魂なきものへの祈り
本編完結後、後日談(羽化の刻)以前。聖都でエリアスが資料文献に埋もれていた頃。朗らか担当先輩とキレッキレ担当後輩の話。
「エリアス、ちょっと力を貸してくれないか」
遠慮がちに頼みに来たオリヴェルは、資料の山の向こうから現れた顔を見て眉をひそめた。「大丈夫か?」
「心配ない、寝不足なだけだ」
赤毛の女司祭は不機嫌に唸り、深いため息をついた。両脇に積まれた書物と巻物を憂鬱げに見やって頭を振る。
「書庫の整理が終わらない……以前なら求める書のほうから出てきてくれたのに、探すだけで一日仕事だ。それで? 何を頼みに来たんです。できれば資料探し以外であって欲しいですが」
「それなら、気分転換になるぞ。実は、銀環を悪魔に奪われたという司祭がいるんだ」
「悪魔に?」
エリアスは表情を引き締め、居住まいを正してオリヴェルを見つめた。『復活の日』以降、悪魔や外道のしらせは激減したが、そもそも昔から、この聖都に悪魔が現れたという記録はない。もし本当に悪魔なら、ちょっと力を貸す、などという話ではなく大騒ぎになっているはずだ。
目顔で説明を求めたエリアスに、オリヴェルはひとつうなずいて答えた。
「昨日、街の教会に招かれて会食したんだが、その席に遅れてきた一人が銀環をしていなかったんだ。どうした、と訊かれて初めて気が付いたらしく、ひどくうろたえて……なくした、いや盗まれた、奪われたんだ、と言い出した。遅刻しそうだから急いで裏道を通ったが、その時ぶつかった奴がいる、あの時に盗まれたんだ、そんなことができるのは悪魔憑きに違いない、と」
「酔っ払っていたのでは?」
エリアスは露骨な疑いの声を挟んだ。オリヴェルは真面目な顔のまま首を振る。
「少なくともその時は酔っていなかったよ。もちろん俺も、その場にいた皆も、悪魔だなんてすぐに信じたわけじゃない。その司祭――アラン司祭が、ここだけの話にしてくれ、と言い出したから余計にな。銀環を奪った奴の行きそうな場所は心当たりがある、自分で取り返すから表沙汰にしないでほしい、と頼まれて」
「馬鹿馬鹿しい。不注意で紛失したのをごまかして、罰を免れたいだけでしょう」
「かも知れないが……だとしても、おまえに調べて欲しいんだ。そもそも銀環を紛失するなんて、よほどのことだろう? 寝る時以外ずっと身に着けているものだし、鎖が切れることもまずありえない。なにしろ神銀製なんだから。道を歩いていて落っことすなんて考えられないし、だから……悪魔ではなくとも何か揉め事があって、隠しているのかもしれない。そういう厄介事については、やっぱり元浄化特使の知恵と経験が頼りになると思うんだ」
師と共に世俗の世界に深く関わった経験を評価され、エリアスはまんざらでもない顔をしたが、口に出しては
「だったらいつものごとく、罪と恥を暴くことになりそうだ。案内して下さい」
と素っ気なく応じたのだった。
聖都ヴィルギスは大都市だ。大聖堂をはじめとする大小無数の礼拝堂、教会の運営に携わる数々の省庁にその下部組織、そして世界屈指の人口を養う多々の産業。
中心部は教会の関連施設ばかりだが、少し離れると一般市民の生活が営まれており、その雰囲気は他の商業都市と大差ない。取り立てて宗教的でも敬虔でもない、世俗的で猥雑なそうした界隈に、件の司祭の教会はあった。
「オリヴェル司祭、気にかけて下さったことは感謝しますが、なんと畏れ多い。かの高名な女司祭エリシュカ殿を煩わせるなどとは」
恐縮というよりは迷惑そうに言ったアラン司祭は、半白髪の初老の男だった。怯えの色も隠せていない。元浄化特使でなくとも、怪しい、と疑いを抱くだろう。エリアスは典礼用の女司祭の顔を見せず、いつもの調子で事務的に告げた。
「気兼ねは無用です。今日の私は元浄化特使エリアスとしてここにおります。悪魔に銀環を奪われたと聞きました。その時の状況をもう一度、話して下さい」
「それは、その」
アラン司祭は言い淀み、落ち着きなく視線をあちこちにさまよわせてから、無意識に銀環のあるべき胸元に手をやって空を掴んだ。
「……昨日、会食に招かれていることはわかっていたのですが、その……朝から色々あって、気が付けば昼を回っており……大急ぎでここを出ました。近道をしようと、普段あまり通らない裏道を通ったところ、向かいから来た者にすれ違いざま強くぶつかられて」
「それはどんな人物でしたか?」
「急いでいたものですから、あまりよく見ておらず……男だったとは思いますが。ここで絡まれてはたまらないと、走ってその場を離れて、会食の席で初めて銀環がないことに気が付きました。銀環は、教会を出る時も確かに身に着けていましたから、あの時に奪われたとしか考えられません」
「あるいはぶつかった時、どこかに引っかかって鎖が切れたか。その場所へ案内してください」
エリアスが言うと、アランはいかにも困った顔をしたが、断る口実が見付からず、二人を連れて外へ出た。
「こちらです。ですが、その……恐らくですが、銀環を持ち去った男が住んでいる辺りには心当たりがあるのです。お二方を煩わせるほどのことでは」
「先ほどはよく見ていなかったとおっしゃったが、もしや顔見知りだったのですか」
エリアスが突っ込むと、アランはしどろもどろになった。
「知り合いというほどではなく、時折姿を見かけるので。多分あの男だと思い、昨日すぐに一度行ってみたのですが、その時は……ええと、不在で」
明らかに、どう辻褄を合わせるかを考えながらしゃべっている。エリアスは舌打ちしたいのを堪えて、相手が示した薄暗い路地を覗き込んだ。背後ではオリヴェルがいかにも誠実に、災難でしたね、などとアランをいたわっている。
エリアスは小声で看破の秘術を唱えた。馬鹿らしいとは思うが、万が一、アラン司祭の弁明に砂粒ひとつほどの真実が含まれていたなら、何かしら霊力の徴が残っているかもしれないからだ。しかし案の定、銀光の揺らぎは見えなかった。
「悪魔なり悪魔憑きなりがいた痕跡は、少なくとも今は見当たりませんね。やはり鎖が切れて落ちたのかもしれません。探して……」
「あらぁ旦那様、昨日はどうもぉ」
艶めいた声に遮られ、エリアスは驚いて振り返った。アランとオリヴェルのそばに、若い女が一人立っている。
(娼婦か)
一見しただけでエリアスはそう判断した。この付近に売春宿はないが、何かの用事で外出しているのだろう。外歩きするためケープを羽織っているが、その下は恐らく肩や胸元が露出した服だろうし、化粧も独特の雰囲気がある。かつて師と共に訪れた安い売春宿での記憶が結びつく。
娼婦特有の、いかにも媚びる姿勢。相手を気分良くさせることに注力しているのが、目つき仕草そのほかあらゆるところから窺える。そして――その陰にひっそりと沈んでいる、砕けた自尊心の残骸も。
エリアスが観察している前で、オリヴェルが持ち前の分け隔てなさで娼婦に会釈し、アラン司祭に「お知り合いですか」と尋ねた。それがただの質問であり、難詰でも批判でもないのは明らかだったが、アランは過敏に反応した。
「知りません! いや、こんな女はまったく」
「まあ、『こんな女』だなんて、随分じゃありません? 昨日は何度も名前を呼んで下さったじゃありませんか。甘い声で、レナータ、おおレナータって。あたしのことが忘れられなくて、夜にもう一度おいでになったんでしょ。聞きましたよ。よそに出ていてお相手できなくて、あたしも残念でしたわ」
「……なるほど」エリアスは冷ややかに納得した。「銀環を外すのは寝る時だけ、ただし寝るのが自室とは限らない、というわけか。アラン殿、その女性の店に置き忘れたのですね」
「――っ、わ、私は決して、いかがわしい店になど」
「あなたの行状はどうでもよろしい」
エリアスはぴしゃりと遮った。まるで亡き師が身体を借りたかのように、険しい表情で腕組みする。
「貞潔の誓いを破る司祭はあなたに限ったことではないし、この件も一応報告は上げるが、ろくに処分もされないでしょう。問題は銀環の行方です。昨夜もう一度行ったのは、忘れた銀環を取り戻すため。だが既になくなっていたのですね」
そこでエリアスは娼婦レナータを振り向き、「あなたはご存じありませんか」と問いかけた。が、相手は目を丸くしてこちらを凝視しており、質問に答えるかわりに驚きの声を上げた。
「ええっ、あなた女よね? どうして司祭の格好なんて……あ、もしかして、今日はそういう趣向の集まり? 確かにちょっと格好いいけど」
「……私は正式な司祭ですよ。女でもなれることになったんです」
「うっそ、本当に? へぇ、すごいのねぇ」
感嘆の声になぜか警戒の色がまじる。エリアスはその理由がわかるような気がして、威圧的にならないよう腕組みをほどいた。
「どうやらこのアラン司祭は、あなたの部屋に銀環を置き忘れたようです。見かけた覚えはありませんか」
もう一度丁寧に質問し直したが、今度は当のアランが割り込み、レナータに指を突きつけて罵った。
「決まってる、こいつが盗んだんだ! 金目のものを忘れていくなんてこれ幸いと、銀環のなんたるかも理解しないちっぽけな脳みそで」
見かねたオリヴェルが「アラン殿」とたしなめる声を挟んだが、既にレナータは愛想笑いを消していた。敵意にこわばった表情で、ふん、と鼻を鳴らして言うには。
「あたしは知りませんよ、旦那様が大慌てで服を着て出て行くのは見てましたけど。忘れ物があったかどうかなんて確かめてないし、仮にあったとしても、銀環なんて盗んで何になるんです。売れやしないし、自分の身を飾るのにも使えない。そりゃ、あたしたちは小鳥みたいにちっぽけな脳みそでさえずるだけの仕事ですけどね、銀貨と銀環の区別ぐらいはつくんですよ。店になかったのなら、よそに忘れたんだか落としたんだか、何にしても自業自得ってものじゃないんですか」
馬鹿にされたアランは怒りに顔を歪め、殴りかかりそうな剣幕で詰め寄った。
「売女の分際でよくも! 自業自得だと? それというのも、そもそもおまえたちが身体を売るのが悪いのだ、売っていなければ誰も買わず道を踏み外しもしないというのに! 男の弱みにつけこんで金を搾り取る悪魔どもが!」
レナータは怒りに目を瞠り唇をわななかせたが、相手の剣幕を恐れて言い返せず、蒼白になって後ずさる。まずい、とエリアスは彼女の背後に回り込んだ。ここで彼女が逃げ出せばアラン司祭は溜飲を下げるだろうが、銀環の手がかりが失われてしまう。エリアスはレナータを支えるように肩に手を置き、アランに向けて言った。
「確かに、身体を金で売るというのは忌むべきこと。その義憤は、ぜひ、彼女の店に乗り込んで主にぶつけられよ」
思いがけない方向から切り返され、アランが怯む。エリアスは冷ややかに追撃した。
「女を売って堕落を誘う悪魔の商売などまかりならん、と抗議なさるがいい。そのほうがよほど効果があるというもの。違いますか? どのみちあなたの罪は消えませんがね」
「そ、れは……」
咄嗟になんとも応じられず、アランは口ごもって曖昧に唸りながら目を逸らす。エリアスの手の下で、細い肩から力が抜けた。
気まずい沈黙の後、レナータがふっと息を吐いてエリアスに向き直った。
「言い返してくれて、ありがと。もう知るもんか、って帰るつもりだったけど、あなたには教えてあげる。銀環の在処、心当たりがあるから」
アラン司祭はついて来るな、とレナータが言うので、エリアスとオリヴェルの二人だけが銀環を取り戻しに向かうことになった。
むかつく男と一緒に歩きたくない、という心情は理解できるが、結局のところ銀環は持ち主に返すわけで、それは構わないのかとエリアスが問うと、彼女は肩を竦めて答えた。
「あのご立派な旦那様が銀環をなくして困ったことになったって、あたしは一向かまわないんだけど。ただ、銀環を借りたあの子があいつに盗人呼ばわりされるのは嫌だから」
「あの子?」
エリアスが聞き返すと同時にレナータが足を止める。三人は教会墓地の外れまで来ていた。
あそこ、とレナータが視線で示す。楡の木の根元にしゃがみ込む、一人の少女を。あまり栄養状態のよくない、痩せて小柄な後ろ姿だ。
「店で生まれた子。母親はもういなくてね、皆で面倒みてる。唯一の友達は猫のカスパルで、すごく可愛がっていたんだけど、死んじゃって……お墓をつくったのよ。だけど司祭様は誰も猫のためにお葬式は出してくれない。銀環がなくなったって聞いて、すぐにあの子だと思ったわ。お祈りしてあげないとカスパルが楽園に行けないって、ぐずぐず泣いてばかりいたもの」
「ああ……そういうわけか」
エリアスは納得し、少女の背中を見つめた。オリヴェルが困ったようにつぶやく。
「確かに、聖典の教えでは動物たちには魂はない、とされているからなぁ。犬や猫が死んでも、人間のような葬儀をしてやる必要はないわけで」
「だけど」とレナータが唇を尖らせる。「それじゃあ飼い主の気持ちがおさまらないのよ」
うん、とエリアスもうなずく。自身もかつて猫を飼っていたから、よくわかる。
「家族同然、どころか、家族の誰よりも深い愛情を注いでいたりするものですからね」
「だからと言って教義に背くわけにもいかないし、さて、あの子にどう言って聞かせたものかな」
オリヴェルが首を捻り、じきにひとつうなずいて歩き出した。エリアスとレナータもついていく。
足音に気付いて少女が振り返り、怯えた顔を見せた。「マリカ」と娼婦が呼びかけ、軽く手を振って安心させる。
「大丈夫よ、この司祭さんたちは怖くないから」
思わぬ紹介を受けて、オリヴェルが面白そうに眉を上げ、後輩を見る。何かと手厳しいことで恐れられている女司祭としては、黙って首を竦めるしかなかった。
オリヴェルは後輩をからかうのは控え、長身を折って少女のそばに膝をついた。
「やあ、マリカ。猫さんのためにお祈りしたくて、銀環を借りたんだね」
暖かな日だまりのように人好きのする微笑で話しかけた司祭に、マリカは両手を胸の前で握りしめたまま、こくんとうなずく。そして、おずおずと手を開いて銀環を差し出した。
「ねえさんが帰ってきたら、渡して、返してもらおうと思っていたの」
「返してくれてありがとう。いい子だね。でも、黙って借りたのは良くなかったな」
「ごめんなさい。でも、あの司祭さま、猫に葬式なんかいらないって、怒ったから」
訥々と言い、うつむく。黙って拝借する前に、もちろん一度は頼んでみたのだろう。猫のために祈ってほしい、と。だがそれをアラン司祭は邪険にした。そこで何かしら少女を納得させる話をしてやれば、こんな騒動にもならなかったろうに。
「猫に魂がないなんて、嘘だよね? だってカスパルは、すごく賢くて優しくて……」
言いかけた途端に、大きな瞳が潤み、ぽろぽろと大粒の涙が頬を伝い落ちる。オリヴェルは優しく少女の肩をさすってやった。
「そうだね。教会では動物たちに魂はないと言われているけど、それは死んだ後の話なんだ。人間と違って、彼らはその時その時を精いっぱい生きたあと、死を受け入れて素直にこの世を離れて、おおいなる天へ還ってゆく。人間みたいに、もっとあれがしたかったとか、死んだ後も楽園で過ごしたいとか、欲張ったりしないからね。いつまでも魂だけ居残ったりしない。だから、死後の平安を祈ってやらなくても大丈夫なんだよ」
「でも……でも、それじゃカスパルは、もういないの? どこにも?」
「どうだろうね」オリヴェルは優しく答える。「人間と深くかかわった動物ならば、もっとあの人間のそばにいたかった、と強く願うこともあるだろう。カスパルがマリカを大好きだったなら、楽園の門の前で待っているんじゃないかな。そのぐらいは神様も、きっとお許し下さるよ」
「待ってて……くれるかなぁ」
「カスパルは親友だったんだろう? それなら絶対に待っているよ。だから、いつかマリカが地上を旅立って楽園に行く日まで――ずっとずっと先だろうけど、それまでカスパルが気持ちよく眠っていられるように、特別にお祈りしてあげよう」
言ってオリヴェルは自分の銀環に手を当て、聖印を切った。木の根元のささやかな盛り土に向けて、死者の安息を願う祈りを唱える。マリカも横で改めて手を組み、一途に祈っていた。
「慈しみ深い主よ、ここなる娘マリカに優しい友カスパルをお与えくださったことを、感謝します。今日、あなたの御手のうちに、この小さな命を委ねます。どうか楽園の前庭で安らかに憩わせてください。そしていつかマリカとカスパルが再び御許で出会えますように……」
無事に銀環を持ち主に返して帰途についたエリアスは、緊張が解けた途端に疲労と眠気に襲われてしきりにあくびを噛み殺していた。
「助かりましたよ、オリヴェル。正直、寝不足で頭が働いていなくて……あの子にどう話せばいいか、全然思いつかなかった。あふ……まぁ、どちらにせよ、優しく慰めるのは私よりあなたが適任ですが」
「こっちこそ、疲れているのに付き合ってくれて助かったよ。アラン司祭に厳しく言い返してくれて……俺は彼を宥めることしか思いつかなかったから」
「それだとレナータは、我々に心を開いてはくれなかったでしょうね」
「だろうなぁ」
オリヴェルは苦笑し、やれやれと頭を振る。そこでふと思い出し、隣を歩く後輩を改めてしげしげ眺めた。
「しかし彼女、おまえのことを知らなかったのは驚いたな。一時はどこに言っても噂で持ちきりだったのに」
「我々が思うほどには、持ちきりでもなかったんでしょう。教皇聖下がどうこうというならともかく、しょせんただの司祭ですから。叙任式も大勢と一緒にまとめておこなわれましたしね」
「いや、だけど、史上初の女性司祭だぞ?」
「この聖都であっても、教会の人事なんかに興味の無い人もいるということです」
エリアスはこだわりなく淡泊な口調で、他人事のように客観的に言う。
「聖都の中心部で生活していると、教会が世界のすべてかのように錯覚してしまう。確かに教会の影響力は広く行き渡っているだろうが、その下で暮らしている人々にも、それぞれの『世界』があるということを忘れてはいけない。我々は絶対ではないのです」
言葉尻でまた小さくあくびを漏らし、はずみでつまずいてよろける。オリヴェルがそれを支え、微笑んだ。
「思い上がるな、と言うんだな。うん、確かにそうだ。……おまえのそういう姿勢も、グラジェフ様から授かったんだろうなぁ。厳しさだけじゃなく、傲慢に気付くことのできる視点というものを」
「……」
しみじみと褒められて、エリアスは何ともややこしい顔をする。この先輩相手に素直に誇らしさをあらわすのは、いささか照れくさい。だからうつむいて表情を隠し、
「眠いです」
不機嫌を装ってぼやき、歩き出す。オリヴェルは「帰り着くまでもうちょっと頑張れ」と励ましながら、いつでも後輩を助けられるように、横に並んでくれた。
2025.10.29
ちなみにオリヴェルも一時は後輩を本名のエリシュカで呼ぶ努力はしてみましたが、
「あなたにその名前で呼ばれるのはどうにも気持ち悪い。というか、据わりが悪い。できればエリアスのままでいさせてほしい」
と、何かといえば女司祭女司祭と性別を強調されるのに辟易していた本人に言われて、相変わらずの呼び方になっています。




