第7話:警戒心
お姫様エマ改め、ヒカリが寝てから6、7時間が経った。
真っ暗だった森は徐々に明るくなり始めた。
太陽が顔をだし、気温が上がっていく。
森で眠る野鳥たちも目を覚まし、少しだけ眠そうな鳴き声が遠くから響いてくる。
日の出からしばらくしてヒカリが目を覚ました。
「う、うーん・・・あ、ジン。おはようございます」
「おはよう。ヒカリ」
俺はヒカリの挨拶に答える。
ヒカリは笑顔で頷くと仰向けの状態から起き上がった。
ヒカリは冴えない表情を一瞬だけ見せたがすぐにまた笑顔に戻った。
しかし、その笑顔は彼女の本当の笑みではないことくらい俺でも容易にわかった。
辛い状況から逃れるようと無理をして笑っている。
「ジンも寝られましたか?」
それでもヒカリは心配して話しかけてきてくれる。
「うん。お陰さまで」
一睡もしていないのだがヒカリを心配させたくなかった為、わざと笑って嘘をついた。
今の俺たちは朝食をとることが出来ない。
食に関する知識が備わっていないからだ。
何か食べたいと思っても動物は現れないし、もし捕まえられたとしても調理方法がわからない。
火も起こせないので、魚を捕まえられたとしても焼いて食べることができない。
仕方がないのですぐ近くを流れる川で顔を洗い、食事の代わりに川の水を一口だけ飲んだ。
「ヒカリ、そろそろ行こう」
一刻も早くこの森から出なければならないという気持ちが強くなる。
「わかりました」
ヒカリは素直に俺の言ったことを聞き入れてくれた。
それからも2人は無言で歩き続け、3時間ほど経過した。
「少し、休んでも、いい?」
「はい」
一睡もしていないためか疲れが溜まっているのか俺は息が上がっていた。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。でも、少しだけ、休ませて」
ヒカリは心配そうな顔をして問いかけてきた。
大丈夫とは言ったもののこれほどまで疲れるとは思ってもいなかった。
ただただ苦しい。
俺はいつもとは違う苦しみと戦っている。
常に周りを警戒しなければならないストレスと疲労。
恐ろしいほどの睡魔。
5分程休憩をしてすこし落ち着いたため、再び歩き出した。
「ジン、無理はしないでくださいね」
「わかった。ありがとう」
そうは言ったものの頭がふわふわしている。
その後も俺たちは小休憩を取りながら森の道なき道を進んでいった。
それから1時間くらい経った頃、またしても俺たちは歩みを止めて休憩をしていた。
これで本日10回目の休憩だ。
明らかに昨日よりもペースが落ちている。
こんな自分が情けないと卑下していると、少し離れた場所から何か気配を感じた。
草がガサガサと音を立てている。その音は徐々に大きくなってくる。森を誰かが進んできているようだった。
俺は何も言わず、慌ててヒカリの手首を掴み共に一番近くにあった木の後ろへ隠れた。
ヒカリは何かを察し黙りこんだ。
俺たち2人は密着しながらもお互いに息を殺した。
このまま何事もなく過ぎ去ってほしい。
森へ入って初めて何かしら動くものと遭遇し、とても緊張していた。
やがて、物音がしなくなったため不審に思った。
もうどこかへ行ったのかと思い、木の後ろから先程の音が聞こえた方を覗きこんだ。
その時だった。
「誰!?」
女性の声。
しまった。気付かれてしまった。
俺は焦った。どうすれば良いのだろうと必死に考える。
「出てきなさい!さもないと弓であなたを射ますよ!」
女性の声はこちら側を恐れているのか、声が震えていた。
汗が止まらなかった。
自分の心臓の音だけが聞こえる。
その時、ヒカリが俺の手を握った。
そして、我に帰った。
そうだ。俺は今、一人じゃない。
せめて、ヒカリだけでも無事でいてほしい。
そう思いヒカリに落ち着いた口調で言った。
「ヒカリはここにいて」
「しかし・・・」
ヒカリは心配そうに俺の目を見ていた。
「大丈夫。いいって言うまでここを離れないで」
ヒカリにそう伝えると握っていた手を離し、手を挙げて木の後ろから横へずれた。
少し離れた場所から女性が弓を構えていた。
「申し訳ございません。私は怪しい者ではありません」
そうは言ったものの、自分から怪しい者ではないと言うと何故か怪しい者にしか見えないと思った。
「あなたは何者ですか!正直に答えて!」
女性は怖いのか声は震えていて、今にも弓を放って来そうだ。
「わ、わかりました。だから、弓を下ろしてください。お願いします」
俺も声も震えているのが分かった。ここで死ぬわけにはいかなかったため必死になって頼んだ。
「じゃああなたもその腰につけてる剣を地面に置きなさい!」
緊迫した状況は続く。
「わかった。わかったから」
しかし俺は剣を握ることを恐れた。
なぜなら昨日の昼の事があるからだ。
この剣を握ったら、彼女は吹き飛ばされて重症をおってしまうかもしれない。
そんな思いを振り切り、覚悟を決めて目を閉じた。
頼む。何も起こらないでくれ。
俺は剣を握った。
目を開けると何も起こっていなかった。
良かった、何も起こらなかったと安心した。
「何をしているの?早く置きなさい!!」
女性は不審に思ったのか、今までで一番の声量で言った。
「すみません」
深く謝罪し真っ白い剣を地面に置いた。
女性は安心したのか弓を下ろした。
女性は動くことなくその場から話しかけてきた。
「あなたは何者なの?どこから来たの?」
「俺の名前は内藤陣。この先のイラキから来ました」
素直に本当のことを言った。
「イラキ?イラキの人がここへ何の用なの?」
女性は警戒心を解くことはなかった。
しかし、次の一言でこの場の雰囲気が変わった。
「逃げてきたんだ」
「逃げてきた?どうして?」
女性は率直に聞き返してきた。
「えっと、ウタヅカリーって国に襲われてしまって」
「大丈夫なの?怪我はない?」
女性は先程までとは打って変わり俺のことを心配し始めた。
「え?あ、はい。大丈夫です」
そう言うと女性は俺の所へ駆け寄ってきたのだ。
慌てた。何かされるのではと怖くなった。
女性はそばまで来ると申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい。私たちの国があなたの国に酷いことをしてしまって」
いきなりの謝罪に驚いた。
「え?いや、その」
俺は戸惑っていた。
「あなた、傷だらけじゃない!?」
女性は俺の身体を見渡し、続けて言った。
「あなた、ここまで一人で来たの?」
白い肌に美しい茶色に近い赤毛、レディシュのロングヘアーに深みのある紫の瞳の女性だ。
俺やヒカリと同じくらいの歳だと思うが、少し大人びているように見える。
赤茶髪に紫眼という現実世界ではありえないような人だと思った。
しかしながら、包容力のある人に思えた。
直感的にこの人なら大丈夫だろうと思い、本当のことを言うことにした。
「実は女の子と一緒にここまで歩いて逃げて来たんだ」
「そうだったんだね。大変だったね。その女の子は?私はウタヅカリーの人間だけど、あなたを敵とは思っていないから安心して」
「ありがとう。俺もあなたを敵とは思ってないから」
そう言ってヒカリが隠れていた場所まで行き、女性にヒカリを紹介した。
「彼女はヒカリ。ここまで一緒に歩いてきたんだ」
「はじめまして。驚かせてしまい申し訳ございませんでした」
ヒカリは丁寧に挨拶をした。
「こちらこそ、驚かせてしまってごめんなさい。でも、もう安心して。私はあなたたちの敵ではないから」
女性はもう一度謝罪の言葉を口にした。
「ひとまず森から出ましょう」
女性のその言葉に陣とヒカリは安心した。
やっと森から出られるのだと思うと嬉しくて仕方がない。
長かった。とてつもなく長い道のりだった。
そんな長い森の中での生活が終わった。




