62.戻って来た実感
「マルコですか?」
レオナルドの顔がさっと曇った。ジョアンナとアランも口を閉じ、部屋は静まりかえる。
「マルコも一度死んでしまいましたが、レイナと同じく奇跡的に生きかえりましたよ。昨日目覚め、今は城内で療養しています」
よかったぁ。ありがとう、お父さん。私だけじゃなくてマルコも助けてくれて。
「まぁ生き返った途端に、エイデン様に殺されそうになってましたけどね」
アランってば笑ってるけど、今結構な内容の事言ったわよね?
「アランってば余計な事言わないでよ!! エイデンだって本当に殺そうとしたわけじゃないんだから。レイナは気にしなくていいからね」
アランに冷ややかな瞳を向けていたジョアンナが私を安心させるかのように微笑んだ。
「でもレイナ様がもし目覚めてなかったら、いずれ殺されていたでしょうけどね」
自分に向けられるジョアンナの冷ややかな瞳に気づいていないのか、アランはカラカラと笑っている。
「マルコに会う事はできますか?」
マルコに会ったら話したいことがたくさんある。そうだ。エイデンのお祖父様も一緒にガードランドの話をしたらきっと楽しいわ。
けれどレオナルドの顔は暗い。
「会わせてあげたいんですけど、難しいでしょうね」
「どうして? まさか具合が悪いの?」
「マルコは元気ですよ。ですがレイナがマルコに会う事をエイデンは許さないでしょう」
マルコが私を殺した事に対するエイデンの怒りはまだ収まっていないらしい。それに加えて、どうして私を攫ったのか、私を殺したのかについて、マルコが完全黙秘を貫いていることも問題のようだ。
それについては本人から聞いて知ってるんだけどね。話した方がいいのかもしれないけど、このメンバーに話すのって何だかなぁ。私達の祖国の滅亡というスーパーデリケートな話題が、なんだか軽い笑い話のように扱われそうで不安しかない。
やっぱりエイデンにだけ話そう。後で来るって言ってたんだしっと、身綺麗にしてエイデンが来るのをベッドでゴロゴロしながら待った。
本当は起き上がってやりたい事があったんだけど、ビビアンとミアからしつこいくらい寝てろって言われたのよね。全くもう、二人とも心配症なんだから。
まぁ一度死んだんだし、過剰に心配されてもおかしくないのかもしれないけど。今はちょっと疲れてるかなってくらいで、特に体に異常を感じないから大丈夫なのに。
でも夕食後に部屋を訪ねて来たエイデンの心配ぶりは、ビビアンとミアを遥かにしのぐものだった。
ベッドに腰掛けている私の顔をのぞきこみながら、「どこか痛くないか?」「しんどくないか?」「身体は大丈夫か?」「横にならなくていいか」って数分おきに聞いてくるんだから、やんなっちゃう。
「エイデン本当にもう大丈夫だから。心配かけちゃってごめんね」
「いいか!! もう二度と勝手に殺されたりするなよ」
そうは言っても、いつどうやって殺されるか分からないからなぁ。もちろん私だって、できれば二度と殺されたくないけど。
「だいたいなぁ。レイナは簡単に攫われすぎなんだよ!! もう少し警戒心を持って……」
あらら。心配がひと段落ついたのか、エイデンってば、今度はお説教モードに突入してしまった。でもあんまりにも簡単に攫われてしまったのは事実なので謝るしかない。
「ごめんなさい。私が攫われてる間、エイデン達も大変だったんだってね」
私が牢から出た後の話はレオナルドとジョアンナから聞いた。私の無実を証明するため、クリスティーナの意識を回復させたらしいんだけど、それがすっごく大変だったそうだ。
「エイデンも色々辛かったでしょ? その……お母様のこととか……」
エイデンの母親はサンドピーク僻地の城で軟禁生活になるそうだ。エメリッヒ国王はそんな彼女に付き添うために退位したとレオナルドが言っていた。
エイデンは何を思っているんだろう?
エイデンの表情からは、エイデンの考えていることは全く読みとれない。
だめだ。この重くるしい無言は辛い。何かエイデンが明るくなるような話題は……そうだ!!
「そう言えば、昼間アラン様に会ったわ。アラン様はジョアンナ様の事がすっごく好きなのね」
エイデンが何とも言えない複雑な表情で笑った。
「アランも悪い奴じゃないんだがなぁ……」
確かにアランは見るからに悪人じゃないわね。ちょっと残念な子ではあったけど、憎めないというか何というか。
「ジョアンナ様はアランと結婚するのかしら?」
「無理じゃないか? アランは細すぎるからなぁ……」
「あっ。エイデンもジョアンナ様が筋肉質な男性が好きって知ってたんだ?」
「当たり前だろ」
エイデンが深いため息をついた。
「ジョアンナがマッチョ好きのせいで、俺は小さい頃苦労したんだからな。やれ赤身を食べろだの、腹筋しろだのうるさい上に、何か怪しげな液体まで飲ませようとしやがった」
ジョアンナがエイデンをムキムキにしようとしていた様子を想像して思わず吹き出してしまう。
「何がおかしいんだよ」
エイデンがムッとしたように私を見た。
「なんか微笑ましいなって思って」
「まぁどちらにしても……ジョアンナより俺達の結婚の方が先だけどな」
エイデンがベッドに腰掛けたまま、私の後頭部を押さえてキスをした。
あーん。こんな風に抱きしめられるのって久しぶり。ふふっ。エイデンの胸もドキドキってしてる。
優しく抱きしめられて、ドキドキと幸せが混じって気持ちがいい。何度も繰り返される口付けに、幸せすぎて眩暈がしそうだ。
エイデンが私を抱きしめたままゆっくりと身体を動かし、ベッドの上に身体を倒した。
「レイナ……」
私の頬に触れていたエイデンの指先が、私のナイトドレスの首元のレースに触れた。
「あっ!!」
私ったら、大変なこと忘れてた!!
慌てて体を起こして時計を見ると、すでに11時を過ぎている。
「レイナ? どうかしたのか?」
「カイルからエイデンを早く寝かすよう言われてたの。エイデン早く寝て。じゃなきゃ、カイルにまたしかられちゃうわ」
「お前なぁ…… 今そんな事思い出すなよ」
急に起き上がった私を見て驚いていたエイデンが呆れたようにため息をついた。明らかに不愉快そうな顔をしている。
「だってエイデン、私のせいで最近ほとんど寝てないんでしょ?」
「寝てないんじゃない。眠れなかっただけだ」
エイデンが不機嫌な顔のまま私の手首を掴み、ベッドに勢いよく押し倒した。エイデンに真上から見下ろされて、心臓がドキっと大きく跳ね上がる。
「いいかレイナ、覚えとけ!! 俺はもうお前の隣じゃなきゃ眠れないんだ。だから俺を寝かせたかったら、二度と俺から離れんじゃねーぞ」
私の耳元でささやいたエイデンが、かぷっと優しく耳をかじる。その途端、ゾクゾクっと気持ちの良い鳥肌が立つ。
大好きなエイデンに、まるで壊れやすい宝物のように優しく優しく触れられて、私は世界一幸せだと思いながら眠りについた。




