第24話 未熟者
第七位階上位
「……?」
ふと暖かい物に包まれたのを感じた。沈み込んでいた意識が上を向く。
気付くと僕はダイヤの王に抱き締められ、頭を撫でられていた。
「……ごめんなさいね、ユキちゃん。義母とは言えこんなに幼いのに……わたくし、おいたが過ぎましたわ。もっと配慮して、言葉を選ぶべきでしたのに」
「……」
「揺り戻し、ですわね。不慣れな事も、銀の因子が強い事も分かっていたのに……未熟者が調子に乗って大切な人を傷付けて……ふふ、自己嫌悪はいつでも出来ますわね……今は、ユキちゃん、泣かないで」
泣いてない。
泣いてどうにかなる事では無い。
泣く理由が無い。
事実泣いていない。
そして泣く資格も無い。
そもそも何に泣くと言うのか。むしろ感謝するべき状況だ。愚者が正気に戻っただけの事。世界を憂う者の1人として出来得る限りの手を尽くし、今まで通り働くだけ。
僕は僕だ。これまでもこれからも変わらず。僕は僕——
「——ユキちゃん!」
神気を宿した大きな声が降って来た。僕の思考を妨げるには十分な気迫だ。神気にはこの様な使い方があるのか。
概念と言霊は切っても切れない縁がある。言葉に概念属性の魔力を乗せる事で、言霊を強化する事が出来るのだろう。使い方によっては精霊を呼び寄せたり、大気中に漂う神気を呼び集める事も出来そうだ。
或いはこれこそが神応の一歩前の段階に当たるコミュニケーション手だ——
「——それ以上自分を傷付けるのはやめてくださいまし。誰も喜びませんわ」
……傷付ける? そんな事してない。自傷行為なんてただの自己満足だ。僕はそんな事しない。
「……別に僕はいつも通り考察しているだけだよ? それに誰かを喜ばせるつもりも元々無いんだけど?」
「駄目ですわ。そうやって平然を装うのが一番いけない事ですの……そんな事をするくらいならむしろ泣いてくださいまし。そちらの方がずっと良いですわ!」
「……泣いてと言われてもね。泣く理由も意味も無いし」
「ユキちゃん……銀は感情を殺すのですわ。ユキちゃんは今びっくりしているだけですの。それ以上銀に心を明け渡さ無いで……戻れなくなりますわ」
「……戻るも何も。僕は僕、変わらないだけさ」
銀は精体を鈍麻させると遊技神は言っていた。冷静になる事は正しい事だが、同時に感情を殺す事にもなるらしい。
まぁ、だからどうしたと言う程度の事だが。
僕は僕。慌てる様な事でも無い。ただ変わらないだ——
「——それだとお父様が悲しみますわ」
ダイヤの王はキリッとキメ顔でそう言った。
「……まさか。無いよ。だって金の神は凄い神様なんだから。そんな些末な事で——」
「——お父様は!」
また、言霊で遮られた。
その叫びには感情が乗っている。
自信満々で、誇り高く、そして何より自慢気に——
「——わたくしの事も口説きましたわ!」
——言い放った。
「は?」
……親子で……いや、そんな……でも神だし……兄妹でとかも聞く話だ。いやでも……実子を口説くってどんだけ軟派なんだ。ヤバイ奴だ。
「因みにわたくし、実の娘と言うよりお父様の魂の欠片。見方によってはお父様の髪の毛みたいな存在ですわ!」
「ふ、ふーん。それは……神様的にどうなの?」
と言うかそれは分裂した様なモノなのかな? 単為生殖? それともただの分身で自分の事を口説いてるみたいな感じかな……異常性癖? 自分好き過ぎな——あれ? ……普通か。
「正確には……遥か昔のお父様の分霊が数度の転生を得たのがわたくしで、全くの別人とも言えますわねー」
成る程……転生者の魂は転生する毎に徐々に別の物が混じり、時に削れ、大きく変質して行く。
状況にもよるだろうが、2回、3回と転生すれば、その性質は大分変わって来るだろう。
それに確かに、ダイヤの王から感じる気配は金の神の物に近いが、そうとはっきり言い切れない程には違っていた。
それは……娘とも言えるし全くの別人とも言える、微妙なラインだ。
それらを決められるのはやはり当人達だけで……その上で平然と愛を囁けるのなら……金の神は凄い軟派野郎だ!
ダイヤの王はその時を思い出しているのか、やや呆れた様に、そしてそれ以上に愛おし気に頷いている。
……なんかちょっともやもやするぞ。
「えぇ、えぇ。わたくしもパートナーのいないフリーなのは間違い無いですわ。それにお父様程魅力的な方はそうそういませんもの。わたくしも悩みましたわ……」
「そ、そう」
「ですが、決めましたの。お父様はやっぱりお父様ですわ! …………正直あと一回くらい転生してたら……今頃はユキちゃんの、姉に…………はっ!?」
「待て」
はっ!?てなんだ。それは良いのか。曲がりなりにも一度父と仰いだ相手と結婚するのを良しとするのは……いや、でも神様的にはOKなの?
それに良く考えると単に自分が好きなだけの延長線上であって、優れた己を愛するのは至極当然の感情……だよね?
「くぅ……まさかお父様、それが狙いでわたくしとユキちゃんを引き合わせて……」
「え、えぇ……僕、ダシに使われたの?」
「いえ、むしろこれは一石二鳥の策。わたくしがユキちゃんを妹にするには、わたくしとユキちゃんがお父様と結婚するしかない。流石はお父様。感服しきりですわ!」
なんか、満更でもない感じだし……もう何が何やらだ。
ただはっきりとした事は、金の神は僕が思っていた以上に軟派で俗物かもしれないと言う事だ。
…………うぅ、もやもやしてたのがスッキリしてるのに対してもやもやするぞ。
「……はぁ」
まぁ、いっか。悩みが無いのは良い事だし。切り替えが大事だ。うじうじするのは非合理的だ。
それはそうとして……。
「……満更でも無いって感じだけど。君はそれで良いの?」
僕の問いに対し、彼女は最初の時から変わらず、自信満々に胸を張った。
「えぇ、良くってよ。そうですわね……ユキちゃんに分かりやすく言えば、わたくしにはあのお方の分霊として、所謂子機としての感覚が微かに残っておりましたの。それに従ってお父様と呼んでいましたが……それが甘えである事も理解しておりましたわ! ……ついに独り立ちの時が来たのですわ!」
お父様から独り立ちしてお父様だった人と結婚するのが問題だと僕は思うのですが、本人が納得しているのならノーコメントで。
「お父様は狙った獲物は決して逃さないお方。わたくしも年貢の納め時ですわね……何より、お父様と契りを結べばユキちゃんを自由に出来る所がポイント高いですわ!」
「自由には出来ないと思うけどね!」
……でも…………ちょっとだけなら良いよ。
彼女は仮にも神。そう言う風に心が動く事は想定していた筈。
それを言霊にして口に出したと言う事は、自らの行く末を決定付けたと言う事になる。
態々そんな事をしたのは、僕の心を慮っての事だろう。
神応では不味いと判断してレベルを下げて会話してくれたのだ。
金の神に愛されて無かったとしても、彼女がいればきっと楽しいだろう。
……ちょっとくらいなら自由にしても良いかな。
「ふふ、ユキちゃんが少し持ち直した所で、良い事を教えて差し上げますわ!」
「ほう?」
良い事? 何だろう。
少し……ドキドキしながら次の言葉を待つ。
そしてダイヤの王は、何時も通り自信満々に言い放った。
「わたくし、ユキちゃんの娘なら妹として愛せますわ!」
「なんで!?」
おかしい。ダイヤの王の思考回路がおかしい! そして僕のお腹を撫でるな!
「ユキちゃんはまだ誤解しているのですわ! お父様がユキちゃんを狙っているのは話した通りですの! ユキちゃんみたいに可愛い子は皆大好きなのですわ!」
「……そ、それは、でも……」
「でももだってもありませんわ! 自分を卑下するのもいい加減になさいませ! ユキちゃんはむしろ皆に狙われてますわ! 争奪戦ですわ!! 第一……お父様にだって人を選ぶ権利くらいありますのよ? 愛には愛を返しますが、歪んだ愛は矯正してから返しますの。その点ユキちゃんは真っ直ぐで初々しくて、見てるこっちが恥ずかしくなるくらい……もはや恥ずかしい人ですわ!」
「そ……そこまでじゃない、もん……」
……そこまでじゃない、よね。
「そんなユキちゃんに良い情報ですわ!」
あぁ、今の前座だったのか。
「実は、お父様は肉体的にも霊体的にも……童貞さんなのですわ!」
「!?」
かつて無い衝撃が僕を襲った。





