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宇宙船墓場で古代エイリアンのアンドロイドとして転生した件  作者: 謎村ノン


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第一七章 第三十五魔女ゲラバとの会談

 会談用の中立区画へ向かうあいだ、僕は、ほとんど喋らなかった。

 前方表示の向こうには、グラブールの使者船が二隻、白銀の魚みたいに静かに先導している。艦体の曲線は人類の船と違って、生き物の骨格みたいに流麗だった。武装らしき構造はちゃんとあるのに、それすら儀礼の飾りみたいに見える。綺麗で、少し怖い。

 そして、その向こうに控える本隊は、もっと異様だった。

 母艦らしき大きな艦は、宇宙に浮かぶ神殿みたいでもあり、巨大な甲殻生物の死骸みたいでもある。白と銀と薄い青で組まれた外殻は、どこまでが装甲で、どこからが紋章なのか判然としない。護衛艦もまた群れの鳥みたいに整然と並び、無駄のない距離でこちらを囲んでいた。

 礼儀正しい。

 でも、その礼儀の奥にある力を隠していない。

「……青葉」

『はい』

「やっぱり、今から逃げるのはだめ?」

『推奨しません』

 青葉は、少しも迷わずそう言った。

『ここで退避すると、相手にこちらの不信と恐怖だけを強く刻みます。加えて、本艦と弓良を“交渉不能な対象”と認識される可能性があります』

「そうだよね」

『はい』

 その返事は、相変わらず正しい。

 正しいから、反論しづらい。

 太郎が、制御区画の脇から低く鳴いた。

『逃げてもよいが、その場合は次がもっと面倒になる』

「太郎まで、そんな風に言うんだね……」

『現場判断』

 その一言に、少しだけ笑いそうになった。

 こんな時に限って、青葉と太郎の意見が一致している。

 ブライアントは、腕を組んだまま、前方表示の航路情報を見ていた。あれだけ怒ったのに、こうして同じ区画にいるのは妙な感じだった。

 怒りが消えたわけではなく、完全に信用したわけでもない。でも、ここで彼が必要なのも事実だった。

「……今度は、変なこと隠してないですよね?」

 僕が、そう言うと、ブライアントは、僅かに口元をゆがめた。

「少なくとも、今、必要な範囲では、何も隠していないよ」

「その言い方、全然安心できないんですけど」

「それは、正しい反応だね」

 そう返されると、なおさら腹が立つ。

 でも、それをいま掘り返しても仕方がない。

 前方表示の一角に、接続手順の最終確認が流れた。

 会談は、使者船の一隻に増設された中立区画で行われる。

 本艦『青葉』は一定距離で待機して、僕とブライアントのみが小型シャトル『ルタート』で移乗する。

 青葉は、通信支援を継続し、太郎は艦内待機だ。

 その内容を見ながら、僕は、少しだけ自分の手を、またじっと見た。

 細く白い手だ。一見して、人間と違うところは分からない――でも、自分が何者なのかさえ、まだよく分かっていない。けれど、今、ここで決めるのは僕だ。

「行こう」

 小さくそう言うと、青葉が静かに返した。

『了解しました、弓良』


***


 使者船の中立区画は、思っていたより狭かった。

 いや、狭いというより、意図的に簡素なのだと思う。

 人類の感覚で言えば、応接室と控室の中間みたいな空間で、壁も床も白に近い淡色で統一されていた。金属とも木ともつかない素材の表面には、細い青い紋章が描かれていた。

 他にも装飾はあった。しかし、威圧的ではなく、見たことのない様式だけど、どことなく神秘的で、品の良い感じに見えた。

 僕とブライアントは、部屋の中央へ通され、そこで初めて、第三十五魔女ゲラバと向き合った。

 ……その瞬間、少しだけ、間が抜けたことを考えてしまった。

 ゲラバは、ふくよかな体型で、黄色かった。

 毛並みが、柔らかな黄色だったのだ。そして、耳の先の毛は黒く染まり、頬のあたりが丸く赤く彩られていた。

 そのせいで――厳かな衣装をまとい、神殿長のような杖を持っていても、どこか妙に可愛らしい印象だった。

 ――というか、有名なゲームのマスコットキャラクターを一瞬、思いだしてしまった。

「白兎族の老人は、毛が黄色くなる。かなりの高齢だ」

 ブライアントが、耳打ちした。

「はあ……」

 しかし、可愛らしいのに、その目だけは、まるで違った。

 年輪を経た重さが、その眼差しにあった。部族を率いる長の威厳に、正直かなり圧倒された。

『第三十五魔女ゲラバにございます』

 横に控えていた白兎族の神官――ジズゥが、滑らかな共通語で告げた。

 どうやら向こうは、僕たちに合わせて、人類の言語で話してくれるらしい。優秀な翻訳機があるようだ。

 ゲラバはゆっくりと一礼した。

『神の船の主、そしてその連れ人を迎えられたこと、白兎族にとって大いなる光栄ですじゃ』

 その一言目から、重かった。

 僕は、慌てて、変に遅れないよう頭を下げた。

「……こちらこそ、招きに応じます。巡洋艦『青葉』の弓良です」

 自分の声が、少し硬かった。

 ブライアントも、いつもの軽い調子を抑えて礼を返す。

「ブライアント・ウォルデックです。GDCの所属の山師です」

 ゲラバは、まず僕を見て、それから少しだけ視線をずらしてブライアントを見て、黙礼した。

 その視線の差に、僕は、妙な落ち着かなさを覚えた。

 向こうにとって、僕は、“ただの客”ではない。

 たぶん、それは部屋に入る前から分かっていた。

 でも、実際に、そんな風に見られると、思ったより息が詰まる。

 ゲラバは、僕にまた向き直った。

『“神の船”の主よ。そなたが我らのような辺境の小部族に会うため、自ら歩を進めてくれたことに、まず礼を申しますじゃ』

 言葉は、穏やかだった。

 でも、その中にある“歩を進めてくれた”という響きが、やはり少し宗教的で落ち着かない。

 僕は、あまりに否定しすぎても失礼になると思い、できるだけ普通の調子で返した。

「僕は、神でも何でもありません。ただ、自分の意思で、ここへ来ました」

 ジズゥが一瞬だけ目を伏せ、ブライアントがごく小さく息を止めたのがわかった。

 でも、ゲラバは、怒らなかった。

 むしろ、ほんの少しだけ目元をやわらげた。

『そのお言葉は、むしろ尊いぞえ』

 やめてほしい。

 そういう方向で肯定されると、余計に困る。

 僕は、心の中だけでそう呟いた。


***


 形式的な挨拶の後、会談は、思っていたよりずっと実務的に始まった。

 ゲラバは、まず、自分たち白兎族の立場を説明した。

『我らは、グラブールの中では、大きな部族ではないですのじゃ』

 彼女は、そう言って、一人で頷いた。

『部族連合においては、主に、長たる魔女たちが大集会を通じて意思を結ぶのですじゃ。その場での声の強さは、軍事力、信仰的権威、交易上の価値、そのいずれにも左右されるものですのじゃ』

 僕は、その話を聞きながら、なるほどと思った。

 要するに、部族連合とはいっても、実際にはかなり政治的なものなのだ。大集会?は、議会のようなものだろうか、と思った。

 ゲラバは、続けた。

『白兎族は、遺跡の保護と、異種族との折衝を重んじておりますじゃ。じゃが、その考えは、常に大きな力を持つわけではございませんのじゃ』

 そこで、彼女は一度だけ言葉を切った。

『だからこそ、神の船と、その主との縁は、我らにとって軽くない意味を持ちますぞえ』

 やっぱり、そこへきたのか――と、僕は、少しだけ身構えた。

 ゲラバは、その空気を読んだのか、すぐに具体的な話へ移った。

『我らが望むのは、勿論、従属でも支配でもありませんですじゃ』

 その言葉に、ブライアントが、ほんの僅かに視線を上げた。

『ただ、そなたらの後ろ盾となりたいのですじゃ』

「後ろ盾?」

 僕が繰り返すと、ゲラバは頷いた。

神の船(青葉)と、機怪人形たるそなたが、白兎族と敵対しておらず、むしろ友好的である――という、その事実だけで、大集会における、我らの立場は強まるのですじゃ』

 つまり、名前を貸して欲しい、ということだろうか?

 白兎族が“神の船と繋がりを持つ部族”だと示せれば、それだけで部族連合の中での発言力が増すのか?

 それは、思ったよりも、ずっと露骨な政治的な立場だ、と思った。

 でも、同時に、分かりやすくもあった。

「……そのために、僕たちは、何をするんでしょうか?」

 僕がそう尋ねると、ゲラバは即答しなかった。

 彼女は、少しだけ慎重に言葉を選んでから答えた。

『まずは、我らの星、ナヴーピを訪れ、客として滞在していただきたいのじゃ』

 それだけなら、と思いかけたところで、彼女は続けた。

『そして可能なら、白兎族が神の船に敵対せぬ部族であることを、他部族にも見える形で示して欲しいのですじゃ』

「見える形……?」

『神殿での歓待、艦隊での送迎、共同の公開儀礼などですじゃ』

 うわ、と思った。

 公開儀礼――それは、確かに、かなり目立つのではないだろうか。

 僕は、何かVIPのヒトが国を訪れて、テレビのニュースになったりするような場面を想像した――いや、僕は、普通の高校生だったはずなんだけど……。

 反射的にブライアントのほうを見た。

 彼は、黙っていたが、顔つきは“悪い話じゃない”と言っていた。

 青葉の通信も、静かなままだた。

「……つまり、白兎族の宣伝の役に立って欲しいということですか?」

 少しだけ率直に言うと、ゲラバは、小さく頷いた。

『その通りですじゃ』

 言い切られると、逆に変な押しつけがましさを感じなかった。

 僕は、少しだけ拍子抜けした。

『そなたらに無理な参戦義務を求めるものでは、ありませんじゃ。白兎族は、そなたらを縛りたいのではなく、縁を示したいのですじゃ』

 その言葉は、少しだけ誠実に聞こえた。

 もちろん、政治的な打算は、言っている通り、しっかりあるのだろう。

 しかし、その打算をきちんと説明してくれる分、交渉として分かりやすいと思った。

「分かりました。ちょっと検討させてください」


***


 会談が少し区切れたところで、青葉が耳元へ低く声を送ってきた。

『弓良』

「うん」

『本提案には、利点があります』

「そうだよね」

『はい。白兎族の後ろ盾を得ることで、本艦がグラブール領域内で即時敵対認定される確率は下がります』

 実利の話だった。

 青葉は、いつもそこから考えるんだと思った。

『また、白兎族の星を訪問することで、本艦の更なる修理のための資材や文化情報も得られる可能性があります』

「文化情報」

『異文明との接触は、将来的な生存率に直結します』

 その言い方は、いかにも青葉らしい。

 ブライアントも、今度は小声で口を挟んだ。

「受けておいたほうが良いと思う」

「利用されるだけじゃなくて?」

「もちろん、利用はされるさ。でも、こっちも利用できる」

 その言い方に、少しだけ顔を顰めたくなった。でも、間違っていないのもわかる。

 今の僕たちは、まだ辺境で生き延びる手札が少ない。

 グラブール人の穏健派らしい部族と関係を得られるなら、今後の役に立つはずだ。

 問題は、僕がその“象徴”の役をどこまで引き受けられるかだった。

「……ゲラバさん」

 僕は、正面へ向き直った。

「僕は、神の船の主とか、神子とか、そういう扱いには、慣れていません」

 ゲラバは、黙って聞いていた。

「正直、居心地が悪いです。なんか、実際の自分じゃないものが崇められるみたいな感じがするんです」

 そこまで言って、少しだけ息を整える。

「でも、白兎族がそれを必要としていることは、分かりました」

 部屋が、静かになった。

 ジズゥも、ブライアントも、たぶん青葉も、続きを待っていた。

「すぐに全部を受け入れる、とは確約っできません」

 僕は、ゆっくりと言った。

「けど、会いに行って、自分の目で見て、それから判断したいです。あなた方の星には、行きます」

 その瞬間、ゲラバの耳がほんの少しだけ動いた。

 それが白兎族の感情表現なのかは分からなかったが、多分、少しだけ安堵したのだろうと思った。

『それで十分ですじゃ』

 ゲラバは、そう言って頷いた。

『神の船の主が、自ら見て決めると言うなら、それこそが白兎族にとっての誉れですじゃ』

 やっぱり、その方向で持ち上げられるのは困る、と思った。

 でも、さっきほどは息苦しくなかった――少なくとも、ここで決めたのは僕だ。


***


 会談の終わり際、ゲラバは最後に一つだけ、少し違う調子で言った。

『弓良殿』

 さっきまでの“神の船の主”ではなく、個人名を呼んだ。

『白兎族は、弱い部族です』

 その言葉は、率直だった。

『だからこそ、縁を必要としますじゃ。じゃが、ただ弱いままで生き延びたいのではありませんですじゃ。守りたいものを守るために、力と意味を集めねばならぬのです』

 彼女の黒い目が、まっすぐこちらを見ていた。

『そなたらもまた、まだ道の途中にあるように見えますじゃ』

 その言葉に、少しだけ胸の奥が揺れた。

 そう、僕たちは、まだ途中だ。

 ――漂流し、修理し、ようやくここまで来たばかりで、目的地なんて、まだない。

『ならば、途中にある者同士として、まずは会ってみるのがよいと思うのですじゃ』

 その締めくくりは、思ったより優しかった。

 僕は、少しだけ肩の力を抜いた。

「……了解しました」

 そう答えたとき、自分の声が少しだけ自然だった。

『では、宜しくですじゃ』

 ゲラバはそう言って、最後にもう一度だけ礼をした。


 会談が終わった。

 中立区画の静けさが、少しずつ実務の空気へ戻っていった。

 神官ジズゥが次の移送手順を説明し、ブライアントが端末へ予定を落とし込み、青葉が帰艦のための接続手順を整える。

 その中で、僕は、ほんの少しだけ、ぼんやりしていた。

 第三十五魔女ゲラバ――黄色い毛並みの、どこか可愛らしい白兎族の老人だった。

 でも、その中にちゃんと部族の長としての重さがあった。

 ――白兎族は弱いから縁を必要とする。

 その感覚は、少しだけ分かる気がした。

 僕だって同じだ。

 青葉に助けられたし、太郎にも助けられた。ブライアントの現実的な知識にも助けられている。

 でも、ただ流されて守られるだけでは、いたくない。

「……白兎族の星、ナヴーピか」

 帰艦用シャトルへ戻る途中、僕は、小さくそう呟いた。

 たぶん、また新しい面倒ごとが起こるだろう。

 でも、それでもいいと思えた。ただの漂流者だった頃より、ずっとましだ。

 自分の足で――いや、この身体はもう人間の足とは少し違うけれど――少なくとも自分の意思で、次へ進んでいる感じがした。

 シャトルのハッチが閉じた。

 青葉の通信が、すぐ近くへ戻ってくる。

『お帰りなさい、弓良』

「うん。ただいま」

 その返事をしたあとで、僕は、ほんの少しだけ笑った。

 白兎族の星へ行くことが決まっただけなのに、船の中の空気が少し変わった気がした。

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