矜持と憤慨
「こんにちは、猫毅」
唐突に掛けられた声は難しい依頼をしてくる少女の物である。
もしやと思いながら振り返ると案の定、と言うべきなのか、水軌が立っていた──。
*************************
この前言っていた期日には達していなかったが予定が空いていたから来たと言われてしまった優介は嫌そうな顔をしながら振り返ってみた。
「そうか、けど僕に予定があるとは思わなかったのか?」
「仕方がないだろう、今日は僕の友人が休むと連絡をしてきたんだ。それに、今日くらいしか予定は空いていないんだ」
大抵平日の放課後に校舎内でしか用件を話さない筈の彼女が、玄関に向かって廊下を突き進む。
かなり立派で、珍しい植物や綺麗な花が植えられている中庭が2階の窓からは見えている。
しかし、その景色を堪能する余裕すら無いのか珍しく焦った顔をした水軌に強く制服の裾──等の可愛げは無く、思い切り腕を引っ張られる。
何故か学校の外に連れ出そうとする水軌に対して違和感を覚えて少し優介の歩く速度が落ちると、また強く腕を引かれた。
流石に何の説明も無しに連れ去られそうな雰囲気で無言で廊下を進まれると少しは不安になってくるのが人間の性である。
一先ず理由だけでもと思い口を開く優介。
「何でこんなに急いでいるんだ? まるで──」
「うるさい、静かにしてくれないか。足音も殺して衣擦れも最小限にしてくれ」
優介に横暴だと思う暇すら与えられなかった。
「何かとつっかってくるやつが今日久々に授業を受けに来ているんだ」
と、小声で囁く水軌に優介は少し眉を上げた後に驚きで目を丸くして、自分を見ている水軌の死角で優介からは10mは離れた所に仁王立ちしている少女に気付き、目を離さない──否、離せなかった。
「あの子は、誰なんだ………?」
「えっ? 唐突にどうしたんだい?」
少し眉を潜めて話す水軌の声が離れているかの様に聞こえてくる。
あれは、違う。只の人間では無い。
アレはきっと何だって出来るだろう。
アレが望みさえすれば。
自分がする事を妨げられれば、きっと取り返しがつかない怪我を5秒も掛からずにその相手にさせる事が可能だ。
一応武道を嗜み生活している優介すらも、敵対行動されている訳でも無いのに震えが止まらない。
しかし、──男としての矜持が優介に背を向けさせない。
「──早く、先に、逃げて欲しい。時間を稼げるかは分からないが出来る限りは力を尽くすから」
だが、それを言われた水軌は言葉を意に介さず、頭を押さえながら視線を動かし冷たい目で少女を見る。
「冬朝、何でここに居るんだい?」
冬朝と呼ばれた少女は長いポニーテールを揺らし右足を一歩踏み出すと胸の下辺りで組んでいた腕を解きながら、
「何よ、私が此処に居るといけないって言うつもりなの!?」
そう、憤慨した。




