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青い鳥ルーレット  作者: シトラチネ
青い鳥ジョーカー・ワイルド
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14. 接触不良な伝達回路

 月天の鳴きで暴れ牛は鎮まり牛舎に戻っていた。が、牛舎前へずらりと並んだ巨大鷲によるご馳走発見の歓喜視線にさらされて、おろおろと足踏みを繰り返している。月天は頼れるお兄さんの和やか笑顔で牛を撫でてやりながら、「ハハハこれが食物連鎖さ」と諦めを説いていた。

 駐機する軍鷲の中に、うずくまり手当てを受ける一羽がいた。鬼の銃撃で被弾したようだ。離陸したスマラグダス機を見上げてくる目は悲しげだった。

 ラウーの操る鷲は風を捉えて上昇する。武器製造工場群はすぐ、密林の十円ハゲほどに小さくなった。川はテラリと光りながら森をかき分け河口を目指す。鷲は流れに沿って滑空を始めた。

 弓矢から銃へと主戦力は変わりつつある。弓の使い手であるラウーは時代の潮流に取り残されてるんじゃないだろうか。超レアだった金属鎧も鉱山の島ボル・ヤバルが領地になって価値暴落だろう。銃弾に耐える強度がなかったら眩しいだけの迷惑な鎧だ。

 桐花は時代遅れとか迷惑のあたりをボカして銃対策を聞いてみた。

「強度および威力と機動性は相反関係にある」

 強化装甲の重量、前装銃の連射速度の遅さが気に入らないらしい。やられる前にやる派とも言う。でも。

 体をひねり、後部座席のラウーへ向ける。鎧へ指を伸ばして心臓の真上に位置する甲片に触れた。磨きぬかれてぴかぴかの金属は、ラウーの体温を吸って温かいように思えた。

「何でもくれるって言ったよね。ラウーの鎧をください」

「防護服が必要なら軽量化を施したものを……」

「別に着たくない」

 むしろ着ろ。と責め気味な視線は無視だ。

「煮溶かしてアクセサリーにする気か?」

 違うんだけどそれもいい。プラチナだったらどうしよう。キャンセル権発動して元の世界に持って帰れば大金持ちだ。製紙会社が買える。誘惑に負けそうだから聞かないでおこう。

「ラウーが着てて。でもわたしのだから、絶対に傷つけないでね」

 甲片を撫でる。指先を通して、心臓の上の一枚に幸運を吸わせたかった。不届きな銃弾が来ても逸れてしまうように。

「ここに穴開けられたりしないでね」

「おまえが言うのか」

 ドスの響く低い呻きで凄まれた。素足で地雷を踏んだ気配!

「あっごめん、そうだよね。わたしが鬼の人質になってなかったら、もっと兵士増やして準備して安全に戦えたんだよね! すみません!」

「おまえは私以外の銃身を受けるな」

 背にのしかかるように距離を詰められる。飛行する鷲の鞍に逃げ場はない。もらったはずの鎧に潰されそうになる。

「私以外の銃弾を浴びるな」

 ウィリアム・テルか。家族で射的しようとするな! 正確にはウィリアムが的にしたのは息子じゃなくて息子の頭に置いたリンゴだし。ていうか鷲の上で馬乗りされるってどういうこと、重い重い圧死する!

「あの、それより話したいことがっ。拳銃のことなんだけど」

 唇同士が触れそうな超至近距離で舌打ちされた。ヤクザかっ。ううん国家権力中枢にいるぶん、ヤクザよりたちが悪いぞっ!

「射的も鎧での圧殺実験も、人体じゃないものでやって!」

「私の銃身を鎧の中で圧殺しようとしているのは誰だ」

 銃を携帯しているとは知らなかった。弓がいいとか言っといて。

「でもラウーの銃が潰れても困らないでしょ」

 バサー、バサー、と鷹の羽ばたきだけがしばらく続いていた。南国の生温かい風が髪を梳いていく。ラウーは風に痛恨のボディーブローを食らったみたいな渋面で、やがて絞るように誓うように呟いた。

「慣れさせている。感度は上昇している。すぐに、潰れたら困ると言わせてやる」

 任侠俳優級の凄まじい睨みをきかせながら後退していった。ニブい初心者に射撃を教えているのか、苦労してるっぽい。何もしてあげられないので、肩をぽんぽん叩いて慰めておいた。

「でね、銃のことなんだけど、ずっとおかしいと思ってたの。この世界の拳銃は進化しすぎてるって」

「歯形をつけたのは誰だ」

 いつまで本題を妨害する気なんだろ。

「銃の歴史をすっ飛ばしてるもん。そんな時、子分の『オリジナル』って発言でハッとひらめいてね!」

「歯形をつけたのは誰だ」

 精一杯の努力で詰問を流し、アニキトレード疑惑とオリジナル銃論を力説する。

「太市さんも銃の製造がオリジナルの複製だって認めてたよ」

「まあいい。歯形は見た。話をすれば判別できる」

 ラウー・スマラグダスが異常化の代名詞であるユピテライズと囁かれるのは、驚異的な記憶力も大きな一因だ。見たイコール覚えた、を意味する。記憶の中の歯形と対話相手の歯形をマッチングする気らしい。

 噛まれたのが二度と会いそうにもない通りすがりならまだしも、密接に連絡を取り合うダルジ少将だ。バレるのは時間の問題。けれど悪ふざけとしか思えない歯形より、桐花にとってはアニキの方が重大な関心だった。

「オリジナルはワイフに持ち逃げされちゃったらしいけど。アニキに話を聞きたい!」

「目的は何だ」

 抑揚と人の気配がない声に心臓をつかまれた。

「実例を収集してトレードの仕組みを明らかにするのか?」

 茶と緑の異色の瞳は冷えていて、桐花の継ぐべき言葉を凍土に閉じ込める。

「少将を使って日系人村視察をねじ込んだ理由は何だ。日本文化が恋しいか」

 座って寛いでいればただの青年。左右で色の異なる虹彩は桐花には豊かな大地に映るのに、ひとたび軍人モードに入ると血の通わない仮面になってしまう。そういう時、桐花は自分が氷の檻で隔絶された気分になる。唯一絶対の味方を失いそうな不安に駆られて心臓がざわつく。

「おまえはここに留まる理由よりも、望郷の念の方が強いのか」

「違う……」

 ラウーがいる世界で生きると決めてある。ホームシックくらい許して欲しい。トレード経験者と話したり日本文化に触れたりしたいのは、帰りたいからじゃない。たまには一息つきたいだけ。

 けれど助手と妻の身分を与え、アダマスの家に桐を植え、誠意をもって戻る場所を作ってくれたラウーには裏切りに映るのかもしれない。

「聴取は不可能だ。アニキと呼ばれていた主犯格の男は、爆発に巻き込まれて死亡した」



 無駄のない弧を描いて鷲を降下させ、甲板に帰投したのは白金の金属鎧も凛々しく眩しいスマラグダス大佐だ。ひどく厳しい顔つきで前の座席のトーカ女史を睨んでいる。女史は死んで二、三日経った魚の目で放心している。救出直後にはなまめかしい雰囲気だったのに、様子がおかしい。

 女史がおかしいのは日常の現象だが。

「なぁにぃ? うるさいのぉ……」

 デッキチェアでくったりと日光浴していた女がけだるげに身動きする。ダルジ少将の愛人だそうだ。鷲の羽ばたきが起こした風が、顔に載せていた傘並みに幅広な帽子のつばをめくり上げる。柔らかいウェーブのかかった金茶の髪があふれ出た。

「髪がモンブランケーキ……」

 ぼうっとしたまま、女史が日本語で呟いた。

「世界的名峰は胸だけでいいじゃないかー」

 降機を失念しているらしく鞍にまたがったままの女史の腰を大佐は両手でつかんで、甲板の海兵に投げ渡した。

「レオン副官、持っておけ。私は事後処理に戻る」

 鷲はすぐに離艦する。羽ばたきの風を嫌ったのか、ダルジ少将の愛人は苛立たしげに唇を尖らせ、大佐と女史を嫌悪感丸出しで眺め、ハンドバッグをぶらぶら振り回しながら艦内へ引っ込んでいった。

「ねねお兄ちゃん、今のって胸のおかしー人でしょっ。愛人が仕事の」

 月天の肩に戻ったロザリアの耳にはまだ痺れが残っている。それでもカツカツと耳障りに響いたピンヒールの音を拾ったらしい。

「英語で話す時はレオン副官と呼べと言っているだろう」

「見習いのくせにー。じゃあ日本語で話すもん。ねね、教えてくれるって言ったでしょー? 愛人って何するの? セッ、まで聞いた!」

「む、そうだな。セッ……セッ……」

 これは都合がいい。日本語ならば当たり障りのない説明をしても、それが月天にバレることはない。トーカ女史が不平を言うために日本語を使う気持ちが理解できる。

「むむ、せっ……」

「接客」

 ボケッとしたまま、女史が呟いた。なるほどあながち外れていない。珍しく使える反応だ。

「接待」

 それも良回答と言える。

「接触……説教……接吻……」

 ふと、女史の目にわずかな生気が帰った。

「ああ、そっか接種……」

 それは正解すぎて言えないッ!



「日本語しゃべれるくせに黙ってたんだねぇ……」

 トーカ女史はニッコリと不気味な笑顔で恨めしげににじり寄ってきた。手にワラ人形を持っていても違和感ない。凄腕の祈祷師だという噂が真実なら、自分は今晩あたり吐血し悶死するのだろう。カルロはウッと言葉に詰まった。

 カッと見開いた女史の目が、怨! と雄弁に叫んでいた。

「何で教えてくれなかったの? わたしの独り言をラウーにチクるため? どんなコト翻訳してくれちゃったの、首を吊らされるならレオン副官の腸を使ってやるから洗って待っといて!」

「グロい話はやめて下さい。第一、腸で体重を支えられるんですか?」

「ラウーに聞いてよ、絶対知ってるよ! っていうか問題はそこじゃなくて、ラウーに日本語を教えたかどうかなの!」

 詰め寄ってくる女史から逃げるが、艦上は有限だ。ぐるぐると早足の逃走・追跡劇が始まる。

 大佐が訊いてきた日本語は一つだけだ。妙な質問だったから記憶している。

『すっごい目、キレー』

 氷の鉄人スマラグダス大佐の口から軽薄な女言葉が再生された時の衝撃はひどかった。数学の公式が二つほど頭から吹っ飛んだ。意味を知った大佐は眉間を指で押さえ、しばし動かなかった。ご不快だったに違いなく、以来、日本語を尋ねられることはなかった。

 脳天気で命知らずな発言が誰のものか。製紙事業の補佐を命じられた際、トーカ女史の日本語の独り言は無視しろと言い渡されてようやく悟った。

 あのたった一言など、日本語を教えたうちに入らないだろう。

 教えてませんと伝えたが、女史の追跡速度は緩まなかった。

「日系人村出身ってことも黙ってたよね……未知の訪問者は数学のテストされること教えてくれなかったよね……鞠姐さんにも太市さんにもすっごいアホだと思われたじゃん!」

「言いました! 食べ物を出されても手をつけるなと忠告しました!」

「んな不親切な忠告あるか!」

 完全に押されている。女史はまるで日本語が母国語のように淀みなく言葉を重ねてくる。一体どこで誰に習ったのか。聞くなと大佐に厳命されているから聞けないが。

「ねえ。腸洗うついでに腹割って話そうよ」

 腸提供を前提で話を進めないでもらいたい。

「わたしのこと嫌いな理由を教えて。納得できる理由なら直すから」

「別に……」

「わたしじゃラウーに足りないって思ってる?」

 いきなり痛いところを突かれて足が止まった。

 自分の力不足を素直に受け入れるのは難しい。前進はそこから始まると言われた。それでも難しい。

 スマラグダス大佐を前にすると、自分の空虚さに腹が立つ。だから大佐を英雄に祭り上げた。自分が空虚なのではなく、大佐が有能すぎるのだと。ユピテライズにかなうはずがないのだと言い訳にした。

 コウモリ狩りの恐怖に怯え、命がけで亡命し、幼くして傭兵になるしかなかったロザリアがいる一方で。ネイティヴであるだけで大佐に求婚され、それを婚姻届が虫の紙だという理由で蹴ったトーカ女史。

 女史を嫌うことでしか、ねたましさと自分の卑屈さから目を背ける術が見当たらなかった。

「足りないのは分かってるんだ。だから製紙して印刷して書店やって、ラウーに認めてもらいたい。あのね、両親はわたしの幸せを祈ってくれた。でももう二度と会えないような遠いところにいて……」

 声が揺れて、女史は少し間を置いた。

「わたしにはもう、幸せになるしか両親にしてあげられることがない。それがわたし自身で実現できるたった一つの親孝行なの。だから力を貸してください。ラウーの妻になれるように努力するから」

 女史はバカだ、とカルロは思った。大佐に足りる女性が存在するわけがない。実際に有能すぎる方だ。

 それでもカルロは了解しましたと呟いていた。

 素直であることはプライドが低いのと同義ではないのかもしれない。単純で、だからこそ折られにくい強さなのかもしれなかった。



「ごめんね、お兄ちゃんがひねくれてて」

 桐花が甲板へ戻ると、ロザリアに謝られた。満面の笑みというのは謝罪の顔ではないはずだけれど、実に無邪気な笑顔で謝られた。

「お兄ちゃんって?」

「カルロ・レオン副官見習い」

 見習いって言うなァァァ! と遠くでヒステリックな抗議が上がった。

「ええっ! 似てない。ロザ……姫は陰湿じゃない。名前が日本人ぽくないのは同じだけど陰湿じゃない! それにレオン副官の目って青いよ?」

「名前はね、ママがラテン系だったから。ママがお兄ちゃん連れて日系人村で再婚したのがあたしのパパ。分かる? パパの陰湿さが違うんだもーん」

 陰湿って言うなァァァ! という抗議はなかった。自覚があるなら直せばいいのに。

 でもね、とロザリアは舌先をちろんと出した。

「陰湿なプライドを守ろうと必死になって伸びるタイプだから。時々コンプレックスを逆撫でしてあげるといいの。下手にほめると思い上がるからダメなんだからね! あと、お水をいっぱいあげてね」

 お兄ちゃん育成中らしい。難易度高そう。ものすごい同情心が湧いてきた。キャラ選べないから頑張って欲しい。

「それとー、あのね」

 アイマスクの蝶リボンの端をいじりだし、ロザリアは急に歯切れ悪くなった。

「文殊が閉じ込められてた時、聞き取れなくてごめんね」

「あ、転炉? あれは自分のせいだから……えっ、聞き取るって? 透視じゃないの?」

「もー。多聞天って言ったでしょ。聞いてるの!」

 ぷっと片頬を膨らませてから語られた説明で、初めてエコーロケーションという単語を知った。ロザリアは舌先で小鳥のさえずりのような音を出し、反響の仕方を聞くことで色々分かってしまうらしい。周囲の地形や対象物までの距離、材質まで。

「柔らかいものだと中まで聞こえるよ! 胃が空っぽだから、おなか空いてるんだなーって」

 そういえばクッキーを返してくれる時、そんなこと言われたような。じゃあ便秘だとか脳なしだとかも聞かれてしまうんだろうか! ああっまさか寄せて上げてるなんてことも、と考えてふと引っかかっていた表現を思い出した。

「もしかして、ダルジ少将が連れてた美人さんの『胸がおかしー』って胸パッド?」

 桐花が期待した名峰の盛り土疑惑は、ふるふる揺れるツインテールの黒髪にあっけなく否定された。

「中。病気の人もいるけど、あの人のはおかしーの。柔らかいものが入ってて左右対称におっきくなってるっていうか……おかしーの、自然じゃないの」

 切れたと思っていた糸が音立てて張る。

 豊胸手術だ。そんなもの、予防接種さえないこの世界にまだ存在するはずがない。

 モンブランケーキ色の髪、てらてらピンクのドレスを探しに艦内へ急いだ。

 トレードしたのはアニキじゃない。アニキのワイフが豊胸手術を受けた世界からトレードしてきて、そして。

「はぁい静かにぃ。大声出したら撃つわよぉ」

 そして本人と一緒に世界を移動したに違いない拳銃、『オリジナル』と呼ばれこの世界の銃の原型になった拳銃を突きつけてきた。

 鬼の赤毛子分がアニキの逃亡ワイフを目撃したのは日系人村じゃなくて、河口の戦艦上だったんだ。

 口紅がべったり塗られたぷるつやの唇がうふんと微笑む。

「賢くやりましょ。ダルジ少将のお気に入りに手ぇ出すなんて、自殺行為よぉ」

 この愛人のお仕事は殺生でしたとか、そんなオチいらない……。


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