第32話「地上界へ」
「なぁ、これからどこ行くんだ? なぁってば!」
転移ゲート前。操作パネルを設定しているノクスの服を、ライガが退屈そうにグイグイ引っ張ってくる。
グリオールは少し離れた木陰で作業が終わるのを待っていた。
「……ああもうっ、手が滑るでしょ! 大人しくなさい!」
イラついていると、レオンがライガを引きはがしてくれた。
「これから皆で地上界に行くんだ。やっと転移ゲートと≪伝通の術≫の空間軸の安定化が出来たらしいから、調査をされるらしい」
「調査ぁ? んだよ、遊びに行くんじゃねーのか……。ってか、そんなの他の奴にやらせりゃいいじゃん!」
ノクスはヨレヨレになった服のしわを伸ばしながら説明する。
「いいえ、これも政務官としての僕の仕事なんです。最近の異形の動向も気になりますし、特に防衛結界がなぜ反応しなかったのか、調査しなければ」
「……? どういうことだ?」
「えっと、つまりですね。政が上手く行くように、複数の部署を横断的に調整する立場として、情報を集めるのです」
「……ぜんっっぜん、分かんねぇ!」
ライガはまるでチンプンカンプンだと言わんばかりに頭をガシガシと掻いた。
「ううん……。どう言えば良いのか」
と、すかさずレオンがフォローするようにライガに声を掛けた。
「……ライガ。ステーキは好きか?」
「おうっ! 好きだぞ! じゅ~って焼いて、ガブッ! って食うの最高だ!!」
「ステーキをおいしく作るには、火の強さやタイミング、味つけが大事だよな?」
「おう、そうだな!」
「ノクス様の役目は、その作り方や順番を考える係なんだ。実際に料理をするのはシェフだが、美味しくなる作り方のレシピがあると効率も良いし、失敗も少ないよな? 国を守ることも同じで、『どうやったらみんなが安心できるか』を考えるために、必要な情報を集めるのも政務官の仕事なんだ」
「つまり、ノクスは、えーっと……『ステーキを美味しく作れるレシピ』を考える人か?」
「ああ、そんな感じだ」
「なるほどな! オッケー、理解した!」
「すみません、レオン君。また君のお世話に……」
「……いえ。俺のほうこそ、人形の分際で出しゃばってしまい申し訳ありません」
勉学には打ち込んできたが、こうして誰かに“何かを教える”という行為がこんなに難しいとは思ってもみなかった。本当にレオンの気配りには頭が上がらない。
(僕も、主人としてちゃんとライガが理解できる形で教えられるようにならないと……)
◆◇◆◇
≪ノクス政務官殿、グリオール政務補佐菅殿、眷属2体。認証完了。転移先ヲ指定シテクダサイ≫
設定が終わると、自動音声が起動した。
それを見計らったのか、グリオールがノクスに話しかけてきた。
「ノクス、折角行くなら他の用事も済ましちゃわない? 二度手間になるし」
「そうですね。ではこの教会の近場にしますか。ついでに雑務もこなしてしまいましょう」
ノクスがそう言うと、ライガは一瞬視線を下げ、何かを考えているように見えた。
「教会……?」
ライガの声に反応し、グリオールが説明を続ける。
「ほら、買い物の時に店主に魂力で支払ってたの覚えてる? その魂力が正しく使われてるか、確認するの」
「ああ、そういやそうだったな」
ライガは呟きながらも、まだ納得しきれていないような表情を見せた。
「それって地上界でどういう使われ方してんだ?」
「良い機会です。それも含め現地で説明しましょうか」
ノクスが微笑み、パネルの操作を終えた。
「さ、設定も終わりました。地上界へ行きますよ?」
「なぁ、何かバチバチしてるぞ? 本当に通って大丈夫なのか??」
「大丈夫です。ほら、怖いなら手を繋いであげますから」
「けっ! 要らねぇよ、バーカ!」
4人は転移ゲートへと足を踏み入れる。眩い光が視界を覆い、身体が一瞬ふわりと浮く感覚が全員を包み込む。
次の瞬間、足元に固い感触が戻った。目の前に広がるのは、青々とした大地とどこまでも続く草原。澄み渡る空には白い雲が浮かび、風に乗った鳥たちのさえずりが耳に心地よい。
「おぉ……っ! すっげぇ!」
ライガが目を輝かせながら声を上げる。その様子に、ノクスも思わず微笑んだ。
「ここが地上界。といっても、地上の世界は4つありまして。ここはその世界のひとつ“テラアース”。私達天人が住まう天界とはまた違った趣でしょう?」
「へぇ~……。結構緑豊かな所だな。ん? 4つ?」
「ええ、東西南北それぞれ大聖女が聖堂を管理しているのは説明しましたよね? 実は、地上界もそれぞれの大聖女が管理しているんです。テラアースは東聖堂のリアナ様が担当されているんですよ」
「他の地上界のやつら同士は交流してんのか?」
「良い質問ですね。残念ながらそれぞれの地上界は次元の壁で隔てられ、交流も無いので文化形態も違います。もちろんアルフレイルから転移ゲートを介して我々天人は行き来できますが、よほどの理由が無いと許可は下りないのです」
「ふ~ん? なんか色々めんどくせぇんだな。あっ、でもさ、お前って東聖堂の政務官って言ってたよな?」
「……ええ、そうですが?」
「じゃあ、ここって……お前の“なわばり”ってことか?」
「なわばりって……。まぁ確かに東聖堂の政務官として、面倒な手続きは省略出来るので、テラアースから調査するのが効率的なんですが」
その時、グリオールが思い出したように声を上げた。
「そうそう、ノクス。ゲート通る時に認識齟齬の術式は全員にちゃんと設定した? あれしとかないと騒ぎになっちゃうわよぉ?」
「ええ、大丈夫。そちらの段取りも完璧ですよ」
「んぁ? 何の話だ??」
ライガが首をかしげる。
「転移ゲートには通る際に設定した術式を付与する機能があるんです。確か、西聖堂の技術部主任が開発したそうで……」
「いや、そっちじゃなくて!」
「ああ、認識齟齬の術式のことですね? 地上世界へ来る際は現地民と同じ認識になるよう術をかけるのが決まりなんです」
ノクスの答えに、グリオールが補足する。
「アタシ達天人が地上界にまんま降りる訳に行かないのよ。天人って、一応どの地上界の人間にとっても敬うべき存在らしいからねぇ。そんなのが旅行感覚でホイホイ来たら大混乱になるでしょ? これも秩序の為よ」
ライガは「ふぅ~ん?」と短く返し、それ以上興味を示さなかった。
「さ、まずは雑務をこなしてしまいましょう。教会に行きますよ?」
ノクスの声で歩き出す三人。
その少し後ろで、レオンもゆっくりと足を動かした。
しかし歩みはやや重く見え、表情も硬い。
グリオールもその態度に気付いたように振り返り、不敵な笑みを浮かべて声をかける。
「あら、どうしたのレオン? もっと早く歩かないと二人に置いて行かれちゃうわよぉ?」
「……はい」
短い返事だけが返ってくる。声色に力はなかった。
「まさか今更、地上人に会うのは嫌だなんて言わないわよねぇ?」
グリオールが冗談めかして笑う。だが、レオンは無言のまま歩を進めた。
「どう? 今日はちゃんと“待て”は出来そう?」
意地悪そうな問いかけに、レオンは唐突に顔を上げた。その動きはややぎこちなく見える。
「…………」
表情はほとんど動かず、何を考えているのかは読み取れなかった。
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