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The Holy Evil  作者: 風羽洸海
追加番外
134/134

夢で逢えたら


 司祭エリアス――すなわち女司祭エリシュカの外交用擬態を纏っていない状態――はだいたいいつも無愛想で、どうかすると厳しそうな、眉間に皺を寄せた表情をしていることが多い。親しくない者には敬遠されがちだが、昔から見慣れているオリヴェルはまるで平気だ。しかしさすがに今日の後輩は、眉間の皺が常にも増して深かった。

「随分つらそうな顔じゃないか。また寝不足か?」

 気遣いながら、頼んでおいた資料を受け取り、次に必要な文献の覚え書きを手渡す。エリアスは唸りながら受け取って一瞥したものの、まともに読めもしない様子で顔をこすった。

「夢見が悪くて……」

 こぼされた愚痴に、オリヴェルは痛ましい表情になった。傍らに椅子を引き寄せて座り、先輩司祭として話を聞く体勢になる。何も知らない世間は彼女を史上初の女司祭だの世界の救い手だのと華やかに称えるが、その実態はかなり凄惨な経験だ。状況が落ち着いた今だからこそ、精神に不調をきたしてもおかしくない。

「俺で良ければ何でも話してくれ」

 温かく誠実にオリヴェルが言うと、エリアスはぎゅっと目を瞑ってから、ああ、とややこしい声音で呻いた。

「いや、深刻な話じゃないんです。ただ……クソ、思い出しただけで腹が立つ……何の件だかわからないがハラヴァ様に難詰されているんですよ。夢の中ではどうして責められているのか、何を詰られているのか理解していたんですがね……今は思い出せない。ただとにかく、私の落ち度ではあるけれども事情があって、それを説明しようとしているのに、横から……なぜかツルハ大司教、あの腰巾着の狐爺が」

「おい」

 思わずオリヴェルは慌てて遮った。腰を浮かせて周囲を見回し、誰もいないことを確かめる。彼が改めて座り直すと、エリアスは深いため息をついた。

「……まぁとにかく、そんな感じで非常に不愉快で憤懣やる方ないクソな悪夢だったんですよ。怒りに任せて拳を振り上げて叩きつけたところで目が覚めました。ああいや、ツルハの頭を潰したわけではなく、机に、というか現実にはベッドに」

「それはまた……目覚めた時からどっと疲れそうだな。気の毒に」

「既に一日の気力を使い果たした気分ですよ。はぁ……今夜はカミツレ茶でも飲んでから寝るべきかもしれませんね」

 やれやれ、とエリアスは眉間を揉む。その憂いがちな顔をオリヴェルは改めてしげしげ眺め、同情的に言った。

「なあ、前から思っているんだが、おまえはちょっと自分に厳しすぎるぞ。グラジェフ様のおかげでだいぶんましになったが、やっぱりいつもどこか肩の力が入っている感じだ。寝る時ぐらい気持ちを緩めて、明日の予定も義務も責任も、何もかも一旦どこかその辺の箱に放り込んでしまえよ。せめて夢ぐらい、のんびりしたいじゃないか」

「緊張しながら寝ているつもりはないんですが……あなたはそれで、良い夢が見られるんですか?」

 切り返されてオリヴェルは、おっと、という顔になったが、すぐに笑みを広げた。

「そうだな、俺が見る夢はだいたい良いものだよ。ごちそうが並んだ食卓を、まぁなぜか実際食べるところは夢に見られないんだが、皆でわいわい和やかに囲んでいるとか。それが何かのおめでたい席だって、夢の中では確信しているんだ。集まった皆が幸せで、喜びを分かち合っている。幸せな夢だよ」

「……その類いは、私にはまず見られないでしょうね。あなただからですよ」

 エリアスが肩を竦める。人付き合いが苦手な後輩には、あまり響かなかったようだ。オリヴェルはそれならと別の例を出した。

「犬が出てきたこともあるぞ。俺がいてたコニツカの教会、あそこの庭に大きな白い犬が来て、尻尾を振ってるんだ。で、思うさま撫で回した。あれは良かったなぁ……温かくてふかふかで、本当に気持ち良かった」

 思い出してうっとりしている先輩に、エリアスは胡乱な目を向ける。我に返ったオリヴェルは咳払いして表情を取り繕い、それで、と相手に話を戻した。

「おまえにも、そういう温かい触れ合いを、せめても夢に見て癒やされて欲しいよ。現実はなんだかんだで毎日いろいろ厳しいからなぁ」

「……」

 温かい触れ合い、と聞いて、エリアスはふと懐かしむ面持ちになった。誰を思い出しているのかと、オリヴェルは敢えて訊かない。今こうして記憶を呼び戻したことで、今夜の夢に出てきてくれるように願うだけだ。

「それじゃ、もう行くよ。カミツレ茶は効くかもな。いい夢を」

 笑顔で席を立ち、ぽんと後輩の肩を叩いて部屋を出る。たわいない会話だったが、彼の安眠の助けになれば幸いだ。主がお目こぼしくださり、楽園の魂を束の間だけでも夢に遣わしてくださるように、と祈りながら、オリヴェルは自分の仕事に戻っていった。




 なお、翌日。

「あなたのせいですよ。犬が……白くて大きい犬が、出てきました……」

「えっ。それは、良かった……んだよな?」

「押し潰されました」

「……もしかして、布団が重いのでは?」

 安眠するにはまず寝具から。




2026.4.9


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― 新着の感想 ―
パイセーーン!! 後輩の夢見までお世話してくれてありがとうございます!! でっかい犬に押しつぶされたwww ギリギリ悪夢……か……? エリアス君、歯ぎしりとかありそうで心配です。
お布団重いと、本当に眠りに影響しますからね! 同じ夢見の悪さでも、ムカツクあいつより、大きな犬のほうが断然マシですね〜
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