42 PS.ある鬼才少女の啓発
42 PS.ある鬼才少女の啓発
凉樹一瓏は、不条理な存在だった。
僕は小さい頃から‘ 天才 ’と呼ばれてきたが、その呼ばれ方は嫌いで、サヴァン症候群などの例からでも解るように、才能と呼ばれる概念は、人間の特異性を結果論で表現したに過ぎないと考えていた。
要は、‘ 天才 ’などいないと定義づけていたのだ。
僕が思考能力や知性の使い方で傑出しているのも、単に環境によって特異化した能力を、自身で磨いてきた結果だと認識している。
故に‘ 鬼才 ’というのが僕に相応しい呼び名だろう。
その僕にさえ匹敵する存在だというのに、くだらない俗世に拘わって喜んでいる‘ 異端 ’というのが一瓏という存在への最初の認識だった。
最近では小皇帝も、巻き込んで大人達には内緒で青修会の改革をやってるらしく。
僕も青修会の一員だが、どうせ直ぐに大人達に知られるだろうし、煩わしいので会合の誘いを無視していたが、いつまでたっても予想していたトラブルは起こらなかった。
どうやら、秘密組織めいた結束で、彼らは何かを企んでいるらしい。
その中心に一瓏がいるのは間違いないはずで、何故、大人達が子供の企みに気づかないのかは解らないが、それが一瓏の仕業であるのは間違いないだろう。
そう、気づいた時、僕は凉樹一瓏の不条理性にも同時に気づいたのだ。
僕に匹敵する知性と人並み外れた運動能力に加えて、小皇帝を巻き込む人心掌握術までなら理解できる。
だが、OBである親達の手駒同然の学校職員を、地位も家柄も財産も何一つ持たない少年が単身で動かす事ができるだろうか?
それができるような不条理な存在を何と呼べばいい?
そう、凉樹一瓏という存在が、いるはずのない‘ 天才 ’ではないかという疑問を僕は持ってしまった。
‘ 天才 ’とは生まれながらに特異な存在という意味で、神という迷信を内包する非科学的な概念だ。
迷信というものは、人を惑わし真実から目を背けさせる諸悪の根源だ。
最近で言うなら‘ 幼退症 ’などは、人間の弱化した脳機能が悪事などのストレスに耐えられなくなった事で起こる精神崩壊で、決してオカルトマニアがいうような四方山話の類ではない。
第一オカルトマニアが、その‘ 幼退症 ’の原因という神自体が、本来最古の迷信で、伝承とはそういった不確かな嘘や噂が積み重なったものにすぎないのだ。
‘ 才 ’というのは、志し、磨き、得た結果の呼称で、予め授かったり、そんな存在しない神に貰うものではないはずで。
要は‘ 才 ’があるから成功するのではなく、成功した個性が‘ 才 ’と呼ばれるだけの事で、‘ 才能 ’とは虚構なのだ。
だから、僕は、噂や情報でしか知らなかった凉樹一瓏に会おうと考えた。
在りえないはずの迷信を、在るように見せる幻想の真実を見るために。
それが、個人主義の名の下に、人との煩わしい関わりを断って生きてきた今までの自分との決別になるとも思わずに。
実際に会った 凉樹一瓏は、不条理な存在だった。
僕が一瓏に感じた第一印象は、知性ではなく老成で、冷徹ではなく煌善で、衒惑ではなく、厳実。
とても、僕より年下とは思えないものがあった。
一瓏とは、色々な事について語りあったが、特に印象深かったのが──
「実権のない皇家と血縁を結んで、権威で繋がった貴族同様の保守政治家がいるのに、政治を変えられるわけがない」
そう言った僕に一瓏が言った言葉。
「けれど、君が大人になった時には、彼らは、もう何処にもいない。それに、‘ 天才 ’という言葉を否定する君が、神の摂理を騙った権威主義を認めるのか?」
その言葉に僕は衝撃を受けた。
皇家の権威とは神という詐欺で造られたものに過ぎないし。
権威主義が口にする‘ 才能 ’あるものがそうでない者を従えるというのも虚構なら。
神が造った‘ 弱肉強食の掟 ’に人間が従うしかないというのも幻想。
薄々は感じていたその事実に、僕は、その言葉でハッキリと気づかされたのだ。
そして、もう一つの当たり前の事実。
人間は必ず死ぬし、永遠に変らぬものなど何処にもない。
そんな事さえ、僕は本当の意味では理解していなかった。
永遠など虚構なのだ。
僕や小皇帝が協力するなら、未来を変えられないわけがないのだ。
まして、この学校の職員の一部すら既に掌握した一瓏の手腕があれば!
僕はいつの間にか一瓏の目指す世界を見たいと思ってしまっていた。
正直者が馬鹿を見ず、不器用な努力が報われ、損得ではなく信頼が人を繋ぎ、虚栄の幸福を望むのではなく皆が皆のために少しでも好い未来を目指す世界を。
僕達がこの世界から消え去るまでの数十年を、死ぬまでの暇つぶしや、欲望を貪るのに費やすよりは、例え短い人生になったとしても、そういった未来のために費やせるのなら、それはずっとマシな人生に思えた。




