第38話 社交シーズンの前に。
あれから数日――。
じぃちゃんの清涼機の量産に付き合わされているうちに、いつの間にか、社交シーズンが始まる時期が近づいていた。
そして今日は、母さんが頼んでいた礼服が届いた。
母さんが俺と、エミール兄さん、フィリップ兄さんの三人分まとめて頼んでいたらしく、今日は俺たち三人で礼服の最終確認をすることになっていた。
応接室に呼ばれ、仕立て屋に礼服の最終確認をしてもらう。
紺色のスリーピースで、シルバーの糸で上品な刺繍が入っている。
俺が使っている扇涼も、水色から紺色のグラデーションだから、これにもよく合いそうだ。
さすが、母さん。 俺の好みをよく分かっている。
派手すぎなくてよかった。
……ん? 少し、きついような……。
……まさか。 最近、魔導具作りにかまけて、あまり動いてなかったからか?
……これは、少し運動した方がいいかもしれない。
「フィン様。いかがでしょう?」
「……ちょっときつい気もするけど、夜会まで運動するよ」
「これくらいでしたら、すぐにお直しさせていただきますよ?」
「いや、これで大丈夫」
「なんだ、フィン。太ったのか? 騎士団に鍛えに来ればいい」
「俺が騎士団の訓練についていけるわけないよ。それに、これはアイスを控えればいいだけだから……たぶん」
「フィンは本当に、部屋と作業部屋ばかりにいるからな」
「……魔導師団に入り浸ってるフィリップ兄さんに言われても」
「俺は仕事で行っているんだ」
「俺だって作業部屋で仕事してるよ」
「他の国のことわざに『どんぐりの背比べ』というものがあるが……お前たち二人のことだな」
……エミール兄さんに言われるのは、なんだか癪だな。
そんなやり取りをしながら、三人の礼服の確認は終わった。
仕立て屋を見送った後、母さんが満足そうに俺たちを見回した。
「三人ともよく似合っているわ。
フィンも、少しきついだけなら問題なさそうね」
「うん。夜会までには少し運動するよ」
「……本当に運動するのか?」
エミール兄さんが疑わしそうに俺を見る。
「するよ。……たぶん」
「その『たぶん』が信用ならないな」
「大丈夫だって。アイスも控えるんだから」
それに、俺が参加するのは王家主催の夜会だけだ。
王家主催の夜会は社交シーズンの最後だから。 まだ時間はある。
……たぶん。
「ティアナも今年から夜会に参加するのだから、フィン、しっかりしなさい。私たちが挨拶に回っている間は、フィンがティアナの側についていてあげるのよ」
そういえば、今年からティアナも家族と一緒に夜会へ参加するんだったな。 冬のデビュタントを迎える前に、少しずつ社交の場に慣れておくためだ。
「……分かってる」
俺自身、夜会での立ち回りに慣れているわけではない。
まぁ、ティアナの方が俺よりずっと社交に向いている。 俺が余計なことをしなければ、きっと大丈夫だろう。
「そういえば、兄さんたちはいつまで休みなの?」
「明日までだ。それからは普段の業務に加え、夜会の警備やらで忙しくなる」
「フィリップ兄さんも?」
「あぁ。魔導師団も社交シーズン中は仕事が増えるからな」
「そっか」
俺は二人の礼服を見る。
……なんだか、いつもより家族みんなが忙しくなりそうだ。
「明日、叔母さんたちが来るんだよね?」
「えぇ。みんなが忙しくなる前に、お茶会は明日になったの」
「二人に扇涼を渡したいから、俺もお茶会に顔を出すよ」
「私たちも、叔母上たちに挨拶してから王城に戻ることにする」
エミール兄さんがそう言うと、フィリップ兄さんも頷いた。
「明日なら、まだ時間も取れるし」
そんな話をしながら、俺たちは届いたばかりの礼服を眺めつつ、しばらくお茶を飲んでいた。
「それにしても、今年の夏は暑いわね……。外出した時、せっかくセットした髪が、汗でうねるのよ」
前世の時より湿度が低い分、カラッとした暑さだけど、汗をかけば髪型が崩れてくるのは分かる。
そんな時は、ヘアアイロンで伸ばしたりできていたけど、この世界にヘアアイロンはない。
……作るのもありだな。
火属性と風属性を組み合わせれば、乾風の応用で作れそうだ。
乾風は、俺が子供の頃に作ったドライヤー型の魔導具だ。
当時は女性にとても喜ばれた。
……そういえば、ばぁちゃんもかなり喜んでたな。
なら、ヘアアイロンも喜ばれるかもしれない――。
母さんが、呆れたように俺を見ていた。
「フィンったら、また黙り込んで……。今度は何を作るつもりなの?」
「さっき母さんが髪がうねるって言ってたから、それをどうにか出来ないかなって。乾風の応用で魔導具が作れそうだから試してみるよ」
「まぁ!それは楽しみだわ」
38話を読んでいただき、ありがとうございます。
明日、月曜日から1話ずつの更新に変更します。
これからも楽しんでいただけたら嬉しいです!




