表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第IV部 オッコク編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/57

第五十三章 願いを叶える星の正体

 アラージがそう言ったあと、部屋の中の静けさが、また少し違う質のものへ変わった。

 さっきまでの話は、制度と立場の整理だった。

 難しい話ではあったけれど、どこか地面の上にある感じがした。

 魔女がどういう存在で、神殿監察部がどういう位置にあり、僕と『青葉』がどう扱われるのか。

 そういう、言ってしまえば“今いる社会の地図”の話だ。

 でも、“願いを叶える星”となると違う。

 それは、ブライアントにとってはカッシーナへ繋がるかもしれない希望であり、僕にとってはイハァトパー機関へ繋がるかもしれない線であり、グラブール人全体にとっては神話と現実の境界にあるものだ。

 つまり、ここから先は、誰にとってもただの説明では済まない。

 アラージは、僕たち全員に一度だけ視線を巡らせたあと、静かに頷いた。

『では、共有します』

 その声が落ちた瞬間、アラージは、卓の上へ新しい図を展開した。

 今度の表示は、これまでとは少し違っていた。

 議会や神殿や監察部の線ではない。

 惑星、航路、輸送隊、祭祀の周期――そして、その中心に、薄い青白い球体が浮かび上がった。

 星図だ。

 ただし、普通の航路地図ではない。

 周囲の星系や宙域表示がかなり削られていて、代わりに、ひとつの惑星だけが中心に置かれている。

『まず、一般に“願いを叶える星”と呼ばれているものの正体から説明します』

 アラージの声は、相変わらず平坦だった。

 でも、そこに込められている重さはさっきまでより明らかに大きい。

『“願いを叶える星”は、“機怪天国(マシン・ヘブン)”と呼ばれる惑星です』

「機怪?」

 僕は、思わずその単語に飛びついた。

 神の船――機怪人形――今までにも“機怪”という語は何度か出てきた。

 でも、それが星の名前にまでついているとなると、話が一気にそちら側へ集中する感じがある。

 横でナルディアが小さく呟く。

「うわ、名前からしてすごい」

「すごいというか、だいぶそのままだね……」

『確かに、名前からして、弓良向きではある』

「どういう意味?」

『機怪人形と機怪天国。系統が近い』

「確かに、そうだけど……」

 僕が言うと、ギラが肩をすくめた。

『グラブール人の大きい名前は、だいたいそのままですわ。機怪がいっぱいおる天国、みたいな意味合いですな』

「雑に言うとそうなんだ」

『雑に言うと、ですけどな』

 ブライアントは、他の誰より静かだった。

 いや、静かというより、集中していた。

 彼にとって、“願いを叶える星”は、最初から伝説ではなく選択肢だったのだ。だからこそ、その正体が具体的な単語になった瞬間、反応を外へ出すより先に、全部を噛み砕こうとしている。

『グラブール人にとっては、古代から“神の星”として知られている惑星です』

 卓上の球体が少し拡大され、周囲へ幾本もの線が伸びる。

 それは単なる航路というより、祈りや物流や政治決定の流れを重ねた図のように見えた。

『毎年、神の遺物を維持する為に必要な“神の贈物”を恵んで頂く星です』

 その言い方は、ひどく宗教的だった。

 でも、いままでの流れを聞いたあとだと、そこに単なる信仰表現以上の意味があるのも分かる。

「……つまり」

 僕は、まだ慎重に言葉を探しながら口を開いた。

「ただ願えば何でも叶う、っていうより……必要なものをもらうための星、ってこと?」

 アラージは、その言葉に静かに頷いた。

『かなり近いです』

 そして、卓上表示をさらに切り替える。

 今度は、部族ごとの神殿圏を示す図と、それぞれの神殿から中央へ上がっていく申請線のようなものが重なった。

『機怪天国は、グラブール人社会において、単なる聖地ではありません。文明維持に必要な供給の一部を担ってきた、きわめて重要な供給中枢です』

「供給中枢?」

 僕が繰り返すと、アラージは頷いた。

『はい。ここが重要です。“願いを叶える星”という表現だけを聞くと、何でも実現する奇跡の星のように受け取られがちです。しかし、我々の理解は、もう少し現実的です』

「現実的、か」

『我々、グラブール人は、神がいなくなった後、その伝説の惑星の恩恵によって、文明を維持してきたのです』

 その一言が、かなり重かった。

 神がいなくなった後。

 つまり、〈先住者〉がいなくなった後、ということだ。

 ジェプラが、静かに補足するように言った。

『白兎族の神殿でも、そう伝えられています。神が去ったあと、我らは神の御業を完全には継げなかった、と』

『ええ』

 アラージは頷く。

『神――人類の言う〈先住者〉――がいなくなったあと、グラブール人は、彼らが残した高度な文明産物を、自力だけでは維持できなくなりました』

 その説明に、ブライアントが低く言った。

「高度すぎて、保守が途切れたわけか」

『そうです』

 アラージは即答した。

『艦船、神殿機構、遺跡由来の環境制御、特定の魔導装備、部族圏の維持装置。そういったものの一部は、使い方は分かっても、完全な製造や部品再生までは行えなかった』

「……それは、分かるかも」

 僕は、小さく言った。

 高校生だった頃、途上国に援助した設備が、メンテナンス不良で動かなくなったなんて話を、聞いた覚えがある。

 遺跡から拾った超高度文明の機械があったとして、それを完全にコピーできるかと言われれば、たぶん無理だ。

 使えて、修理を試みる――そうしても、根本の設計思想や製造設備がなければ、いずれ限界がくるだろう。

 あのイハァトパー機関のようなものを、グラブール人自体が“確認もされない”ということからも、明らかだ。

 アラージは、そのまま続ける。

『そこで、古い時代の魔女たちが、“神の星”からお告げを受けました』

 卓上表示の中央にあった惑星が、今度は淡い光を帯びた。

『必要な部品や装備、維持機構を恵んでほしいと願ったところ、『機怪天国』はそれに応じて“贈物”を与えたのです』

 ナルディアが、少しだけ身を乗り出す。

「じゃあ、ほんとに最初は、魔女たちが“お願いしたら、くれた”って感じなんだ」

『神話表現としては、そうです』

 アラージは、答える。

『ただし、そこには徐々に秩序が生まれました。各部族が好き勝手に願えばよい、というものではなかったからです』

 そこから先は、完全に“信仰と制度が混ざった物流システム”の説明だった。

 卓上表示には、各部族から上がる線が一本ずつ浮かび、その先に“魔女”“大集会”“供物”“神司輸送隊”といった項目が順番に現れる。

『各部族は、欲しいものを、まず部族内の魔女を通じて申請します』

「欲しいもの、っていうのは……」

『維持に必要な部品、装備、調整材、環境系補助機構、あるいは神殿や艦船に必要な特殊構成物です』

 ブライアントが、低く言う。

「兵器そのものも含むのか?」

『場合によります』

 アラージは少しだけ慎重に答えた。

『直接的な攻撃兵器というより、“防衛と維持に必要なもの”として扱われる場合が多い。ただし、時代や部族事情によっては、その境界はかなり曖昧になります。他種族と戦争になることもありますから』

 ギラが、肩をすくめた。

『まあ、どこでも“防衛用です”っちゅう言い方は便利ですからな』

 アラージは、その皮肉を否定しなかった。

『否定しません』

 それから、図の中央にあった“魔女”の層が、さらに“『大集会』”へ接続される。

『部族ごとの願いは、そのまま直接『機怪天国』へ送られるわけではありません。魔女たちが、『大集会』でそれらをまとめ、優先順位と整合性を取ります』

「整合性?」

 僕が繰り返すと、アラージは頷く。

『はい。複数部族が同じ種類の贈物を求めている場合もあれば、互いに矛盾する要求を出してくる場合もある。あるいは、供物の格に対して、願いが過大である場合もある。そうしたものを、まず魔女たちの間で整理するのです』

「供物の格、っていうのは、何?」

 ナルディアが尋ねた。

 アラージは、今度は図の別の層を光らせた。

『各部族は、願いと引き換えに供物を提出します。その供物には“格”があります』

「高い供物と、軽い供物があるってこと?」

『そうです』

『単なる物量ではありません。希少性、宗教性、由来、奉納の正統性、そういったものを含めた“格”です』

 ジェプラが静かに言う。

『白兎族では、供物は神への返礼であると同時に、願いの真剣さを示すものだと教わります』

『その教えは正しいです』

 アラージは頷いた。

『供物の格に従って、願いは選別されます。各部族が出した供物と、その年の必要性、神殿圏の事情、『大集会』の判断、それらを踏まえた上で、最終的に“何を願うか”が正式に定められる』

「へえ……」

 僕は小さく息を吐いた。

 思っていた以上に、ずっと整理されている。

 ただ伝説の星へ向かって祈るだけじゃない。

 部族ごとの要請、供物の格、魔女同士の調整、大集会の判断――。

 かなり完成された制度だ。

『そして、その正式な願いと供物を、『大集会』の意を受けた神司輸送隊が、『機怪天国』へ届けます』

 卓上の図に、新しい航路線が現れた。

 他の線よりも太く、まっすぐで、そして中央の惑星へ確実に届いている。

 それが、神司輸送隊の航路なのだろう。

『毎年、定められた時期に、神司輸送隊が供物を携えて機怪天国へ向かいます。そして、『機怪天国』が願いに応じて返した“贈物”を、神司輸送隊が各部族へ配分して届ける。それが、古代から現在まで続いている仕組みです』

「……つまり」

 僕は、図を見つめながらゆっくり言った。

「神がいなくなったあと、自力では維持できない文明の部品や装備を、グラブール人は“機怪天国”からもらうことで、何とか文明を繋いできたんだ」

『そうです』

 アラージは静かに答えた。

『神が残した遺産を、そのまま完全に継承することはできなかった。だから、魔女たちは“必要なものを恵んでほしい”と願い、その代わりに供物を捧げることにした。そのやり取りが、長い時を経て、いまの制度へ定着したのです』

 その説明は、ものすごく腑に落ちた。

 願いを叶える星。

 それは、何でも実現する万能の奇跡ではない。

 神の遺産を維持するために必要なものを、供物と願いに応じて与える、神の残した工場のような星だ。

 だからこそ、神話でもあり、物流でもあり、政治でもある。そして、部族文明の根幹に食い込んでいるのだ。

 太郎は、卓上に出た供物と輸送の図をじっと見ていたが、やがて言った。

『神話に見えて、かなり物流だ』

 その言い方に、僕は少しだけ笑う。

「うん、僕も同じこと思った」

『祈りだけでは届かない。運ぶ者と配る者が要る』

 ブライアントが、低く言った。

「つまり、『機怪天国』とやらは、万能の願望を叶えるのではなく、必要なものを渡してくれる場所か」

『そう認識してもらって構いません』

 アラージは、その言い方を肯定した。

『部族や時代によって語り方は変わりますが、現実に起きていることだけ見るなら、惑星『機怪天国』は“供物と引き換えに、必要な高位製造物や調整物資を返す場所”です』

 ナルディアが、そこで少し眉を寄せた。

「でも、それってやっぱり、願いを叶えてるんじゃないの?」

 アラージは、その問いを否定しなかった。

『文化的には、そう解釈されます。干ばつに苦しむ部族へ必要な装置が届けば、それは“願いが叶った”ことになる。戦に耐えられぬ神殿圏へ防衛手段が届けば、それもまた“願いが叶った”ことになる』

 ジェプラが、静かに言った。

『白兎族でも、贈物は、神の慈悲として語られます』

『ええ』

 アラージは頷く。

『しかし、神話的表現と、実際に配布される物資の性質は分けて考える必要があります』

 その話は、僕にはすごく納得できた。

 太郎が、小さく言った。

『願いを叶える、というより、必要なものを作る星だ』

「うん。多分、そうなんだろうね」

『言い方が違うだけで、中身は、かなり工場だ』

 ギラが、少しだけ肩を揺らした。

『太郎は、たまに核心を雑な感じで言いますな』

「そうだね……」

 願いを叶える、という言葉は曖昧だ。

 でも、必要なものが届くなら、人はそれをそう呼ぶ。

 たとえ、その中身が、超常的な奇跡ではなく、ものすごく高度な製造技術の結果だったとしても。

 僕は、小さく言った。

「じゃあ、イハァトパー機関みたいなものも、その“贈物”の中に含まれてる可能性があるんですね?」

 アラージは、今度は少しだけ間を置いた。

『否定はしません』

 それだけだった。

 でも、十分だった――胸の奥が、少しだけ熱くなる。

 市場の棚には存在しないし、噂としても掴めない。

 でも、もし機怪天国が本当にそういう“高位製造物を返す場所”なら、イハァトパー機関がそこへ繋がっていてもおかしくない。

 青葉が、そこで静かに補足した。

『本艦の推定でも、機怪天国が高位製造、調整、供給機能を持つなら、イハァトパー機関のような物が“神話上の贈物”として扱われていても矛盾しません』

「やっぱり、そう思う?」

『はい』

 短い返答だったが、その一言がひどく大きく感じた。


***


 アラージは、表示の内容を少し変えた。

 今度は、供物と贈物の流れではなく、その権利の配分図だ。

 大集会、各部族、神司輸送隊、神殿――。

 そして、そこへ食い込もうとする別の線。

『次に重要なのは、“願いを叶える星”へ、誰がどのように接触するか、という点です』

「勝手に行ける場所じゃないんだね?」

 僕が言うと、ギラがすぐに頷いた。

『そらもう、勝手に行けたらガナドラの商人がもっとえげつないことしてますやろ』

「たしかに」

『機怪天国への正式な接触権は、『大集会』により厳密に管理されています』

 アラージは、冷静に説明を続ける。

『供物の内容、輸送の周期、贈物の配分、そのすべてが単なる宗教儀礼ではなく、文明運用上の基幹事項だからです』

「そうだろうね。じゃあ、神司輸送隊ってのも特別なの?」

『神司輸送隊は、『大集会』直属です。それは、古代から変わりません』

 アラージは続ける。

『通常の商人組合や部族輸送ではなく、神と『大集会』をつなぐ、特別な輸送権限を持ちます』

 ブライアントが、そこでひとつの点を突いた。

「じゃあ、民間商人は本来そこへ入れないんだな」

『基本的には、入れません』

「それでも、グィルディは食い込もうとしていた」

『はい』

 アラージは、そのまま頷いた。

『商人組合の一部には、『大集会』の意を受けた神司輸送隊のみが持つ機怪天国への接触へ、民間商流を介入させようとする動きがありました』

「うわ」

 ナルディアが素で顔をしかめる。

「それ、絶対揉めるやつじゃん」

「揉めるどころじゃないだろうな」

 ブライアントが低く言う。

「供給の本流を、金と商売の方へ引きずる話だ」

 アラージは、頷いた。

『そこに、ガナドラの件の本質の一部があります』

 ブライアントが、腕を組んだまま低く言う。

「供物を運ぶ権利より、“贈物がどう配られるか”へ噛めれば、文明の心臓へ手を入れられるからな」

『ええ』

『商人が口出ししたがるわけですな』

 ギラが、いかにも嫌そうに言った。

『神話と物流と政治、全部の芯を握れるようなもんですやろ』

『その通りです』

 アラージは、ブライアントとギラの言葉を肯定した。

『機怪天国からもたらされる高位製造物、補給資材、調整部材は、部族間の均衡や神殿圏の安定と不可分です。そこへ民間商人が直接関与すれば、必要に応じた配分ではなく、利益に応じた配分へ歪みかねない』

「……グラブール人の文明そのものが傾くってことだね」

 僕が言うと、アラージは静かに答えた。

『少なくとも、傾き始めます』

 その言い方は、妙に実感があった。

 神話的な言葉で言えば、神の贈物を商人が横流しする。

 制度的な言葉で言えば、文明維持資源の民間市場化。

 ……どちらにしても、碌な未来は見えない。

 ジェプラが、少し険しい顔で言った。

『白兎族の神殿では、そのような考え方は認められません』

『ええ。多くの部族神殿でも同様です』

 アラージは、答える。

『ですが、商人は常に“もし、神の贈物を直接、扱えたなら”という発想を持ちます。それは良心の問題ではなく、構造の問題です』

 ギラが、やれやれという感じで翼を広げた。

『市場ちゅうもんは、売れるもんがあるなら、そら手ぇ伸ばしますからな』

「それで済ませていい話じゃないんじゃない?」

 僕が言うと、ギラは、真顔になった。

『済ませてええ話やないです。せやから監察部さんが動くんです』

 そのひと言で、ガナドラの一件が、やっと本当の意味で“商会犯罪”から外へはみ出した感じがした。

 やっぱり、そこなのだ。

 グィルディは、ただ人身売買をしていたわけではない。

 あれは、あれで最低だが、それだけなら神殿監察部がここまで大きく動く理由としては少し足りない気がしていた。

 もっと大きい線がある。それが、今はっきり見えてきた。


***


 ブライアントは、表示された権利線を睨みながら言った。

「じゃあ、グィルディは、“願いを叶える権利”そのものに手をかけようとしていたわけか?」

『正確には、“神司輸送隊の外から、そこへ割り込む権利”です』

 アラージが訂正する。

『大集会が公式に認めた権利体系そのものを奪うのではなく、その周辺に商流を噛ませる。最初は補助。次に仲介。やがて実質支配へ移る。それが、彼らの典型的なやり方です』

「うわ……」

 ナルディアがまた顔をしかめた。

「すっごい嫌な感じで現実的」

「現実的だからこそ、嫌なんだろうな」

 僕が言うと、ブライアントも小さく頷いた。

「いきなり神殿や大集会へ喧嘩を売るより、周辺から食い込む方が商人らしい」

 その言い方には、少しだけ皮肉が混じっていた。

 でも、多分、本当にそうなのだろう。

 僕は、そこでようやく、一つ、理解した気がした。

 ――グィルディが僕へ見せた態度と、“神子”という言葉への執着。

 ――グィルディは、神話の側の札を、市場の側へ引っ張り込みたかった。

 ――そのために、神子も、神の船も、値札のついた政治資源として見ていた。

 そう考えると、あの商人の嫌らしさが、少し別の形で見えてくる。

 そういえば、あのゾンゾが指示していただけで、白兎族との友好関係にある“神の船”が、あれだけ大きくニュースで扱われたのも、ちょっと変だと思っていた。

 あれは、おそらく、“札”の価値をつり上げるために、グィルディが指示したのだろう。

 僕は、小さく言った。

「……グィルディって、本当に嫌なやつだったんだな」

 ギラが、しみじみという感じで頷いた。

『せやから最初から言うてたでしょ』

「うん、言ってた」

『でも、思ってた以上やったやろ?』

「うん」

 そこは、素直に認めるしかない。


***


 アラージは、その話の流れをみてから、さらに核心へ踏み込んだ。

『そして、ここからが本題です』

 部屋の空気が、また少しだけ変わる。

 今までの話だけでも、かなり大きい。

 でも、アラージの口ぶりからすると、それはまだ“前提”なのだ。

『機怪天国は、いま通常運用状態にありません』

 一瞬、誰も言葉を返せなかった。

「通常運用状態にないって……」

 僕がやっと絞り出すと、アラージは平然と続ける。

 中央の『機怪天国』へ届いていたはずの太い線が、途中で断たれたように見える。

『供物と贈物の輸送は、現在、停止しています』

「停止……」

 僕が呟くと、アラージは頷いた。

『神司輸送隊が、たどり着けなくなったからです』

 その声は、さっきまでよりも少しだけ低くなった。

 今までの話は、いわば“本来どう回っていたか”の説明だった。

 ここから先は、“それがどう壊れたか”の話になるのだ。

「なんで、たどり着けなくなったの?」

 僕がそう聞くと、アラージは、中央に浮かんだ青白い球体へ視線を向けた。

 それから、静かに言った。

『一般的な表現に直せば、“お隠れになった”とでも言うべきでしょう』

 その一言が、部屋の空気を完全に変えた。

 ナルディアが、小さく息を呑む。

 ジェプラは目を見開き、ブライアントの顔つきもまた一段深くなる。

 ギラでさえ、今度は軽口を挟まなかった。

 僕は、卓上の球体を見ながら、小さく繰り返した。

「……お隠れになった?」

『はい。“お隠れになった”は神話的な表現ですが、現実の現象としても、かなり近いです。『機怪天国』は、正規航路から消失したのです』

 アラージは、頷く。

「消えたって、星が?」

 ナルディアが目を丸くした。

「それ、かなりまずいよね」

『非常にまずいです』

 アラージの返答は、迷いがなかった。

 その言葉の意味が、少し遅れて胸の奥へ落ちてきた。

 神の贈物をくれる星、文明維持の最後の工場、古代から続いてきた供物と贈物のやり取り――その全部の中心が、いま、見えなくなっている。

 だから、輸送は止まった。

 僕は、知らず知らずのうちに、少しだけ拳を握っていた。

 太郎が、小さく言った。

『補給が止まると、あとで全部にくる』

「艦もそうだし、文明もそうか」

『規模が大きいだけで、基本は同じだ』

 ジェプラが小さく息を呑む。

『そんなことが……』

『起きています』

 アラージは答える。

『そして、その異常と、黒狼族およびガラXFIザAの行動時期が、重なっている可能性が高い』

 ブライアントの目つきが、はっきり変わった。

「……そこへ繋がるのか」

『はい』

 アラージの声は静かだった。

『シラトリの件も、あなた方が想定しているより、ずっと大きな流れの中にあるかもしれません』

 ナルディアが、ぎゅっと拳を握るのが見えた。

 アーマッド、美優、源一郎――シラトリの撃沈は、ただ運悪く巻き込まれた戦闘ではなかった可能性がある。

 僕は、自分の手を見た。

 黒狼族、ガラXFIザA、機怪天国、イハァトパー機関――ばらばらだった線が、少しずつ、ひとつの図へ変わり始めている。

 でも、その図は、まだ大きすぎて全貌が見えない。


***


 しばらく、誰も喋らなかった。

 ナルディアは、前のめりの姿勢のまま卓を見ている。

 ブライアントは腕を組み、表示の線を睨んでいる。

 ジェプラは手を揃えたまま、少し祈るみたいな顔をしていた。

 ギラは、珍しく軽口を挟まない。

 青葉は、静かだった。

 でも、その静けさは、たぶん“ようやくそこまで辿り着いた”という感じに近かった。

 僕は、ゆっくり息を吐いてから言った。

「……じゃあ、次に尋ねるべきことはひとつですね」

『どうぞ』

 アラージは答える。

「その機怪天国を、どうするんですか?」

 アラージは、そこで何かの操作をする仕草をした。

 すると、卓上に円盤のようなものがせり上がってきた。

 懐中時計にも見える。

 でも、普通の時計みたいな針はなく、中心から薄い光の線が何重にも広がっている。

『そのために、神子弓良へ託したい神具があります』

 それを見た瞬間、僕の背筋が少しだけ伸びた。

 アラージは続ける。

『これは、シャドーコンパスといいます』

 その名前が、静かに部屋の中央へ落ちた。

 たぶん、ここから先は、また別の段階へ入る。

 そう思いながら、僕はその神具とやらを見つめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ