一話:青葉の仕事
エキストラクター、OK。ファイアリングピン、スプリング、OK。リコイルスプリング、OK。
私は無言で愛銃の手入れを行っている。銃が錆びないよう、丁寧に汚れをふき取る。今まで何度もお世話になってきた相棒だ。道具への愛着よりも、家族のような信頼感を強く感じる。
クリーニングロッドにウェスを巻き、洗浄剤を染みこませる。それをバレルの中へ入れ、ごしごしと汚れを拭き取る。毎度のことながら、いやらしいことをしている気分になる。特にロッドの先端が反対側からヌっと出てきたとき、私は生唾を飲み込んでしまう。
そんな私を茶化すように、携帯電話が鳴った。気恥ずかしくなって、顔が熱くなるのを感じた。
着信はご主人様からだ。恐らく仕事だろうと、気を引き締める。通話ボタンを押下し、耳に当てる。
「はい。青葉です」
「仕事だ。極右組織の一派が暴動を起こす手はずを整えている。恐らく、来週の難民認定法改正に抗議する目的だと思われる。一般人への危害を最小に、組織が暴動を起こせないレベルに叩け。期限は二日以内だ。以上」
私が了解と応えると、すぐに通話が切れた。続けて、メールが着信。でたらめなアドレス――ご主人様から、極右組織に関するデータが添付されていた。
攻撃対象は住宅街の外れに拠点を構える、極右勢力の東京本部。目的は建物内の武器を破壊すること。準備のため、内部には二十人程しかいないと予想される。構成員の生死は問わない。メールを要約するとそういった内容だった。
私はメールと通話履歴を削除すると、愛銃のメンテナンスに戻る。保全用に塗っていた油を綺麗に拭き取り、しっかりと組み上げる。マガジンに四十五口径弾を七発、それを八セット用意する。他に、ショットガン――ヴェープル12モロト、C4爆薬、フラググレネードをバックパックに詰める。
現在時刻は二十三時過ぎ。夜襲には丁度いいとも言える。私は部屋着から着替え、腰には1911カスタム拳銃――愛銃とナイフを差す。
姿見で自分を確認する。おしゃれとかではなく、一般人として怪しくない恰好か確認する作業だ。鏡に映るのは、バックパックを背負った黒髪の少女。地味な格好をしているけれど、だからこそ目立たない。腰に差した拳銃も、インサイドパンツホルスターというパンツの中に挟むホルスターを使用しているので、上からパーカーの裾を被せてしまえば、遠目には普通のチノパンを履いているように見えるだろう。くるりと一回転する。
「よし。行くぞう」
必ずしも東京へ行くわけではないが、私が家を出るときはいつも口にしている言葉だ。何となく前向きになれる。気がする。
十数分歩くと目的地へ辿り着いた。これは偶然でも何でもなく、ご主人様があらかじめ『仕事』の起きそうな場所へ私、もしくは同じように雇われている人間を住まわせているのだ。何もなければ新たな場所へ引っ越し、何かあれば今日のように仕事が与えられる。
建物の周辺をぐるりと歩き、メールで見た地図と照らし合わせる。そうして、大体の突撃プランが決定する。
「明日の朝ごはん、買ってないや」
不意に思い出し、思考がつい口を出た。私は、朝はパン派であるから、パンの欠乏は致命的な生活の崩壊を招く。
バックパックからヴェープル12を取り出し、突破用弾の入ったマガジンをはめ込み、初弾を装填する。住宅街の外れに、ジャキッという鋭い金属音が響いた。続いて、発砲音が二回。裏口の蝶番が破壊される音だ。支えを失ったドアを蹴り飛ばし、中へ駆け込む。
怒号や足音が複数聞こえる。私は記憶の通りに通路を駆ける。地下へ下る階段へ向かうと、男が二人現れた。
「てめえ! ナニモンだ!」
「食パン」
片方の身体めがけてショットガンを発砲。勢いを殺さずにもう片方の顔面へ銃口を垂直に突く。男からカエルの鳴き声みたいな音が鳴ると同時、引き金を引いた。
私は愛銃を引き抜き、警戒しながら階段を下りて武器庫を目指す。
地下は明かりが点いておらず、暗闇に包まれている。壁を確認しながら、確実に進んでいく。やがて階段を駆け下りるような、ドカドカという足音が聞こえる。向こうもバカじゃない――はずなので、既に私の目的はわかっているはずだ。
私はバックパックの横ポケットからフラググレネードを取り出す。ピンを外し、安全レバーを握る。足音をしっかり聞き、距離を測る。恐らく四、五人だ。十分相手が近づいたところで、フラグを投げ、角に逃げ込む。きっかり四秒後、耳を殴る爆発音と不快な叫び声うめき声鳴き声。
わずかに罪の意識を感じながらも、武器庫へ駆ける。
辿り着いた扉はあまりにチープで、最初に見たときそれが武器庫の扉だと信じられなかった。ザ・事務所といった風の、アルミ製のフレームで上部にはすりガラスがはめ込まれている引き戸だ。逡巡の後、ここで間違いないと判断。再びヴェープル12で蝶番を破壊し、ドアを蹴る。あっという間にドアは吹き飛び、役目を終える。
中には小銃をはじめに軽機関銃、無反動砲、TNT爆弾など、一介の極右組織にしてはやりすぎな装備がずらりと並んでいた。
「バターだったら溶けてるな……」
それにしては管理が雑だ。銃器は乱雑に積まれ、いくら安定しているとはいえ、TNTが棚から落下しそうな位置に並んでいる。弾薬もむき出しで纏められており、掃除したい衝動に駆られる。
何はともあれ、バックパックからC4を取り出し、スマホを少し厚くした程度に切りわけて、それぞれ雷管を差し込む。それを二個、部屋のTNTに隣接して設置する。残りは適当に放り投げた。
「ジャムも偏りがあった方が楽しめるよね」
武器庫を出ようとすると、再び足音が響いた。しかも金属同士の擦れる音なんかも聞こえる。恐らく銃器で武装している。しかも、廊下は蛍光灯の明かりで照らされていた。
私はヴェープル12の弾薬を対人用弾に取り換えながら、壁に背中をぴったりとつける。そっと向こうを除き、安全を確認してから素早く移動する。それを三回繰り返すと、敵が警戒しながらゆっくりと前進している姿が見えた。
再びフラグを取り出す。その時、敵の見えた方向と逆から足跡が聞こえる。私は背筋に寒いものを感じた。即座にフラグを手放し、足音の方へ駆ける。
角の向こうから男が数人現れる。小銃を持ってはいたが、突撃する私に驚き、照準を合わせるまでにラグが生まれた。
私は走りながら雑に狙いを定めて四発発砲。五人いる男のうち、二人が倒れた。一人は戦闘に支障がない程度の負傷。私は男たちの足元へ転がる。銃弾が頭上を流れていく。男たちの背後を取ると、正確にそれぞれの頭を狙って三度発砲。全員倒れた。
しかし、銃声を聞きつけて先ほどの集団も私を捉えた。距離約一〇〇メートル、直線状の廊下。銃口がこちらを向くと同時、私はヴェープル12を投げ、低くかがんで愛銃を腰から抜く。
「食べカスはこぼさないようにしなきゃね」
敵の照準が僅かにずれ、その銃弾はヴェープル12に当たる。それより早く、私は駆けた。五〇メートル程を一息で詰めると、左手で予備弾倉を引き抜きながら、大ざっぱに狙って七回発砲。スライドストップがかかると、素早くリロードする。未だ驚愕に包まれている敵陣へと距離を詰める。
一瞬のうちに肉薄され、どんな気持ちだったろうか。私は外すことのない距離から、一発ずつ脳髄に銃弾をプレゼントする。
やがて通路には静寂が訪れた。最初に二人、フラグで五、六人、今の戦闘で合計十二人。合わせて約二十人。もしかすると全員殺してしまったかもしれない。
ただ、警戒するに越したことは無いので、まだ敵は残存するものとみて行動する。愛銃にはまだ弾が残っていたが、新しい弾倉と入れ替えた。弾除けにしたヴェープル12を拾って状態を確認したが、その機関部には大きな傷があった。これ以上の使用は危険と判断し、弾薬を抜いてバックパックに仕舞う。
素早く、けれど慎重に行動しながら脱出を目指す。やがてパトカーのサイレンが聞こえてくる。恐らく近隣住民が通報したのだろう。余計なことを、と心の中で悪態を吐く。警察に捕まるわけにはいかないので、さっさと建物を出る。
来た時と同じ裏口から出ると、当然ながら真っ暗だった。
「後片付けはしっかりしないとね」
私はC4に刺した、雷管の起爆装置を遠隔で起動する。それとほとんど同時、大地が揺れ、地縛霊の唸り声のような音が響く。
やじ馬たちが集まり始め、ざわざわと騒ぎ立てる。人々の会話の中で『暴力団』とか『テロリスト』とかいう単語が聞こえる。それが彼らを指すのか私を指すのかは知らないが、そう言った団体に関係あるということは知られていたらしい。
やがて警察車両が建物へ到着する。私はやじ馬に隠れながら、警察から逃げるように闇へと走った。