【エイデン視点】本編58から60話 ④
「本当にありがとうございました」
ロナウドが俺に向かって深々と頭をさげた。身綺麗にしたクリスティーナも隣で同じように頭を下げている。
「いや。こちらもクリスティーナ姫のおかげでレイナの容疑が晴れたので感謝してます」
クリスティーナを狙った男はすぐに捕まった。そりゃそうだろう。今この城は大国会議で各国の王がいるのだ。
警備も普段より厳重な上に、俺がクロウを連れてきたように各国から先鋭の護衛も来ている。そう簡単に逃げられる筈がない。
「アラン殿にも感謝します」
ロナルドの言葉にアランがにっこりと笑った。
「おかげで僕はジョアンナ様との結婚が認められたんですから、お安い御用ですよ」
嬉しくてたまらないという顔をしているアランにジョアンナが冷めた目を向けた。
「あのね〜。言っとくけど、エイデンに結婚認められたって何にもなんないんだからね」
「どうしてです?」
「私の結婚には、エイデンの許可じゃなく父の許可が必要なのよ」
ふんっと鼻息を荒くしてジョアンナが言った。
全く……ジョアンナのやつ。許可が必要とか言ってるが、ジョアンナが結婚したいと思ったら、誰に反対されたって勝手に結婚するくせに。
「エイデン王、ひどいなぁ。だましたんですか? 僕は国外で力を使ったことを、王にこってり叱られたのに……」
「騙してはないぞ。フレイムジールの王である俺が認めたんだ。ジョアンナがその気になったらすぐ一緒にさせてやるよ」
「もう勝手な事言わないでよ!! 私先に部屋に戻ってるから」
「ジョアンナさまぁ〜。待ってくださいよぉ」
逃げるように部屋を出て行くジョアンナの後ろをアランが追いかけていく。何だか犬みたいだ。
なんにせよアランには感謝だな。後で礼として、ジョアンナの好みはゴリマッチョだと教えといてやるか。
「それにしても、全てシャーナ様が仕組んだ事だったとは……大国会議の最中にこんな騒ぎを起こすなんて、皆さまには申し訳ないやら恥ずかしいやらですよ」
疲れた様子だったが、ロナウドの顔は明るい。
「それで、あの女はどうなるんです?」
シャーナはこの国の王妃ではあるが、姫であるクリスティーナの命を狙い、それを他国の王の婚約者のせいにしようとしたのだ。軽い罪だとは到底思えない。
「今は城の中で見張りをつけて閉じ込めてあります」
レイナは牢に閉じ込めていたくせに、あいつは牢じゃないのか……
「すいません」
俺の怒りが伝わったのか、ロナウドが申し訳なさそうな顔をした。
「会うことはできますか?」
「難しいかも知れませんが、なんとかしてみます」
ロナウドが大きくため息をついた。
「ところでレイナの居所については何か言っていませんでしたか?」
俺が知りたいのはとにかくレイナことだ。突然牢から消えて一体どこへ行ってしまったんだ?
ロナウドは静かに首を横に振った。
「レイナ様のことについては本当に知らないみたいです」
「そうですか……」
レイナ……一体どこにいるんだ。
何とも言えない暗い気持ちが胸の中に広がっていく。
母と面会ができると言われたのは次の日になってからだった。
こんな状態では大国会議の続行は難しいと、参加国の多くはすでにサンドピークを後にしていた。そのことでロナウドが手を離せず、クリスティーナが俺をシャーナの所まで案内してくれる。
「サンドピークは一体どうなってしまうんでしょう……」
「ロナウドがいるから大丈夫だろ」
実際ロナウドはシャーナにベタ惚れの国王に代わってよくやっている。あの調子ならきっと大丈夫だろう。
不思議だな……
横を歩くクリスティーナの凛とした横顔は、これまでに見た媚びるような表情とは違って美しかった。バカな女だと思っていたけれど、案外しっかりとした姫なのかもしれない。
「エイデン様、この部屋です」
部屋の前に立つ二人の騎士がクリスティーナに会釈をする。トントントンとクリスティーナがドアを優しく叩いた。
「まぁ珍しいこと」
俺の顔を見たシャーナは、ソファーに座ったまま睨むような視線を向けた。
「わたくしを笑いに来たんですの?」
くだらないな。そんなことのためにわざわざ会いにくるはずがない。
「レイナはどこです?」
俺の問いかけにシャーナが笑った。
「あらまぁ、あの娘まだ見つかってないの?」
「あなたが仕組んだんじゃないんですか?」
シャーナは不敵な笑みを浮かべたまま答えない。
やっぱり聞いても無駄だったか。そう思いながらも、ここで引き下がってしまってはレイナの消息は掴めない。
何かないのか? シャーナが話をしたくなるような何かが……
そもそも何故シャーナはこんなことを仕組んだのだろう? フレイムジールとサンドピークを争わせて何になる?
「あなたはフレイムジールが嫌いなんですか?」
「……そうね。憎んでるわ」
憎んでいる? フレイムジールを? 何故?
そう尋ねたとしても、きっとシャーナは答えないだろう。
じゃあどうすれば……
「……あなた、何を?」
俺の意を決した行動に、シャーナが驚いて立ち上がった。俺達の様子を後ろで見守っていたクリスティーナも息を飲んでいる。
「どうかお願いです。レイナの行方を教えてください」
産まれて初めての土下座は正直気持ちの良いものではなかった。しかも相手は俺を無視し続けてきた母親だ。だがレイナが俺の元に戻ってくるのなら、なんだってやってやる。
どれだけ時間がたったのだろう。おそらく2.3分だっただろうが、心情的には1時間くらいではないかと思うほど長い沈黙が続いた。
「あなたが土下座までするなんてね……」
顔を上げると、何とも言えない表情のシャーナと目があった。
「残念だけれど、わたくしはあなたの婚約者が今どこにいるかは知らないわ」
牢に入れておくよう指示したのに、いつの間にかいなくなったので自分も驚いたのだとシャーナは言った。
それじゃあどこをどう探せばいいのかすら分からないじゃないか。このままレイナに会えないなんてことになったら……
暗い気持ちに押しつぶされそうになりながら静かに立ち上がり、シャーナに背を向けた。
「待ちなさい」
振り向いた俺にシャーナは言った。
「あなたが連れて来たレオナルドの付き人は見つかったの?」
マルコのことか?
「前にも言いましたが、マルコならフレイムジールへ使いに出してます」
「そう。でもあの子には気をつけた方がいいわよ」
シャーナがまっすぐに俺を見た。
「あの子があなたの婚約者を見る目、すごかったもの。あれは憎しみのこもった目だったわ……」
はぁ? そんなバカな。マルコがレイナを憎んでいるだって?
こうやって俺を動揺させ、また何かやらかそうってわけじゃないのか?
そう思いながらも、シャーナのいうことを信じてしまう自分もいた。絶対にそんなわけないと言い切れるほど、俺はマルコのことを知らないのだ。
念のためレオナルドに確認するか。それには一度、フレイムジールに帰る必要がある。
もう二度と会うことがないかも知れぬ母に無言で頭をさげ、足早に部屋を後にした。




