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少しのズレが、大きな違いを生むことがある。
火星の軌道がほんの少し太陽に近ければ、そこには生命が誕生していた。
始まりは些細なものだとしても、時間が経つごとに変化の度合いは大きくなる。
意海との接触も、似たようなものだったと言われている。
魔術によるものか、能力の発露によるものか、あるいは単純に人々の総意によるものか、ともあれ世界の意識が、常なるものからわずかにズレた。
物質的には違いのないその運動は、本来であればただそれだけで終わるはずだった。心がけが直接物理的な変化を生むことはない。
しかしそのズレは、『別の精神世界』との交差を引き起こした。
はじめは、何気ない変化だったと伝えられている。
たとえば、あくびをしていて、誰かに見られているような気分になる。
たとえば、満員電車にある足が、乗客の数以上に多いと思えてしまう。
たとえば、見えない車が通り過ぎたのを、多数の人が同時に感じ取る。
気のせいと断じられればそれまでだ。しかし、それは徐々に存在を濃く、具体的なものとして――生きた物として現れ出た。
進化の系統樹から外れたものが日常の片隅に紛れ込み、生息する。
鼻行類や羽根つきのトカゲ、蠢く蛇玉、あるいは幽霊としか言えないものまで。
生物ならぬ意物と名付けられたそれらの発生と変化は、頻度と規模を増し、ついには人を襲った。
目をそらすことはできなくなった。
だが、認めた上であっても、効果的な対処は不可能だった。
意海より現実世界へと『上陸』した後であっても、意物は精神的な要素の強い、物質的攻撃の効きにくい性質を持っていた。
人類が延々と鍛え上げた殺戮手段は通用せず、被害はただ一方的に、残酷に広がった。
銃弾を雨粒程度とする巨獣が迫り、電磁波を好んで食う意物が空一面に繁殖し、一部の場所では物理法則が書き換わった。
有効な対抗手段は、銃や弓矢ではなく、剣による命がけの一撃や、怒りを込めた鉄拳や、宗教家の祈り――感情そのものを叩きつける、原始的な方法に限られた。
人類は、存続を賭けて立ち向かった。
巨獣を倒す英雄や、屍を山と築く拳聖や、都市を丸ごと清める聖者が現れた。意志の弱いものであっても自らが犠牲となることを躊躇わず、個よりも集団を、集団よりも種を生かすことが目的となった。
教育はいかに正しく激怒するかに絞られた。
意海の影響は人間の存在そのものに対しても及んだが、それすら戦力として計上された。
あらゆる行いが、『人類存続』の名の下に許された。
そして、それでも人類の生存圏は減り続けた。
巨大吸血樹――泰樹と人類の接触は、ひとつの岐路だった。
人血を億単位で吸い上げ、人間を学んだ意物は悪魔のように囁いた。
――取引をしないか?
――現実世界で戦うのではなく、意海へ攻め込んでみないか。
――『意物を思うさま叩き潰したくはないか』。
――互いにとっての最善を、礼節をもって獲得しようじゃないか――
そうして、泰樹と政府の共同戦線が――心軍が誕生し、二十年の時が経過した。




