24.好きになるまで待ってやる
これはまた、意外すぎる人の話が出てきたわね。
「私の祖父ですか……?」
「そうだ。ワシは若い頃、あいつからこの茶の淹れ方を教わったんだ」
そう言ってずずっとお茶をすするエイデンの祖父の顔をポカンと見つめる。
「お祖父様は、私の祖父と友達だったんですか?」
「友達なもんか。一年に一度、お互いの国を視察するだけの関係だ」
一年に一度行き来するなんて、結構な仲じゃない。
「祖父はどんな人でしたか? 私には祖父の記憶がないので教えてください」
祖父は私が幼い頃に亡くなったので、一緒に過ごした記憶は全くない。
「あいつはな……ひどく口の悪い男だった」
「そうなんですか?」
思いがけず始まった祖父の話に興奮してしまう。
「もっと祖父のこと教えてください。それにガードランドのことも」
エイデンの祖父、ジョージは立ち上がって空になった2人分の茶碗をさげた。そして湯呑みに新たなお茶を入れる。時間をかけゆっくりといれられたお茶は、さっきより薄い緑色だ。
「甘い」
見た目からは想像できない味に驚いた。お茶の温度はぬるめでとても飲みやすい。ジョージが言うには、これは薄茶というお茶で、これも私の祖父から淹れ方を教わったらしい。
「それで、お前はガードランドについてどのくらい知っとるんだ?」
私の祖国であるガードランド……正直言ってほとんど知っていることはない。
「私の祖父が龍族の力を守るために竜の門を壊し、国が滅んだとだけ聞いています」
これは私が小さい頃母から聞いた話だ。私の話を聞いていたジョージは、「そうか」と小さく呟いた。
「……ガードランドは美しい国だった。花がたくさん咲いていてな。一度死んだ妻を連れて行ったことがあるが、大喜びだったわい」
昔を懐かしんでいるのだろうか。ジョージは目を細めてどこか楽しそうな表情を浮かべている。
「残念。私も行ってみたかったです」
記憶に残らないほど幼い頃に滅んでしまった祖国に思いを馳せる。
「行ってみたらいいじゃないか。エイデンに頼めば連れて言ってくれるだろ。一応仲良くやっているんだろう?」
「仲良くやってはいるんですけど……」
「何だ? 何か問題でもあるのか?」
私がエイデンの事を全く思い出せないんだもん。問題ありあり、大ありよ。
「そういや、お前はまた記憶をなくしたらしいな」
ずずずっと音をたてながら茶を飲むジョージの言葉にひっかかる。
また? 今、またって言ったわよね?
「私が記憶をなくしたのは、今回が初めてじゃないんですか?」
「最初にこの城に来た時にも、記憶がなくなっていたと聞いたぞ」
し、信じられない。私ってば一体何回記憶を失っちゃってるのよ!? 軽い眩暈がしちゃう。
「まぁ別にいいじゃないか。エイデンは気にしとらんだろ?」
「思い出さなくていいと言ってくれてます」
ジョージは満足そうに頷いた。
「そうだ。無理に思い出す必要はない。記憶がなくても、エイデンはお前の事が好きで好きでたまらないのだからな」
うっ。こういう事をエイデンの祖父から言われるというのは、かなり恥ずかしいものがある。
こんな時って、なんて返すのが正解なの? 「そんな事ありませんよ」っていうのも「そうですね」っと答えるのも、なんかしっくりこない。
っと突然、せっかちにドアをノックする音がしたかと思うと、エイデンが勢いよくドアをあけた。
「なんだお前か。どうかしたのか?」
ジョージには見向きもせず、焦った様子で私の元へ来たエイデンは、両手を私の両頬に当てるとじっくりと顔を見た。
「レイナ、大丈夫か?」
「えっと……大丈夫だよ」
何が? そんな心配するような事あった?
はぁっと安心したようにため息をついたエイデンがジョージを睨みつける。
「レイナをこんな所へ連れて来て、一体何を企んでいるんです?」
エイデンの鋭い睨みなんてへっちゃらのような顔をしたまま、ジョージはのんびりした様子で湯呑みに口をつけた。
「ちょ、ちょっとエイデン!! お祖父様は何もしてないわ。ただ二人でお喋りしてただけよ」
「お喋り? 一体何話してたんだよ?」
「それは……」
エイデンが私の事好きだって話をしてたなんて、本人に言えるわけないじゃない。
「ほらな。言えないだろ。この人がレイナと仲良くするなんて、何か企んでるとしか考えられないんだから」
「もう。エイデンったら、お祖父様に対してそんな事言ったら失礼よ」
私がジョージの肩をもつのが気にいらないのかもしれない。エイデンの表情が一段と凄みを増した。正直怖くて後退りしたいくらいだ。
「ビビアンに言われて来てみれば……全く、目を離すとすぐこれだ」
忌々しいとでもいうような顔をして、エイデンが荷物のように私を肩に担ぎあげた。
「ちょ、ちょっと!!」
「とにかく、レイナに接触するのはやめていただきたい」
足をバタバタさせても、手でエイデンの背中を叩いても……全く効き目なしといったようすでエイデンは私を肩に担いだまま部屋を出て行ってしまった。
「エイデンってば、おろしてよ!! 私はまだお祖父様と話したいことが……」
「うるさい!! 黙ってろ!!」
あまりにドスのきいた声に、体だけではなく心臓までもがビクッと震えた。悔しいけど、これじゃあ怖くて文句も言えやしない。
私を担いで部屋まで戻ったエイデンはビビアンとミアを追い出すと、私をソファーの上に投げるようにおろした。
「どうしてお前はそんなに、誰にでも簡単に心を許すんだ」
ソファーに投げ出された私の身動きを奪うかのように、エイデンが私をきつく抱きしめた。エイデンの声にはもう怒りはなく、どちらかというと不安げに聞こえる。
心配させちゃったのかな?
そう思うと申し訳なくも感じるけど、いきなり荷物みたいに運ばれた事を思うと謝る気にはならない。
「もうアイツには会うなよ」
「どうして?」
エイデンが私から体を離した。体を起こしたエイデンに鋭い視線で見おろされると、恐怖で体が固まってしまう。
「どうしてって……お前なぁ。俺に言えないような話をされてたんだろ?」
いや、だからそれは恥ずかしくてエイデンに言えないだけで、悪い話をしてたわけじゃないのよね。
本当は言いたくないけど、お祖父様とまたお話しするためにはエイデンの誤解を解かなきゃいけない。
「エイデンに言えない話をしてたわけじゃないの。ただお祖父様が……」
「あいつが何だって?」
恥ずかしくて声が小さくなったせいで、エイデンにはうまく聞こえなかったらしい。私を見下ろすエイデンの厳しい視線を避けるようソッポを向いた。
「お祖父様が……エイデンは私の事が好きで好きでたまらないっておっしゃったから、私、なんだか恥ずかしくて……」
あれ? まさかの無反応?
何にも言ってくれないもんだからチラッと様子を伺うと、エイデンはひどく難しい顔をしている。
「本当にそんな話をしたのか?」
「もちろん。嘘つく必要なんてないじゃない」
他にもガードランドの話や、エイデンのお祖父様と私の祖父が友達だった話をしたと聞いたエイデンはひどく驚いた様子だった。
うーん。この感じじゃ祖父と孫っていっても、あんまり親しくないみたいね。
「ねぇエイデン? 時間がある時に二人でお祖父様の所に行ってみない? 私、ガードランドの話をもっと聞きたいわ」
私の問いかけに対してしばらく何かを考えていたエイデンが口を開く。
「なぁ、キスしていいか?」
ほえ? このタイミングで何を聞いてくるの? 質問と全然関係ないじゃない。
冗談? ううん。エイデンの顔からして本気みたい。うわぁ。どうしよう? どう答えたらいいの?
婚約してるし、前にスープを口移しされたくらいだから、きっと記憶がなくなる前はキスだってしてたんだろうな。
でも私はキスなんてしたことないから「いいよ」なんて軽く答えるのは、やっぱり無理だ。
エイデンの手が私の頬に触れた。怖いわけじゃないのに、思わず体がビクッとしてしまう。
ぷにっ。
エイデンの手が私の頬を軽くつねった。
「そんなに身構えなくても、無理矢理したりしねーよ」
エイデンがくすっと笑うと目尻に皺が寄った。
「レイナが俺を好きになるまで待ってやるから。俺の事を好きになったらすぐに言えよな」
笑顔のままのエイデンの声がやけに切なく聞こえて、私は頷くことしかできなかった。




