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二話 後編:青葉の生まれた日

 村が無くなってから二年程経ったとき、私はある任務に投入されることになった。その頃には、私は感情を完全に押し殺してボスに表面上は完全服従していた。自分で言うのもなんだが、ボスからは全幅の信頼を寄せられていたと思う。

 ボスと一緒に自動車へ乗って、村を出る。窓からは、黒く染まった森がさらさらと流れていた。三十分もすると、大都市への幹線道路へ出る。私は学校で話を聞くだけだった道路を初めて見た。窓から食い入るように外を見る私に、ボスが話しかける。

「村を出るのは初めてか」

「はい。胸が高鳴ります」

「嘘を吐け」

「申し訳ありません」

 ボスはカッカッカと笑う。私はかつて村を出て殴られたことを思い出して、思わず拳を握りしめた。

 幹線道路沿いに一時間も進むと、月の輝きよりもまぶしい光が近づいてくる。私は驚いて、ボスはまた笑う。

「あれは全部火事だ」

「それは一大事です。早く火消しを呼ばなくてはいけません」

「そんなわけないだろう」

 私の冗談が気に入ったのか、ボスがさらに笑う。

「では、本当は何なのですか」

「あれはな、人々の欲望だ。奢り高ぶる、バカな民衆ども。日本の将来すらも考えられない、無能どもよ」

 そう言ってボスは顔をしかめる。私にはボスの話が理解できなかった。最も、理解しようとすらしていなかったが。


 到着したのは、とても高い建物。入り口にはでかでかと『天奉会』の文字が掲げられていた。

「ここは俺たちの本部だ。ちょっと車ん中で待ってろ」

 そう言ってボスと運転手は建物へ入って行った。私はシートベルトも外さず、待機する。数分と経たないうちに、ボスたちが戻ってくる。手で降りろと指示されたので、その通りにする。ボスは私に地図とバックパックを渡す。

「これはお前のものだ。それと、地図は読めるな?」

 私は首肯する。ボスは地図上を指さしながら続ける。

「今俺たちはここにいる。そして、今回お前が殺す相手はここにいる。ホテル高崎の四〇三号室だ。方法は俺たちだとバレない方法で、時間は二日以内だ。バックパックの中に必要なものは全て入っている。あとは自由にやれ。終わったらつけられていないことを確認してここへ来い」

「了解」

 そしてボスは建物の中へ入って行く。その背中を真顔で送り届ける。ボスたちが見えなくなったところで、道沿いに歩き出す。

 煌々と輝く街の中、私は静かに笑った。歩く速度がだんだんと早くなり、鼓動が高鳴っていく。やがて私は走り出した。すこしの喜びと、たくさんの憎悪で。


 私はまず、人気のない路地に入った。バックパックの中身を確認する。まず目に入ったのは、サイレンサーと拳銃。腰へつけるためのホルスターも入っている。

 次に見つけたのはノートパソコン一式。村に電子機器はあまりなかったので、この手の道具は使いこなすまで訓練が必要だろう。

 あとは応急処置道具、フラググレネード、予備弾薬、ナイフ。そして通帳。通帳を開いて、金額を確認してみる。

「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……五十万円?」

 思ったより入っていて驚いた。これなら節制すれば当分は暮らしていける。はずだ。

 とは言ったものの、初めて来た都市でどうすればいいかわからなかった。まずは住む場所を確保しなくてはいけない。

「十二歳で賃貸を契約できるのかな」

 無理な気がする。ううむと唸り、バックパックを覗き込む。

「……あれ。これ鍵か」

 私は、バックパックの底に入っていた鍵を見つける。タグが付いており、そこには『白河ハイツ 二〇二号室』と書かれていた。そういえば、ホテル高崎の目の前に白河ハイツがあった気がする。私は地図を確認する。

「うん。間違いない」

 私は荷物をまとめて白河ハイツへ向かった。


 それは、俗にいうおんぼろアパートだった。二階建て六部屋の建物で、壁にはツタが這い、年季の入った壁には汚れが目立つ。木製のドアは塗装が所々剥げ、ドアノブにはサビがついている。キシキシと音を立てる金属製の外階段を上り、二〇二号室のドアへ鍵を差し込む。

「んっ……入らない」

 中まで錆びているのか、なかなか入らない。やっと入ったと思ったら、今度は回らない。数分間格闘して、やっと部屋に入ることができた。

 部屋は四畳半の1Kで、ちゃぶ台が一つある。部屋の中は割ときれいで、壁などの汚れは多少あれど、埃は溜まっていない。

 バックパックを下ろし、私は壁に寄りかかって座る。明日から行動するために、今日は早めに休む算段だ。感覚的に、恐らく二十三時を過ぎている。私は目を閉じ、眠気に身を任せた。




 窓から差す朝日に目を覚ます。目をこすり、声を出しながら床に転がって伸びをする。ごろごろと転がり、手足をばたばたと動かす。くるりと体を丸め、ぴょんっと立ち上がる。そのまま洗面所へ向かう。

 水道をひねり、顔をばしゃばしゃと洗う。

「あっ、タオルない」

 自然乾燥を待とうか。時刻は恐らく六時。ランニングでもすれば早く乾燥するかもしれない。というかそのままタオルを買いに行けばいいのではないだろうか。

 私は通帳を持って部屋を出た。近くのコンビニでお金を十万円ほど下ろし、そのお金でタオルを買った。しかしその頃にはもうほとんど乾いていた。

 私はタオルを手に持ち、部屋へ戻る。なんだか無駄な行動をしている気がしてならなかったが、こんな時間もあの場所にいたころには味わえなかった。私は幸福と、かつての村人への後ろめたさを感じた。




 私の計画はこうだ。まず今回の殺害対象は殺さないでおき、協力関係を申し込む。殺害対象の詳細を知らないので博打に近いが、もし敵対組織の幹部などなら、交渉次第で天奉会を打ち滅ぼすことも可能かもしれない。

 もし協力を断られたら、もしくは協力することにメリットがないのであれば、任務通り対象を殺害し、再びボスの元で期を待つ。任務をこなせばこなすほど信用が上がり、場合によっては通常の構成員と同様の待遇を望めるかもしれない。そうなれば、天奉会を打ち取るチャンスは格段に増える。

「なんにせよ、コンタクトを取るか情報を集めないとだめだね」

 私はナイフを腰に差し、シャツで隠して携帯する。お金はポケットに入れ、バックパックを背負う。タオルも入れておいた。

 部屋を出て、ホテル高崎へ向かう。場所はわかる。しかし、どうやって情報を得ればいいか全く思いつかない。

「うーん。『おとーさんをさがしてるの!』はあざと過ぎるかな。『もしかして前世で会いませんでしたか?』だと怪しいし。もういっそ孤児っぽい恰好をして同情を誘うとか」

 独り言を呟く間に到着する。何せ目の前の建物だ。七階建てのビルで、一階がエントランスになっている。入り口はガラス張りで、ドアが無い。取っ手があるのかと思って近づいてみたら、ひとりでに開いた。

「こ、これが噂に聞く自動ドアか……っ!」

 技術を感じた。


 ホテルというものは初めて来たので基準を持ち合わせてはいないが、私の主観ではそれなりに高級そうであった。少なくとも私のような子供や家族連れは見当たらない。そして皆がスーツを着ていた。

 あまり怪しまれないうちに階段を使って四階まで登る。非常階段のある外に通じているドアのすぐ近く、四〇三号室はあった。

「ううん……やっぱり幼さを利用したハニートラップで……」

 私は部屋のチャイムを押す。ピンポーン、とベルがドア越しに聞こえて、やや間があってからドアがゆっくりと開かれる。ドアにはチェーンがかけられている。隙間から除く目は、ギラギラと輝いていた。

「どうした。お嬢ちゃん。迷子かい?」

「えと、その、おとーさんをさがしてるの!」

 私は幼い少女を演じる。両手を胸の前で握り、上目遣いに見上げる。

「……ふむ。すまないが他を当たってくれるか。私は忙しいのだ」

 そう言った男性を、悲しい顔で見上げる。眉を寄せ、表情をくしゃくしゃにする。恐らく今にも泣きそうな顔に見えている。はずだ。

 じっと男性の目を見つめ、辺りはしんと静まり返る。溜め息を一つつき、男性はドアを閉めた。私は失敗したかと思ったが、すぐに再びドアが開く。チェーンが外れていた。

「とりあえず、中へ入れ」

 私は案内されるままに中へ入る。部屋は八畳ほどだろうか、人が外泊をするには十分すぎる広さだと感じた。

「で、どこの差し金だ」

 リビングへ足を踏み入れた私の後頭部に、硬いものが押し付けられる。男性の声は先程よりも固く険しいものとなっている。両手を挙げ、微動だにしない私に、男性は続ける。

「質問に答えろ。さもなくば命の保証はない」

「わ、私は、相談があって、きました」

 なるべく相手を刺激しないよう、言葉を選んで話す。

「続けろ」

「私は、ある村に住んでいましたが、天奉会に武力で支配され、それ以来は彼らの元で動いていました。けれど、私は彼らを許せません。そして、彼らを倒すために、貴方様の力をお借りできればと思い、参りました」

「その言葉の証拠はあるか」

 私は言葉に詰まる。不意に、後頭部の感触が離れる。それと同時に、私の足元に何かが投げられる。

「ゆっくりとこちらを向け」

 言われたとおりに、私は両手を挙げたまま、ゆっくりと振り返る。床に落ちていたのは、刃渡り十センチほどのナイフ。男性は自動拳銃の銃口を私に向けている。

「それでお前の利き手を刺せ」

 私は理解した。この人は、私の覚悟を測っているのだ。どうすれば正解かはわからないが、言うとおりにするほかないだろう。

 私はゆっくりと地面に膝をつき、右手を床に置き、左手でナイフを持つ。ゆっくりとそれを右手の甲に差し込む。赤い雫がこぼれ、床を濡らす。

 苦悶の声どころか、表情一つ変えずに見上げた私を不審に思ったのか、男性は私の行為を制止する。

「一日待つ。その間に天奉会の本部から何かしらの機密書類を盗んで来い。それでお前を信用してやろう」

 私は、肯定するしかなかった。


「あの人、多分すごい人だ」

 私はコンビニで包帯と消毒液を買った。真っ赤なタオルで右手をくるんだ私に、店員さんはすごく驚いていた。けれどあくまで業務に忠実だった。

 歩道を歩きながら、消毒液をばしゃばしゃと傷口にかける。だらだらと血が垂れる右手に、すれ違う人はみなぎょっとして振り返る。私は右手に包帯をきつく巻き、心臓よりも高い位置へもっていく。右手を挙げて歩く様は、きっと小学生が横断歩道を渡っているように見えているだろう。

 どうしようか。正直天奉会の資料を盗めと言われても、私にはそんなスキルが無い。一番簡単なのは、襲撃して盗むことだ。

 ふと、右手の傷を思い出す。これの治療を申し込めば、何か侵入するきっかけが掴めるかもしれない。正直、天奉会(あいつら)の治療は受けたくないが。

 背に腹は代えられないと、私はボスに電話を掛けた。


 ボスには、闇討ちに失敗して仕返しされたと報告した。相当怒るかと思っていたが、ボスは想定内といった表情だった。

 本部へ行き、天奉会お抱えの医者に傷を診てもらったが、どうやら手術が必要な傷らしい。しかし日帰りで済むらしいので、時間に関しては安心した。

 ダメもとでボスにターゲットの情報をくれと言ったら、少し悩んだ末に私を資料室に通してくれた。警戒心もクソもない。

 資料室は狭く、私の部屋程度しかなかった。中にはパソコンが一台と、大量のファイルが収納された棚が鎮座している。監視はいなかったが、カメラは複数設置されていた。

「少し待っていろ」

 ボスはパソコンを操作し、デスクの中から小さな箱を取り出す。

「それは何ですか?」

 ボスはその箱をパソコンに刺し、マウスで操作する。

「これはUSBメモリ。中に情報を保存できる」

 しばらくぴかぴかとランプを点灯させていたメモリは、しばらくするとおとなしくなり、それをボスが引き抜いた。

「これをお前のパソコンに刺せば情報が見れる。くれぐれも外部に流出させないようにな」

「機密情報なのですか」

「ああそうだ。奴は軍と警察の手に負えない、つまり法律では裁けない人間の殺害を請け負っている。

 現在この国は、『疑わしきは罰せず』。けどあいつは『疑わしきは殺せ』ときた。とんでもない過激な野郎だろ?

 国レベルで奴の情報は統制されている。俺らが掴んだ奴の情報、その全てがその中に入っている。いいか、絶対に流出させるなよ。それは持っているだけで抹殺対象になる。何かあったらお前が責任を取ることになるからな。絶対に、誰にも、渡すなよ」

 ボスはいつになく厳しい声で私に言いつけた。


「ほう。あいつらはここまで情報を掴んでいたか」

 私は再び男性の部屋を訪ねていた。私は男性に銃を突き付けられながら、パソコンを操作して情報を次々と表示させていく。

 この資料によれば、男性は『大和(やまと)』という通称で呼ばれているらしい。本名、生年月日などは不明。戸籍は無いらしい。

「こんな情報をよく盗んできたな。私だったら、一度でもパスワードを間違えれば爆発する金庫の中の濃硫酸を入れたタングステンの容器の中に仕舞って置く位の情報だが」

「全て私の復讐心の成せる業です」

 嘘だけど。

「わかっていると思うが、この情報を知った時点でお前は私に従う、あるいは死ぬという二択しかない。お前の希望通り、天奉会を滅ぼすついでにお前の面倒を見てやろう」

「ありがとうございます」

 大和さんは銃を下ろし、私と握手する。大和さんは一瞬だけ微笑んだ。ような気がした。やがてどこかに電話をし、すぐに戻ってくる。

「とりあえず、天奉会から受け取ったものは全てここに持って来い。お前は今から俺の元で動いてもらう。今日からは『青葉』を名乗れ」

「了解です」

 大和さんは、とり急ぎと言って連絡用の携帯だけを私にくれた。荷物は持ち歩いているバックパックで全てだったので、それを大和さんに渡す。大和さんはそれを全て確認し、ナイフと拳銃だけを返す。

「今夜、天奉会を消す。お前の意思として、参加はしたいか」

 私は首肯する。大和さんは考える仕草を見せた。

「狙撃の経験はあるか」

「7.62ミリ弾で四百メートル先の人を撃つくらいならできます」

「十分だ」

 そう言って大和さんが部屋の奥へ引っ込む。やがて何かを手にして戻ってくる。それは木製ストックのM14小銃だった。

「これを使え。作戦はこれから考える。襲撃の決行は今夜二十七時だ。作戦は二十五時ごろに電話する。以上。帰って体調を整えておけ」

「了解です」

 大和さんはM14と弾倉五個をガンケースにしまい、私はそれを受け取る。ずっしりと、腕に重みを感じた。


 部屋へ戻ると、軽く食事をして仮眠をとった。

 二十四時ごろには目覚め、M14の手入れを手早く終える。そして二十五時ぴったりに、大和さんから連絡があった。

 天奉会を攻めるのは全部で六人。四人が正面から入り、私ともう一人で狙撃を行う。私と行動するのは熊野(くまの)さんという女性で、観測手をしてくれるらしい。

 天奉会本部の真向かいのビル、その三階の一室を抑えたから、そこへ集合しろとのこと。その部屋から天奉会のビルを監視し、もし狙撃できる状況なら積極的に撃て、という何とも適当な作戦だった。

 私は大和さんの言った言葉を復唱し、通話を終える。私は最後にM14と弾倉の確認を念入りに行ってから、荷物をまとめて部屋を出た。


 指示された部屋のドアをノックする。中からドアが開き、細身な女性が現れた。

「おー。君が青葉ちゃんか。よろしくねん」

 女性、熊野さんはウィンクして私を迎え入れる。うなじで一つにまとめられた赤毛の長髪。身長は160センチくらい。真っ黒いコートに包まれた体は全体的に細く、けれど一切隙のない立ち振る舞い。弱々しさは一切感じられない。

「はじめまして、熊野さん。本日はよろしくお願いします」

「もー、青葉ちゃん硬いなぁ。もっとリラックスして行こうよん」

 不思議なしなをつけた喋り方で、何というか、馴れ馴れしいけれど憎めない、そんな印象だ。

「青葉ちゃん何歳? ちょー若そうだよね」

「ええと、今年で十三歳です」

「それマジ? やばぽよー」

 熊野さんはやや大仰に驚いて、私を、主に胸をまじまじと見る。熊野さんはふふんと胸を張り、どこか勝ち誇った表情を浮かべる。

「なるほどねー。まだまだ成長の余地はあるのか」

「熊野さんは十六歳くらいですか?」

「うん? どうしてそう思ったの」

「失礼でしたら申し訳ないのですが、胸が私とそう変わらないので」

「ああ? テメエ喧嘩売ってんのか」

 熊野さんは笑顔のままどこからか拳銃を取り出す。それは五十口径のデザートイーグルであった。

「いえ、熊野さんはお若く見えるということです。いやはや、これは失礼いたしました。私と精々三つほどしか変わりないようにお見受けしたもので。十三歳の小生ごときの言葉を真に受けないで下さいませ。器の小ささが露呈してしまいます」

「おう。どうやら()るつもりらしいな。表出るか?」

 熊野さんはそう言って獰猛な笑みを浮かべた。しかしすぐに銃をしまい、穏やかな笑みを浮かべる。

「ま、それはいいとしてね。大和のヤローはこんな年端もいかない少女すらも雇うのねん。まじないわー」

「いえ、私が自ら志願しました。簡単に言うと、住んでいた村が天奉会に支配されて」

 私は今までのいきさつを大ざっぱに話した。熊野さんはあまり驚くこともなく、私の話を聞いていた。

「まあこんな仕事してると青葉ちゃんみたいな子も結構見るのよねん。両親が死んで、引き取られた先の叔父さんに酷いことされてぶっ殺したとか、施設出身でいじめられてたけど、ある日いじめっ子を拷問にかけたとか。でもそういう子たちと青葉ちゃんの違うところは、『理性を保てている』ところよねん。

 大体辛い経験してた子って、ある日我慢できなくなって爆発したり、だんだん理性を失って犯罪起こしたりとかしちゃうんだけどさ、青葉ちゃんは理性の元でこうして復讐を決行できるまでこぎつけたわけじゃん? それがいいことか悪いことかは別として、わたしは凄いと思うよん」

 そう言って、熊野さんは私の頭を撫でようとした。けれど私はそれを反射的に叩かれると勘違いして、身を縮ませた。それを見た熊野さんは、ばつが悪そうに笑った。

「ま、お互い気楽にやろーよ。わたしたちの仕事は『ターゲットをぶっ殺す』ことだけだからさ。簡単だよねん」

 時刻は二七時の十分前。私はM14を、熊野さんは双眼鏡を持って天奉会本部へ視線を移す。


 しばらくすると、銃声が聞こえた。それは次々と連鎖して、窓からは慌てふためく構成員の姿が見える。

「はじまったねん。まずは二階からかな? ……部屋まではおよそ四〇メートル、風は無し。ターゲットが近いから関係ないかもしれないけど、気温と湿度はかなり低いのと、撃ち下ろしになるからゼロインとのずれが延びることに気を付けてねん」

 私は無言でスコープを覗く。本部二階の窓には、慌てふためく構成員が次々と射殺される姿があった。その中で、一人が机からグレネードを取り出す。その頭を狙い、撃つ。

 7.62ミリ弾の強い衝撃と音を感じながら、次の獲物を探す。

「命中。おみごとー」

 さっきの射撃でこちらに気付いたのか、二人が窓から私たちを探す。けれど、体を隠すという考えが無いらしく、ただのいい的だった。私はもう二度、引き金を引く。

「……命中。三階でも動きがあるみたいよ」

 私は三階へ照準を移す。どうやら混乱しているようで、こちらの狙撃には気づいた様子はない。私は一人づつ狙い、順に死体へ変えていく。最後の一人が倒れたころ、ドアがけ破られて小銃を構えた四人がぞろぞろと入ってくる。けれど一人も生きていないことを確認し、少し驚いた様子でこちらへ親指を立てる。

「やったね青葉ちゃん。死体が増えるよ」

「四階を狙います」

「つれないなー」

 私は四階へ照準を移す。

「ビルの間に左方向へ一.五から二メートルの風が吹いてるみたい」

 今度も無言でスコープを覗く。四階の人間はすでに小銃で武装し、ドアへ銃口を向けていた。このまま突撃すれば、蜂の巣だろう。

 私はその中で一番偉そうにしている、小太りの男へ照準を合わせる。一つ、息を止めて、発砲。

「命中。おーおー。みんな焦ってるねー」

 部屋は騒然としていたが、狙撃と気づくまで時間はかからなかった。構成員たちは窓から見えないように、机などの陰に隠れる。

「ばれちゃったね。一回隠れて」

 熊野さんが私を引っ張る。私は窓から身を引き、地面に座り込む。直後、超音速の金属が部屋に飛来する。

「恐ろしいこっちゃ。とりあえずこの建物出るよん」

 私たちは銃撃の隙をついて、部屋を出た。

「やー。どうしようか。一応私たちの仕事は終わりだけど」

 熊野さんは襲撃に備えてデザートイーグルを取り出す。初弾を装填し、いつでも構えられるように保持する。

「とりあえず、大和さんに連絡しましょう」

 私は携帯を取り出し、大和さんの番号を入力する。数回のコールのあと、通話が開始する。

「どうした、青葉」

「はい。八人を狙撃後、こちらの位置がバレたため、部屋を後にしました。この後の作戦命令をお願いします」

「ご苦労。熊野とお前は解散で構わない。もし私怨があるなら乗り込んでも構わないが」

「いえ、大丈夫です。……しかし、先ほどから気になっていたのですが、少しよろしいでしょうか」

「続けろ」

「本部を叩いただけでは天奉会を潰すことはできないのではないでしょうか。彼らは多くの地に支部を持っています」

「ああ、そのことか。問題ない。この作戦と並行して全国の支部を一つ残らず叩いている」

「では、私の村も?」

「お前の故郷がどこかはわからないが、支部であるからには間違いなく叩いている。向かうのは自由だが、もう戦闘は終わっているかもしれない。それでもいいか」

 私は迷わず肯定した。


 電話が終わるや否や、私は駆けだす。熊野さんは帰ると言っていた。ここからは私の復讐だ。

 大通りへ出てタクシーを捕まえる。運転手に行先を告げると、少し嫌な顔をされたがすぐに走り出す。とにかくスピードを出せと運転手に言う。無茶言わないでくださいと言われたが、可能な限り早く走ってくれた。村に着いたのは、五時の十分前だった。

 辺りは天奉会構成員と思しき死体が無数に転がっていた。私は生き残りがいないか探す。ボスの部屋に行くと、彼は驚きの表情を張り付けたまま、額に風穴を開けて椅子に座っていた。生きていると思ったわけでもないし、それが生産性のある行為だとはさらさら思っていなかったが、私はボスの瞳にM14の銃口を向けた。一度、二度と引き金を引く。床へ落ちた空薬莢が甲高い音を立てる。私はM14を肩に下げると、ナイフを抜く。それをボスの目に、喉に、胸に、腹に、何度も突き刺す。涙で視界がかすむ。空しくなって、私はナイフを投げ捨てる。最後にボスの体を蹴り飛ばす。椅子はバランスを崩し、ボスごと倒れる。私はボスの部屋を後にした。


 しばらくあてもなく歩いていると、民家の中でかろうじて生きている天奉会構成員の男を見つけた。同時に向こうもこちらに気付いたようで、視線が交わる。

「……嬢ちゃん、確かボスに気に入られてた子だよなぁ」

 男は、壁に寄りかかるようにして座り込んでいる。両足が吹き飛んで無く、自分で行ったのか応急処置はされているが、放っておけばやがて死ぬだろう。

「俺を殺すかい」

「うん」

「そうか、そりゃよかった。世の中、正義が勝たなくちゃ。悪がはびこるのは、正義に討たれるためなんだからさぁ」

 男は虫の息という言葉がぴったりだった。言葉を紡ぐたびに苦しそうに呼吸をし、額には汗がにじんでいる。

 私はM14を男に向ける。ピタッと制止した銃口は、男の脳髄を正確に狙う。

「そうだ。殺せ。己の正義に反する者を。それでこそ悲劇のヒロインだ」

 私は引き金に指をかける。心臓がバクバクと鼓動を刻む。こんな虫けら一匹殺すのに、なぜ緊張するのか。

 男は、私を愉快そうに見上げていた。まるで仲間を見つけたかのような――

「さあ、俺を殺せ」

「うるさい」

 銃声が響いた。男は、とても嬉しそうに死んだ。

 排夾されたケースが床に転がり、銃口からは煙が上がる。やがて辺りを静寂が支配する。私は、男だったものに背を向けて歩き出した。


* * *


 今思えば、あの時の私はかつての天奉会と同じ行いをしたのだ。それが利権のためであれ、私怨のためであれ、『利己的な理由で他人を踏みにじる』という行為に変わりはないのだ。

 だから私は、今日も他人を踏みにじって生きる。生きたいと願う犯罪者を殺して、無感動に生き長らえる。きっと、私こそが討たれるべき悪だと自覚しながら。

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