第84話 アリシア・エル・ハイリアは、貴方にもう傷ついてほしくない
ここまで名前だけぽつぽつ出てた、「芳人が異世界で最初に深く関わった少女」に関する話
幼い頃からずっと、自分という存在を持て余していた。
荒れ狂うほどのエネルギーが内側で満ち満ちていて、その使いみちはテレビから学んだ。
6歳の時、夕方にやっていた『ウルトラマンティ〇』。
原作マンガも全部揃えた『地獄先生ぬ~べ〇』に『るろうに剣〇』。
大きな力を誰かのために使うと格好いい。
それは“持つ者”の権利にして義務である――などと、当時の俺は幼いながらに考えた。
さあ、正義の味方ごっこを始めよう。
自分がいい気分になれて、しかも人の助けになるのなら、それは1粒で2度おいしいアーモンドグリコ。
ちなみに1粒300メートルはキャラメルのほう。ややこしい。
具体的な活動としては、そう大したものじゃない。
困っている人の力になる。
時にはイジメっ子を叩きのめしたり、痴漢の股間を蹴っ飛ばしたり。
自分にできる範囲で、できることをやっていただけだ。
そして高校三年生の秋、トラックに轢かれたかと思うと――
「勇者様がた、どうかこの世界をお救いください!」
異世界に召喚されていた。
縋るように見上げてくるのは、桃色のふんわりとした髪のお姫様。
涙に濡れた瞳と、かすかに震える唇。
そのありさまは庇護欲を掻き立てるもので……ああ、嘘泣きだ、と直感する。
本当に追い詰められた人間は、こんな表情豊かになれやしない。
なんだかなぁ、と思いながら視線を逸らした。
少し離れたところには法衣姿の男女が立っており、誰もがぜいぜいと息つきながら地面に座り込んでいた。
いや。
その中の一人、やけに年若い少女だけは例外だった。
静謐な立ち姿のまま、こちらを睥睨している。
紅色の瞳には醒めた光を宿し、端正な小顔は、まるで三文芝居を眺めているかのよう。
ふと、視線がぶつかった。
少女は瞼を伏せると、小さく首を振る。
――断っても構わないわ。
とでも言いたげな様子だった。
彼女の名は、アリシア・エル・ハイリア。
勇者ヨシトにとっての、起源だ。
後で知ったことだが、アリシアは勇者召喚に反対していたらしい。
「異世界から無関係の人間を拉致して戦わせるなど、いくら予言とはいえ、限度というものを越えているでしょう」
というのが彼女の主張で、しかし、残念ながらそれが周囲に受け入れられることはなかった。
ならばせめて召喚が無事に終わるように、とのことで、絶大な魔力を持つアリシアは儀式への助力を申し出たという。
* *
桃色の髪のお姫様――第一皇女ミレイユ曰く、西から魔王軍が迫っており、人族は危機に瀕しているんだとか。
その危機を乗り切るため、異世界からの勇者召喚を執り行ったらしい。
俺としては正直なところ、どうにも胡乱なものを感じていた。
ミレイユの演技臭さもそれに拍車をかけている。
とはいえ現代日本に戻るアテもないし、たとえば戦場で誰かが助けを求めていて、自分がその力になれるというのなら――答えなんて、最初から決まっている。
ただ、異世界に召喚されたのは俺だけじゃなかった。
他にも4人いて、彼らの考えはこちらと別のようだった。
「八矢房くん、これはゲームじゃないんだ」
クラスメイトの、刀束大和。
容姿端麗、成績優秀、蹴球部長――。
まるで少女漫画のヒーローじみた完璧超人は、意外なことに、とても現実的な意見を口にした。
「怪我だってするだろうし、最悪、死ぬこともある。もっとよく考えるべきじゃないかな」
「ヨッシーはたぶん、ファンタジーっぽい世界に来て興奮してるだけ。ちょっと落ち着くべき」
「そうそう、後になっても知らないわよ。あっ、あたしはヤマトの言うとおりにするから!」
さらには大和の幼馴染2人が援護射撃をかけてきて、トドメに、
「こればっかりは僕も同意だね」
小里守。
クラスではわりと大人しめだが、実はお互い深夜アニメを愛する同志でもある。
「どうして見ず知らずの人間のために戦わなきゃいけないのさ。どうせこいつら、ヒトを鉄砲玉にして使い潰す気だよ。せっかくクソみたいな現実世界から離れられたんだ、好き勝手にさせてもらいたいね」
というわけで、賛成1に反対4。
ま、そりゃそうだよな。
普通は嫌がるだろう。
それは臆病でも何でもない、当たり前の反応だ。
ただ、俺の場合。
――自分が頑張らなかったばかりに、助けられるはずの誰かを助けられなかった。
そういう後悔を抱えて生きることの方が、死ぬよりもずっと気持ち悪い。
ずっと引きずることが分かりきっていたし、誰もやりたがらないことをやる――それが俺という人間の生き方だったから。
「俺は戦うよ。けど、残り4人については自由意志を尊重してほしい。最悪、五人分の働きくらいはしてみせるからさ」
ミレイユに対し、俺はそんな風に答えた。
「……頭おかしいよ、お前」
背後で小里がボソリと呟いた。
うん知ってる。
昔からずっと、いろんなヤツに言われてきた。
八矢房芳人は狂ってる、って。
そのあと、俺たちはひとまずステータスとやらをチェックすることになった。
この世界はゲームじみた法則に包まれているらしく、スキルだのアビリティだのが存在するらしい。
「それではみなさん、『ステータス・オープン』と唱えてくださいねっ」
さっきまでの悲壮感はどこへやら、やたら愛想よく告げてくるミレイユ。
ちなみにやたらと近い。ベタベタしている。
ただし俺ではなく刀束大和に。
まあ、正統派のイケメンだし……、色仕掛けでもなんでもいいから戦う方向にもっていきたいのは分かるし……。
羨ましくない、羨ましくないぞこの野郎。爆発しろ。
「……ステータス・オープン」
ため息とともに詠唱を口にする。
目の前に、青白い半透明のパネルが広がった。
[名前] 八矢房芳人
[性別] 男性
[種族] 人間
[年齢] 18歳
[称号] なし
[ステータス]
レベル12
攻撃力 88
防御力 23
生命力 44
魔力 10
精神力 65
敏捷性 51
[アビリティ] なし
[スキル] なし
その結果に場は騒然となった。
なんでも異世界人の場合、特殊な[称号]が備わっているものらしい。
ちなみに他の四人は、
刀束大和 ―― 勇者
立花瑞希 ―― 聖女
乃木澄香 ―― 賢者
小里守 ―― 巻き込まれし者
というもので、[スキル]も[アビリティ]も山盛りになっていた。
予言によると異世界からは「少年1人と少女2人」がやってくるはずで、はい、刀束、乃木、橘の3人ですね分かります。こいつらは学校帰り、足元に魔法陣が浮かんだかと思うと転移していたんだとか。
小里はその近くを歩いていただけの被害者で……じゃあ、俺は?
まわりで神官やら大臣やらが頭を悩ませる中、
「勇者ではないのなら、無理に戦うことはないでしょう」
通りのいい澄んだ声で、第二皇女アリシアが話しかけてきた。
「そのステータスでは前線に出ても無駄に命を散らすだけ。先程の宣言、撤回なさってはいかがですか」
言い方はキツかったが、それは彼女なりの優しさだったのだろう。
ただ、俺としては何もしないまま諦めるのはどうにも受け入れがたく、
「折角ですがお断りします。男にはプライドというものがあるので」
と答えていた。
すると「その意気や良し!」と王様には大ウケで、翌日から、近衛騎士団に混じって訓練を受けることになった。
思えばあの頃は、人生で一番充実していた。
近衛の人々はみんな気のいいオッサンばかりで、現代世界では変人扱いされていた俺のことも寛容に受け入れてくれた。
毎日へとへとになるまで扱き倒されて、たまにアリシアが話しかけてきて――初めは「別に貴方が戦う必要はないのに」とボヤくばかりだったが、やがて雑談を交わすようになり、彼女がお忍びで城下町に出る時は伴を命じられたりもした。
けれど幸せな時は長く続かず、第三王子ゼスの陰謀により、俺は皇帝暗殺の濡れ衣で投獄。
アリシアと2人での逃避行が始まった。
追手が迫る。
生きるか死ぬかの瀬戸際では、もはや倫理は機能しない。
ひとを殺した。
一人や二人じゃなく、十、二十、三十……。
俺にはそれだけの力があって、けれど、心がついていかなかった。
精神が軋みをあげて、強がる余裕もなくなって――逃亡10日目の夜。
潜伏先の宿で、俺はアリシアをベッドに押し倒した。
細く、幼い肢体。
ほのかに漂う甘い香り。
彼女は抵抗しなかった。
むしろそっと俺のことを抱き寄せて、「ごめんなさい」と囁いた。
「貴方に罪はありません。ヨシトは私たちのくだらない権力争いに巻き込まれただけなのですから」
いたわるような、声色。
それはどこまでも優しく耳朶の奥に染み込んだ。
「貴方は勇者ではないし、勇者になどならなくていい。人間として幸福になってください。……その隣に私がいるのなら、他に望むものはありません。ああ、ほら、泣かなくてもよいでしょうに」
アリシアは手を伸ばし、俺の目元を拭う。
その夜は、結局、何もしなかった。
手を繋いで眠り、翌日。
国境線を越える直前で、アリシアは命を落とした。
「どうか、貴方は生きてください。生きて、生き続けてください」
それが彼女の遺言。
「いずれ貴方が老いた日に、穏やかな秋の昼過ぎに迎えにあがります。
だからそれまで、勝手にこちらへ来ないでくださいね」
ああ、そうだ。
まだ俺は消えるわけにはいかない。
追憶の世界から意識を引き戻す。
ここは……あたり一面が真っ暗だからというわけじゃないが、あいかわらず黒獣の中にいるんだろう。
ヨッさんの姿はどこだろう。
黒獣に取り込まれてしまったか、どこかに隠れているのか。
何にせよ、ここには俺ひとりだ。
「いいえ、違います」
そうして聞こえたのは、嘘だ。
ありえない。
けれど知らず知らずのうち、息を呑んでいた。
感傷と懐古が胸を満たす。
不思議な話だが、このときに至って俺は自分が寝転がっていることに気付いた。
誰かが膝枕してくれている。
暗闇の中でゆっくりと輪郭が浮かび上がる。
夕焼けのように澄んだ瞳と、紅の髪。
幼さと凛々しさの同居した、小さな顔。
二度と再び会うことのないはずの彼女――アリシアが俺のことを覗き込んでいた。
芳人復活カウント4
芳人帰還カウント4




