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第82話 そして、神薙玲於奈はどこにいくのか (前編)

静玖の後編はもう数話あとになります。

 幼い頃からずっと、自分という存在を持て余していた。

 荒れ狂うほどのエネルギーが内側に満ち満ちているのに、それをどう扱えばいいか分からなかった。


 

 一時期、正義の味方ごっこに興じてみたこともある。

 強盗犯の手を砕き、恐喝者の喉を潰し、強姦魔の股間を打ち抜いた。

 被害者からは大いに感謝されたが、こちらの気持ちはまったく晴れない。


「殺さぬよう手加減するのが面倒くさい」


 心を占める感情は、ただそれだけ。

 色々と人助けもやってみたが、本気で取りかかる前にすべてが片付いてしまう。


 時折、姉から神祇局の仕事を回してもらうこともあった。

 何百年もの月日を生きる吸血鬼だの、七十二柱の悪魔を従えた自称“現代のソロモン王 (ただし日本人)” だの。

 ばかばかしい。

 多少の手間がかかる程度で、やはり、死力を尽くすラインには至らない。


 

 この世は総じて灰色だ。

 そもそも宇宙が狭すぎる。

 なにせ半径約465億光年、数字で書き表せる程度の規模しかない。

 絶望的なまでに閉塞していて――心の癒しといえば、同輩の少女とのやりとりくらい。


 相鳥静玖。


 小学校2年生からの付き合いで、なかなか変わった性格をしている。

 教室ではいつも小動物のように息をひそめているのに、退魔稼業となれば、別人のように明るく振舞うのだ。

 

 ただでさえ眇眇(びょうびょう)たるこの宇宙で、どうして自分を型に嵌めたがるのか。

 普段から好き放題にすればいいと思うし、そのせいか、どうにもこうにも放っておけない。

 静玖の手を掴み、殻の“外”へと引きずり出したくなる。


 しかし。


 神薙玲於奈が真に求めていたのは「静玖にとっての玲於奈」だったのかもしれない。

 自分をこの牢獄から連れ出してくれる誰か――。


「ばかばかしい。乙女ですかメルヘンですか、王子様を夢見ていいのは幼稚園児だけですよ」


 玲於奈は己の願望を、あまりに冷たく切り捨てる。

 普段の言動こそ奇矯そのものだが、自分自身に関してはひどく醒めたリアリストで、


「アミノサプリと同じです。私が私を救うしかないのでしょう」


 などと厭世的(ペシミスティック)に諦めていたのだ。





 しかし15歳の冬。

 真月綾乃の誘拐事件のさなか、玲於奈にひとつの転機が訪れる。


 伊城木芳人。

 不思議な子供だった。

 4歳か5歳くらいに見えるが、なぜだか妙に窮屈そうなのだ。

 内側にもっと大きなものが押し込められている――そんな風に直感した。

 

「この子は自分の同類かもしれない」


 ついうっかり期待しかけて、


「世の中そうそう運命の出会いなどありはしませんよ」


 すぐさま内心で否定する。

 少なくとも、芳人との戦いは始まるまでの玲於奈は冷静だった。


 だが。

 

「 《火炎術式(フレイムリィ)》・《我が炎は(バーニング)浄華灼滅の(・パイル)鉄槌である(バンカー)》」


 心臓を貫く一撃――。

 それは玲於奈のハートも打ち抜いていた。

 

 全力をもってしても届かない存在が、いる!

 

 身体じゅうを歓喜が包んだ。

 踊り出したいほどの幸福感。

 もはや宇宙の狭さは感じない。

 一度目の死から蘇生する過程に並行し、神薙玲於奈の精神は新生を遂げていた。

 まるでメルヘンのような現実。

 自分を“外”へ連れ出してくれる誰か――伊城木芳人。


 彼のそばに在りたい。

 

 その願望が、神薙玲於奈にとってのすべてとなった。



 …………のだが、以後、彼女のふるまいはどうにも素直なものではなかった。


 意味もなく海外を渡り歩き、再会まで1年もかけてしまったり。

 芳人の前ではことさらに奇矯な言動をやらかしてしまったり。

 恋人というか正妻ポジションとして静玖を推してしまったり。


 不器用というか照れ隠しというか――ちなみにこれを伊城木月は「芳人さんそっくりのひねくれ者ですわ」と評している――ともあれ、神薙玲於奈は恋をしていた。


 


 








 しかし、その慕情は仕組まれたものかもしれない。


 










 自分が何者なのかと。

 神薙真姫奈と伊城木月――2人の女を“両親(ベース)”とする歪な人造生命。

 製(・)造(・)目(・)的(・)は、芳人の番(つがい)になることであり、そのために育てられてきた。


 道場での決闘の後、真姫奈は言っていた。


「芳人を好きになるのは当然だ。お前は私でもあるのだからな」


 最悪だ。

 それが真実かどうかはどうでもいい。

 己の気持ちがニセモノかもしれない、そんな疑念を持ってしまったこと自体が問題なのだ。


 自分はこの先ずっと悩み続けるだろう。

 芳人への恋愛感情はホンモノなのか、真姫奈の怨念に突き動かされているだけではないのか、と。

 そしてそれを完全に否定することはできない。

 いわゆる『悪魔の証明』だ。


 窮屈すぎる。

 せっかく檻から出たつもりが、外には別の檻が張り巡らされていた。

 なんて救いのないバッドエンド。

 閉塞感が再び心を覆っていく。

 

 ――私は、誰にも縛られることなく、ありのままの気持ちで彼と歩いていきたかった。


 それは、最初から叶わぬ夢だったのだ。


 





 * *

 

 



 

 だから。


「斬って斬られてその先に、私も貴方も姉さんも、一人残らず露と消えましょう」


 神薙玲於奈はここで果てる。

 そう思い定めた。

 他の道は不要と覚悟した。

 

 これは己の存在意義への叛逆。

 そして芳人へ向けた全身全霊、命を賭した愛。

 

 伊城木直樹。

 神薙真姫奈。


 彼を縛りつける過去を淘汰し、何者にも囚われることのない未来を贈ろう。

 私が終(つい)ぞ得られなかったもの――自由を捧げたい。


「それがきっと芳くんにとって一番の結末ですから」


 

 

 決戦が始まる。

 相手は伊城木直樹。

 ただその外見は随分と若返っており、どこか芳人に似た面影を残している。


「……因果なものですね」

 

 おそらく直樹は芳人のクローンと融合したのだろう。

 ならば今の身体は、彼ら2人の“子供”ともいえる。

 それに立ち向かう自分は、真姫奈と月の“子供”。


「気持ち悪い」


 どちらも条理を外れた存在であり、ならばこそ、跡形も残さず対消滅するべきだろう。

 玲於奈は猛攻を重ねる。


 刺突、袈裟、横薙ぎ、足払い――剣のみならず全身を活用しての武技。

 そのすべてが一撃必殺、されど直樹に届かない。


「くっ……」

「効くわけがないだろう? これは芳人の身体でもあるんだ」

 

 伊城木直樹は芳人に焦がれている。

 何十年もの時を重ねるうちにひどく捻れてしまったが、その熱量はかつてと全く変わっていない。

 むしろ芳人の肉体と溶け合ったことで何十倍、何百倍にも膨れ上がっている。


「僕の芳人が、お前ごときに負けるわけがないんだよ!」


 直樹の認識はもはや狂信の域に達しており、森羅万象を捻じ曲げ、強烈な自己強化魔法として成立していた。

 それだけではない。


「お前だってそう思うだろう、なあ、神薙玲於奈ァ!」


 世界はヒトのイメージに随(したが)う。

 玲於奈自身も芳人を高く評価しているため、それがさらに直樹の力を増幅させていた。

 芳人に近しい者にとっての天敵、それが今の伊城木直樹である。


「つまり芳くんの威を借りてるだけでしょう、偉ぶらないでくださいよ……!」

「仕方ないだろ! だって僕は弱者なんだ!」


 キッと目を剥いて反論する直樹。

 カン高い、ヒステリックな声だった。

 

「直久のジジイ、我茶瓶(がちゃびん)のクソ、真姫奈に、それから、おまえ――――いつもいつも、みんなして僕を不幸にする! こっちは被害者だ、人生を蝕まれてるんだ! それを取り戻そうとして何が悪い!」


 叫びとともに右腕が炎に包まれる。

 その発動シークエンスは、かつて玲於奈の胸を穿った一撃――《浄華灼滅》にとてもよく似ていた。


「《火炎術式(フレイムリィ)》ッ! ・ 《報復するは(メギド・オブ・)我に在り(ヴェンジェンス)》ッ!」

  

 だが引き起こされた現象は別のものである。

 直樹は後ろに飛び退くと、その掌から極彩色の熱線を放った。

 それは足元の草木を融解させ、燃える間もなく蒸発させる。

 

 玲於奈は跳躍することでそれを回避すると、一気に距離を詰めて斬りかかろうとするが、


「待ってたよ」


 目論見通り、とほくそ笑む直樹。


「こっちが本命だ。――《火炎術式(フレイムリィ)》・《我が火炎は(裏切者に)浄華灼滅の(死の)鉄槌である(裁きを)》」


 そして。

 玲於奈の刀が、地面に落ちた。

 


 


「復讐するは我にあり」ってフレーズ、もともとの意味を知ると「ううむ」ってなりますよね……。



芳人帰還カウント 5

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