからすればおそらく大金に相当すると思ったからだ。
そのお金を自分が受け取るべきものではないと思ったのだ。
「娘は・・・私を心配して受け取らないでしょう。だから、お願いします。受け取って下さい」
俺もイーソユートスさんを心配しているのだが、ここはイーソユートスさんの言った通り受け取ることにした。
こうなれば俺がケデアに渡せばいいと考えたからだ。
俺はイーソユートスさんから銅貨一枚を受け取った。
「それじゃあ娘をお願いします」
「はい」
「それじゃあ家に入ろうか」
そうしてイーソユートスさんの話は終わり、家に戻って行った。
家の中は外より少し涼しかった。
「あ、お帰りなさい」
ヒカリは俺を見ながら笑顔で言った。
俺もただいまと少し笑って返した。
そうして二人は座り、イーソユートスさんは正座でヒカリに話しかけてきた。
「ヒカリさんと言ったかな?」
「はい」
「娘は普段、警戒心が強い子なんだが、何かに集中するとこのように周りが見えなくなってしまう。そんな時は傍にいて見守っていてほしいんだ」
「わかりました」
「ありがとう」
ヒカリとイーソユートスさんは静かに坦々と話をした。俺は今ヒカリに言われていたことを自分に言われているものとして聞いていた。
日は完全に落ち、家の中も蝋燭の小さな明かりだけとなっていた。
俺は仰向けになり、天井を見つめて考え事をしていた。
イーソユートスさんはもうすでに眠りについていた。無理もないだろう。一日中畑仕事などの重労働をしているからだ。
「終わったぁ」
ケデアがヒカリのドレスをワンピースに作り直す作業が終わったようだ。
ケデアの声を聞いてうとうとしていたヒカリが正気に戻った。
「本当ですか?早かったですね」
「そう?ちょっと合わせてみてよ」
ケデアがそう言うとヒカリに真っ白なワンピースを手渡した。
ヒカリは自分の体にワンピースをあててみせた。
「うん!バッチリ」
ケデアは凄いことに一発でサイズも完璧に合わせて作ったのだ。
ヒカリは嬉しくて仕方のないようすだった。
ドレスがワンピースに作り直せるなど思ってもいなかったのだろう。
「ありがとうございます」
ヒカリはケデアに感謝の気持ちを込めて言った。
「どういたしまして。明日はそれを着るといいよ」
「はい!」
「ふぁ・・・なんだか眠たくなってきた。明日に備えて今日はもう寝るよ」
ケデアがそういうと俺は彼女に今一度お礼を言った。
「今日は本当にありがとね。救われたよ」
「ううん。ホント当たり前のことだと思ってるから」
「私からも・・・今日は本当にありがとうございました」
「ううん。いいって」
そこにヒカリもケデアに感謝の言葉を口にした。
それを謙虚に返すケデア。
「さ、明日は結構歩くからしっかり体を休ませてね」
「うん。わかった」
「わかりました」
「じゃ、おやすみ」
「うん。おやすみ」
「おやすみなさい」
ケデアは俺たちが寝る体勢になったのを確認すると蝋燭の炎をふっと息を吹きかせて消した。
瞬間、家の中は真っ暗になった。
辺りは何も見えなかった。
俺は昼間に熟睡してしまったのでなかなか眠りにつくことが出来なかった。
不思議なことに今日は死に関することは考えることはなかった。
今は死が怖いと言う気持ちよりもこの先のことでいっぱいいっぱいだったからだ。
陣が眠りについたのはそれから4時間ぐらい後のことだった。
「ジン。朝ですよ、ジン」
ヒカリは俺の肩をとんとんと軽く叩きながら言った。
「あ、ああ。おはよう。ヒカリ。起こしてくれてありがとう」
「おはようございます。いえ」
「ジン君、おはよう。朝食作ったから食べて」
イーソユートスさんが雑炊を差し出してきてくれた。
「イーソユートスさん。おはようございます。あ、ありがとうございます」
俺はお礼を言って雑炊の皿を受け取った。
「雑炊しかないんだ。ごめんね」
ケデアが申し訳なさそうに言ってきたが俺はそうは思っていない。
食べ物を食べられることが嬉しく幸せなんだとこの世界に来て気づかされた。
「ううん。ありがたいと心から思うよ」
「そう言ってもらえると私も嬉しいよ。さ、食べようか」
イーソユートスさんは俺の言葉を聞いて喜んでいた。
「いただきます」
「「「いただきます」」」
4人は雑炊とペロッと食べた。
『ごちそうさまでした』
「あ、父さん。ジンに井戸の場所案内してくれる?」
ケデアがそういうとイーソユートスさんは快く受け入れた。
俺とイーソユートスさんは裏口から家を出て歩いてすぐの井戸までやってきた。
そこで俺は顔を洗ったりうがいをしたりして家に戻ることにした。
家に戻るとヒカリが真っ白いワンピースに着替え終えていた。
「うぉ、似合ってるよヒカリ」
「ありがとう・・・ございます」
俺がヒカリにそういうとヒカリは照れているのか頬を赤らめ、とても嬉しそうだった。
「ケデア。もう・・・行くのか」
イーソユートスさんは切なそうに言った。
「はい」
ケデアも切なそうに答えた。
するとイーソユートスさんは正座になった。それを見たケデアもイーソユートスさんの正面に正座した。
そして、場の雰囲気で俺とヒカリもケデアの横で正座した。
1対3になった形だ。
「ケデア。18年間・・・こんな家で生活させて悪かった」
「ううん。父さんといられてとても楽しかった」
「そうか。嬉しい言葉だな。私もとても楽しかった。どんなに辛いことがあってもケデアがいたから乗り越えてこられた」
「ううん・・・迷惑たくさんかけちゃって・・・ごめんなさい」
「迷惑なんて思ったことは一度もない。ケデア。これから先も辛いことがたくさんあると思うがケデアなら大丈夫だ。どんなことでも必ず乗り越えて行ける」
「帰ってくるのか?」
「いつかきっと」
「そうか・・・少し安心したよ」
「私と母さんの子供に生まれてきてくれてありがとう」
父のその言葉を聞いてケデアは泣き出した。
「私も・・・私も!父さんと母さんの子供に生まれてきてよかったです」
「体調には気を付けるんだぞ」
「はい・・・父さん!18年間育ててくれてありがとうございました!」
「それは親として・・・当然のことだ」
最後はイーソユートスさんも泣いていた。
18年間辛いことも楽しいこともたくさんあったのだろうと思った。
思わず泣きそうになってしまった。
ヒカリは少し泣いて聞いていた。
「ジン君、ヒカリさん。娘をよろしくお願いしますね」
「「はい」」
話を終えた4人は裏口から家を出た。
「イーソユートスさん。短い間でしたけどありがとうございました」
「とんでもない。ジン君も気をつけて」
「はい。ありがとうございました」
俺はイーソユートスさんに改めてお礼を言った。
「ありがとうございました」
ヒカリもお礼の言葉を口にした。
「じゃあ父さん。行ってきます」
「いってらっしゃい。達者でな」
「はい」
そして3人は森の方へ歩き出した。
敵国のみんなが悪い人ではないということを知った。
逆に悪い人の方が少ないのかもしれないと思うのだった。
こうして18の娘は父親の元から、国から国へ羽ばたいていったのだった。




