1.出会い
深い深い記憶の底……
炎に囲まれて泣いている、あなたは誰?
「俺が化け物だから悪いんだ……」
ううん。違うわ。あなたは化け物なんかじゃない。あなたは優しくて強い私の大好きな……
あぁ、ダメ。もう思い出せない。
でも泣かないで。私は大丈夫だから。
「……いつか必ず迎えに行くから……俺が守るから……」
うん。約束よ。私が忘れちゃっても私の事覚えていてね。いつかまた出会えますように……
☆ ☆ ☆
はぁ、寒い。寒すぎて凍っちゃいそう。
かじかんで感覚がなくなった手をこすり合わせながら、はぁっと息を吹きかけた。凍りそうな程冷え切った指先にほんの少しだけ温かさを感じる。
「やっぱり冬の水仕事は辛いわね」
メイド仲間のミアも、同じように手を擦り合わせている。
「レイナは大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。もう少しで雑巾がけも終わりだから」
この屋敷の主人、サイモン ウォーカーは非常にケチな男で、メイド達にお湯を使うことを禁止している。真冬でも水しか使えない私達は、常に凍りそうな寒さと闘いながら屋敷内を磨かねばならないのだ。
私がこの広くて寒い屋敷でメイドとして働き出してからこれで5度目の冬。働き始めたのは13歳、たった一人の家族だった母が亡くなってからだ。
ここでの仕事はきついけど、メイド仲間には恵まれている。そして何より住み込みで働けるのが、家のない私にはありがたかった。
「さぁレイナ。早く終わらして休憩しましょう」
ミアがポンと私の肩をたたいた。家族のいない私にとって、3つ年上のミアは姉のように頼りになる存在だ。
「よしっ。もうひと頑張りといきますか」
二人で気合いを入れ、残りの掃除にとりかかる。それでもやっぱり冷たい水で雑巾を洗うのはキツイ。
あら? どうしたのかしら? 何だか下が騒がしいけど……
階下ではウォーカー夫妻と黒服の男がなんだか揉めているみたいだ。
あ、まずい。
気になって様子を伺っている事に気づかれてしまったかしら? 黒服の一人と目があい、慌てて視線をそらせた。が、その男は勢いよく階段を上がってきて私を担ぎあげた。
「ちょ、ちょっと……」
突然すぎて、悲鳴をあげる間すらなかった。
何が起こっているのか分からないまま馬車に投げ込まれたかと思うと、馬車は猛スピードで走り出してしまった。
一体なんなの? まさか誘拐とか?
って私みたいな貧乏人を誘拐するわけないか。
とりあえず一旦落ちつこう。腰を下ろして鉄格子つきの窓から外を覗くと、もうすでに見たことのない景色が広がっている。
私をどこに連れて行くつもりなのかしら?
私の不安なんてお構いなしに、馬車は休むことなく走り続けた。
どれくらい走っただろうか。馬車が止まり、容赦なく引き摺り下ろされた私はそのまま引きずられるようにして運ばれていく。
失礼しちゃうわ。まるで罪人みたいな扱いじゃない。
あんまりにもひどい扱いに抵抗したかったが、ひどい馬車酔いで吐き気がひどい。今口を開くのは危険すぎる。
黒服の男達はぽいっと投げ捨てるかのように、私を絨毯の上に放り投げた。
あぁ、いい感じ!!
私の固いベッドより何倍もソフトな絨毯の上に体を横たえたまま、大きくほうっと息をつく。
どうしよ。あんまりにも気持ち良すぎて起き上がれなくなっちゃいそう。
「おい、大丈夫かよ?」
心配そうな声がして、誰かが私を抱き起こす。その瞬間、目の前に赤い炎が見えた気がした。
「おい!!」
はっと我に返り、目の前の男性を見て息をのむ。
なんて綺麗な人……
炎に見えたのはきっとこの真っ赤な髪の毛だろう。私を心配そうに見つめるチョコレート色の瞳はとても澄んでいて、こうして見つめられると吸い込まれてしまいそうだ。
「おい、どうした? 具合でも悪いのか?」
「だ、大丈夫です」
赤髪の男は一瞬ほっとしたような表情を見せたが、すぐに眉間に皺をよせた。
「何だお前、この小汚い格好は?」
何だって言われても……これが私のいつものスタイルなんだけど。
なんせお湯代すらケチる男の屋敷で働いてるんだから、私のような底辺メイドがもらえる賃金なんてしれている。毎日食べるのに精一杯で、服装なんか気にしていられないわ。
「申し訳ありません。急いでおりましたので、着替えさせる時間がありませんでした」
私を連れてきた男達は必死で謝っている。
やっぱり何が何だか全くわからないわね。
吐き気はだいぶよくなったし、今なら話ができそうた。
「あなた誰? それに、ここはどこなの?」
「なんだ、まだ説明してないのか」
綺麗な男はふんっと鼻で笑った。何だか馬鹿にされたようで不愉快極まりない。
ムッとする私に、メガネをかけた上品そうな男性が、ここはフレイムジールだと説明してくれる。
フレイムジールですって?
フレイムジールは私のいた屋敷のある国に隣接する大国だ。いつの間にか私は国境を越えちゃったわけ?
「そしてこちらが……フレイムジールのエイデン王でいらっしゃいます」
エイデンが私を見てにやりと笑った。
フレイムジールは炎の一族が支配する大国で、その若き王エイデンはとても美形で、威厳があると有名だ。確かもうすぐ20歳の祝いがあるという話を聞いた気がする。
そっか、炎の一族だから髪が赤いんだ……
この世界には大国がいくつかあり、それぞれの固有の能力を持つ王族が支配している。能力を持つ者は、力を象徴する髪色をしていることは、皆が知っている事だ。
炎の能力を持つ者は赤い髪、水の力を持つものは紺、風の力を持つ者は緑……といった風に、皆はっきりした濃い髪色をしている。
それにしてもエイデン王は噂通りの美形ね。でも威厳があると言うよりは、横柄って感じかしら。
「ところでお前は何を持ってるんだ?」
何って、そりゃ……
「あっ」
エイデンに言われて、私はまだ雑巾を握りしめたままだったことに気がついた。
まるで汚いものでも見るかのように、エイデンの私を見る瞳は冷たい。結局状況が全く理解できないまま、再び引きずられるようにして部屋を追い出されてしまった。
何だか疲れちゃって、もう逆らう力も出ないわ……
半ば強引にお風呂に入れられ、綺麗な服に着替えさせられる。
「やっと用意が出来たか……」
待ちくたびれたという感じのエイデンと、向かいあわせの席に腰をおろした。
「少しは見られるようになったじゃないか」
「あの……」
聞きたいことがたくさんあった。
なぜ私は綺麗な服を着て、一国の王と向かいあって座っているのだろう?
「話は後にしろ。料理が冷める」
「でも……」
言葉を遮るように、私のお腹が盛大な音を立てた。
「くっ。賑やかな腹だな」
仕方ないじゃない。お腹すいてるんだもん。どうして私がここにいるのか分からないままだけど、この美味しそうな匂いには逆らえない。何だか分からないけど、もう食べちゃえ。
「ん〜、美味しい」
お肉なんて食べるの久しぶりだわ。このローストビーフは最高ね。
「はぁ、幸せ」
結局ペロリと全部食べてしまった。
「お口にあいましたか?」
「はい、とても美味しかったです」
満腹の幸福感を満喫している私を見て笑っていたメガネの男性がお茶を入れてくれる。
「私のことはカイルとお呼びください」
そう言ってカイルはニッコリ微笑んだ。その笑顔がとても優しくて、つられて私も笑顔になってしまう。
「カイル!!」
不意にエイデンが厳しい口調で呼んだ。
やれやれ……というような表情で、カイルはエイデンの方へ戻っていく。
何か怒ってるのかしら?
「あの……エイデン様」
「……エイデンと呼べ」
「えっ!?」
それは呼び捨てにしろってこと?
「そ、それは失礼なので……」
「構わない。俺がいいと言ってるんだ。いいか? 敬語も使うなよ。俺は堅苦しいのは嫌いなんだ」
「そう言われましても……」
そもそも大国の王と、ただのメイドである私がこうやって食事をしているだけでも異常な状況なのよ。堅苦しいのが嫌いと言われても、敬語なしというのは精神的に難しい。
「エイデン様、どうして私はここに連れて来られたんでしょうか?」
「だから敬語を使うなと言っただろう」
エイデンが明らかに不愉快そうな顔で声を大きくした。
「でも……」
「お前は俺の言う事を黙って聞いてりゃいいんだ。お前は俺の妻になるんだからな!!」




