49.ジョアンナがやって来た
私がフレイムジールへ帰ってから5日後、ジョアンナがビビアン、ミアを伴い城へと帰って来た。
「あー、本当に大変だったわ。レオナルドが久しぶりに連絡してきたかと思ったら、すぐにノースローザンヌへ行けですものね」
「すいません。あなたが適任だと思ったものですから」
私の隣に座るレオナルドがいつも通りの微笑みを浮かべたまま頭を下げた。
「まぁいいわ。それなりに楽しめたから。アダムはなかなかいい男だったわよ」
ジョアンナの言葉にビビアンとミアが苦笑いしている。
「まったく。お前は変わってないな」
お茶をすすりながら、あきれたような口調でジョージが言った。私達は今、エイデンとレオナルドの祖父であるジョージの部屋でお茶をご馳走になっているのだ。
「お前もいい年だ。理想ばっかり追ってないで、そろそろ手近な所で婿を見つけたらどうだ?」
「なぁに? お父様は私に妥協しろって言ってるの?」
「ワシが生きているうちに、孫を抱かせてやろうと思わんのか?」
「孫ならすでにいるからいいじゃない。まぁ二人とも全く可愛げはないけどね」
その二人の孫のうちの一人、レオナルドはジョージの淹れたお茶は苦くて嫌だと、砂糖をたっぷり入れたコーヒーを飲んでいる。
「エイデンはともかくとして、私は可愛げがある方だと思いますけどね」
「どうだか。何考えてるのか分からないあんたより、分かりやすい分だけエイデンの方がまだましだわ」
うーん……私からしたら、エイデンも充分何考えてるか分からないんだけどなぁ。
エイデンは茶会なんかには参加しないと言って、カイルと執務室にこもりきりで来ていない。私は共にテーブルを囲むジョージとジョアンナ、レオナルドのやりとりを静かにお茶を飲みながら見守っていた。
「そう言えば……」
ジョアンナが私の方を向いた。大きな瞳を輝かせ、興味津々といった顔をされたら不安になってしまう。
「エイデンとうまくいってるみたいね。お祝いのケーキの話、聞いたわよ」
ニヤリと笑うジョアンナは、やはりエイデンとレオナルドの叔母だ。目鼻立ちが整っていて美しい。
まさかその話をされちゃうなんて。
「あ、あれは料理長達の誤解なんです」
エイデンと二人で湖から帰り、皆が言っていたお祝いの意味を聞いて絶句した。私とエイデンが二人仲良く朝を迎えたお祝いだっていうんだから冗談じゃない。そりゃ確かに朝は一緒に迎えたわよ。でも皆が思うような艶っぽい話は全くないんだから。
「いいじゃない。婚約してるんだから」
いやいやいや、全くよくないわ。だから誤解なんだってば。
焦る私を見ながらレオナルドが笑った。
「ごめんね。てっきり二人で盛り上がったんだと思ってしまいました」
だからってわざわざ皆に報告しなくてもいいのに。おかげでこの説明を何度したことか。あの日の出来事をジョアンナ達に言い訳のように説明していく。
「ぷっ」
ジョアンナが堪えきれないといった様子で吹き出した。
「何なのそれ」
呆れているのか、笑っているのか、はたまたその両方なのか……ジョアンナは複雑な顔をしている。
「同じベッドで寝てただけなんて、エイデンも意外にヘタレなのね」
ヘタレって……
エイデンがここにいたら大変なことになってたわね。怒って言い返すエイデンと、それに応戦するジョアンナの姿が目に浮かぶようだ。
「全くお前は……」
ジョージがふぅっとため息をついた。
「それでジョアンナ、お前はいつまでこっちにいられるんだ?」
「うーん。そうね……特に何も考えてないわ。せっかくだからレイナ達の結婚式までいようかしら……ところであなた達の結婚式っていつなの?」
そう聞かれても困ってしまう。そもそも婚約解消って撤回されたのかしら?
「何それ? まだそんな段階なの?」
驚いたジョアンナがすっとんきょうな声を出した。
「お父様!! 私に婿をとれって言うより、エイデンにさっさと結婚しろって言った方がいいんじゃないの?」
「エイデンもレイナもまだ若い。お前とは違うんだ」
「失礼ね。私だってまだまだ若いわよ!!」
「お前みたいな扱いにくい姫を受け入れられる男はなかなかおらん。だからワシがまだ元気なうちに婿を探しておけ」
ジョアンナ様って一体いくつなんだろう? エイデンのお父様の妹って言ってたけど……
見た目はゴージャスで口調からも若さは全く感じないけど、そのシミ一つない顔とツヤツヤした長い髪の毛は若々しい。
うーん。やっぱり年齢不詳ね。
ジョアンナとジョージのやりとりはまだまだ終わりそうにない。また賑やかになったわね。キツイ口調とは裏腹に、明るい表情の二人を見ながらふっと笑いがこぼれた。
☆ ☆ ☆
寒い、寒すぎる。一体なんなのだろう? 新手の嫌がらせかしら?
「ついて来い」
エイデンにそう言われて、二人で庭を歩き始めて早一時間。あまりの寒さに耳も鼻も痛くなってきた。特に話をするわけでもなく、ただ二人で延々と庭を歩く意味がわからない。
「エイデン、もう寒くて耐えられないから部屋に戻りましょうよ」
「まぁ、待て」
引き上げようとする私をエイデンが引き止めた。
「せっかくだから、茶にするぞ」
冗談でしょ……
どんよりとした寒空の下で、なぜ震えながらお茶を飲まなきゃいけないの? 全く理解できない。
それでもいつものごとく、エイデンは有無を言わせぬ態度で私に座るよう促した。向かいの席に腰をおろしたエイデンは震える様子もなく平然としている。エイデンは寒くないのかしら? 私はあまりの寒さにもう口を開く余裕もない。
「こうやって二人で庭で過ごすのも久しぶりだな」
当たり前よ、冬なんだから。寒いんだから。
「今日はお前に話があってだな……」
エイデンの話を半分聞き流しながら、カイルのいれてくれた紅茶で暖をとる。
「キャッ」
かじかんだ手で支えきれず、カップが手から離れて落ちた。一口も飲んでいない紅茶が服にかかる。
「レイナ様、大丈夫ですか?」
ビビアンが慌ててタオルを手にしてかけよってくる。
「うん。大丈夫」
厚手の服が幸いして熱い紅茶は肌にかかっていない。
「全く……ダメなヤツだな」
なんですって? こんな寒い日に1時間以上も付き合わしておいてダメなヤツって酷すぎない?
「ごめんなさい。着替えないといけないから先に部屋に戻るわね」
「お、おい」
エイデンが何か言おうとしていたけど、カチンとしていたので振り向くことなく庭を後にした。
「さ、さむかったぁ……」
暖かな部屋でミアに迎えられ、はぁっと大きなため息をついた。
「レイナ様、早くお着替えをすませてください。濡れたままだと風邪をひかれますよ」
着替えが済み、用意されたお茶を一口飲んだ。一瞬で胃からお腹が温まる。体が温まると同時に、寒さで停止していた思考も回復してきた。
「それにしても変よね。エイデンってば、どうしてこんな寒い日に外でお茶したいなんて思ったのかしら?」
私の問いかけに、ミアとビビアンが顔を見合わせた。
「それは……レイナ様に喜んで欲しかったのではないかと……」
「嫌がらせじゃなくて?」
こんな寒い思いをさせられて、喜ばせたかったと言われてもいまいちピンとこない。
「あれでもエイデン様なりに一生懸命考えたんだと思うわよ」
「レイナ様がお庭でお茶をされるのがお好きだからと計画されたんでしょうね」
ビビアンとミアの話を聞いても、やっぱり嬉しいとは思えない。
「わざわざ外に行かなくても、ここで一緒に過ごしてくれるだけで十分うれしいのに」
「もうすぐ今年も終わりですし、エイデン様は何か特別なことをして過ごしたかったのでしょうね」
そっか……今年ももう終わりなのね……
色々あって長かった気もするけど、もう終わりだと思うとやっぱり早かったと思えてくるから不思議だ。
くしゅん。
首筋がぞくっとしてくしゃみが出た。
「あら、大変」
ミアが心配して厚手の上着を着せてくれた。
今年も残すところあと3日。今年最後の晩餐はどんなご馳走かしら?




