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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン
第III部 ガナドラ編

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第四十五章 神子は誰のものか


 グィルディの叫びが回線から消えたあとも、その声だけは、しばらく『青葉』の制御区画に残っているような気がした。

 なんで神子が、野蛮人の地球人なんぞの味方をするんや。

 その姿かて、どうせ仮のもんやろうが。

 なんで神の側のもんが、あっちへ立つんや。

 勝負そのものは、もうついている。

 光輪で私設軍艦隊は止まり、神殿監察部が制圧に入り、シェリフ艦隊も従う側へ回った。グィルディ自身も、もう逃げ切れないだろう。ガナドラでの勝負は、少なくともこの局面では、こちらが取り返したと言っていい。

 なのに、胸の奥には、勝った後の軽さが少しもなかった。

 むしろ、そこへ重い楔を打ち込まれたみたいだった。

 僕は、接続席から手を離した。指先にはまだ、光輪を流したあとの青い痺れみたいなものが残っている。実際に痛いわけではない。ただ、『青葉』と深く繋がった時だけ感じる、身体の奥へ何かが沈んでいくような感覚だ。

 その感覚のせいで、余計に、さっきのグィルディの言葉が、ただの負け惜しみでは済まない気がしてしまう。

 仮のもの。

 その一言が、嫌に引っかかった。

 僕は、今、女性型の機怪人形の身体を使っている。

 ――白い肌、薄青い髪、地球人の男だった頃の自分とは、外見だけ見れば別物だ。

 それは、自分でも分かっている。

 分かっているのに、他人に、しかもああいう“知っている側”みたいな言い方で突きつけられると、胸の奥が妙にざわつく。

 いや、そもそも、機怪人形というのは、グラブール人の姿をしているらしい。

 それが、人類と殆ど同じ姿――そこが、謎だった。

 しかも、ナルディアから聞いた、美優という、別の人類型の機怪人形もいるらしい。

 いったい、それは、何でなんだろう?


***


 前方表示の中では、神殿監察部の艦隊がグィルディ商会関連区画へ散っていた。

 シェリフ艦も、それに従い、ガナドラの交通網には緊急封鎖の通知が流れ始めている。

 秩序そのものは、むしろ戻りつつある。

 でも、僕の中のほうは、逆に不安定になっていた。

「……あいつ、何言ってんのさ」

 最初に沈黙を破ったのはナルディアだった。

 その声には、怒りと、素直な戸惑いがそのまま混ざっていた。

 彼女は分かりやすい。分かりやすいからこそ、その反応に少し救われる。

 こちらが言葉を飲み込んでしまっている時に、ちゃんと「それおかしいでしょ」と口にしてくれる人間がいるのは助かる。

「神子が誰の味方とか、何その言い草。ていうか、あたしたちを野蛮人って何よ。そっちが人を売ってるくせに。しかも、私設軍まで持って、あれだけ好き勝手やっといて、なんで最後にそんな偉そうなこと言えるわけ?」

 そこまで言ってから、ナルディアは少しだけ顔を顰めた。

「いや、いまさらそこじゃないのかもしれないけど、でも普通にムカつくんだけど!」

 その勢いに、僕は、少しだけ肩の力を抜いた。

「うん。僕もムカついた」

「でしょ!」

 ナルディアはすぐそう返して、それから僕の顔を見た。

 興奮した時の勢いは強い。でも、その目の奥には、別の色もあった。

 心配しているのだ。

 さっき自分を助けてくれた僕が、あの言葉で妙に静かになったことに気づいている。

 ブライアントは、前方表示を睨んだまま、低い声で言った。

「ただ、ムカつくだけで済ませるには、少し気になる言い方だった」

 その一言に、制御区画の空気がまたわずかに硬くなる。

「そうだね……」

 僕も、そう思っていた。

 単なる負け惜しみなら、ああは言わない。

 侮辱に見せかけているが、その中には、あいつの中にある何かしらの前提が混じっていた。

 神子は、本来は、自分たちの側に立つべきものだと、グィルディは思っていた。

 しかも、それは商人の思い込みというより、もっと古い層の知識から来ている言い方だった。

 侮辱だけでなく、“そういうものだと知っている側の前提”が混ざっていた。

 ジェプラが、小さく、少しためらいながら言った。

『グィルディは、機怪人形と神子について、一般の白兎族よりも、もっと古い伝承を知っているのかもしれません』

「商人のくせに?」

 ナルディアがそう尋ねると、ジェプラは、真面目な顔で頷いた。

『大商人は、物だけでなく伝承や神殿系の知識にも触れます。特に、〈先住者〉由来の遺物を扱う家ならなおさらです』

 それは、ありそうな話だった。

「商いの知識、か」

 僕が繰り返すと、ジェプラは頷いた。

『はい。白兎族にとっては、〈先住者〉由来の事柄は、本来、まず祈りや祭祀の対象です。ですが、ガナドラのような市場では、信仰の対象であると同時に、取引や交渉の札にもなります。グィルディほどの大商人であれば、神殿の崇する言葉を、敬うためではなく使うために覚えていても不思議ではありません』

 その説明は、ひどく嫌な感じがした。

 でも、だからこそ納得もできる。

 ナウーピで白兎族が僕をどう見たか――神殿での扱い――機怪人形を前にした時の、あの“生きている神像”を見るような眼差しを思いだした。

 グィルディは、それを信仰の側からではなく、値踏みの側から見ていたのかもしれない。

 ギラが、翼をたたみながら言う。

『正直に言いますとな、ああいう手合いは“知ってること全部”を喋ってるわけやないです』

 僕は、彼を見る。

「どういう意味?」

『追い詰められた人間の本音は、たしかに出ます。せやけど、追い詰められた商人の本音っちゅうんは、だいたい“相手に一番よう刺さる形”に整えて出てくるんですわ』

「それ、慰めになってるようで全然なってないね」

 僕が言うと、ギラは少し苦笑した。

『すんませんな。せやけど、ほんまのことです。あいつはたぶん、知っとること全部を喋ったわけやない。けど、何も知らん奴の言い方でもなかった』

 そこが厄介なのだ。

 僕は、ゆっくりと青葉の方を見た。

「青葉」

『はい』

「……何か、言うことある?」

 少しキツイ聞き方だったかもしれない。

 でも、訊かずにはいられなかった。

 青葉は、ほんのわずかに沈黙した。

 その沈黙が、もう重い。

 何も知らないなら、こんな間は空かない。

 少なくとも、僕にはそう感じられた。

『現時点で、断定的な説明は推奨しません』

「断定的じゃなくていいよ」

 僕は、静かに言った。

「でも、何もないふりをされると、それはそれで困る」

 青葉の青い表示光が、ほんの少しだけ揺れた気がした。もちろん、実際にはただの表示だ。揺れて見えるのは僕のほうだろう。

 それでも、青葉が言葉を選んでいるのは分かった。

『グィルディの発言には、既知情報と整合する部分があります』

 やっぱり、と思った。

 そうだろうとは思っていた。

 思っていたのに、実際に言われると重い。

「既知情報って?」

『グラブール人の伝承において、機怪人形は〈先住者〉に近い上位存在として扱われています』

 青葉は、静かに続けた。

『単なる奉仕体、祭具、あるいは神殿装飾ではありません。“先に立つもの”“導くもの”“命じるもの”として記録される例があります』

 その言葉を聞いた瞬間、ナウーピで見てきたあれこれが、ひどく嫌な形で繋がった。

 白兎族が僕へ向けた敬意――機怪人形を前にした時の“生きている仏像”を見るみたいな目――黒狼族のヅゴダが、最後に僕を“機怪人形”と呼んだ時の、本能的な何かを刺激されたみたいな顔をしたこと。

 光輪が、破壊ではなく統制の形で働いたこと。

 『青葉』が、僕と“なぜか異常なほど円滑に認証された”こと。

 命じるもの。

 僕は、少しだけ喉が渇くのを感じた。

「それって……」

 言葉が少し詰まる。

「……僕が、そういう側のものだってこと?」

『そこまでは、断定できません』

 青葉はそこで、はっきり線を引いた。

『ただし、これまでの状況から、〈先住者〉におけるグラブール人の地位や状況と、本艦及び機怪人形については、無関係でない可能性があります』

 それは、かなり踏み込んだ言い方だった。

 でも、最後の一線だけは越えていない。

 青葉は、きっと、もっと知っている。

 少なくとも、そう思わせるだけの沈黙と、そう思わせるだけの慎重さがある。

 問題は、その“もっと”を、まだ言ってくれないことだった。

「その姿は、仮のもの、っていうのは?」

 自分で言いながら、ひどく変な感じがした。

「やっぱり、そういう意味なのかな」

 誰も、すぐには答えなかった。

 僕は、また自分の白い手を見た。どう見ても、人間の手にしか見えない。

 しかし、その感覚は、人間だった頃――まだ覚えている感覚とは、大分、違う。

 ナルディアだけが、僕をじっと見ていた。

 そして、少しだけ眉を寄せる。

「でもさ」

「うん?」

「仮とか本物とか言われても、いまここにいる弓良は弓良でしょ」

 その一言が、まっすぐ胸に入った。

「いや、だって、わかんないじゃん。神子がどうとか、機怪人形がどうとか、あたし、そういうの全然詳しくないし。でも、詳しくなくてもさ、いま目の前にいるのって、ナルディアを助けるためにショー会場へ戻ってくれて、さっきあたしたちを飛ばしてくれた弓良じゃん」

 ナルディアは、少しだけ視線をそらし、でもすぐまた戻した。

「それで、十分じゃないの?」

 その言い方は、理屈としては雑かもしれない。

 でも、だからこそ、いまの僕には刺さった。

 いまここにいる僕――機怪人形の身体で、青葉と繋がって、光輪を使う僕がいる。

 それでも、ナルディアを助けたいと思って、実際に助けた僕も、いる。

 その全部を飛ばして、“本当は何者か”だけで判断されるのは、たしかに変だ。

 ブライアントが、そこで少しだけ目を細めた。

「ナルディアの言い方は、相変わらずだいぶ雑だな」

「えっ、ちょっと、いま褒められてる流れじゃなかった?」

「褒めてるよ。半分くらいは」

「半分しか褒めてないじゃん!」

 そのやり取りに、少しだけ肩の力が抜けた。

 それが兄妹のいつもの呼吸なのだろう。

 僕には、多分、ああいうものが少しだけ眩しい。

 ブライアントは、そんな妹の勢いをそのまま受け流しながら、僕へ向き直る。

「でも、言ってることは合ってる」

 その声は、さっきより低くて、ずっと静かだった。

「グィルディが何を知ってようが、お前が何でできてようが、少なくともいま俺が見てきた弓良は、お前が自分で選んで動いてる」

「……自分で」

「ナウーピで白兎族を助けたのも、ナルディアを見捨てなかったのも、さっき光輪を使ったのも、全部そうだ。誰かに言われたからじゃない。君自身で選んでいる」

 その言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ熱くなる。

 選んでいる。

 たしかに、そうだ。

 内側に何か古い機能があるかもしれない。

 巡洋艦『青葉』と異常なほど相性がいいのかもしれない。

 神子という立場そのものが、最初から何かを要求してくるのかもしれない。

 それでも、少なくともいままでの行動は、僕が“そうしたい”と思ってやったことだった。

 ジェプラも、そこで静かに口を開いた。

『白兎族にとっても、弓良殿は、もう“ただの伝承の器”ではありません』

 その言葉には、真面目な重みがあった。

『神殿にとって神子であることは確かです。ですが、それだけではありません。ナウーピへ来て、私たちと話し、悩み、笑い、怒り、助けてくださった方です。たとえ古い神話の上で、どのような位置づけがあったとしても、それだけで今の弓良殿を決めるべきではないと、私は思います』

 僕は、ジェプラを見た。

 彼女の忠義は、白兎族に向いている。

 でも、それだけではなく、今は、僕個人へも好意が向けられている。

 そのことが、ひどく、ありがたかった。

 ギラは、少し離れたところで翼をたたんだまま言った。

『神殿筋の連中の中にも、これから弓良はんを“立場”として見る者は、増えますやろ』

「うん」

『せやけど、その中で、あんさん自身がどう振る舞うかは、まだあんさんが選べます』

 それは、慰めではなかった。

 現実的な話だった。

 僕は、これからもう、ただの機怪人形ではいられないだろう。

 神子として見られ、光輪を使う者として見られ、『青葉』の主として見られる筈だ。

 そうだとしても、自分がどこに立つかは、自分で示し続けるしかない。


***


 その時、アラージからの回線が再び入った。

 表示に現れた狐族の独立魔女は、さっきと変わらず無駄のない顔をしていた。

 けれど、どこか、処理の第一段階が終わった後の空気をまとっている。

『グィルディ本人の身柄を確保しました』

 その一言で、制御区画の空気が少しだけ動く。

 ナルディアが反射的に前へ出る。

「ほんとに?」

 アラージは短く頷いた。

『はい。私設軍艦隊、商会本部中枢区画、主要補助拠点、いずれも押さえています。残るは周辺協力者の洗い出しと、押収帳簿との照合作業です』

 つまり、ガナドラでのグィルディは、これで実質的に終わったということだ。

 市場で出会った派手な大商人は、もう舞台の中央にはいない。

 ブライアントが、静かに言う。

「助かった」

『礼は不要です』

 アラージはいつものようにそっけなく返した。

『神殿監察部として必要な執行をしただけです』

 その“必要な執行”の中に、あの狐族コンパニオンの顔が含まれていたのだから、ギャップがひどい。

 ナルディアも、まだ少し信じきれていないようで、ちらちらとアラージを見ている。

 アラージは、そんなこちらの感情を脇へ置いたまま続けた。

『ただし、神子弓良、青葉、ブライアント・ウォルデック、ナルディア・ウォルデック、白兎族のジェプラ、ラギ・ギラ。あなた方は引き続き事情聴取および記録照合の対象です』

「やっぱり、事情聴取、あるんだ……」

 ナルディアが顔を顰めた。

 僕も内心では同じ気持ちだった。

 助けられたらそれで終わり、というわけにはいかない。

 僕たちは、被害者であると同時に、かなり派手に動いた当事者でもある。

 アラージは、その空気も気にせず続けた。

『あります』

 アラージは、即答した。

『この件は、ガナドラ単体の問題では終わりません』

「……黒狼族とガラXFIザAの関係ですか?」

 ブライアントが問うと、アラージは頷いた。

『それも含みます。また、神子弓良の力の行使についても、監察部として整理が必要です』

 その言葉に、制御区画の空気がまた少しだけ硬くなる。

 光輪――やはり、そこは、避けて通れない。

『本件は、単なるガナドラ内の商業犯罪で終わりません。いずれも広域案件です』

 その説明に、誰も反論しなかった。

 できない、という方が正しいかもしれない。

 さっきまでの問いは、グィルディの言葉が残したものだった。

 でも、その問いそのものを、今度は監察部が正式に引き取る形になるのだろう。

『したがって』

 アラージは少しだけ間を置いて言った。

『あなた方には、オッコクへ同行してもらいます』

 その名前に、ジェプラがぴくりと反応する。

 ギラも、今度は軽口を挟まなかった。

 オッコク。

 その名前に、ジェプラがぴくりと反応した。

 ギラも少しだけ羽を動かす。

 ナルディアは、きょとんとした顔になる。

「どこ、それ?」

 彼女が聞くと、ギラが短く答えた。

『狐族の惑星ですわ。神殿監察部の本部ですな』

 つまり、ガナドラよりもさらに“中枢”だ。

 僕は、アラージを見た。

「事情聴取のため?」

『それだけではありません』

 狐族の独立魔女は、少しも目を逸らさずに言った。

『グィルディの言葉が残した疑問も含め、あなた方は、より深い領域の案件に踏み込みました。オッコクで整理します』

 神子は誰のものか、僕は何なのか、なぜ『青葉』とこれほど噛み合うのか――。

 そして、なぜ光輪が使えるのか――。

 そういう問いを、“ちゃんとした場所”で、ちゃんとした権威が扱うのだ。

 それはたぶん、逃げられないということでもある。

 ギラが、小さく口笛みたいな音を鳴らす。

『ずいぶん大きな舞台に上がりましたなあ』

「他人事みたいに言わないでよ」

 僕が、言うと、ギラは肩をすくめた。

『わても呼ばれてますやろ』

 それは、そうだった。

 アラージは最後に言った。

『移動猶予は短く取ります。ガナドラでの後処理は監察部が引き継ぎます。準備ができ次第、同行してください』

「拒否したら?」

 僕が聞くと、アラージは一瞬だけ目を細めた。

『完全にはできません』

 すごく正直だった。

 でも、そういうところは嫌いではない。

 変に“協力をお願いします”と柔らかく包まれるより、ずっと判りやすい。

「……分かりました」

『結構です』

 回線が切れた。


***


 しばらく、誰も何も言わなかった。

 ナルディアは助け出した。

 帳簿も押さえ、グィルディは捕らえられた。私設軍も、止めた。

 なのに、終わった感じがほとんどない。むしろ、もっと大きい何かの入口へ来てしまった感覚の方が強い。

 ナルディアが、ようやく小さく言う。

「……オッコク、絶対めんどくさいよね?」

 その一言に、思わず少しだけ笑ってしまった。

「たぶん……」

「兄さんもそう思う?」

「ああ」

 ブライアントは短く答える。

「でも、行かないという選択肢も現実的じゃない」

「だよねえ」

 ナルディアは、あっさり認めた。

 こういう切り替えの速さは、やっぱり強いと思う。

 ジェプラは、まだ少し緊張した顔だった。

『狐族の本拠に行くのですね……』

「知ってるの?」

 僕が、聞くと、彼女は頷いた。

『白兎族から見ても、狐族は古い部族です。政治も、神殿運営も、白兎族よりずっと複雑です』

 それは、あまり気楽な説明ではない。

『狐族の神殿の影響圏は、白兎族よりもずっと規律が厳しいと聞いています』

「つまり、息苦しい?」

 ナルディアが聞くと、ジェプラは少し考えてから答えた。

『……たぶん、はい』

「うわ」

 短いやり取りなのに、すごく伝わる。

 ギラが、翼をすくめる。

『まあ、ガナドラより秩序はありますわ』

「それ、ぜんぜん安心材料に聞こえない」

 僕が言うと、ギラは苦笑した。

『せやね』

 彼は、あっさり言った。

『市場みたいに雑には流せへん、っちゅうことです』

 それもまた、今の僕にはかなり重い。

 ナヴーピでは神殿の静けさの中で守られた。

 ガナドラでは市場の雑多さの中で揉まれた。

 次は、もっと“中枢”へ行く。

 それはたぶん、逃げ場の少ない場所でもある。


***


 その後、少しだけ人が散ったあとで、ブライアントが僕のそばへ来た。

「弓良」

「うん?」

「グィルディの言葉、気にするなとは言わない」

「言わないんだ」

「無理だろ」

 彼は、苦笑した。

「俺だって気になる。あいつが知ったかぶりで刺しに来ただけなのか、本当に何か知ってたのか、そのへんも含めてな」

「うん」

「でも、それでお前が急に“向こう側のもの”になるわけじゃない。お前がどっちに立つかは、お前が選ぶんだ」

 その言い方が、ひどく静かで、そして強かった。

「……ありがとう」

 そう言うと、ブライアントは肩をすくめた。

「礼を言われるほどのことは言ってない」

「わりと大事なこと言ってるよ」

 そのやり取りを、少し離れた位置で聞いていたナルディアが、じっとこちらを見た。

 そして、少しだけ意地悪そうに言う。

「兄さん、なんか弓良には優しいよね」

「は?」

 ブライアントが、珍しく間の抜けた声を出す。

「いや、別に普通だろ?」

「普通じゃないって! あたしには、もっとこう、“動け”とか“あとで話す”とか、そういう雑な言い方するくせに」

「お前は、先に動くからだ」

「褒めてないよね、それ!」

 その兄妹のやり取りに、僕は、また少しだけ笑ってしまう。

 重い問いは消えていない。

 でも、少なくとも、いまここにいる僕は、この人たちのいる場所に立っている。

 その事実だけは、はっきりしていた。

 青葉は、そのあいだ何も言わなかった。

 ただ、僕が制御席から完全に意識を外したあとで、静かにひとつだけ告げる。

『オッコク行きの航路候補を整理します』

「うん」

『移動までに、艦内再点検と補給が必要です』

「分かっている」

 少しの間のあとで、青葉は、さらに小さく続けた。

『……弓良』

「なに」

『本艦は、あなたの判断に従います』

 その一言が、胸の奥へ静かに落ちた。

 機怪人形――神子――光輪。

 そういう大きな名前が外から積み上がっても、少なくとも青葉は、いまここで僕を“弓良”として扱っている。

「ありがとう、青葉」

『当然です』

 その当然が、少しだけうれしかった。

 すると、青葉が、少し間を置いて、言葉を告げた。

『機怪人形は、通常の意味でのメカニクスでできたアンドロイドではありません。分子機械の集合体です』

「ん?」

『その分子機械も、〈先住者〉テクノロジーの最終段階のものです。通常の物質だけでできている訳ではありません』

「シャドーマター?」

『はい。更に、それ以外のエキゾチック物質も含まれています。あなたの意志により、どんな姿にでもなれる(、、、、、、、、、、)可能性があります』

「それって、元の僕――天河 弓良にも?」

『あくまでも、情報を精査した可能性です。まだ、何故、現状で人類の女性型をしているのは、分かっていません』

「そっか……」

 じっと、手をまた見てみる。

「うーん、別に、変形とかできなさそうだよ?」

『肯定します。そのような知識層は、確認できませんでした』

「なるほど……じゃあ、グィルディは、どんな文脈で言っていたんだろうね?」

『分かりません。情報が不足しています』

 僕は、頷いた。

 このガナドラでも、また、色々な謎が増えた。

 神子は、誰のものか。

 僕は、何なのか。

 それでも、なお、僕はどこへ立つのか。

 その答えは、たぶんオッコクで、もっと深いところまで問われることになる。

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