エピローグ
˖ ࣪⊹
王都の外れ、瀕死の重傷を負ったヴィクトルに治癒魔法をかけていた私の体は、意識が薄れていくのと同時に視界が白くなり、金色の光に包まれていく。
周囲には古代語の魔法陣も交ざるようになった。もしかしてこれって死ぬ前に見るという走馬灯というもの?
これから死ぬことが濃厚というのに、あまり緊張感がない私を支えているのは、私が死んでもヴィクトルは助かるという確信だった。
その証拠に、手の下にさっきまで触れていたヴィクトルの背中がない。代わりに、何かに抱きしめられている。もしかしてこれは死ぬ前に見る私の願望だったりするのでしょうか……? うわぁ、我ながら恥ずかしすぎない?
そして、耳元ではヴィクトルの囁き声まで聞こえてきてしまった。
何かもごもご言っていて全然意味がわからないけど……こんなに近くで声を聞くのは初めてのことで。やっぱり、死ぬ前のご褒美的な妄想としても、あまりにも恥ずかしすぎませんか!
恥ずかしすぎて死にたい。ああ、でも死ぬのだから意味がないですね。そんなことを考えながら、はたと気がつく。
ん?……耳元で聞こえるのは……睦言ではない。このもごもごは……
「呪文だわ!?」
叫んだ瞬間、白かった視界に急に色が戻る。そして私の視界にはものすごく驚いた表情のヴィクトルがいるのだった。
「ヴィクトル? え、なんで、どうして」
そう呼びかけたものの、彼はさらに驚いた表情をして動かない。私はヴィクトルの腕の中で周囲を見回す。ここは、グランティス公爵邸の夫婦の寝室だ。ヴィクトルは五年前に私が召喚された夜と同じシャツとトラウザーズを身につけている。
窓の外には満月。私は白いナイトドレスを着ていた。一方、五年前に私を抱きしめて召喚から守ろうとした体勢のままのヴィクトルは、呆然としたまま、ポツリとつぶやいた。
「今、俺を……ヴィクトルと、名前で呼んだか」
「はい?」
きっとここは、私が召喚された直後の公爵邸だ。
そっか。16歳からの五年間、この世界に私は二人存在していた。それは、大司教様の召喚魔法にイレギュラーな不具合が生じたせいだった。でも、その状態は解消されたのだ。
「召喚した聖女の力が尽きたから、私はここに戻ってきた……?」
思わず声に出せば、ヴィクトルも全てを理解したらしい。ずっと呆然としていた表情に感情が戻る。感動の再会、なのかもしれないけれど、私は空気が読めなかった。
「生きてるぅ」
「……は?」
「生きてる。よかった、助かって。だって、いくら未来を知っていても、あんな傷を目の当たりにしたら不安じゃないですか!」
「いや、それはこちら……こっちの言葉」
大騒ぎする私を、ヴィクトルは呆れたように強く抱きしめる。
「聖女セレーネ……いや、リスティア嬢」
「ひゃあ!?」
耳元で囁かれる甘い声に、私は奇声を上げた。さっきまでは呪文だったけれど、これは完全に睦言の類で。
彼の中ではきっと何日も経っているのだろうけれど、私の中では手を握り「俺は、もう今のままではいられない」と言ったヴィクトルを見たのはついさっきなのだ。
その熱が蘇って、息が苦しい。というか、抱きしめたまま固まらないで。
「あの、少し離していただけませんか」
「そうしたいところだけど、泣いているところを見られたくない」
「えええ……」
確かに、散々凹んでいたところを見たけれど、彼の涙は見なかったかもしれない。そのままヴィクトルに抱きしめられて少し待つ。少しして、彼はやっと私を離してくれた。
涙の跡が残る頬を拭って、はっきりとした言葉で、真剣な声音が降ってくる。
「俺と結婚してほしい」
ああ、この人は、聖騎士のヴィクトルだ。私と一緒に五年間を過ごして、ずっとそばにいてくれた人だ。五年前の私では絶対に知りえなかった、あたたかい感情が胸を満たす。
私は微笑んだ。
「その前に、自己紹介をしてもよろしいですか? ずっと、言えなかったのです」
「? ああ」
不思議そうなヴィクトルに、続ける。
「私は、リスティア・グランティス。もうずっと前から、あなたの妻です」
「……そうだったな」
苦笑する彼の姿を見ると、全てが繋がって、愛しさが溢れる。
くすくすと笑った私はこれ以上なく幸せな気持ちで続けるのだ。
「――はじめまして、聖女に振られた……旦那様?」
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お読みいただきありがとうございました。
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※7/8 追記
少し先になりますが、番外編としてヴィクトル視点のお話を更新する予定です。
投稿開始時には現在連載中の別作品(『無能才女』『馬鹿な女は愛せない』)のあとがきでもお知らせする予定ですが、こちらをブクマしてくださった方はぜひそのままで……!
★新作長編投稿しています★
『馬鹿な女は愛せない、と離縁されましたので……!』
離縁されて出戻った令嬢が今度は優秀さで元旦那様の度肝を抜いていくし、一方の元旦那様はうっかり惹かれていくお話。シリアスとコメディ半々なお話です。





