表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】これをもちまして、終了とさせていただきます  作者: 楽歩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/40

5.王命、アイゼンベルク討伐 side国王

 side 国王


「兵を編成せよ。アイゼンベルク領へ向かい、大公並びにルシアーナを捕らえよ。王命だ!!」



 ──やられた。


   計画は、前々から練られていたに違いない。最初から、あの女は敵だったのだ。



 ルシアーナ・アイゼンベルク。


 私の呼び出しに応じたのも、女神の名を盾に取ったあの態度も、すべて計算ずくだったに違いない。


 あの冷えた瞳。祖父譲りの、私を見下ろす目。


 つくづく腹立たしい。あの大公の血を、寸分違わず受け継いでいる。



 大公は、昔からそうだった。



 私を見る目は、いつもどこか哀れむようで、さも「王の器ではない」と言いたげだった。常に私を愚かだとでも言いたげな目を向けていた。


 父上と兄弟仲が良かった?


 笑わせる。



 父が賢王と称えられるたび、その陰で私は“凡庸な王太子”として囁かれてきたのだ。


 誰の差し金かなど、考えるまでもない。


 それでも――


 それでも父は、私を選んだ。私を王太子に据えたのだ。


 愛する弟と愛する息子の間で、私を選んでくれた。大公ではなく、私を。


 その事実だけが、私の誇りだった。


 

 だからこそ、私は耐えた。


 忠臣どもが口うるさく私を縛ろうとするのも、王家の後ろ盾を確かなものとするため、侯爵家の令嬢との婚姻を望んでいたことにも。


だが私は、その婚姻をと言い訳して、先延ばしにした。  


 父の病が深まったあの日々、私は決して弱音を吐かなかった。婚姻を「父の病が癒えたのちに」と先延ばしにしたのも、王家のためだったのだ。決して私欲のためではない――そうだ、すべては国のため。


 それから幾ばくも経たぬうちに、父の容体は悪化し、ついには立つことも叶わなくなった。


 やがて私は、王位を継ぐこととなる。

 

 王となったその年、私は“正しい選択”をした。


 愛のない政略婚ではなく、心を通わせた女性、学院時代から互いに心を通わせていた子爵令嬢──今の王妃を妃に迎えた。


 王である私が、誰の許しを得る必要がある?


 反対した者たちは、父の忠臣。大公の息のかかった者たち。一斉に反対の声を上げたが、もはや王となった私に、誰が異を唱えられよう。

 

 


 だから私は、言ってやったのだ。


 ――王命に背くつもりか、と。


 あの瞬間の沈黙は、今でも愉快だ。


 孫である王太子が生まれて三年後、父は、ルシアーナとの婚約を整えたのち、そのまま崩御した。  その知らせを受けたとき、私は静かに思った。


 ようやくすべてが私の手に落ちた。これで、誰にも邪魔されずに国を動かせる。


  父の生前、「私を支えるため」と称して整えられた数々の“新制”を、私は一つ残らず見直した。そして、私に忠誠を誓う者たちだけで、王の座を取り巻く枠組みを新たに築いたのである。



 ……ルシアーナが、動くまでは。


 大公は、間違いなく、己の息子を次期国王として据えるつもりで画策していたのだろう。私が王になった後も、いつか取って代わろうとしていたに違いない。


 しかし、息子夫妻は馬車の事故でこの世を去った。代わりに、ルシアーナを、と考えたのか──愚かな。




「陛下! このような不敬、断じて許されませぬ!」


「厳罰を!」


 怒号のような声が、部屋を満たした。ぼんやりと過去を思い返していた私の意識を、臣下たちの熱が引き戻す。



 私はゆっくりと頷いた。



「当然だ。父が残したという“証文”も探し出せ。罪を問わない? 戯言も大概にしろ。そんなものが存在する限り、あの女は“正義”を気取れる」



 証文など、あってはならない。


 あってよいはずがない。くだらない嘘を。  父上が、私に黙ってそんな狡猾な真似をするものか。


 ……いや、待て。大公と内々に通じていた可能性も、捨てきれぬ。


大公は、息子夫婦が亡くなって以来、すっかり気力を失ったように見えた。王宮にも顔を出さず、世を捨てたかのように静かに暮らしていた。


 だが――その裏で、長い年月をかけて私を観察し、見極め、最後に一矢報いようとしていたのか。あの男は、息子夫婦を失ってなお、諦めてなどいなかったのだ。王宮に姿を見せず、沈黙を守りながら、ずっと機会を窺っていた。


 最後に、孫娘を使って私を引きずり下ろすために。


 ――実に、卑劣だ。


 脳裏に、ルシアーナのベール越しの瞳が浮かぶ。感情を見せぬくせに、すべてを見透かすような目。ただ瞳だけで感情を語る女。

 


 あの目が、私は嫌いだった。まるで大公の生き写しのように、何もかもを見透かす冷たい目。


 否、恐れていたのかもしれぬ。


 その目に見据えられるたび、大公に監視されているような錯覚に囚われた。思い出すだけで、胸の奥に黒いもやが立ちのぼる。


 だが――女神の使徒が現れ、息子が恋をした。


 ルシアーナとの婚約を解消するには、これ以上ない大義名分だった。宰相が養女にと願い出てくれたおかげで、身分の問題も解決し、王妃も満足していた。

 


 すべて、私の描いた通りに進んでいた。


 ――それなのに。


 ルシアーナも、女神の使徒?

 しかも、サラより強い力を持つ?


 ふざけるな。


 知っていたのなら、なぜ報告しなかった。

 孫娘に女神の紋章が現れたことを、大公は黙っていたのだな。女神の紋章が現れた時点で、国に知らせる義務があるだろう。使いようもあった。



 ……いや。


 まさか。


 父上は、知っていたのか? すべて承知の上で?


 知らなかったのは――この私だけ?




「陛下、ご報告いたします。兵は、一週間の準備の後に出立可能でございます」


「遅い!!」


 声が荒ぶる。



「二週間も与えれば、迎撃の準備が整うだろう! そんなことも分からぬのか!」



 

「そ、そうおっしゃいましても──」

 側近の声がわずかに震え、室内の空気が凍りついた。


「ならば、有力な者を数名、転移魔法で先行させろ。現地の情報を集め、兵が到着するまでの作戦を立てさせるのだ」


 命を下した矢先、別の報告が返る。


「試みましたが……なぜか弾かれ、転移が成立しませんでした」


「何だと!? 魔法が遮られたのか?」


「いいえ、そのような反応ではなく……何か、柔らかな力に押し返されるような感触で──」


 体中の血が一気に冷えた。 ちっ、と舌打ちが無意識に漏れる。

 柔らかな力。

 拒絶ではなく、遮断。


 ――女神の加護だ。


 可能性は高い。女神の使徒の力を用い、術そのものを弾き返しているのだろう。

 

 私は、歯を食いしばった。



「三日だ。準備期間を三日に短縮しろ。夜も休むな。可能な限り早く出立せよ!」


 椅子に深く身を沈める。


 窓の外では、重い雲が王都を覆っていた。


 ――ルシアーナ。


 この国は、私のものだ。歯車に口を出すな。


 女神の名を使って、王に逆らうなど――


 その傲慢さが、自らの首を絞めることになることを思い知れ。





 しかし、その夜、私はほとんど眠れなかった。


 目を閉じるたびに浮かぶのは、あの瞳だ。敬意も、恐怖も、媚びもない――ただ、静かに測るような視線。


 王である私を、裁く対象として見ている。


 女神の使徒だと? それが何だというのだ。


 使徒といえども、我が民。民は王に仕える存在だ。神の声を“伝える”だけの器に過ぎぬ。裁く権利など、あるはずがない。


 ――あるはずが、ない。





 翌朝、さらに不快な報告が続いた。


「陛下。騎士団の一部が、出兵に難色を示しております」


「理由は?」


「“女神の使徒に、武力を向けるのは不敬ではないか”と……」


 私は思わず、笑った。


 乾いた、感情のない笑いだ。


「不敬? 使徒が王命に背くことこそ、不敬だろう。そもそも、その言動が不敬だろう!! 難色を示している物は処罰、いや、前線に立たせろ!!」


 その場にいた者たちが、ぴくりと肩を震わせる。




「そもそも、女神の意思をどう解釈するかを決めるのは誰だ?――王だ。この国において、最終的な判断を下すのは、常に私だ!」


 そう言い切った瞬間、どこかで、微かな違和感が胸を掠めた。


 ――本当に、そうだったか?


 父は、生前よく言っていた。




『王は裁く者ではない。秤を持つ者だ。だが、その秤の重さを決めるのは、民の信頼だ』


 抽象すぎて意味が分からない……くだらない理想論だ。


 信頼など、力があれば後からついてくる。





 部屋を出ていく臣下の背を見送りながら、私は無意識に、拳を握りしめていた。



「神殿からの返事はまだか!」


 神殿には、形式的に、ルシアーナを断罪する許可を求めていた。


「今、届きました、これを……」



 通達には、『女神アウレリアの名において、ルシアーナ・アイゼンベルクを「異端」とは認めない』――と。


「……何?」 


 通達文を読み返す。  


 何度読んでも、文字は変わらない。


 異端ではない。

 罪人でもない。

 王命に背いた件についても、「女神の意思を問うための沈黙」と解釈する、と。



「神殿が……私に逆らうのか?」


 背後で、側近が恐る恐る口を開く。


「陛下……神殿側は、“女神の使徒が二人存在する以上、どちらか一方を王が断罪することは、女神の意思を僭称する行為になりかねない”と……」



 僭称? この私が?


「……女神の意思を僭称しているのは、あの女だ」


 声は、思った以上に低く、歪んでいた。


 神殿の腰抜けどもめ。


 ふと窓の外を見ると、雲間から、細い光が遠くの彼の地に差し込んでいるようだった。


 光は、柔らかく、静かで、私を照らすことはない、そう言っているようだった。



「……あり得ない!」


 


 自らが振り下ろそうとしている剣が、自分自身の足場を断ち切る刃。そんな可能性は決して、あり得ない。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ