【エイデン視点】本編58から60話 ②
「レイナがいなくなった?」
一体どういうことだ?
サンドピークの牢獄は、女が一人で抜け出せるほどお粗末なものなのか?
「レイナ様……」
ビビアンは心配のあまり顔色が悪い。
「とにかく、私は行ってくるから!!」
ビビアンの服を着て、エプロンとボンネット帽を被ったジョアンナが二人の王を従えて部屋を出て行く。いくら服を変えてもあの大きな態度では、すぐ正体がバレてしまいそうだ。
「一体何をするつもりなんだろうな……」
誰にと言うわけでもなく呟いた。何にせよ、俺が自由に動けない状態ではジョアンナに期待するより仕方がない。
はぁ……
何度ため息をついただろうか……ジョアンナが出て行って15分ほどたった頃、シャーナを伴ってエメリッヒ国王が部屋を訪ねてきた。
「窮屈な思いをさせて申し訳ない」
エメリッヒ国王の言葉に俺が答えるより早く、シャーナが口を開いた。
「婚約者がしでかしたことを考えたら当然の処遇ですわ」
何をいけしゃあしゃあと……キリキリと歯を食いしばりながらシャーナを睨むように見つめる。
しかしここでシャーナを糾弾しても、何も好転しないことはよく分かっている。今は何よりも情報が欲しい。
「レイナが消えたとの報告を受けましたが、一体どういうことでしょう?」
「それは我々の方がお聞きしたい。彼女はどこです?」
こいつら、俺がレイナを隠していると思っているのか?
「レイナが牢に入れられてから私は彼女に会っていません。部屋の前に監視がいるのでご存知でしょう?」
「ジョアンナの姿が見えませんが……」
シャーナがにっこりと微笑んだ。
「ジョアンナは昼の観光で疲れたと言って、帰ってくるなり寝室で寝てしまいましたよ」
ジョアンナがメイドのふりをして部屋を出た事はまだバレていないようだ。寝室を見せろと言われたら一体どう誤魔化すか……
「……マルコでしたっけ? あなたが連れて来たレオナルドの従者の姿が見えませんけど?」
レイナが牢に入れられたと聞き、カイルを呼び寄せるためマルコをフレイムジールへと戻らせた。レイナの濡れ衣を晴らすにはカイルの助けが必要だ。マルコなら早馬ですぐにフレイムジールに着くことができるだろう。
「私はレイナがクリスティーナ姫を刺したとは思っていません。ですからレイナを牢から出して、より疑われるようなことなどするはずがありません」
「あら? あなたが出さなくても、あなたの婚約者が勝手に出てくるかもしれなくてよ」
何言ってんだ! あんなか弱いレイナが一人で牢から抜け出せるわけがないだろう。それにレイナもバカじゃない。勝手に牢を抜け出せば、自分の置かれている状況がより悪くなることに気づくはずだ。
「レイナが一人で簡単に逃げ出せるなんて、サンドピークの牢は立派なんですね」
俺の皮肉にシャーナはふっと笑った。
「普通は無理でもあなたの婚約者なら分からないでしょ。なんせあなたみたいな化け物と結婚しようと思うくらいですから」
真相が分かるまで俺とジョアンナには部屋から出るなと言い残し、二人は部屋を後にした。
「エイデン様、血が!!」
ビビアンがそっとティッシュを俺の口元に当てた。どうやら噛み締めていた唇がいつのまにか切れていたらしい。
「化け物か……は、ははっ」
静まり返った部屋に乾いた笑い声が響いた。
相変わらず俺の事は化け物呼ばわりなんだな。小さい頃から言われ慣れているのにも関わらず、やはり面と向かって言われるとかなりのダメージだ。
部屋にこもるよう言われ長期戦を覚悟した俺が部屋から出るよう言われたのは、それから30分後くらいの事だった。
「あ、来た来た」
侍女らしい格好をしたままのジョアンナが俺の姿を見て手を振った。
「お前まだそんな格好してたのか?」
俺の言葉を無視してジョアンナが部屋の中を覗くよう言った。ドアの前ではエメリッヒが疲れ果てた顔で立っている。
何だこれは? 賊でも入ったのか?
部屋にはクリスティーナが寝かされていたのだが、その周りには壊れた家具や切れ切れのドレスが散乱している。
呆気にとられている俺の横でジョアンナが動いた。
「エイデン、見ててよ」
「お、おいっ」
焦って手を伸ばすが、少し遅かった。ジョアンナは持っていた盆を勢いよくクリスティーナ目掛けて投げつけた。盆はフリスビーのように勢いよくベッド目掛けて飛んで行ったが、クリスティーナに当たることはなかった。クリスティーナに当たるより前に切り裂かれ、床にボトボトと落ちたのだ。
「これは……風の力か?」
「ね、すごいでしょ? この風のせいでクリスティーナに近づけなくて治療ができないのよ」
サンドピーク王家は風の一族だ。姫であるクリスティーナも髪色からして風の力を持っているとは分かっていたが、まさかこれほどとは思わなかった。
「ボサッと突っ立ってないで、この風何とかしなさいよ」
ジョアンナがドンと俺の背をどついた。何とかしろって、俺にどうしろって言うんだ。
「この風はクリスティーナが自分を守るために起こしてるんだから、大好きなエイデンなら切り刻まれないんじゃない?」
試しに近づいてみろと、ジョアンナは容赦なく俺の背中を押す。
「バ、バカじゃないのか?」
どう見ても意識のないクリスティーナが近づいてくるものを無差別に攻撃しているようにしか見えない。試しに近づくなんて話があるもんか。
「大丈夫、大丈夫」
さっさと行けとジョアンナがひらひら手を振った。
「そもそも好きな人間を攻撃しないのなら、俺よりもまず身内で試すのが先だろ」
「……まぁね。でも……」
そうか。もう試し済みってわけか。心配そうな顔でクリスティーナを見つめるエメリッヒ国王の顔や手には軽い擦り傷が付いていた。
「そういうこと。だからエイデンを呼んだってわけ。クリスティーナがあんたのことを好きなのは皆知ってることでしょ?」
「エイデン様」
クリスティーナの兄であるロナウドが俺の姿を見つけ駆け寄ってくる。
「お願いです。クリスティーナを、クリスティーナを助けてください」
俺にすがりつくようなロナウドに微かな同情を覚えた。よく見るとロナウドの服やズボンにはかなりの破れがある。という事は、こいつもクリスティーナに近づいてみたんだな。やっぱり近づくものは無差別ってわけだ。
そこまで考えて、ん? っと疑問がわいてくる。
「俺がクリスティーナに近づけたとして、一体どうしろってんだ? 俺は医者じゃねーんだから、治療なんてできねーぞ」
「それは僕が……」
そう言って、一人の少年がジョアンナの隣に立った。
「エイデン王、お会いするのははじめてですね。ジョアンナ様の未来の夫のアランです」
思わず口があんぐりあいてしまう。
未来の夫だって?
ジョアンナの肩にそっと手を置き笑いかけるアランの顔には、まだあどけなさが残っている。
「誰が未来の夫よ?」
ジョアンナが煩わしいと言わんばかりにアランの手を振りほどいた。
「あれー? クリスティーナ様を助けたら結婚してくれるって言いませんでしたか?」
「言ってないわよ!! デートくらいしてあげてもいいって言っただけでしょ?」
二人のやりとりを見ながら軽い頭痛がしてくる。
「ジョアンナの夫って……お前一体いくつなんだ?」
どう見ても俺より下だよな。
「18ですよ」
18……一瞬くらっと目眩がする。
「おいババア!! 何子供に手出してんだ。年考えろよ」
「手なんか出してないわよ。この子が勝手に言い寄ってくるんだからしょうがないでしょ」
「ジョアンナ様にババアなんて暴言、許せませんね」
「ややこしくなるから、アランは黙ってて」
ジョアンナとアランの反論に頭痛が激しさを増してくる。
もう勘弁してくれ……
ただでさえ問題山積みなのに、新たに現れた頭痛の種に頭を抱える事しかできなかった。




