55.似たもの同士
「あの人がエイデンのお母様なの?」
エイデンとレオナルドの母親だから、美人だろうと思ってたけれど……
「エイデン達は父親似だから、シャーナにはあまり似てないわよね」
ジョアンナは笑ってるけど、似てないなんてもんじゃないわよ。顔だけじゃなく、雰囲気も全然違うじゃない。
エイデンの母親だから、てっきりすらっと背の高いクールビューティだと思ってたのに、こんなに小柄で可愛らしい小動物系だったなんて。これじゃエイデンよりクリスティーナの方が本当の親子みたいじゃない。
「気をつけなさいよ。シャーナも相当あざといから」
ジョアンナが私にだけ聞こえる声で囁いた。
ただでさえエイデンの母親に初めて会うのから緊張してたのに、その母親があざといから気をつけろなんて言われたら、もうどうしていいか分からない。
どうか何事も起こりませんように……
国王夫妻が参加者達に歓迎の意を表しながら会場をまわっていく。
「赤い髪ということは、君はエイデン王の方だね」
国王の優しい笑顔に、私も自然な笑顔で挨拶をすることができた。国王のボリューム感のある体系が、何だか親しみやすさと安心感を与えてくれるからかもしれない。
「シャーナもエイデン王の婚約者に会うのは初めてなんだろう?」
国王が後ろに隠れるように立っていたエイデンの母親を呼んだ。
「ええ。初めまして」
近くで見ると一段と可愛らしい人だわ。肌も白くて綺麗だし、まつげもくるんとカールしてお人形みたい。それにとっても若いわ。エイデンみたいな大きな子がいるとは到底思えない。
シャーナが大きな瞳をキラキラさせ、私に一歩近づき顔を覗きこんだ。
「うーん。エイデンがクリスティーナとの婚約を破棄してまで結婚したがった子だから期待してたのに……」
え、えーっと……
これはガッカリしたっていう意味なんだろうか?
「いくら伝説的存在のガードランド王族の生き残りだとしても、こんな冴えない子と結婚しなきゃならないなんて……エイデンがかわいそうだわ」
シャーナが涙をいっぱいためた瞳で悲しそうに私を見ている。
どうしよ……頭が真っ白で言葉が出ない。
「……レイナ……」
エイデンが私の肩を抱き寄せた。私を落ちつかせるためだろう。エイデンがいつも以上に優しくにっこりと微笑んでいる。
うん、もう大丈夫。
小さく頷いて微笑み返すと、エイデンも同じように頷き返した。
「私がレイナと結婚するのはレイナを愛しているからです。変な作り話をするのはやめていただきたい」
エイデンが国王夫妻を見る目は厳しい。
「申し訳ない。シャーナは思い込みが激しいところがあるからねぇ」
エメリッヒ国王はそんなシャーナの事が可愛くて仕方ないとでもいうように目尻を下げた。
「エイデンったら何怒ってるの? あなたが利用するためにこの子と婚約したのは皆知ってることよ」
大きな瞳をくりっとさせて首をかしげるシャーナは、何が悪いのか分からないという表情だ。
エイデンがすっと私の頰に触れた。
えっ?と思った瞬間に肩を抱いていた腕に力が入り、私の唇にエイデンの唇が重なった。
やだ、皆見てるのに……
恥ずかしさで顔が熱くなってくる。でもいつもより激しいキスにクラッとして、エイデンを突き離せない。
長いキスの後で、エイデンが小さくふっと笑った。
「ジョアンナ、レイナを部屋に連れて戻ってくれないか?」
まだ帰りたくなかったけれど、ジョアンナに攫われるようにして廊下に引きずり出されてしまったので仕方ない。
「まぁ、お二人とも、もうお戻りですか?」
「色々あってね。さ、レイナも座りなさい」
あまりに早く戻って来た私達に驚いたビビアンが、急いでお茶の支度にかかる
「私のせいでジョアンナ様まで戻ることになってすいません」
「あなたのせいじゃないでしょ」
「でも……」
ジョアンナは夜会を楽しみにしてたんだから、本当はもっと会場にいたかったはずだ。
「別にいいのよ。ふふっ。今頃エイデンがシャーナに暴言でも吐いてるかしらね」
ジョアンナの口元に不敵な笑みが浮かぶ。
「あなたに聞かせたくないから、こうやって部屋に戻るよう言ったんでしょうね。あの子本当に口が悪いから」
「……私のせいで、またエイデンとお母様との関係が悪くなっちゃいますね」
あーあ、大失敗。お母様に褒めてもらうどころか、話すらまともにできなかったなんて。
「気にすることないわよ、シャーナが悪いんだから。昔からあんな風に人が傷つくことを、無邪気な顔して言うのよね。本当、大っ嫌いよ」
ジョアンナも何か言われたことがあるんだろうか? 言葉の端々にシャーナへの嫌悪感が聞き取れた。
「とにかくレイナは何も悪くないんだから、気にしないのよ」
そう言って私を見るジョアンナのいつもより優しい瞳に胸がつまる。
「あー、もう……何て顔してんのよ」
がたんと椅子の音を立て、ジョアンナが私の元へ来る。私の体を優しく包み込むジョアンナはとても温かい。
なんだろう、この感じ……
優しく背中を撫でられると、懐かしいような心地よい安心感を感じる。
心地よいジョアンナの温もりにしばらく甘えさせてもらったおかげで、エイデンが部屋を訪れた時にはすっかり元気を取り戻していた。
「……で、あの女に何て言ってやったの?」
「別に何だっていいだろ」
「ガツンと言ってやったんでしょうね?」
なおも食い下がるジョアンナに、エイデンが煩そうな顔をする。
「レイナ、こんな煩い奴と一緒で大丈夫だったか?」
エイデンが心配そうな顔で私の頭を優しく撫でた。
「ええ。ジョアンナ様のおかげですごく落ちついたわ」
「落ちつく? ムカつくの間違いじゃないか?」
何その顔?
疑うように眉を顰めるエイデンに思わず苦笑いしてしまう。
「本当に落ちついたのよ。優しく背中を撫でてもらって、まるで母といた時みたいに穏やかな気持ちになったわ」
しまったぁぁぁ!!
なんたってあれだけ年の事を気にするジョアンナだ。母みたいだなんて言ったら、気を悪くするに決まってる。せめて姉って言えばよかった……
あれ?
意外にもジョアンナが文句を言う様子はない。
それどころか……
「もしかして、照れてるのか?」
ほんのり色づいたジョアンナの頰を見ながら、エイデンが驚きの声を上げた。
「煩いわね。照れてないわよ!!」
ジョアンナが不貞腐れたような顔をしてエイデンの顔を見た。
「元々私はあんたの母親代わりのつもりでいたから、あんたの結婚相手のレイナに母親だと思われるのも悪くないと思ってたのよ」
「……母親代わり? ジョアンナが?」
「そうよ。あんたのコントロールできない炎にまともに付き合えるのは、お父様と私だけだったでしょ?」
ジョアンナは、あきれたという顔をする。
「あんたが火をつけるたびに消化器ぶっかけてあげたの忘れた?」
炎の力のないジョアンナにとって消火作業は楽じゃなかったらしい。それでもせっせと火を消して回っていたのはエイデンのためだ。
「……だからあんなに俺に付き纏ってたのか?」
「そうよ。小さい頃はただの目つきの悪いクソガキだったのにね……」
ジョアンナが慈愛に満ちた瞳でエイデンを見つめた。
「あんたがいい男に育ってくれて、すっごく嬉しいわ」
「……っ」
そっぽを向いてしまったエイデンの顔は、嬉しいのか恥ずかしいのかよく分からない複雑な表情をしていた。
結局似た者同士なのよね……
エイデンもジョアンナも、口が悪いし気持ちを素直に表わさないから愛情が分かりにくい。
まさかエイデンの母親の意地悪が、こんな結果を生むなんてね。エイデンとジョアンナのヨソヨソしいながらも愛情を感じる口喧嘩を見ながら、私の気持ちは晴れ晴れとしていた。




