第9話:え?消えた?それでも止まれない厨房
修行生活が数ヶ月経ったある朝、ある大事件が起きました。騒然とする境内。しかし、どれほど心が揺れ動こうとも、私たちの「仕事」は一分一秒の遅れも許されませんでした。
今回は、私が配属されていた小庫院(厨房部門)を揺るがした、ある朝の大事件についてお話しします。
ある朝、いつものように起床すると、同期の一人の姿がどこにもありませんでした。
「どこへ行った?」「便所か?」「まさか倒れているんじゃ……」
私たちは永平寺の広い境内を隅々まで探し回りました。しかし、彼の姿は影も形もなかったのです。
実は、永平寺の修行というのは、それほどまでに過酷なものです。
毎年、最初の三ヶ月を越えられない修行僧は、決して少なくありません。精神的にも肉体的にも限界を迎え、「下山」――つまり、逃げ出してしまいます。
あとで分かったことですが、彼はどうしても耐えきれなくなり、夜明け前にこっそり寺を抜け出したそうです。そして近くの電話ボックスから友人を呼び、そのまま俗世へと戻っていきました。
事故ではなかったと分かったとき、ほっとしたのか、寂しかったのか、自分でも分かりませんでした。
ですが
「一人減ったからといって、料理を待っている数百人の参拝者がいなくなるわけではない」
仲間がいなくなった寂しさを噛み締める暇もなく、私たちはすぐさま巨大な鍋の前に戻り、お米を炊き、野菜を刻み始めました。
誰かが欠けても、代わりはいない。それでも、決まった時間に、決まった味の料理を出し続けなければならない。
「任に当たっては他に譲りがたし」
(どんな状況でも、自分に課せられた役割を、誰かに譲るのではなく自ら全うする)
道元禅師の言葉が、身に沁みました。
一人少なくなった厨房で、いつもより重く感じるお釜を運びながら、私はプロとして、そして僧侶としての「継続」の重みを、嫌というほど思い知らされました。
物語の中で、登場人物が困難に直面しても歩みを止めないのは、この時の「止まれない厨房」の経験が、私の中に深く刻まれているからかもしれません。
合掌
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
仲間の脱走という悲しい現実に直面しても、包丁を握る手は止められない。それが修行であり、同時に「プロの現場」というものでした。去っていった彼の無事を祈りつつ、重い鍋を運んだあの朝の感覚は、今も私の掌に残っています。
明日は、まさに「鬼の目にも涙」。膝から崩れ落ちたある鬼のお話しです。




