【怠惰】なぬいぐるみ
夢魔がやってくるかも知れないと言われた日から翌朝。
夢魔の被害で寝たきりになっていた人達が普通に起きたらしい。
俺にはさっぱり分からないが、多分昨日のうちにみんなが倒してくれたんだろう。
そう思って朝、礼を言おうと思うとこっちはこっちで変な事が起きていた。
「昨日の事を覚えてない?」
「ええ。夢魔がやって来て戦った所までは覚えているんだけど、ちゃんと倒せたかどうか覚えてないのよ」
との事。
よく分からないけど最後まで記憶がないらしい。
でも被害などはなくなったのだから倒したんだろうっとみんな思っているらしい。
「でも本当に倒せたのかどうか分からないからちゃんと確認しておかないと」
真面目だなっと思うがチート相手なのだから当然と言えるのかも知れない。
とにかくチートな夢魔はどうにかなったそうだ。
随分と前に眠らされた人も起きたが、寝たっきりになっていたので少しリハビリが必要な人も居るそうだがすぐに退院できるらしい。
そして昨日と今日眠らされた人達は普通に起きて事件の事を後になって知った人の方が多い。それから全員寝ている間の事は覚えていない。
だから本当に夢魔によって眠らされていたのか、そうでないのかも分からないのである。
俺と言う一般人からすれば精神世界と言う時点でさっぱり分からないのだが、何事もなく終わったのであればそれでいいだろう。
「何はともあれ、ありがとな。厄介な夢魔を追い払ってくれて」
「ちゃんと倒せたかどうか分からないからこれから改めて確認するんだけどね。それに、君の『ありがとう』は凄くホッとするんだ」
「何で俺限定なんだよ。他のみんなからもありがとうは言われてたじゃん」
「それは……君が普通の人だからだよ。私達のほとんどが君みたいな普通の人を守るために英雄になった物だからさ、普通の人からのありがとうの方が、嬉しいんだよ」
そういわれても俺にさっぱり分からない。それに普通の人だからこそと言われてもこの学校では欠点ではないだろうか?
そういって彼女は自分の席に戻っていった。
俺は普通の人だから良いと言う言葉の意味を考えていると、愛香さんが俺に話しかける。
「夢路さんにお礼言ってたの?」
「ああ。でも俺みたいな普通の人からのありがとうが嬉しいってさ。俺には違いが分からん」
「あ~。それは確かに普通の人には分かり辛いかも」
愛香さんは何か納得したように言うが俺にはさっぱり分からない。
きっと英雄という存在にしか分からない事なんだろうと思いながらこの日も平穏に終わる。
部屋に帰って、いつも通りバックを置いて制服から私服に着替えてふと思った。
今日のベルはいつも以上に寝ているなっと。普段は帰ってきた時辺りに目を覚まして話しかけてくるのだが、今日は寝ている。
いつも通り穏やかな表情で寝ているし、たまにはこんな日もあるだろう。というかベルはずっと寝ている方が自然だろうから、むしろ俺に合わせて起きてくれていたというべきかも知れない。
だから俺はベルの事を起こさないようにそっと抱きしめてから晩飯まで軽く寝るのだった。
――
「あの先輩。この空間って一体何なんですか?かなり強固な結界に似ていますけど、違いますよね?」
先日ベルフェゴールの手によってこの謎の空間で働かされる事になった淫魔が先輩淫魔に問う。淫魔と先輩の膝の上にはさえない中年男性の頭が置いてあり、いわゆる膝枕をしてあげている状態だ。
この空間で働くとは以前言われた通り様々幸せな夢を見せる事。だからこうして夢を見せる対象に触れる事で幸せな夢を見せている。
先輩は何て事のない様に言う。
「ええそうね。ここはベルフェゴール様が造った空間よ、結界に近いけど世界の創造に近いかしら」
「世界の創造って、それってどれだけのエネルギーが必要なんですか?あ、そのためにこの人間達を?」
「それは多分貴女も見た悪夢を見ている天使や神々から搾り取ってるらしいわよ。でもここに居る人間達は全員信者らしいわよ?」
「って事は悪魔信仰?」
「そうかもしれないわね。本人は私達に仕事を押し付けて寝てるけど」
先輩はベルフェゴールの姿を見てそう言った。
ベルフェゴールはいつものように夢の中でも眠っている。今はぬいぐるみの姿と女の子の姿、どちらも存在し、女の子型のベルフェゴールがぬいぐるみ型のベルフェゴールを抱いて眠っている。
「あれ、どっちが本体なんですかね?」
「どっちもでしょ。ここはとある現実の世界らしいけど、ベルフェゴール様の力のせいで半分以上夢の世界と変わらない様だから」
「……あの人本当に強過ぎません?どうやったらあそこまで強くなれるんでしょう?」
「さぁ?でもここなら私達にとっても都合がいいし、こうして夢を見させるだけだから楽だものね」
「それは、はい」
こうしてベルフェゴールと契約した夢魔や淫魔達は今日も働く。
――
ベルフェゴールは夢を見る。
本来異形である存在達は夢など見ないが、今回はただ過去の記憶を整理するための夢なのでベルフェゴールは寝ながら過去を思い出していると言った方が正しい。
見る夢はいつも同じ夢。それはベルフェゴールにとって大切な過去であり、かけがえのない大切な思い出だ。
それは初めて彼と会った日。
柊の前世、当然当時は名前も顔も違ったがそれでも彼との大切な出会いである事は変わらない。
ベルフェゴールが初めて彼に会ったのはとあるビルの中でだ。そのビルは既に無人で数年前に各テナントが撤退した後だったので世界の敵と言われていた彼らにとって都合の良い隠れ家で出会った。
世界の敵と呼ばれた彼らはベルフェゴール以外全員力が非常に弱まっていた。討伐される寸前と言える。それほどまでに弱っていた時に彼らはこの廃墟で身を潜める事にしたのだ。
そんなある日、彼とベルフェゴールは初めて会話をした。
『お前が【怠惰】か。初めまして、俺は――。名前は……ないんだっけ?』
『………………だぁ~れぇ~?君はぁ普通のぉ人間だよねぇ~?』
『確かにそうなんだけど……まぁあまり気にするな。俺には戦う力なんてないから。今日は学校サボりたい気分だったから、ここにしばらくいさせてもらおうと思ってさ』
『………………そぉ~』
そう彼が言った後、彼はベルフェゴールが置かれていたソファーで横になる。
汚くてどこから拾ってきたのか分からないソファーだが彼は気にせず横になって目をつぶる。
しばらく1人と1柱に無言の時間が流れた。お互いに世間話をする訳ではなく、本当にただ同じ時間を共有するだけ。
『ねぇ。君はぁ僕達の事ぉ恐くないのぉ?』
ふとベルフェゴールが聞いた。
彼は目を閉じながら言う。
『別に。今の所は』
『何でぇ?僕達ぃ、世界の敵だよぉ?』
『他の連中はともかく、お前は寝てるだけじゃん。ならこうして一緒に寝るぐらい別にいいだろ』
『……まぁ確かにぃ~』
『それにこの方が温かいからな』
そう言って彼はベルフェゴールを抱きしめた。
彼にとっては特に何も考えずにただ寒いからっと言う理由で犬か猫のようにベルフェゴールを抱きしめたが、ベルフェゴールにとっては初めての体験だった。
初めて人間に触れ、感じる体温は温かく、心臓の音が一定のリズムを響かせ、呼吸で胸がかすかに上下する。
それはベルフェゴールにとって、初めて心地いいと感じる眠りだった。
『………………あったかぁいぃ』
『だろ?』
『これからもぉ寝る時はぁこうして欲しいなぁ~』
『このぐらい別に良いよ』
こうしてベルフェゴールは彼が寝る時はいつも彼の心臓の音と呼吸音、そして抱きしめられている事から得られる体温を堪能してきた。
だがある日、突然彼はいなくなる。
自称正義を名乗る、ベルフェゴール達を倒そうとする人間達の手によって連れ去られた。
他の世界の敵達と協力して見付けた時に見つけた彼は、すでに死んでいた。
全身くまなく打撲の痕、腕も足も骨は折られ、爪は全てなくなっており、優しく笑っていた顔は何本も歯がなくなり、あごの骨までもが壊されていた。
自分達のせいだと悔やんでいた時に、ピクリと彼は動く。
壊れた顎と全身で這いずろうとする彼にみな駆け寄った。
そして想像だにしない言葉を発した。
『久しぶりだな、お前ら』
恨まれても仕方がない。自分達がまきこんだ。殺したいと思われたり、憎まれるのも当然だと思っていた彼らは驚愕した。
本当に、本当にただ久しぶりに会った友達に会って声を上げる。そんな風に彼は一言だけ言って、死んだ。
そしてこの後世界の敵は全員彼によって絶大なる力を得た。
決して失う事のない力を得た彼らは世界の敵として、彼を否定した正義の味方を全員、それぞれのやり方で仕返しをした。
その結果が世界の終わり。
その世界はそうして終わった。
ベルフェゴールは願う。そして誓う。
今度は彼とずっとこうして居眠りが出来ますように。
そして、こんな心地良いまどろみが続くように。




