第8話:一通の手紙と「ありがとう」の五文字
外界の情報が一切入らない修行生活の中で、ようやく許された家族との手紙。
その封筒の中にあったのは、新しい命の誕生と、私を根底から変えることになる一言でした。
今回は、私の人生で最も忘れられない手紙のお話です。
二十九歳で上山し、修行の最中に三十歳の誕生日を迎えました。
外界から完全に遮断され、テレビも電話もない生活が三ヶ月ほど過ぎた頃、ようやく家族との「文通」が許されました。
待ちに待った、最初の手紙。
震える手で封を切ると、そこには長男が無事に誕生したという報告、そして妻からの言葉が綴られていました。
長男の誕生日は、四月十二日。
私がお山で己の未熟さと格闘していたあの日、妻はたった一人で、新しい命を産み落としてくれていたのです。
手紙の最後に書かれていた、
「ありがとう」
涙で文字が滲んで見えなくて、何度も何度も読み直しました。
本来なら、そばにいて一番に「ありがとう」と伝えなければならないのは、私の方です。
夫としての役目も果たせず、不自由な思いをさせているはずの妻から、逆に感謝の言葉をかけられた。
情けなくて、申し訳なくて。
でもそれ以上に、生きていてこれほど嬉しい言葉はありませんでした。
「自分はこの人のために、そして新しく生まれた命のために、ここで本気で修行をやり遂げなければならない」
妻がくれたその五文字が、折れそうだった私の心に、もう一度強い火を灯してくれたのです。
人は、たった一言で救われ、たった一言で強くなれる。
それを身をもって知った、三十歳の春でした。
合掌
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
あの時、手紙を読みながら流した涙の熱さは、今でも忘れることができません。自分が何のためにここにいるのか、本当の意味で覚悟が決まった瞬間でした。
次回はそんな毎日の中に突如訪れたお山を揺るがす大事件のお話しです。




