64.お祖父様の記憶
「私のね……私のお父さんが助けてくれたのよ」
えっと驚いたような顔をしてエイデンの手が止まった。そりゃ驚くわよね。想像もしてなかった話だろうし。
私を闇の中から救い出してくれた光の話を聞いたエイデンがポツリと呟いた。
「そうか……じゃあ俺をレイナの所に導いてくれたのも、レイナの父親だったのかもしれないな」
なになに? その話は初耳よ。
牢から消えてしまった私の行方について全く手がかりのなかったエイデンは、不思議な耳鳴りと共に聞こえた声で私がガードランドにいることが分かったらしい。
「私を助けるために、お父さんはエイデンの所にも行ってくれたんだね」
もしかしたら夢かもしれない。幻想かもしれない。でも私はお父さんが助けてくれたんだと信じたい。
話を聞いたエイデンは、私を連れてもう一度お祖父様の庭園へ戻った。庭園では私達が戻ってくると分かっていたかのように、お祖父様がちょうど4人分のお茶をいれている所だった。
「……本当は今でもマルコの事は燃やしてやりたいくらい憎いが仕方がない。レイナの父親がマルコを助けたのなら、俺が殺すわけにはいかないでしょう」
「とはいえ今までのようにレオナルドの従者にしておくわけにはいかないだろう。このまま城に監禁しとくのか?」
ひとまず処刑は回避されたものの、今後マルコをどのように扱うのかについて決めるのは難しいようだ。とりあえず今日は結論は出さず、保留ということになった。
「安心してくださいね。マルコが幸せになれるよう最善の道を考えますから」
私を安心させるようにレオナルドは笑った。
「はい。レオナルド様、ありがとうございます」
「なぁにが、ありがとうだよ。お礼を言うのはマルコであって、レイナじゃないだろ」
「でもエイデン、私はマルコの従兄妹だし……あれ? そう言えば、お祖父様はマルクスの事知ってたんですか?」
私が従兄妹だと言った時、ジョージはマルクスの名前を口にした。祖父と友達だったみたいだし、マルクスとも会ったことがあるんだろうか?
「レイナの話ではガードランド滅亡時、ガードランドに関する記憶は改竄もしくは消去されたのですよね? どうして先代はガードランドへの道に関する記憶があったのですか?」
あっ……そう言えば、ガードランドの記憶をそのまま持っているのは、マルコだけなんだった。レオナルドに言われるまで全く気づかなかったけど、そっか、お祖父様がガードランドの記憶を持ってるって不思議な事だったんだ。
私達の視線がジョージに集中する。ジョージは私達ではなく、どこか遠くを見ているような顔で口を開いた。
「ワシもガードランドの記憶は曖昧だ」
「ですが先代は……」
「まぁ聞け。ワシのガードランドに関する記憶もおそらく大部分消去されているんだろう。だがワシはアルバートに関する事だけは、はっきりと覚えているんだ」
アルバート……私のお祖父様……
「……ガードランドが滅びると決まった時、アルバートが例の岩を持って訪ねて来た」
ジョージは昔を思い出すように、ゆっくりとした口調で言葉を続ける。
「その時には世界中の人間からガードランドの記憶が消される事は決まっていたんだろうな。いずれ一人になるレイナを救ってほしい。その願いでアルバートは自分に関する事は忘れないよう、ワシの記憶に細工したんだ」
なんと言ったらいいんだろう。胸の中に色々な感情が入り混じり言葉が出ない。誰もがしばらく無言のままそれぞれの思考にふけっていた。長い長い沈黙の後、レオナルドが口を開いた。
「結局どうしてガードランドは滅びたんでしょうか?」
私が皆に話したのはマルコの覚えている情報だけ。まだ子供だったマルコには、大人達の間でどのようなやりとりがあったのか正確には知らなかった。
「それはマルコの父親が龍族の力を求めたからだ」
お祖父様ってば、滅びた理由まで知ってたの?
驚く私に頷くと、ジョージは「今まで教えなくて悪かった」と呟いた。
「マルコの父親が欲しかったのは、龍族の天候を自由に操れる力なんですか?」
レオナルドの問いかけに、ジョージは瞳を閉じてゆっくりと首を振った。
「いいや。世界中の人間の記憶から消された力だ。死んだ人間を生き返らすことのできる力……お前達は実際に体験しただろう?」
「じゃあマルコのお父さんは、誰かを生き返らせたかったんですか?」
「……マルコの母親だ……不治の病で長くふせってたんだが……」
ジョージがはぁっとため息をついた。その表情は暗い。
「マルコの父親は諦めきれなかったんだろうな。まだ幼かったレイナを人質にして、レイナの父親に自分の妻を生き返らせるよう要求したんだ」
「レイナが人質って、それでどうなったんですか?」
エイデンが前のめりになりながら尋ねた。
「詳しいやりとりはワシも知らん。ワシにあるのはアルバートが残したいと思った記憶だけだからな。だが願いは叶わんかっただろう。いくら龍族に死んだ人間を生き返らせる力があるといっても、力を使えばそれなりの代償を払わねばならないんだから」
「だから父は私とマルコの代わりに闇の中に残ったんですよね……」
心配させるほど心細い顔をしていたのだろうか。エイデンが私の手を握った。
「どうしようエイデン、私、私……」
父は私を生き返らせる代償として命を落としたのだ。今まで夢か現実かはっきりしなかった事が現実だと判明した途端、強烈な悲しみに襲われた。
お父さんごめんなさい。ごめんなさい……
「気にするな。レイナが悪いわけではない。お前の父親も最後にお前を助けられて幸せだったはずだ」
でもねお祖父様、私はそうは思えないのよ。私があんなに簡単に攫われて殺されなければ、お父さんだって死なずにすんだんだもん。だからやっぱり私が悪いのよ……
「!?」
えっと思う間もないままにエイデンが私の唇を奪った。
「レイナ!! 悪い事を考えるな!!」
「でも、でも……私のせいで……」
後悔や悲しみが涙となって一気に溢れ出る。
「仕方ねーな……」
エイデンは泣きじゃくる私を軽々と横抱きに抱えあげると部屋へ連れ帰った。何事かと心配するビビアンとミアを部屋から追い出し私をソファーに座らせる。
「いいか、レイナ。お前の父親が死んだのはお前のせいじゃなくてマルコのせいだろ。お前が悪いわけじゃない」
そんな事言っても、マルコが私を殺したのは私のせいじゃない。私がマルコをそこまで追い込んだのよ。だから私が……
「レイナ!! 俺を見ろ!!」
エイデンが私の頭を両手でがっちりと押さえつけた。顔を近づけ真剣な目で私の目を見つめる。
「いいか、レイナ。お前の父親はお前のせいだなんて思っちゃいねーよ。大事なお前を助けられてよかったって思ってるに違いないからな」
「そんなの分からないわ」
「分かるさ!!」
エイデンが私の頬を両手で包んだまま切ない表情で笑った。
「分かるさ。俺だって同じだからな。お前のためなら俺は喜んで死ねるから……」
「エイデン……」
「もう泣くな。幸せになれって言われたんだろ」
そうだ。あの闇の中でお父さんは「幸せになるんだよ」って笑ってた。そうね。いつまでも泣いてたらダメよね。生き返らせてもらった分、私はもっともっといっぱい幸せにならなきゃいけないのよね。
両手で涙を拭うと、優しい眼差しで私を見つめるエイデンの顔がよく見えた。
「エイデンありがとう」
父を想い涙を流す私を、エイデンは何も言わず抱きしめ続けてくれた。
お父さんごめんなさい。生き返らせてくれてありがとう。いつかまたお父さんに会えた時に笑って色んな話ができるよう、私頑張って生きるわね。
マルコの処分が決まったのは、それから一月後のことだった。




