静玖との放課後 1
「寄り道しませんか?」
と静玖に誘われた。
始業式からしばらく経った1月の中旬。
他の皆はそれぞれ用事があるらしく、2人きりの帰り道だった。
「|駅前のリフトンで、いちごスイーツのフェアやってるんです」
「それは行く必要があるな」
このごろ気付いたが、俺はかなりの甘党らしい。
ケーキを食べ出すと止まらず、生クリームたっぷりのパフェを見ると胸が高鳴る。
もちろんフルーツも大好きだ。
「急ぐぞ静玖。売り切れてたら困る」
「芳人さまのそういうところ、可愛いです」
苦笑しつつ、静玖は俺の早足についてくる。
リフトン。
正式名称、リフトン珈琲店。
某紅茶ブランドみたいな名前だが、そことはまったく関係ない。
店内の雰囲気は、
「おっさんが煙草をくゆらせる喫茶店」
ではなく、
「若い女性でにぎわうおしゃれなカフェ」
といったものだ。
道路側の窓は全面ガラス張りで、照明もかなり明るい。
家具はすべてオーダーメードのヨーロッパ直輸入。ソファはふかふか。
しかもパンケーキが絶品だったりするものだから、休日には閉店までずっと満席ということも珍しくない。
「席は……空いてるな」
「まだ17時前ですしね」
店の目印である「布団を積んだフォークリフト」の横を通って、中に入る。
「いらっしゃいませー。お2人ですね、こちらへどうぞー」
ウェイトレスに案内されたのは窓際の席。
丸テーブルをはさみ、静玖と向かい合うようにして座る。
「では、ご注文がありましたらまたお呼びくださいませー」
「フェアのメニュー全部で」
「……はい?」
「パフェ4種類ひとつずつと、パンケーキ3種類ひとつずつと、いちごシェイクと、いちごアイス、いちごタルトをお願いします」
「あの、かなりの量になりますが……」
「大丈夫です」
「しょ、承知しました」
面食らった様子でキッチンに戻ってゆくウェイトレス。
そりゃそうだよな。
俺だってこんな客が来たら驚く。
「ふふ」
「どうしたんだ?」
「いえ、なんだか幸せだな、って」
クスリと微笑む静玖。
「芳人さま、昔に比べると柔らかくなりましたね」
「……なんだと」
俺は自分の腹を触る。
筋肉の硬い感触。
けれど少しだけ余分な肉がついたような気もする。
正月にモチを食いまくったせいだろうか。
「違います、違います。出会ったころに比べると、物腰がやわらかくなった、って意味です」
「そうか? ……うん、そう、かもな」
静玖と知り合ったのはおよそ10年前。
過去を振り返ると黒歴史だらけで死にたくなるが、あの頃の俺には余裕がなかった。
前世の諸々を引きずって、自分は幸せになってはいけない、などと拗けていた。
「わたしが最初に告白した時のこと、覚えてますか?」
「忘れるわけがないだろう」
京都での、静玖とのデート。
その最後に彼女は俺にこう告げた。
――相鳥静玖はあなたのことを愛しています。
当時の俺はそれを受け止めることができなかった。
色々と理由をつけて断ったが、結局のところ、ただのヘタレだったのだろう。
「……あの時は、すまなかった」
「いえいえ、気にしないでください。断られた分だけもっと好きになりましたから」
「そ、そうなのか……」
なんだか妙に恥ずかしくなって、つい、視線を窓のほうへと逸らす。
「芳人さま、もしかして照れてます?」
「違う、目の保養だ。たまには遠くを見ないとと視力が落ちるからな」
我ながら苦しい言い訳だと思う。
このあたりのセンスは昔からずっと三流以下なんだが、誰か鍛えてくれないだろうか。
「目の保養でしたら、わたしの家で――」
と、何やら静玖が言いかけたタイミングで、
「お待たせしましたー」
ウェイトレスがやってくる。
テーブルはたちまちスイーツに占拠された。
パフェが4つも並べば壮観そのものだし、パンケーキの上で溶ける生クリームは食欲を刺激する。
「とりあえず、食べましょうか」
「そうだな」
会話を中断し、ひとまず目の前の甘味に集中する。
俺がパフェをガツガツと掻き込む一方、静玖はというと、
「芳人さま、ほっぺにクリームがついてます」
「ああ、悪い」
「そろそろ水もなくなりそうですし、店員さんを呼びますね」
やたら甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれる。
食べるほうはというと、たまにパンケーキを小皿に取るくらいだ。
「芳人さま、おいしいですか?」
「来た甲斐があったよ」
「それはよかったです。たくさん食べて、すくすく育ってくださいね」
ぽんぽん。
頭を撫でられた。
「俺は子供じゃないぞ」
「でも、子供みたいでほっこりします」
いちごアイスをスプーンですくう静玖。
「はい、どうぞ」
「んぐ……」
もぐもぐ。
いちごのアイスが舌でとろける。
ほのかな酸味がたまらない。
我ながらバカップルとは思うが、そもそもリフトン珈琲店じたいがデートスポットだけあってか、さほど目立つことはなかった。
店内を見渡せば男女ペアの客がほとんど。
たまに女の子だけの組も混じっているが、それもやっぱり距離は近め。尊い。
* *
食後。
俺がいちごシェイクのおかわりを頼むかどうか迷っていると、
「芳人さま、これ、ご存知ですか?」
静玖がスマートフォンを差し出してきた。
ソーシャルゲームのホーム画面だ。
中央では幼げな美少女キャラクターが首を傾げ、右には『出撃』『フレンド』『ショップ』といったメニュー項目が並んでいる。
「CGOって言うんですけど、最近、すごい人気なんですよ」
正式名称は『クロスゲート・オーガナイザー』だっけか。
真月館学園でもちょくちょく話題になってるし、テレビでよくCMも流れている。
あいにく俺はプレイしていないが、ストーリーはなかなか壮大らしい。
滅亡の危機に瀕している世界を救うため、あちこちの異世界から英雄を召喚して立ち向かう……とかなんとか。
「今回の新ガチャで出てきたキャラクターなんですけど、これ、芳人さまにそっくりじゃないですか?」
静玖は向かい側から器用にスマートフォンを操作する。
やがて表示されたのは黒鎧の青年。
表情はやたらと暗く、巨大な剣を背負っている。
外見だけで言えば、前世の俺と瓜二つだ。
とはいえ偶然の一致という可能性も……って、おい。
なんだこのスキル欄。
______________________
《時間術式》
敵の攻撃によってHPが0になった際、
1戦闘中に1回までHPが全回復する。
《火炎術式》
シシトの攻撃によるダメージは回復不可能。
《自己洗脳》
シシトは魅了・混乱状態にならない。
______________________
そして名前は「シシト・ハヤブサ」。
ここまでくると、さすがに「たまたま」という言葉じゃ片付けられない。
考えられる可能性は……ううむ。
俺は自分のスマートフォンで『クロスゲート・オーガナイザー』を検索する。
運営会社は『CCCゲームズ』とやらで――どうやら母体は真月財閥のようだ。
予想通り。
綾乃に電話をかけてみると、
「うん、芳人くんがモデルだよ。あれ? 前に言わなかったっけ?」
「俺のほうは初耳なんだが」
「ごめんね。もし嫌だったらいますぐ差し止めるけど……」
「そこまではしなくていい。ちょっと驚いただけだしな」
攻略wikiを見るとなかなかの強キャラのようだ。
それでいい気分になるんだから俺ってチョロい。
折角だからプレイしてみようか。
そのことを静玖に話すと、
「コツとかお教えしますし、よかったら部屋に来ませんか?」
「いいのか、そんな急に」
「はい、芳人さまならいつでも大歓迎です」
そういうわけで、静玖のマンションへお邪魔することになった。
続きます




