王都
そして王都ルミナリアに行くことになった。
山道を進む馬車の中。
揺れはそこまで激しくなく、窓の外には穏やかな景色が流れている。
王都までは約一時間。
先ほど会ったクラウス達とは、最低限の会話しかしていない。
こちらの事情をどこまで知られているか分からない以上、下手に喋るわけにはいかなかった。
――信頼できるかどうか。
それを見極めるまでは。
「ねえ?」
不意に、正面から声がかかる。
顔を上げると、ミリアがこちらを覗き込んでいた。
「なんですか?」
「貴方の世界はどんな感じだったの?」
「……そうですね」
一瞬だけ言葉を選ぶ。
「まあ、魔法なんてものはありませんでしたね。モンスターもいません」
「そう……平和な世界なのね」
ミリアは少し羨ましそうに呟く。
「いえ」
レイは首を横に振った。
「人間同士の争いは、絶えませんでした」
「……そうなの?」
「ええ」
視線を窓の外に向ける。
「国同士で戦争をしたり、同じ国の中でも争いが起きたり」
「魔物がいないのに?」
リオンが不思議そうに口を挟む。
「いないからこそ、かもしれません」
淡々と答える。
「資源や土地、思想の違い……理由はいくらでもあります」
「難しい話ね……」
ミリアが肩をすくめる。
「この世界だと、敵ははっきりしてるのに」
「ええ。ですが――」
一度言葉を区切る。
「人間同士の争いの方が、厄介なことも多いですよ」
「……どういうことだ?」
今度はクラウスが興味を示した。
「魔物であれば、倒せば終わりです」
「……ああ」
「ですが人間は違います」
少しだけ、声のトーンが落ちる。
「感情がありますから」
馬車の中が、わずかに静かになる。
「恨みや怒り、恐怖……そういったものが積み重なって、争いは終わらなくなる」
「……なるほどな」
クラウスは納得したように頷いた。
「確かに、それは厄介だ」
「ええ」
軽く頷く。
「だからこそ、平和というものは簡単には手に入らないんです」
「でもさ」
リオンが身を乗り出す。
「そんな世界で、なんであんたはそんな落ち着いてるんだ?」
「……どういう意味でしょうか」
「いや、なんつーか……」
言葉を探すように頭をかく。
「もっとこう、荒れててもおかしくないだろ」
「そうですね」
少しだけ考える。
「単純に、関わらないようにしていただけです」
「関わらない?」
「ええ」
小さく息を吐く。
「争いに巻き込まれないように、生きていました」
「……なるほどな」
ガルドが低く呟く。
「それでその強さか」
「いえ」
即座に否定する。
「これは、あちらの世界では持っていなかったものです」
「……そうだったな」
クラウスが思い出したように言う。
「異世界から来た、と言っていたな」
「ええ」
軽く頷く。
だがそれ以上は踏み込ませない。
空気を変えるように、ミリアが話題を振る。
「じゃあ、その世界の王様ってどんな人だったの?」
「王様、ですか」
少しだけ考える。
「国によって違いますが……そうですね」
「俺のいた国で言えば、“選ばれる”存在でした」
「選ばれる?」
「ええ」
「血筋だけでなく、多くの人間の支持を得て、その地位に立つ」
「へぇ……」
ミリアが感心したように声を漏らす。
「なんか、ちゃんとしてるのね」
「一概にそうとも言えませんが」
少しだけ苦笑する。
「例えば、俺のいた国の代表は――まあ、王というよりは“政治家”と呼ばれていましたが」
「名前は?」
「……黒崎という人物でした」
適当に、しかし自然に答える。
「黒崎か」
クラウスが繰り返す。
「どんな人物だったんだ?」
「そうですね……」
少しだけ視線を落とす。
「理想を語るのは上手い人でした」
「それは良いことじゃない?」
ミリアが首を傾げる。
「ええ。ただ――」
一拍置く。
「それを実現するかどうかは、別の話でした」
「……あー」
リオンが納得したように頷く。
「そういうタイプか」
「はい」
「口では綺麗なことを言うが、現実は違う」
「どこの世界も似たようなものね」
ミリアがため息をつく。
「ええ、本当に」
静かに同意する。
その時だった。
「だが、それでも――」
クラウスがゆっくりと口を開く。
「国を守るために立つ者は必要だ」
その言葉には、強い意志があった。
「理想だけでは守れない。だが理想がなければ、守る意味もなくなる」
「……」
レイは少しだけその言葉を見つめる。
「だからこそ、我々のような者がいる」
クラウスは静かに笑った。
「剣を持ち、盾となる者がな」
「……立派ですね」
素直にそう言う。
それはお世辞ではなかった。
「そんな大したものじゃないさ」
クラウスは肩をすくめる。
「ただの仕事だ」
「でも、その仕事で救われてる人は多いと思うわよ?」
ミリアが横から言う。
「……そうだといいがな」
少しだけ照れたように笑うクラウス。
その空気を見て、レイはふと目を細めた。
(……悪くない人たちですね)
少なくとも、信用に値する可能性はある。
完全ではないが――
“敵ではない”とは判断できた。
その時だった。
御者の声が外から響く。
「見えてきたぞ! 王都ルミナリアだ!」
視線を外に向ける。
そこには――
巨大な城壁と、広がる街並み。
この世界の中心とも言える場所が、姿を現していた。
「……なるほど」
小さく呟く。
「これが、王都ですか」
静かな声の中に、わずかな興味が混じっていた。




