表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/53

第8話:敵国の娘

俺とヒカリは森で出会った女性の後ろをついて歩いていた。

「この先、森を出て私たちが住んでる村があるんだけど、誰にも見られないように気を付けて」

「うん、わかった」

女性の忠告を聞き入れ、これから先は注意して進むことを決めた。


やがて森の奥から明かりが見えた。

進むほど光の強さが強まっていく。


ようやく俺とヒカリは森から抜け出した。


辺りを見渡すと人影は見られなかったが、古民家がいくつか建っていた。


「さあ、早く」


女性は慣れた動きで素早く誰も通らないような細い道を進んでいく。

数分後、たどり着いたのは古めかしい小さな民家だった。


「汚いけど、入って」


女性はそう言いながら裏口から家に入って行った。


「失礼します」

「お邪魔します」

俺とヒカリはそれぞれ挨拶をして家の中へ入った。


家の中にはここまで案内してくれた女性以外誰もいなかった。


「大変だったでしょ?座って座って」

女性はねぎらいの言葉をかけ、立っているのもなんだからと座るように勧めてきた。

俺たちは言葉に甘え、ゆっくり腰を下ろした。


「あ、これ、よかったら飲んで」

女性は木で作られたボロボロのコップに水を入れて持ってきてくれた。


「ありがとうございます」

衛生面が少し気になるが、そんな贅沢は言っていられない。

これでもありがたいと思い、一気に水を飲みほした。

ヒカリも同じように水を飲んでいた。


やがて女性も同じように腰を下ろした。


「私の名前はケデア」


女性は自分の名を名乗りだしたので、こちらも名前を名乗ることにした。


「俺の名前は内藤陣です」

「私の名はヒカリと申します」


ケデアと名乗る女性に挨拶すると、ケデアの次の言葉に驚いた。


「気になってたんだけどあなた、お姫様・・・なの?」


「「!?」」


俺とヒカリの表情が硬くなった。

しかし、俺はすぐさま表情を和らげると冷静に言葉を発した。


「違うよ・・・えっと、何でそう思ったの?」


「だって、その子が軍服の下に着てるのってドレスでしょ?ドレスなんて高すぎて庶民には到底手の届かない代物だから」


ケデアの話を聞いて現実世界のドレスがとても高いのだから、この世界のドレスは現実世界よりもずっと高価な物なのだろうと思った。

確かにドレスを着て歩いているなんて考えられないかもしれない。


なんて言ってごまかそうか思い浮かばない。

数秒の間、黙り込んでしまった。

黙り込むなんていかにも怪しい。まるでその通りですと言っているようなものだ。

重い空気が家の中に流れている。


「でも違うんだよね?そうだよね」


ケデアは疑うような素振りもせずに俺の言ったことを信じてくれた。

何か悪いことをしたと思った。


「あ、ちょっと待っててね」


ケデアはそう言うと立ち上がって室内にかけられてあった二枚の布を持ち出し、裏口から出て行った。


「あの人になら私の正体を言ってもいいかもしれません」


ケデアが外へ出て行った為、ここへ来てから何も言わなかったヒカリが口を開いた。

しかし、ヒカリの言ったことに賛成できなかった。


「でも、ここってウタヅカリーなんだよ?ヒカリの国を襲って、ヒカリを殺そうとした国なんだよ?そんな国の人は信用できないよ」


俺は思ったことを正直に言った。


「わかっています。しかし、みんながみんな悪い人ではないでしょう?それに彼女は自分で私たちの敵ではないと言っていました」


ヒカリの言っていることが正しいのかもしれない。しかし、俺は出会って1時間も経っていない人を信じることできなかった。

そして、そのことをヒカリに言おうとしたところでケデアが戻ってきた。

ケデアは濡れた布を二人に差し出してきた。


「はい、これ。よかったら体拭いて」


「「あ、ありがとう・・・ございます」」


俺たちはお礼を言って濡れた布を受け取ると腕や足を丁寧に拭いた。


「二人はこの国の人に襲われてイラキから逃げてきたって言ってたけど、何があったか詳しく教えてくれない?こんな村には情報が流れてくるまで大分時間がかかるみたいだから・・・何も知らなくて」


ケデアは申し訳なさそうに言った。

そう言われても俺もよく分からないのだ。

するとヒカリが暗い表情で言葉を発した。


「数日前、ウタヅカリーの兵士たちがイラキに攻め入ってきました。国を守る為、イラキの兵士たちが立ち向かいましたが、ウタヅカリーの兵力に圧倒され全滅してしまいました。国を守る者がいなくなり、ウタヅカリーの兵士たちは領に雪崩れ込んできました。そして、何の罪もない人々を次々に根絶やしにしていきました。女性や子供も関係なく。さらに城に火を放ち、国王を拘束しました。」


「許せない」


そういったのはケデアだった。

ヒカリの話を聞いて彼女は怒りと悲しみが混ざり合った難しい表情をして呟いた。


「私が知っているのはここまでです。おそらく今ごろはもう国は滅んでいるでしょう」


「そんな・・・私の国の人があなたたちの大切な国や人に酷いことをしてごめんなさい。あなたたちにも嫌な思いをさせたと思う」


「いえ、あなたが謝る必要はありません。酷いことをしたのはあなたの国の兵士たちで、あなたではありません」


ヒカリの話を聞いてウタヅカリーの兵がどれだけ酷いことをしたのかを知った。

あまり関わりはないが許される内容ではないため、怒りが込み上げてくる。


「これからどこへ行くのか決めているの?」


ケデアは俺にそう尋ねてきたが、もちろん決めていない。というよりも分からない。


「いや、急いで出てきてから何も決めていないんだ」


「そう・・・だよね。もし、良ければ今日はこの家に泊まっていくといいよ。この国にいることが知れれたら危険だから明日の朝に隣の国へ向かうのはどう?ウオジュオーはこの国と同じくらい大きくて栄えている国だからいいかもしれない」


「ウオジュオー?」


ウオジュオーという地名を初めて聞いた。


「そう。ここから近い国なの。大きな国に逃げた方が安心できると思うの」


「そうだね。じゃあそこに行くよ。今日は申し訳ないんだけど泊まらせてください」


外で寝るより家に籠っている方が安全だと考えた。

なぜなら、ここはイラキを滅ぼしたウタヅカリー。敵兵が警備しているに違いない。

見つかったら厄介だ。


「わかった。まだ昼だけど、疲れているだろうから寝るといいよ。森の中だとあまり寝られなかったでしょ?」


ケデアがそういうと二人は横になった。


俺は寝ようとは思わなかった。

まだ少し警戒しているからだ。ここで2人同時に寝るのは危険だと判断したからだ。


しばらくするとお姫様は少し安心したのかすぐに眠りについた。

ヒカリがすぐに寝てくれたので少し安心した。


俺が寝ていないと気が付いたケデアが話しかけてきた。


「あなたは寝ないの?」


「俺はヒカリを守ると決めたから、もし俺が寝ている間に何かあったら対応できないから」


俺は彼女に正直に言った。


「大丈夫。私はあなたの敵じゃないから心配しないで」


「本当に申し訳ないんだけど、俺は出会って1時間ぐらいしか経っていないあなたをまだ信じきることができないんだ」


「それもそうだね。私があなたと同じ状況だったら私も信用できないわね」


ケデアが笑みを浮かべてそう言った。俺は起き上がり、もう一度感謝の気持ちを伝えた。


「でも、助けてくれてありがとう。君に会えてよかったよ」


「私はこれが当たり前だと思ってるわ。みんなはそんなことしないの。敵国の人を助けたと知られれば殺されるから、そんなようなことはしないの」


「そうなんだ」


俺はふと思い出した。

そういえばこの世界の俺は黒の双色者といって、よく思われない髪色と瞳だということを。

それなのに彼女は助けてくれた。さらに見つかれば殺されるというリスクを負って。


「黒の双色者ってよく思われないのに何であなたはそんな俺を、俺たちを助けてくれたの?」


「困っている人がいたら助ける。当たり前でしょ?黒の双色者だろうが零名(れいな)だろうが。それに私は黒の双色者だからって悪い人だとは思ってないから」


この人は偏見を持たない人なのだと思った。


「あなた、森の中でも寝てないんじゃない?」


ケデアにいきなり見抜かれて驚いた。


「え!?何でそう思うの?」


「なんとなく。感よ」


改めて女の感はすごいなと感心した。


「明日はかなり歩くから寝なきゃ身が持たないわよ」


「大丈夫だよ」


ケデアの気遣いを聞き入れず、ただ一言だけ返した。



そして、しばらくお互い無言の時間が続いた。



そんな時だった。

外から男の声が聞こえてきた。


『イラキ国滅ぶ。なお、姫逃亡。捕まえた者には国王様より白金貨5枚贈呈。手を貸した者は死刑。さらにその関係者も死刑。繰り返す。イラキ国滅ぶ。なお、姫逃亡。捕まえた者には国王様より白金貨5枚贈呈。手を貸した者は死刑。さらにその関係者も死刑』


そして、男の声は遠ざかっていった。

どうやら先ほどの内容を言いながら村を歩き回っているようだ。


俺はイラキが滅んだと知って悲しい気持ちになった。

ヒカリは今も寝ているが起きてこの事実を知った時、どんな思いをするだろうか。

心配になった。


俺の表情がいきなり暗くなったのが分かったのかケデアも心配そうにこちらの様子をうかがっていた。

それよりも今ヒカリといることが周りに知られればケデアが死刑になってしまう。

そんなことはあってはならないと思い、適当な理由を言ってこの国から出ようと思った。

ケデアに声をかけようとしたが、ケデアが先に話しかけてきた。


「やっぱり彼女、お姫様・・・なんでしょ?」


「いや・・・」


ケデアは今もヒカリがお姫様ではないかと疑っている。

その通りなのでなんて答えればいいのかわからない。


「隠さなくても大丈夫。私はこの国の兵士たちと違うから。白金貨5枚なんかで私は動じないわ」


ケデアは自信満々な顔でそう言った。

ケデアのそんな顔を見て陣は彼女になら言っても大丈夫だと判断した。

自分が殺されるかもしれないというのに助けてくれた。


「本当に誰にも言わないと約束してくれる?」


「ええ、約束するわ」


「わかった。君を信じるよ」


ケデアに秘密を誰にも言わないことを確認し、ケデアを信じることにした。


「ま、誰にも言わないと聞いてる時点ではい、その通りですと言ってるようなもんだけど・・・」


そんな前置きを言って正直に話した。


「彼女は君の言った通りイラキのお姫様だよ。俺と彼女は何とか逃げることができて、2人で森を歩いてこの国まで来たんだ。彼女の本当の名前はエマ・二スニラ・ノヴ・イラキ。彼女は姫だということが知られれば殺されてしまうと思い名前を変えた。これからはヒカリと名乗ることにしたんだ」


「やっぱりお姫様だったのですね」


「うん。助けてもらった人に嘘をついていて申し訳ないと思ってます」


「ううん。気にしてないから。でもやっと本当のことを言ってくれたみたいですね。嬉しいです。」


お姫様だと言った後からケデアの言葉遣いが畏まっているように感じた。

俺のことも偉い人だと思い込んでいるのではないかと思った。


「俺に敬語は使わなくていいですよ」


「え、いいんですか?お姫様の護衛なのだから、あなたも偉い人なのでは?」


「違うよ。俺はただの庶民だよ」


「そうなの?」


庶民だと話すと固くなっていた表情がほぐれた。


「ねえ、改めて自己紹介しよう」

「そうだね」


ケデアが自己紹介しようと言ってきたのでそれに賛成した。


「私の名前はケデア。この家で生まれてずっとこの家に住んでるの。歳は18。ケデアって普通に呼んでもいいし、好きに呼んでもらっていいから。よろしくね」


「よろしく。俺の名前は内藤陣。陣って言うのが親からもらった名前なんだ。歳は17。俺のことは苗字の内藤でも名前の陣って呼んでもいいからさ。よろしく」


「うん。よろしく。じゃあジンって呼ぶね」


ケデアと自己紹介を済まし、気になった点が一つあった為、それをケデアに聞いてみた。


「分かった。そういえばケデアの苗字はなんていうの?」


「私の家に苗字はないんだ。そんないい家柄じゃないから」


「え、そうなの?自由に名乗れないの?」


「ええ」


苗字すら自由に名乗れないということを知った。


「ごめん。何も知らなくて」


「大丈夫。気にしてないから」


なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「私、この国嫌いなの」


「え?」


ケデアのいきなりすぎる告白に驚いた。


「私、この国嫌いなの。民から大切な物やお金を奪い、すべて兵士に使う。領土を増やすことばかり考えて私たち国民のことなんて考えていないから」


「それは酷いね」


ウタヅカリーというこの国は本当に酷いことしかできないのかと怒りが込み上げてきた。


「私が10歳の時、母さんが病気で死んだの」


ケデアはまたしても衝撃的なことを言い出した。

俺は何も言わずただケデアの顔を見て真剣に話を聞いた。


「ある日、母さんが病気にかかっちゃって父さんは薬を買うためにいつもより何倍も仕事を頑張っていたの。私も手伝いをしたんだ。でも薬を買うために頑張って貯めたお金は兵士に取られちゃったんだ。その時、初めて父さんの泣いてる姿を見た。そして、一週間後に再び父の泣いた姿を見た。母さんが死んじゃったんだ。私はその時からこの国が大嫌いになったの」






―8年前―

「このお金だけは勘弁してもらえないでしょうか」


「駄目だ!この金はこの国を良くする為に使われるのだから感謝しろ」


「妻が病気なんです。薬を買うためのお金なんです」


「そんなこと知ったことか!逆らうなら貴様を反逆罪で捕まえるぞ!」


ある日の夜の事。家の玄関で父と若い男が何か言い合っている。


「あなた、いいのよ」


横になっている母が優しい穏やかな声で父に言葉をかけた。


「私なら問題ないわ」

「しかし、それでは・・・」


「大丈夫。心配しないで」


母が父にそういうと若い兵士はお金を持って家を出て行った。


「すまない。本当にすまない」


父は大粒の涙を流し、母にひたすら謝っていた。


「いいのよ」


父は夜が明けるまでずっと泣いていた。

この出来事は忘れることはないだろう。


そして、一週間後。

母は死んだ。


私はこの国が許せなかった。

父にしたこと。母にしたこと。

でも、私たちでは何も出来ないということを知っていた。






ケデアは昔のことを思い出していた。


「ホント酷いね」


ケデアの話を聞き終えた陣は悲しくなって呟いた。

きっとこんな思いをしたのは彼女一人ではないんだということを思った。

そう思ったところで何もできないことを俺自身も分かっていた。



それからしばらくお互い何も話さず家の中は静寂に包まれた。



「ケデアは天界ってあると思う?」


俺は無意識にそんなことを口にしてしまっていた。

思わず言ってしまったことに気が付いて慌ててなかったことにしようとした。


「い、いや、なんでもない。忘れて」


「あると思ってるよ」


答えが返ってきたことに驚いた。


「え?」


「きっとあるわ」


ケデアは真顔でそう言った。そして笑顔になり続けて言った。



「天界で母さんが待っている気がするの」



ケデアも存在するか不確かな天国を信じていた。

俺はケデアの真っ直ぐな瞳を見て、それから何も言わなかった。

彼女の信じる気持ちを壊したくなかったからだ。

例え、彼女に天国なんて存在するかわからないと言ってもどんな答えが返ってくるのか想像できたからだ。


「私も明日、2人と共にこの国を出るわ」


「・・・!?」


俺は一瞬何を言っているのか理解できなかった。

意味が分かっても驚きすぎて言葉が出なかった。


「私、この国から出たことないんだ。だから、ここで嫌な思いをして一生過ごすのならいろんな所へ行きたいの」


「でも、お父さんがいるんでしょ?」


「うん。いつも日が沈む前に帰ってくるから、帰ってきたら話してみるよ」


ケデアの話を聞いてケデアのお父さんがどんな人なのか気になった。


その後も陣とケデアは2時間くらい話した。


俺がこの世界の人間ではないということ。

始めは信じてもらえなかったけど、詳しく話すと半信半疑ではあるが少しは信じてもらえたようだった。


ケデアがいつも行っているという狩りの話。

一日二食なのだとか、風呂はないから頭から水をかけるだけなのだとか、そんなことを話していると時間が過ぎるのがあっという間だった。


実は死ぬのが怖いんだと話すとそんな風には見えないと笑いながら軽く流された。

いつもなら嫌な気持ちになるのに何故か今日は嫌にならなかった。


何故だろう。


そんなことを考えていたらヒカリが目を覚ました。


「うーん・・・あれ?寝てしまいました」


起きて急に意識が戻ったのか、ヒカリはとても驚いている。


ヒカリのそんな顔を見ていたら思わず笑ってしまった。


「私の顔に何かついてますか?」


ヒカリはさらに慌てて赤くなりながら顔を触りだした。


「ううん、何でもない。おはよう。ヒカリ。よく眠れた?」


普段通りヒカリに声をかけた。


「おはようございます。ジン。お陰さまでよく寝れました」


ヒカリは笑顔で答えてくれた。


「ヒカリ、ケデア、悪いんだけど次は俺が寝るよ」


そう言って横になると数秒で眠りについた。

「おやすみなさい。良い夢を」と誰かが言ってくれていた気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ