第26話 ありがとう
――これはとある魔法使いの記憶。
彼は娘を亡くした。不慮の事故だったと聞かされた彼は嘆き、そして娘にそっくりの精巧な魔法人形を作り出した。
娘より喜怒哀楽は薄いが、魔法使いはそれでも幸せだった。自分が死んだ後一人になる娘を案じて、お付きの者も作った。
毎日が幸せだった。
しかしそんな幸せは長くは続かなかった。
「……娘が、殺された?」
事故だと思っていた娘の死が、故意によるものだった。
それに気づいた魔法使いは怒り絶望し、世界を壊そうと考えた。
使い捨ての魔法人形を何体も何体も作り、人間を襲わせたのだ。
そんな魔法人形を統べる王として据えられた娘を模した魔法人形は涙を流しながら懇願した。
「お父さん、やめてください。こんなことを、私は望んでいません!」
「うるさい! 本当の娘でもないくせに、偉そうな口を叩くな!」
彼女はその言葉を受けてから、本当に人形のように表情を消した。
お付きの者たちが魔法使いが命じた通り人を殺していく姿をぼんやりと見守っていた。
しかし、ついに人間たちが魔法使いを捕らえたことによって争いは終わった。
捕まる日の前日。段々人間たちに追い詰められ、自身の死期を悟った様子の彼に魔法人形の彼女は言葉を尽くした。
「わたくしとお付きの者たちの魔法陣を燃やしてください。わたくしたちは自壊ができないのです」
捕まれば最後、魔法使いは殺される。彼女たちも壊されるだろうが、それでもまた何年か経てば復活してしまう。
魔法使いのいない世界で生きていたくないと泣けば、温かい大きな手に頭を撫でられた。
彼は、穏やかな笑みを浮かべていた。
「すまない。娘を手に掛けることはできない愚かな私を許してくれ。もう二度と、娘を亡くすことに耐えられないんだ」
「……お父さん……ッ」
こうして魔法使いは処刑された。
◇◇◇
マロウは目を覚ました。
当たりは真っ暗闇で、目の前に金髪の少女が浮いていた。
「――今のは、わたくしの記憶。気が遠くなりそうなくらい、昔の出来事」
パッと振り返った魔王――いや魔法使いの娘は晴れやかな顔つきだった。
「ありがとう、殺してくれて。最後にね、マロウ。貴女にお礼が言いたかったの」
「お礼、ですか?」
「えぇ」
頷いた彼女はクスクスと笑い出した。
「貴女が転んだりする度に、わたくし本気で心配していたのよ?」
「うっ……」
一心同体のようなものだったのだ。それは迷惑をかけたと縮こまっていれば、彼女に手を取られた。
「わたくし、お父さんが死んでしまって、本当は世界を滅ぼしてもいいかなあって思ってたの。……強がって殺す方法をお願いしたけど、結局できるはずがないって高を括って」
本当に殺してほしいなら、アルセルドに自分の魔法陣の場所を教え燃やせと命じれば良かった。
けれど彼女が敢えてそうしなかったのだと、マロウは合点がいった。
「なるほど……」
「えぇ。……でも、心変わりしてしまったわ。だって貴女があんまりにも愚かだったから。のんびりしてて、トロくて、覚えが悪くて……それでもすごく真っすぐで頑張り屋さんで。わたくしと違って、腐ることなく前に進むマロウはとても眩しかった」
手をすくい取られる。
とっても素敵な笑顔を向けられた。
「世界は素晴らしいんだって、教えてくれてありがとう」
マロウも無意識の内に笑みを浮かべた。
「こちらこそです。貴女がいなければ、きっとマロウは一生魔法の世界と繋がることができませんでした」
魔法陣があったからこそ、魔法科に入って。
沢山の喜びを得た。沢山の人と知り合った。
なによりも、頑張ったらそれは報われるのだということを知った。
「マロウを――素敵な魔法の世界に繋げてくれてありがとう」
不意を突かれたように目を瞬かせてから、彼女は頷いた。
「どういたしまして」
手が離れていく。
彼女は振り返らず歩き出した。その隣には、いつの間にか付き人たちがいた。
「ようやく、お父さんに会える」
二人の付き人に支えられ、彼女は闇の方へと消えていった。
◇◇◇
今度こそ本当に目を覚ませば、石に覆われた人たちはすでに元に戻っていた。
また魔力の痕跡を辿り魔法陣を見つければ、魔法陣はモラの花の下に埋められていた箱の中に、灰と化して入っていたらしい。
全てが元通りになった気がした。
けれど想定外だったのは。頭を強く打ったアルセルドが記憶喪失になっていることだった。
自宅療養をしているアルセルドの元に、今日もマロウは向かう。
その間、メアリージュンとミウ、シュザンヌはアルセルドの兄であるレイと別室でお茶会をしている。
ベッドの側で魔法陣を描いていれば、不機嫌そうな彼に声をかけられた。
「君。毎日毎日飽きもせずやって来てどういうつもりだ。人の迷惑とかは考えないのか?」
「レイさんには、いつでも来ていいよというお言葉をいただいているので」
「兄上め……」
学園に入学する前の記憶しか持っていないという彼はブツクサと文句を言っている。
魔法陣を描くのに集中するフリをしながら、そんな彼をちらりと見上げた。
記憶がこのまま一生戻らなかったらどうしようか。
また仲良くなって行けば良い。そう分かっているものの、ついついため息が漏れてしまう。
季節は冬。新雪がちらつく時期だった。
◇◇◇
アルセルドは黙々と魔法陣を描く栗色の髪の少女を睨めつけた。
今日は雪が積もりそうだからと、彼女たちは屋敷に一晩泊まっていくらしい。
居心地が悪くて堪らない。思わず大きいため息をつくが、彼女は聞こえていないようだった。いや、わざとかもしれないともう一度つこうとすれば、彼女が勢いよく立ち上がったためやる気を削がれる。
マロウと名乗った彼女が嬉々として見せてきた魔法陣は、上級水魔法だった。
「描けました! やった、嬉しいです!」
自分と同じように第二魔法を生業としているらしい彼女の笑みから逃げるように魔法陣を覗き込んで、それから一点を指差した。
星が一つ足りない。
「君、ここに一つ足りない。これでは息苦しくて本来の力が発揮できないだろう。もっと魔法を労ってやれ。これでは繋げることができないだろう――って、聞いてるのか」
顔を俯かせた彼女に苛立ちを募らせるが、彼女が泣いていることに気づき体が固まった。
その涙には、不思議と見覚えがあった。
そうだ、その時も自分は焦り戸惑い、なんとかしなくては苦心したのだ。
今だってそうだ。心臓が落ち着かなくなり、今すぐどうにかしなくてはと焦ってしまう。
しかしその時と違うのは、彼女の唇が弧を描いていることだった。
マロウは静かに告げた。
「いいえ、今確かに繋がりましたよ」
――アンタレスと名もなき星が。
終わり
ありがとうございました。




