静玖との放課後 2
彼女が秘書艦……じゃなくてメインヒロインのコスプレをして、横でソシャゲのアドバイスをしてくれる話。
そのマンションは、駅のすぐそばにあった。
地上8階の3LDK。
真月館学園から手当が出ているため、家賃は実質タダだという。
「奥の和室で待っててください。ごはん、ささっと作っちゃいますね」
静玖は長い黒髪をゴムでまとめると、手慣れた様子で料理を始める。
制服の上にはエプロン。
その姿をぼーっと眺めていると、
「芳人さま、なにかご用事ですか?」
「いや、その…………似合ってるな、うん」
「えへへ、嬉しいです」
おたま片手にこちらを振り返る静玖。
鍋からはコトコトという音とともに、おいしそうな匂いが漂ってくる。
「何を作ってるんだ?」
「肉じゃがです。一晩寝かせてありますし、味もよく染みてますよ」
「もしかして今日のために準備してた、とか」
「い、いえっ、残り物です、残り物」
「へえ」
端からヒョイと覗き込んでみれば、鍋にはたっぷりの肉じゃがが入っていた。
およそ五人前から六人前といったところだろうか。
「残り物にしては量が多いな」
「あう……」
「最初から俺を家に呼ぶつもりだったのか?」
そう訊ねたのとほぼ同時、
――ピィィィィィ!
炊飯器のアラームが鳴った。
帰宅してから炊き始めたとすると、ちょっと早すぎる。
おそらく朝のうちにタイマーをセットしていたのだろう。
フタを開けてみると、3合か4合か、相当な量の白米が視界に飛び込んできた。
静玖はもともと小食なほうだし、どう考えても俺が来ることを前提に用意していたとしか思えない。
「ちょっとお米の分量を間違えちゃいまして……」
「嘘2回でペナルティ2だな」
「は、はい……」
ピクッと身を震わせ、もじもじとした様子で料理に戻る静玖。
ペナルティ2。
ぶっちゃけ何をするかなんて全く考えてない。
ただ、俺がそういう物言いをしたあとの静玖はいつも可愛らしい。
チラリチラリとこちらを振り返る。
ほんのわずかな怯えと、大きな期待の混じったまなざし。
これから自分がどんな目に遭うのか想像を巡らせているのだろう。
俺は静玖に後ろから近づくと、左手で腰元を抱き寄せた。
空いた右手をエプロンの下に潜らせ、豊満な胸をみぞおちのあたりから軽く撫で上げる。
「あっ……」
大した刺激でもないが、それでも、静玖の口からは艶っぽいため息が漏れた。
意識的か無意識的か、臀部をこちらに押し当ててくる。
身体はもうとっくにそういう行為のスイッチが入っているようだったが、
「だ、だめです、芳人さま」
口はまったく裏腹なことを言っていた。
「嫌か?」
「ち、違います。でも、しちゃったら、今日が終わっちゃいますし……。見ていただきたい衣装も、あるんです」
「そうか」
俺は静玖から手を離す。
「ご、ごめんなさい、芳人さま」
「いいんだ、楽しみにしてる。料理で手伝えることはあるか?」
「大丈夫です。それより『CGO』の招待コードをお送りしますし、始めておいてもらっていいですか? 序盤はチュートリアルですし、わたしがいなくてもサクサク進められると思います」
言われて思い出したが、俺、もともとは「自分そっくりのキャラが出てるソシャゲ」を進めるのが目的だったんだよな。
横で静玖がコツを教えてくれるとかなんとか。
今はそれより「見ていただきたい衣装」のほうが気になっていたりする。
静玖といえば“軍服めいた黒いロングコート(背にはヒビ割れた逆十字の刺繍)”だが、あれは自作のものらしい。
しかも俺が小学生のときに起こった事件がきっかけで、「退魔師の正装 (という名のコスプレ衣装)」の製作を一手に引き受けるようになった。
クオリティは折り紙付きで、ときどき趣味としてアニメキャラのコスチュームを作っては自撮りを俺のところに送ってきたりする。
いつもありがとうございます。
* *
CGO。
名前からして『FG〇』のパクリっぽいが、メインストーリーとしては、
『西暦2049年、本来別々に存在するはずの並行世界が突如として融合を始めた。このままでは未曽有の大混乱が起こりかねない。主人公はこれを防ぐため、各世界の英雄たちの力を借りつつ、いくつもの世界を巡ることになる――』
というものだ。
大筋としては、『F〇O』というより『仮面ライダー〇ィケイド』っぽい。
ちょっと想像してみよう。
『ディケイ〇』が放送されたのは2009年。
『〇GO』のサービス開始は2016年。
現在は2030年代だから、当時の子供はそろそろいい大人になっているはずだ。
彼らが「かつて自分が面白いと感じたもの」を再生産しようとした結果が、CGOなのかもしれない。
「芳人さま、どこまで進みました?」
「とりあえず最初の戦闘は終わったよ」
コタツで暖まりながらCGOをやっていると、やがて、静玖が大皿を手にやってくる。
山盛りの肉じゃが。
ほかほかと立ち上る湯気を見ているだけで、食欲が掻き立てられる。
2人で食器をならべて、
「「いただきます」」
もぐもぐと食べ始める。
「肉じゃが、うまいな」
さすが一晩寝かせただけあって、ジャガイモの芯まで味が染みている。
牛肉も絶妙に柔らかく、甘辛の味付けがたまらない。
おかげで米の進むこと進むこと。
あっという間に茶碗はからっぽになっていた。
「あっ、白ごはん、よそいますね」
「頼む」
俺がたくさん食べることを見越してか、静玖はキッチンの炊飯器をこちらに運んでいた。
「ふりかけは何にしますか?」
「のりたまで頼む」
「はい、かけておきますね」
至れり尽くせり。
本当にありがたい話と思う。
他にも副菜として、小松菜の白和え、豆腐と油揚げの味噌汁、椎茸と蒟蒻のピリ辛などなど。
色とりどりな和風の献立だった。
「ごちそうさま」
「おそまつさまでした。ふふっ、ぜんぶ食べてくださってありがとうございます」
炊飯器の釜も、肉じゃがのナベも、中身は何ひとつ残っていない。
そのうちの9割5分は俺の胃袋に収まっている。
我ながら随分と食べたものだ。
「片付けは俺がやっとくよ」
「承知しました。そのあいだに着替えてきますね」
和室の隣は衣装部屋になっていて、静玖はそちらへと向かう。
どんな格好で出てくるのか楽しみに思いつつ、俺は皿洗いを始めた。
「そういやあの子、可愛かったな」
頭をよぎるのはCGOの登場キャラクター。
クロラ・カーテンフォール。
すでに滅びた平行世界の、唯一の生き残りだ。
自分の世界のような悲劇を繰り返させないため、主人公の旅に同行する。
冒頭から登場しているし、おそらくはメインヒロインなのだろう。
そのわりに自分の命を軽視していたり、主人公のためなら平然と身を投げ出してしまうあたり、どうにも終盤で退場しまいそうな雰囲気が漂いまくっている。
こういう、死の影が付きまとっているキャラに弱いんだよ、俺は。
「よし、終わり、っと」
キュキュッと皿を吹いて、食器棚にしまう。
かるく背伸びしてから和室に戻ると、
「……お、おかえりなさいですっ、芳人さま」
薄桃色の髪をした少女が俺を出迎えた。
ショートヘアーだが前髪が長く、右目はほとんど隠れている。
上はノースリーブの白いセーラー服で、胸を覆うほどしか布地がない。
下も下で、かなり短めのスカート。
クロラそっくりの出で立ちの――静玖だった。
「ど、どうですか? 芳人さま、クロラちゃんとか好みかな、って思ったんですけど……」
「あ、ああ……」
なぜ分かった。
確かに好みドストライクだよ。
しかも静玖のコスの再現率高いよ。
素材からしてテカテカの安っぽい布地じゃなく、衣服らしい質感を伴っている。
「クロラがお手伝いしますし、攻略、頑張りましょうね。芳人さま」
「……わかった」
正直なところ今すぐ押し倒してしまいたいが、とりあえず理性の続く限りはCGOを進めようと思う。
静玖としてもそっちのほうがうれしいだろう。
もともとかなりの被虐趣味だし、「いつ襲われるか分からない状況」がいちばんくるらしい。
どうせ明日は休みだし、ゆっくり冬の夜を過ごそうと思う。
ちなみに俺の家のほうだが、小夜ねえにLINEで確認してみたところ、水華さんと玲於奈、フィリシエラの3人を呼んで桃鉄大会をやっているらしい。99年デスマッチ。誰が勝つかは分からないが、たぶん、フィリが最下位だと思う。
暇な方は「カップ焼きそば現象」というフレーズを調べると幸せになれるかもしれません(なれないかも)




