59.ガードランド
「……んっ」
頰をくすぐる風と爽やかな草の香りを感じて目を開けた。こうやって地面の冷たさや風の心地よさを感じるってことは、生きてるって事よね?
今のは夢だったのかしら?
妙に懐かしい気持ちで何だか胸が切ない。
「大丈夫か?」
瞳の冷たさからは信じられないくらい優しい手つきでマルコが私を抱き起こした。
「どうした? ……泣いてるのか?」
本当だ。マルコに言われるまで気づかなかったけど、涙で頬が濡れている。涙を拭って周りを見渡して驚いた。
一面に咲き誇る色鮮やかな花々はあまりに美しくて見とれてしまう。同時にさっき夢の中で見た景色と似ていることに驚きを隠せない。
「ここは……一体?」
答えを求めてマルコへ視線を向けると、マルコも私を見つめていた。
「ようこそガードランドへ」
「ガード、ランド?」
「レイナにはおかえりなさいって言った方が正しいかもしれないけど」
「ガードランドって、ここはあのガードランドなの?」
私の問いかけに何も答えず、マルコは黙ったまま花畑を見つめていた。
「綺麗なところね……」
どこまでも続く美しい花畑には蝶が楽しそうに舞っている。空を飛ぶ小鳥たちのさえずりはとても明るい。
「ガードランドにいるなんて夢みたい」
エイデンの祖父からガードランドの話を聞いて、いつか来てみたいとは思っていた。残念なことに帰って来たという実感はないけど、自分の生まれた場所がこんなに綺麗な場所であることが嬉しかった。
「でもどうしてマルコはガードランドの場所を知ってたの?」
ガードランドの場所が知りたくて、私はフレイムジール城の蔵書をかなり調べたのよ。でも膨大な蔵書の中にガードランドの場所はおろか、その手がかりになるものは何にもなかった。
カイルもエイデンもガードランドに関する情報の少なさには不思議がっていた。滅んでからまだ十年くらいしかたってないのに、どうしてガードランドの事を知ってる人が少ないんだろうって言ってたっけ。
なのにどうしてマルコはガードランドについて知ってたのかしら?
「それは俺がこの国の王子だったからだ」
マルコが表情を一切変えることなく言った。
「ガードランドの王子? それって、もしかして……? マルコって私のお兄様だったの?」
私の言葉にマルコが、はぁ? と顔を歪めた。
「何言ってんだ? お前は一人っ子だろう? そんな事まで忘れちまってるのか?」
「ごめん。私は忘れてる事が多いから、てっきりお兄さんがいた事も忘れたのかと思ってた」
マルコがはぁっとため息をついた。
「本当に何も覚えてないんだな」
いつもの冷めきった瞳の中に悲しみの色が広がっていく。
「兄じゃなくて従兄妹だ。俺達の父親が兄弟だったんだ」
「それならもっと早く言ってくれれば良かったのに」
母が亡くなってから私には身内が一人もいないと思ってたのに。従兄妹がいたなんて、なんだか嬉しい。
エイデンが私とマルコがなんとなく似てると言っていたのは、私達が従兄妹同士だったからなのね。
喜ぶ私とは対照的に、マルコの顔は暗い。
「マルコ?」
「……行こうか……」
「ねぇマルコ? どこに行くの?」
何も語らないマルコについて行く。どうやら嬉しいのは私だけで、マルコには嫌われたままみたいだ。美しい花畑を進み、マルコは大きな岩の前で立ち止まった。
「これがガードランドが代々守ってきた竜の門の破片だ」
破片とはいってもかなり巨大な岩は、どことなく神秘的に見えなくもない。
「ありがとう、マルコ。私をガードランドに連れて来てくれて。私ずっと来てみたいと思ってたんだ」
浮かれて顔が緩む私にマルコが冷たく言った。
「感謝する必要はない。俺はレイナを不幸にしたくてここに連れて来たんだから」
私を不幸にって……なんでガードランドに来ることで私は不幸になるの?
そもそもどうしてマルコはそんなに私を嫌っているの?
マルコが私に一歩近づき手を伸ばした。その指先が微かに私の頰に触れる。
「……マルクス?」
なぜこの名前が口から出たのかは自分でも分からない。分からないけれど……
まるでさっき見た夢の続きのような、そんな不思議な感覚に包まれていた。
私の呼びかけに、マルコが一瞬ビクッと体を震わせた。
「その名前で呼ばれたのはいつ以来だろうな」
マルコの悲しみを帯びた瞳から目が離せない。
「本当にお前は嫌な奴だな……いつだって俺の心をかき乱す……」
マルコがもう一歩近づき、私の額に優しくキスをした。
マルコが触れた額が熱い。エイデンにキスされた時と違って全くドキドキはしないけど、不思議と嫌じゃない。
マルコと二人、竜の門の破片にもたれるようにして地面に座った。
静かだわ……
こうして座っていると蝶の羽音まで聞こえてくるような気がする。まるで世界に二人だけ取り残されたようで何だか物悲しい。
「さっき俺の事をマルクスと呼んだが、何か思い出したのか?」
「ううん。何故だか分からないけど、自然と口から出たの。それと……」
気を失っている時に見た夢の話をする。
「マルコの本当の名前はマルクスなの?」
「ああ。マルコは愛称で、マルクス ガードランドが俺の本当の名前だ」
マルクス ガードランド……
私の従兄妹なんだからガードランドの名を持っていても当然だけど、何だか不思議な感じ。
「レイナが見たっていう夢は、昔の俺達だろうな」
マルコの私を見る瞳は、今までと違ってとても優しかった。
「お前が6で俺が10の時ガードランドは滅んだが、それまでここでよく遊んでたからな」
ダメだ……全然何も思い出せないし、ピンともこない。目の前に広がる景色を美しいとは思っても、懐かしいとは感じない。
「どうして私何も覚えてないのかしら?」
6歳までここで過ごしたんなら、少しくらい覚えていてもいいのに。
「それはお前がガードランドのことを忘れてしまったからだ。いや、お前だけじゃないな。世界がガードランドのことを忘れてしまったからだ」
「確かに私はガードランドのことをそんなに覚えてないけど、ガードランドの事は世界中から忘れられたわけじゃないわよ」
現にエイデンの祖父であるジョージはガードランドの話をしてくれる。
「本当にお気楽だな」
マルコが呆れたように、はぁっとため息をついた。
「不思議に思ったことないのかよ? 滅んで10年もたたない国の場所が忘れ去られるなんて普通ありえないだろ。国が滅んでもまだ生きている住人がいるはずなんだからな」
そう言われてみればそっか。今まで疑問に思ってなかったけど、竜の門を閉じて国が滅んでも皆死に絶えたわけじゃないんだよね。まだ生きているガードランド出身者が世界中にいてもおかしくない。
「それでもお前がガードランド出身という人物に一生出会うことはないだろうな」
マルコがクククッと冷たく笑った。
「ガードランド人は全員記憶を塗り替えられちまったからな」
「記憶を塗り替えられたって、そんなこと有り得るの?」
「龍の力があれば、記憶の操作なんて簡単だろ」
へぇ。龍の力ってすごい!? でもどうしてそんなことを? わざわざ記憶操作してまでガードランドのことを人の記憶から消す必要なんてあるのかしら?
「……時間はたっぷりあるし、少し昔話でもするか。レイナがこの国に産まれてからガードランドが滅びるまでの物語を……」




