大晦日の夜に
年越しさやねえ
今年の大晦日は、みな、自分の家族と過ごすことになった。
おかげでこの家に残っているのは、俺とさやねえの2人だけで、
「よーくん、よーくん」
「どうしたんだ、さやねえ」
「えへへ、こっちこっち」
紅白歌合戦も終わったころ。
2階の廊下を歩いていると、小夜ねえが部屋で手招きしていた。
「ほらほら、入って入って」
「あ、ああ」
いったいどうしたというのだろう。
さやねえは矢鱈待ち遠しそうな様子で、俺を中に引っ張り込む。
「じゃーん! もうすぐ今年も終わっちゃうし、年越しそば大会だよ!」
カーペットの上におかれた、小さなこたつ。
その上には、『赤いキ〇ネ』と『緑のタ〇キ』が置かれていた。
すでにお湯が注がれているのか、どちらもフタの端からもくもくと白い湯気が上がっている。ダシの匂いが食欲をくすぐる。が……
「さやねえ」
「ふふん、よーくんはどっちが食べたい? お姉ちゃん特権で選ばせてあげるよ!」
「これって年越しそば……だよな?」
「うん!」
「『赤いキツ〇』はうどんのような……」
「あっ」
素で勘違いしていたのだろうか、ポカンと口を開けるさやねえ。
「あ、あ、あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
すごいがっくりしてる。
人がリアルで"orz”のポーズを取るところ、初めて見たぞ……。
「ど、どうしようよーくん。お姉ちゃんペディアによると年越しそばでそばを食べるのは、麵が切れやすいことにちなんで『一年の厄を断ち切る』ためなんだけど、うどんじゃなかなか切れないよ。ひきずっちゃうよ。赤字の積み残しで借金生活だよ、うう」
まるでwikipediaから引っ張ってきたようなマメ知識だ。
と思ったら、机の上のノートパソコンは、まさに『年越しそば』のページ。
きっと知識自慢がしたくて調べたのだろう。
お姉ちゃんペディア (内容はすべてwikipediaからの転載)。
「えーと」
俺としては気にせず食べたらいいじゃないかと思うんだが、さやねえ的には多分、そばを食べることに意味があるんだろう。
仕方ない。
神格接続――
権能開放要請:受諾
発動:【歪曲】
いったん次元の狭間に『赤〇キツネ』を移動。
明日の昼にでも食べるとして、
「とりあえず、そばをはんぶんこ、とか」
「さっすがよーくん! できる男だねっ!」
わーい! と満面の笑みで抱きついてくるさやねえ。
ちなみに風呂あがりで、もこもこのパジャマ姿。
やわらかいしあたたかいし、ついでに石鹸の香りもする。
少しばかりクラクラしながら、俺はこたつに入った。
「そういえば『一杯のかけそば』ってお話、知ってる?」
「貧しい母親と子供2人が、大晦日の夜に蕎麦屋に来る話だっけ」
「うんうん、正解。親子で一杯のかけそばを分け合うの。次の年も、次の次の年も同じようなことがあって――」
「いつしか親子が蕎麦屋に来なくなるんだよな。で、蕎麦屋の店主が寂しく思っていると――」
「そこは、元気に走り回るジョンの姿が!」
おい待て。
「彼はインタビューに答えてこう言いました。『もう二度とかけそばなんて食べたりしないよ!』」
なんか違う。
すごく違う。
人情話が台無しだ。
というか『世界〇る見え! テレビ特捜部』ってもう何十年前の番組だよ。
俺はいちおう前世があるから分かるけど、さやねえ、よく知ってるな。
「ふふん。よーくんと話を合わせるために、古い番組をたくさんY〇u tubeで勉強したんだよ!」
ほめてほめて、とばかりにこちらをチラ見するさやねえ。
頭を撫でると、
「えへへー」
ほにゃりと嬉しそうな笑顔を浮かべる。
まるで仔犬だ。
それから、すんすん、と小鼻をひくつかせて、
「んー、そろそろかなー。じゃあ、はんぶんこしようね」
どうやらうちの姉は、匂いでカップめんの出来が分かるらしい。
「えい!」
パキリ。
さやねえは割箸を割った。
ただし二重の意味で。
「あぅ……」
割箸は左右で1:1になるのが理想というか普通なんだが、これは。
1.5:0.5か。
片方は真ん中ほどで折れていた。
「も、もう1本、もう1本あるから!」
パキッ。
…………セーフ。
今度はちゃんと1:1だ。
まるで《泡》を打ち倒した後のような安堵感が胸に広がる。
「お姉ちゃんが本気を出せばこれくらい簡単だよー。~♪ ~♪ ~♪」
さっきの失敗など忘れたかのように、鼻歌を歌いながら『緑〇タヌキ』のフタを開く。
ひっくり返さないか心配だ。
もしものときは権能:【時間】の発動も辞さない。
カップめんをカーペットにぶちまけると、ほんと、大惨事だからな。
なんで知ってるのかって?
さやねえ、前にやらかしてるんだよ……。
「準備かんりょーう!」
こちらの不安も知らず、元気のいい声をあげるさやねえ。
そばを1本だけ、はしっこを箸でつまみあげると、
「はい、あーん」
こちらの口元に近づけてくる。
え?
食べろ、ということなんだろうか。
それにしては少なすぎる気もする。
なにせ麺が1本きりだ。
「あ、あーん」
戸惑いながら、そばを口にすれば、
「それじゃあ、第一回、年末恒例のおそばゲーム、はじめるよー」
などと、さやねえは意味の分からないことを言いだした。
「ルールはかんたん。ポッキーゲームの要領で、おそばを左右からもぐもぐします。最後まで落とさずに食べれたら……」
食べれたら?
「お姉ちゃんが喜びます。食べれなかったら……」
食べれなかったら?
「お姉ちゃんがしょんぼりします。景品もあるのでがんばってね、よーくん。はい、スタート!」
そばの反対側をもぐもぐと食べ始めるさやねえ。
いや。
これ、高難度過ぎないか?
ポッキーみたいな固形物ならともかく、これは蕎麦だ。
麺類のなかでも切れやすいもので、ふとすると口先からこぼれそうになる。
「んっ……んむ、んむ……」
しかも、さやねえの動きがなんだか危なっかしい。
そばに集中するあまり、うっかり腕を『緑のたぬ〇』本体にぶち当ててしまいそうだ。
俺はかなり急ぎめにそばを食べていく。
って、おい。
ちょっと待て。
今更になって気付いたが、このままいくと唇と唇がぶつかるよな。
いいのか?
元からそういう関係ではあるが、この状況、さやねえ的には狙い通りなのか、それともポッキーゲームの年越しそば版をやりたかっただけなのか。
判断に困って俺の動きが鈍った一瞬――
「んゅ…………」
さやねえの方から、顔を近づけてきた。
同時に、壁掛けの時計がポーンと音を立てた。
「えへへ、新年初キス、もらっちゃった」
嬉しそうな表情を浮かべるさやねえ。
「今年もよろしくね、よーくん」
「よ、よろしく……」
いきなりのことで、こっちはまだ頭がついていかない。
初心を装ってるわけじゃないが、正直、俺は不意打ちに弱いんだ。
「照れてるよーくんもかわいいね。ぎゅー」
抱き締められる。
まるで包み込まれるような心地だった。
「好き、大好きだよ、よーくん」
それから――俺の指をつまむと、自分の胸の先端に導き、身体を揺らして擦りながら、
「姫始めって、何月何日か知ってる?」
女性を感じさせる声色で、問い掛けてきた。
* *
正解は、1月2日だよ。
だから今日はお互いに我慢して――
明日は、いっぱい、しようね。
続きが気になる方は、ノクターンで「さやはじめ」を検索するといいかも。




