エピローグ或いは蛇足の外伝2
「自分自身同士の喧嘩」は決着がつかず、結局就寝時間となった。
船長とハルトの二人は、同じように腕を組み、同じようにそっぽを向き、イライラと組んだ足を揺らした。その上下のタイミングですら同期している。
仲のいい冷戦状態だ。
だからこそ、寝る時間となった途端、示し合わせたように寝具を整えた。言葉すら交わさず、『接続』も通さず、自然とその準備を終えた。
ハルトと船長の二人がベッドで寝り、下に引いた布団を猫と魔女が使う恰好となった。
他の組み合わせでは問題が生じるため、これ以外には無い。
ちなみに、魔女は根による拘束済みだ。
なんとか抜け出ようとしているが、今のところ不可能だった。
「ん」
「ふん」
挨拶にもなっていない挨拶を交わし、内部灯の光を絞る。
真っ暗にしては咄嗟に動けない。最低限の光源は確保した。
しん、と静まり返る。
「おやすー……」
魔女の言葉が一度だけ沈黙の狭間を通り抜けた。
あとはもう、静かに呼吸するより他にない。
奇妙な静寂が室内を満たした。
……もうみんな寝たのか? 他の出方をそう伺い合う。
神経の一部が興奮し、活動を強要する。
シーツの上で身動きする様が、そこかしこで発生した。
たまにコホンと空咳をする。
「ぽぽう……」と無意味な声を出す。
猫は静かに呼吸する。
耐えかねたようにぽつりと魔女が。
「――あ、そっか、考えてみれば今の私、ハルちゃんに抱きしめられてるんだ……」
「いや、違えだろ!?」
「すぐさま根の拘束を緩めたくなったが、どうするべきか……!」
思わず二人とも反応した。
魔女はきりっとした顔で提案する。むろん、ぐるぐる巻きの状態のままだ。
「ねえねえ、やっぱり三人で、川の字で眠るべきだと思うのですがどーでしょうか!」
「む、その方がひょっとして、この体は眠りにつけるのか……?」
「おい、その状態からなにするつもりだ」
一考の余地ありという雰囲気のハルトと違い、船長は疑いそのものの視線を飛ばした。
「仲良く眠りたいだけですよ? いや、本当に」
「ついさっき人の乳首を狙った奴の台詞じゃねえな」
「おおう、信用がないっす……」
「下手すっと、寝てる間に趣味嗜好が上書きされるからなぁ」
「やっぱり、だめ……?」
沈み出した声と、悲しげに下がった目尻を前に、船長はしばし考える。
色々とちょっかいをかけてくる困った相手ではあるが、「仲間外れ」が嫌であることも本当だろう。
その一方で、『自分たち』におかしなことをされては困ることもまた事実だ。
ならば――
「……俺がおまえを抱きしめて拘束する状態を認めるなら、こっちのベッドで寝ていいぞ。ああ、ちゃんとフードは被れよ。布一枚でも間にあれば思考伝達はかなり違う」
「ふむ、わたしの根の代わりか、なるほど。魔女の行動自由度は上がるが、狼藉を行うことができぬ程度に抑えるわけか。わたしの根の拘束を、一部をつけたままの状態にすればより完全となるだろう」
ハルトはうなずく。
この提案は、根による拘束の負担を、船長もまた請け負うというものだ。
二人で分担すれば、より良く眠りにつくことができる。
半ば思いつきに近いものだったが、『自分』に肯定された。ならば、これは正しいはずだ。
確信に満ちた首肯をし、船長はベッドの上から手招きをした。
施された根の拘束は、もう半ば外れている。
船長は「はよ来い」の動作をしながら、どのような状態となるか、もう少し具体的に考えを進めた。
まず、魔女の手だけを根で縛る。抱きしめやすいように後ろ手がいいだろう。ついでに足首あたりも締めておくといいかもしれない。
その状態で船長は前から、ハルトは後ろから『拘束』する。
二人で挟み込む布陣だ。
これで、魔女は身動きを取ることができない。
二人タンデムの抱きつきの形だ、船長とハルトは動けるが、魔女は行動できない。
なにも心配することなく、安らかに眠ることができる――
「……」
「おい……?」
当然、その未来予想図は魔女にも伝わった。
「む、根から伝わる体温がやけに上昇しているように感じるが、これはいったいどのような理屈だろうか」
「俺が知るわけねえだろうが」
「病気の類でなければいいのだが――」
真っ赤になった魔女は、縮こまりながら「ぴゃあぁぁぁぁ……」と呻いた。
掛け布団を頭までかぶる。もう出ることすらできない。
出れば抵抗も身動きもまったくできない状態で、二人に好き勝手をされてしまう。それをしようと誘われている。
許容量オーバーもいいところだ。
魔女は、攻められるとかなり弱かった。
+ + +
魔女が身動きせず、もじもじするだけの存在と化したため、必然的に眠るより他なくなった。
とはいえ、いまだに眠気は訪れない。
船長は、船の内部の様子を確認する。二人も眠りについていた。
聖女が繭の上で、大の字になりながら涎を垂らした。
フユの方は様子が見えないが、繭内部にいるはずだ。
あちらもこちらも、まったく静かだ。
呼吸の音だけが反響する。
『自分』は――ハルトはまだ寝ていなかった。
『混種』となってからつい先ほどまで、長年に渡って眠り続けていたようなものだ。体こそ疲労しているが、脳は活発な状態のままだった。
その活発が船長にまで伝わり、眠気を取り去る。
ちょうどいい、と思えた。
ベッドの上、シーツ上を滑るように手を移動、ハルトのちいさな手を握った。
即座に弾かれた。
容赦のない拒否だった。
あきらめず、ふたたび握る。
暴れる手を力づくで押さえ込む。爪が立てられた。その程度では諦めない。
薄明りの中、ハルトの目が敵意に燃え上がった。
狼藉を行う者の肌を噛み千切るべく口を開き、綺麗な歯並びを光らせた。その実行より先に――
――ちっと相談したことがある。
『接触』状態で、船長は静かにそう切り出した。
+ + +
数秒の間を置き、がちんと口を閉じながら、
――……なんだ。
不本意そのものの『声』を、ハルトは返した。
言葉に依らない会話だ。
誰にも聞かれたくない相談事だろうと判断した。
ハルトからすれば知ったことではなかった。
――これからのことについてだ。
――ふむ?
――俺たちがどうなるかについて、って言った方いいか?
――なるようにしかならないだろう、気にしたところで仕方がない。
苦笑の気配。
たしかにその通りと認める感情が伝わった。
――泰樹は、結局は元のままだ。俺たちがやらかしたことですら受け入れた……
――泰樹だからな、当然だろう。
自慢げな感情があった。
船長の意識は目をそらした。
――これは、泰樹と人間の関係も変わってねえってことだ。
――ふむ……? いいことのように、わたしには思える。
――大半の奴らにとってはな。
ため息をついていた。
ここのところやけに増えているなとハルトは思う。
――俺たちみたいな『特殊』な奴らにとっては、これは不味い。
――む……
――泰樹と人間の関係の不安定さも、変化ナシなんだ。常に泰樹の出方を伺わなきゃいけねえ。機嫌を損ねれば即契約凍結だ。この状況で、イレギュラーを受け入れる余地があるか? 俺は怪しいもんだと思う。
言葉として言わないが『受け入れがたい特殊』は、フユだけではなくハルトもそうだった。
フユは人間集団の間に不和を起こしたが、ハルトは心動船集団に不和を起こす存在だ。
『対心動船戦闘を得意とする心動船』――接触するだけで機動不能に追い込む。人ではなく船でもない精神が、混乱を発生させる。
――だから、相談……いや、提案だ。
ハルトは天井を見上げ、その『声』を聞く。
心臓が高鳴り、呼吸が荒くなるのを自覚する。
その心の奥底に――
――なあ、ハルト。おまえ、泰樹になるつもりはないか?
言葉は、毒のように染み込んだ。
+ + +
呼吸する。
大きく、何度も。
握られた手が熱い。
この男は強く握りすぎていると、心底思う。手加減というものを知らない。
――……どういう、つもりだ。
――そのまんまだ。
横から、視線が突き刺さっているのがわかる。
本当に元は『自分』であったのか疑問に思うほど、それは熱く、狂的な色を宿していた。
――俺たちは、この泰樹で暮らす限り邪魔者だ。だから、脅かされずに暮らせる場所を、俺たちの手で作るんだよ。必要なのは、『新しい泰樹』だ。
――そのようなことが……
……できるのか?
弱気は途中で飲み込んだ。
心底望んでいたはずの目標は、現実として現れた途端、怯えの対象となった。
――だが、だが、わたしは……
混種と呼ばれた。
芽吹くことはないと言われた。
他ならぬ泰樹が、それを保証した。
――おまえがおまえであることに変わりはねえ。だから、種が種であることにも、変わらねえよ。
――! 待て、それは……ッ!
船長のそれは、嬉しい言葉ではなかった。
その裏には、怖気をもたらすものが含まれていた。
――ああ、おまえと心動船を、完全に分断する。その上で、芽吹かせる。
――ふ、ふざけるな! 『わたし』ではなく、船だけを泰樹とするつもりかっ!
泰樹と成ることができないのは、あくまでも『混種』であるからだ。
ならば、これを完全に元に戻すことができれば、理論上は「ただの種」として機能する。
様々な困難はあるだろう、実現可能であるかどうかも不明だ。
だが、それらの苦難を乗り越えれば、種は新たな泰樹として生長する。
ハルトの影響を受け続けたそれは、人間寄りの意物となる可能性が高い。
――そんなことを、わたしが認めると思っているのか……!
だが、すべてが上手く成功したとしても、芽吹くのは、あくまでも「分断された種」であり、「混者としてのハルト」は残されることになる……
横を睨みつける。
真剣な瞳と衝突する。
「おまえは、俺だ。元に戻るだけだ」
「気色の悪いことを言うな。わたしはわたしだ」
「おまえを『俺』とすることで心動船から引き剥がし、種を芽吹かせ、俺たちの住処を作る」
「なにもかもが思い通りに行くと思っているのか……!」
「俺は全員を助ける、そのためなら打てる手はなんでも打ってやる。躊躇ってなんざいられるか」
「ハハハッ……!」
先ほどまでの弱気が残らず駆逐されるのをハルトは感じた。
男の決意の瞳に、挑戦のそれを返した。
「戯れ言は、もう十分だ、それ以上は聞くものか」
「……」
「泰樹の予測通りにも、あなたの望み通りにも、決してならない。誰かの思惑に振り回されるのはもう御免だ。わたしは――わたしのまま芽吹く、わたしは泰樹となる! わたし自身の望みを叶えてみせる!」
「そっか」
船長の瞳の色が和らいだ。
まるで、ハルトがそう返答するのを予期していたかのようだった。
そのまま抱きしめられた。
「な――!」
「やれるものなら、やってみろよ『俺』」
「セ、センに言われずとも、わたしはわたしの望みを叶えてみせるとも!」
かけられた声はやけに優しい。
心臓が無意味な鼓動を鳴らす。
どうしてこの拘束をふりほどくことができないのか、まるでわからない。
『自分』に認められたことのうれしさが、心の奥底をくすぐった。自然と口元はほころんだ。
魔女はそんなハルトの様子を、ベッドの縁に顎を乗せながらじーっと見ていた。
「な、なやぱぱ!?」
「ずーるーいー……」
ハルトは船長の拘束を抜け出そうとする。まだ事態に気づいていない男は「んん?」と不思議そうな顔で抱擁を続ける。
ハルトの左手は船長の手と重なった状態であり、その右手から伸びる根は魔女を拘束している。両手は完全にふさがれており、体をくねらせることしかできない。その程度の抵抗では脱出は不可能だ。
ちなみに、根を通して、先ほどからの会話はすべて魔女に筒抜けだった。
そう、ハルトからすれば、船長の相談事など知ったことではなかったのだ。
まさか「ハルトのための内緒話」だとは考えていなかった。そして、そのまま接続設定を切り忘れていた。
「こ、これは、違う!」
「えー、なにがー? なんか今すっごく嬉しそうなのにー?」
「完全な誤解でしかない!」
「ん、なんだ一体?」
唇を尖らせ鬱々と文句を言う魔女とは別に、遠くから騒がしい声もしていた。
聖女と『聖域』のものだった。
「まじか、ぼくたちの秘密基地か! そんなの作るのか、すっげえ!」
「いえ、そういうことではないと思いますよ?」
「え、内緒で隠れるところ作るって話じゃないのか?」
「……おおよそであれば、そうなりますが……」
遠く船の中からの声だった。
完全に目を覚まし、騒いでいた。
そういえば、あちらにも声を伝達させていたなとハルトは気づく。
「おい――」
船長は、途方もないうっかりものを見つめた。
間近にいる船長と、少し離れた魔女は、同じような半眼だった。
ハルトは冷や汗がだらだらとパジャマ下を流れるのを感じた。
「今このとき、わたしが落ち着かない気分でいるのは、いったいどうしてなのだろうか……」
「完全に原因おまえだろうが! なに情報全開にしてやがる!」
「わたしにはまったく心当たりがない!」
「現実逃避してんじゃねえ!」
「はい、船長!」
「なんだよ魔女!」
「やっぱりちょっと二人が仲良すぎだと思います! というか顔近づけすぎだし抱きつきすぎっ! やっぱり間に私が必要っ! は、恥ずかしいけど私がんばるからッ!」
「なに言ってやがる!?」
遠く船の中では聖女が立ち上がり、両方の拳を握っていた。
「よし、じゃあぼく、今からフネちゃん抱きしめなきゃだな!」
「どうしてそうなるのですか!?」
「がんばるんだから、誉めなきゃだめだ! 今センチョがやってるみたいに、ぼくもがんばれって応援するんだ!」
「命がけでそれをしないでください――!」
「え、フユちゃん、ぼくに応援されたくないのか?」
「……そ、それとこれとは、ちょっと話が別です」
「よし、やっぱみんな嬉しいんだな! 行くぜ!」
「落ち着きましょうよ、考え直しましょうよ! 拒否反応の痛みが――」
ごく当然のフユの指摘を聞き流し、聖女は「うぉおおおぉおおお!」と雄叫びを上げながら突進した。
まっすぐ、船長の私室があると思われる方向へ。
「え゛」
あまりの事態に、フユは手を半端に上げた状態のまま固まり、その突進を見過ごしてしまった。
聖女はむろん、混者と接触すれば拒絶反応を起こす。意物を容易く打倒す力の代償は、混者に焼かれる体だ。下手な接触は命に関わる。
そして現在、聖女が向かおうとしている部屋には、混者が三人いる。
間にある物質を透過しながら、掛け値なしの全力疾走で向かっている。
これはつまり、防ぐ手段が存在しないという意味でもある。
全員の顔が一斉にひきつった。




