第22話「サイドエピソード:寝室の大聖女」
※今回の話は、リアナ視点です。
――中央大聖堂。その最上階には大会議室が設備されている。
そこは、ごく限られた者しか利用できない場所。円形のテーブルを挟み、四人の女性が均等な距離で座っていた。
「それで、この報告によれば。ああた独断で浄化装置を動かした……という訳でござぁますね?」
最年長の女性が報告書を見ながら、リアナを問いただす。
「緊急事態だったのでやむを得ず……です」
「ああた。いくら大聖女の一人とはいえ、そんなことが許されていると思っているのでござまぁす?」
あからさまに大きなため息。わざと聞こえるように吐かれたそれに、リアナはまぶたを伏せた。
「そのせいで装置のケーブルが壊れてしまい、何本か交換する必要があると西聖堂の技術部主任から報告が上がっているそうでござぁます。浄化装置はあれ一つきり。使用するときは申請を出すのが常識でござぁましょ?」
派手な化粧をした女性が、オーバーに両手を広げる。
「んまぁ~! なんてことっ! いけませんわぁ~!」
リアナは淡々と続ける。
「……あの時、浄化装置を使わなければ対応できない相手でしたので」
その返答に、おかっぱの女性が眼鏡をクイッと上げながら問いただす。
「ふむ。対応できない相手だった。その根拠は?」
「……報告書にある通り、ノクス政務官は守護者ライガの力を最大にまで引き出しました。それでも力はほぼ互角。巨人を穴の先の召喚の間へ送るには、もうひと押しが必要と考えたのです」
「ふむ。もうひと押しが必要と考えた。その根拠は?」
「……天人一人の力では、あの巨体を持ち上げるための魂力が足りなかったからです」
「ふむ。魂力が足りなかった。その根拠は?」
「……実際、一瞬持ち上げるので精一杯だったんです」
「ふむ。精一杯だった。その根拠は?」
リアナはわずかに眉を寄せ、口を閉ざした。
「……では、他にどうすれば良かったと?」
「ああた。質問しているのはこちら側でござぁましょ? 質問に質問で返さないでござぁます?」
「んまぁ~! いけませんわぁ~!」
無意味な応酬が続く。
「とにかく、独断で装置を使った件は、今後審議にかけるでござぁます。召喚の間も使用不可能。これでは新たな守護者も呼べないざぁす。相応のペナルティは覚悟しておいてくださぁね?」
「……分かりました」
◆◇◆◇
「……只今、帰りました」
転移の光が消えると同時に、東聖堂の空気が肌に触れた。
執事の一人がすぐさま駆け寄ってくる。
「定例会議、お疲れ様でした。リアナ様。あの、入浴の準備が出来ておりますが……」
リアナは微笑み、首を横に振る。
「ありがとう。しばらく自室で休んだら声を掛けます。それまでは誰も入れないで頂けますか?」
「は、はい。分かりました!」
「……いつもありがとう」
リアナは歩き出す。
廊下を進む途中、曲がり角の向こうから、執事たちの声が微かに耳に届いた。
「……お若いのに大変だよな」
「母上の後を継ぐってだけでも……」
「それでも愚痴一つ零さないんだから……」
言葉の残響が、胸の奥にじんと沁みた。
彼らの気遣いに感謝しつつも、足取りは自然と速くなる。
ギィ……バタン。
自室に入ると髪を束ねていた紐を解き、ベッドに腰を下ろす。
「お母様……私は、このままで良いのでしょうか」
誰にも届かない呟きが、空気に溶けた。
大聖女という役職は、重責と孤独を常に背負わせる。悩みを打ち明ける相手などいない。自分は皆を導く存在――そう思い込んできた。
ふと、脳裏に母が病に倒れる少し前の記憶が蘇る。
◆◇◆◇
「……お母様!」
今よりも少し幼いリアナは、母親に駆け寄っていた。
「あら、リアナ。ふふ、どうしたの?」
リアナの母、先代の大聖女「リリシア」。
その卓越した知性と品位も相まって、アルフレイルの民が抱く「大聖女」の姿は、彼女が持つ清廉さと威厳の中に育まれたものだった。
「あのね。私、今日はとっても頑張ったの! 2つも術が使えるようになったの!」
「まぁ……それは凄い。きっと沢山勉強したのでしょうね?」
リリシアはそっとリアナの頭を撫でる。
彼女が東聖堂の管理者としての地位に就いたとき、それは決して偶然ではなかった。
聖堂の荘厳な空間を見守るその姿は、まさに聖母そのもので、リリシアの周囲には常に穏やかで優雅な空気が漂っていた。
リアナにとって母は自慢の存在だった。
彼女の目には、まだ子供らしい純粋な興奮が映っている。小さな手をひらひらと振りながら、目を輝かせているその姿に、リリシアはほんの少しだけ微笑みを深めた。
「あなたがそうやって一生懸命に努力している姿を見るのが、私は何よりも嬉しいわ」
その優しい声に、リアナはほんのりと顔を赤らめ、嬉しさを隠せなかった。その一言がどれほど力強く感じられただろう。母の言葉はいつも、自分の心を安らげ、励ましてくれる。
リリシアはしばらくその手を止め、こちらを見つめる。その瞳には、どこか遠くを見つめるような静かな強さを感じる。
「あなたがもっと成長して、立派な大聖女になれる日が楽しみね」
そう言って、少しだけ柔らかな笑顔を浮かべた。しかし、その笑顔の奥に、少しだけ陰りが差したことをリアナは感じ取った。
「……お母様?」
「……あら、どうしたの?」
リリシアは一瞬目を伏せ、ゆっくりと息を吐いた。
「……大丈夫よ、リアナ。私は大丈夫。ただ、少し疲れているだけ」
再び微笑み、自分を安心させるようにその手を優しく引き寄せた。
「でも、あなたがこうして頑張っているのを見ると、私ももっと頑張らなければと思うわ」
リアナは少し疑わしそうに見上げたが、母の微笑みに安心して、また嬉しそうな表情を取り戻した。
しかし、リリシアの体調は少しずつ悪化していった。
日に日にその症状は重くなり、医師たちもその原因を特定できずにいた。
ある日、リアナがいつものように母の元へ駆け寄ったとき、リリシアはベッドに横たわり、目を閉じていた。その顔には少しの疲れと、長い時間を経たような静かな寂しさが見て取れる。
「お母様……?」
リアナはその姿を見て、胸が締め付けられるような気持ちになった。リリシアはゆっくりと目を開け、穏やかに微笑んだ。
「リアナ……。ごめんなさい、少しだけ休ませてね」
その声には、どこかかすかな弱さが混じっていたが、リアナはそれを感じ取ることはなかった。ただ、無邪気にうなずき、母の手を握った。
その日の夕方、リリシアは再びリアナに語りかける。
「リアナ、あなたに伝えたいことがあるの」
リリシアの声はどこか真剣で、いつもとは少し違う響きがあった。
「私がこの役目を引き継いでから、もう長い年月が経ったわ。でも、あなたがこれから立ち上がって、私の後を継がなければならないの」
リアナは驚いたように母を見つめた。
「お母様、でも……」
「リアナ?」
リリシアは静かに娘の名を呼んだ。
「実は私はね、本当はとっくに寿命が尽きていたの。でも、あるお方の力でここまで生き長らえることができた。けれど、それももう限界みたい。だからあなたがこれから、民を導いていくのよ。あなたならきっとできる」
リアナはその言葉に言葉を失い、目をうるませた。リリシアはその手を握り、最後の力を振り絞るように微笑んだ。
「あなたに、私のすべてを託すわ。大丈夫、皆を信じて……」
その時、リアナは初めて母が感じていた痛みと覚悟を理解した気がした。母の重責と愛がすべてその一言に込められていることを、深く胸に刻んだ。
そして、リリシアの息は静かに途切れ、アルフレイルの空に鐘の音が鳴り響く。それは、母から娘への重責と愛が、永遠に続いていくことを告げる鐘の音だった。
◆◇◆◇
(……あの日、お母様の意志を継ぐと決めた。けれど……)
胸の奥にぽつりと不安が残る。
その時、ライガの『俺と友達になろうぜ!』という言葉が頭をよぎった。
ノクスの変化――あの生き生きとした表情。以前の無愛想さが嘘のように、ライガと接していた姿。
「私も……いつか、変われる……のかな」
頬を伝った涙が、手の甲に落ちて消えた。
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