22.瞳をあけて
「レイナ、大丈夫か?」
まぶしさに耐えながら目をあけると、私を覗きこむ数人の姿が見えた。
誰?
全く見覚えのない顔に不安を覚え、起き上がろうとしてみてもうまく体が動かせない。
「大丈夫だ。無理せず寝とけばいい」
誰だか分からないけど、この人めちゃくちゃカッコいい!!
燃える様な赤い髪をした青年は、心配そうな顔をして私の顔を覗き込んでいたが、私と目が合うと優しく笑った。
「レイナ様、本当に良がっだでず」
小柄な女性が大泣きしながらハンカチで涙をぬぐっている。とにかく皆に顔を覗きこまれて、非常に居心地が悪い。
「私……」
一体どうしたのかしら?
そう尋ねようとしたけれど、喉がカラカラで声がうまく出ない。
「ビビアン、水を頼む」
男性の指示で、先程から大泣きしていた女性が水を手渡してくれた。
コクンと一口飲む。あぁ。冷たくて美味しい。
「ありがとう」
小さいながらも、やっと声が出せた。
「自分の名前は分かるか?」
なぁに、いきなり。もちろん分かるに決まってる。
「レイナです」
「じゃあ俺のことは分かるか?」
しばらく顔を見て、無言で首を横にふった。こんなカッコいい人、私の知り合いにはいないわ。
「そうか……」
男性は少し悲しそうな顔をした。
「じゃあ、この二人のことは?」
男性に言われた女性二人の顔をしっかり見るが、やっぱり全く見覚えがない。もう一度無言で首を横にふった。
「そうか……レイナ、こっちがビビアンで、こっちがミア。二人ともレイナの世話係だ」
「よろしくお願いします、レイナ様」
「レイナ、困ったことがあったら何でも言うのよ」
優しそうな二人にちょこんと頭を下げた。
「それから……」
男性が私の手に触れた。その瞬間、心臓がドクンと大きな音を立てた。
「俺はエイデン。お前の婚約者だ」
婚約者!?
こんなイケメンが私の婚約者だなんて! っていうか、なんで私は婚約者の顔も知らないの?
ダメだ。何も考えられない。考えたら頭がパンクしてしまいそう。
「どうした? 気分でも悪いのか?」
「いえ、大丈夫です」
緊張しているのか、小さな声しか出てこない。
ドアがノックされ、今度は眼鏡をかけた男性が部屋へ入ってきた。
「レイナ様、おはようございます」
カイルと名乗る眼鏡の男性はエイデンの従者らしい。
「レイナ、起きたんですね」
次に来たのは、これまたイケメンの……えっ!?
慌ててすぐ側にいたエイデンの顔を見る。
同じ顔!?
チラチラと二人の顔を見比べている私を見て、新しく部屋に入ってきた男性はおかしそうに笑った。
「エイデンと私を見分けられなくなったみたいですね」
いや、さすがに見分けはつくわよ。顔はそっくりだけど、髪の毛の色が全くちがうんだもの。
「レイナ、これはレオナルド。俺の双子の兄だ」
「双子……」
どうりでそっくりなわけだ。
ダメだ。二人の顔を見比べてたらなんだか疲れちゃったみたい。耐えられず横になると、慌てた顔をしてエイデンが私の顔を覗き込んだ。
「レイナ、どうかしたのか?」
「ごめんなさい、少し疲れてしまって……」
「もう少ししたら医者が来るから見てもらえ。また夕食の時間に来るから、ゆっくり休め」
そう言ってビビアンとミア以外は部屋から出て行ったんだけど、未だに自分の置かれている状況が理解できないもんだから気が休まらない。
ふぅ……私は一体どうしたんだろう?
とりあえず体が動かせないので、目を瞑ってぼーっとするしかない。眠ったのか眠ってないのかよく分からないような時間が流れて、夜が来た。
「レイナ様、もう少しで夕飯の時間ですが、少しでも食べられそうですか?」
ベッドに横たわったままの私にビビアンが尋ねた。
「ええ。少しだけお腹がすいてきた気がするわ」
「よかったです。エイデン様も、もうすぐいらっしゃいますよ」
どうやらエイデンは私のベッドの横で食事をするらしい。テーブルと椅子の用意がされている。
「私……パジャマのままだし、ベッドから起き上がれないけどいいのかしら?」
食事をする人に、こんな姿を見せて失礼にならないかしら?
「大丈夫ですよ。レイナ様が目を覚まされるまでも、エイデン様はこちらでお食事をされてましたから」
それはずっと寝顔を見られていたって事よね。うわぁ、大丈夫だったかしら? ヨダレとか垂らしてないといいんだけど。
しばらくしてやって来たエイデンは私を見ると、「顔色は良さそうだな」と言って笑顔になった。その笑顔の眩しいこと!! つい見とれてしまう。
私にはスープ、エイデンには一通りの料理が並べられると、ビビアンとミアは静かに部屋を出て行った。部屋にエイデンと二人きりって、何だか緊張しちゃう。
こういう時って、一体何の話をしたらいいんだろう?
「どうした? 食べないのか?」
相変わらず心配そうな顔をしているエイデンを安心させるためにも少しは食べなきゃね。私の前に置かれたスープからは湯気が立ち、おいしいそうな匂いがしている。
「いただきます」
あれ? どうしたのかしら?
スプーンでスープをすくおうとするのに、うまく手に力が入らない。スプーンが手から滑り落ちた。
「大丈夫か?」
「何だか手に力が入らなくて……」
手を握ったり開いたりしてみる。やっぱり少し握る時に力が入らない。
「少しエネルギーが足りなかったのかもしれないな。まぁ焦らなくてもゆっくりしていれば回復するさ」
そう言って、エイデンはスープを私の口の前に運んだ。
「ほら、口あけろ」
言われる通りに口を開け、エイデンからスープを飲ましてもらう。
「おいしい……」
スープはとても優しい味がして、乾涸びた体にすーっと染み込んでいくようだった。
「そうか」
エイデンはそう言って、嬉しそうにもうひと匙スープをすくって私に飲ませた。
食べさせてもらうのはありがたいんだけど、なんだか緊張するし申し訳ない。
「エイデン、あの……食べさせていただかなくても大丈夫なので……」
私の言葉にエイデンはひどく不満そうだ。
「仕方ない。じゃあ今から少しリハビリでもするか」
そう言うと、ひょいっと私のベッドに飛び乗った。
えっ?
エイデンは私の後ろにまわりこむと、手を握った。
どうしよう……
背中にエイデンの広い胸を感じる。
微妙にしか触れていないのに、まるで背中から抱きしめられているかのように体が甘く痺れてくる。
エイデンは私の右手にスプーンを握らせると、その手を優しく支えながら口へと導く。
「よし。上手に飲めたな」
耳元で囁かれ、心臓が飛び出そうなほど激しく音を立て始めた。
背中からこの胸の高鳴りが伝わってしまったらどうしよう。できるだけエイデンに触れないよう、少しだけ体をずらした。
「動くとこぼしちまうぞ」
エイデンの左手が私のお腹へとまわされる。がっちりと抱きしめられて身動きがとれない。そのまま私の手を動かしスープを口に運んだ。
「うまいか?」
耳に微かに息がかかり、ゾクっとする。
きゃー!! もう味なんて全然分からない。参りました。降参です。
「エイデン、ごめんなさい」
小さな声で呟いた。
「……食べさせてください」
「仕方ないな」
エイデンはフッと笑うと、スープ皿を持ち上げそのまま口をつけた。そして私の左頰に手をあて、くいっと首を動かした。あっと思う間にエイデンの唇が私の唇に重なると、こじあけられた唇からスープが流れこんでくる。
キャーっ、キャーっ、キャー!!
口移しなんてお願いしてないのに。
流れ込んできたスープを飲み込んだ瞬間、私の頭はドカンと噴火して意識を失ってしまった。




