第12話 冠成の美味い物
第七位階中位
砂利道の道中襲撃して来たアヤを籠絡した。
本来なら、伝統に則り鈴御霊である僕は鈴守の御神体、『三寸鳴金鈴珠』の代わりに鈴御前と言う部屋でずっと待機していなければならない。
しかし、アヤもリンカちゃんも、それ以外の全員も、そんな事は無意味なのだと知っている。
要は、僕が脱走するのは全て暗黙の了解なのだ。
止めようとするアヤとリンカちゃんは、ただただ職務に忠実に、鈴御霊の御前に立つ鈴巫女として鈴御前に鈴御霊を安置しようと動き、失敗して従属しただけなのだ。
本当は暗黙の了解に則り、僕を無視してくれるのが一番だが、それをしないのもまた予定調和。
つまりは、僕を止めると言う建前を笠に着て僕の体を堪能しようと言う、犯罪者予備群的思考に基づく当然の帰結であった。
多少走ったくらいで気になる程の汗はかかないが、流石に体温の高いちびっ子3人が固まっていると汗もかこう物である。
その上今は、強い日が照る夏の昼。
幾ら山の上にいると言っても、こんな仕打ちを受ければ暑くもなる。
また後で身を清める必要があるかな。
◇
「これはこれは……鈴巫女様、何か御入用でしょうか?」
倉庫前で忙しく働いていた巫女さんは、此方に気付くとアヤとリンカへ挨拶した。
……決して僕が無視された訳では無く、ただ鈴御霊に声を掛けて良いのは鈴巫女だけだからなのだ。
だがしかし、今は僕は鈴御霊では無いので、声を掛けてくれても構わんのだよ?
「やぁ、和海。ちょっと中に入るよ」
僕のフランクな挨拶に、和海はニコッと微笑んだ。
「ええ……一昨日からひっきりなしにお届け物が来てるから、きっとユキちゃんの気にいる物もあると思う」
「うん、そうだと良いねぇ」
軽く手を振り和海と別れ、会う度に立ち止まって頭を下げる巫女さんやお手伝いの人達を労いつつ進み、倉庫の物色を開始した。
◇
御鈴山は、東に緩やかな坂道があり、西には鈴守管理の自動車道がある。
坂道は天界の客人向け宿泊施設である鈴守の離れ屋敷に続いており、車道は一番上まで登る事が可能だ。
ちょうど西側にある倉庫の直ぐ前に来れる様な作りになっているので、荷物の運搬に関しては過剰な疲労は無い。
……まぁ、送られて来る物が物なので、時には1人2人じゃ持ち上げられないのもある。
例えば……。
「きゃっふー! 東境のマグロがあるよー! 今日は海鮮丼だねっ、おにぇちゃん!!」
「西境の紅玉牛もあるよ! 今日は焼き肉で決まりだよっ、ゆっきー!!」
寒い冷凍室の中で、やや薄着と言っても過言では無い巫女服を来た2人がきゃあきゃあ叫ぶ。
……僕は更に薄着なので、もっと寒いけどね。
アヤがペチペチと叩いているのは、東海溝産の大鮪。
特に大きい物は5mにも到達するとされている巨大なマグロで、鈴守神社に届けられるのは特に良いものだけ。
蒼玉を冠せられるこのマグロは、総重量600k程で、解体は困難を極める。
まぁ、うちには専属料理人とか力自慢の男衆がいるので、何とかなるだろう。
一方リンカちゃんの方は、吊るされている巨大な肉の塊。
西海溝に接する境で育てられている牛は、西海溝の魚介を飼料にしており、世界に誇れる冠牛の中でも特に優れているのが、紅玉の名を冠する紅玉牛である。
バカみたいにデカくてバカみたいに高く、とてもじゃないが一般的な肉屋には並ばない。
その殆どは1〜3頭分を冠成の各友好国に当て、解体されて大規模な競売に掛けられ売買される。
紅玉牛はどんなに安くとも億はくだらない超高級牛で、此方もマグロ同様一番良い物が鈴守に送られるのだ。
「……それじゃあ今夜は人も多いから……両方で良いんじゃないかな」
「やっふー! マグロマグロっ!」
マグロ以外も食べてね。
「いぇーい! お肉お肉っ!」
野菜も食べてね。
いやまぁ、野菜だって境産の高級な翠玉野菜ばかりで美味しいから食べるだろうがね。
取り敢えず牛とマグロは今夜出す様に言っておこう。……ユミに。
「……で、僕の桃は?」
「……」
「……」
……。
「……あ、あっれー? 今年はまだ届いてないかなぁー……」
「……み、見当たらないよぉー……と、届いてないだけだよ多分……きっと……」
…………。
「……まぁ、別に必要な訳じゃないし…………」
毎年早くに来てるのに何で今年はないのか。生産地に直接問い質す必要があるだろう。
「ま、まぁまぁ。うん、おにぇちゃんが好きな青い宝石が来てないか見に行こうよー!」
「そ、そうだよゆっきー! 他にもなんか凄い人形が送られて来たって誰かが言ってたよぉ!」
「うん、じゃあ見に行こうか」
そう言うと、僕等は冷凍室を後にした。
◇
倉庫を順繰り巡って行き、ぬいぐるみと人形が安置された部屋に来た。
そこにあるのは、各地の人間国宝たる職人が作ったぬいぐるみや人形で、一体何百万もする様なお宝ばかりである。
残念ながら身内にはぬいぐるみが大好きと言う子もおらず、毎年何体かは余ってしまう。
2年以上置いてある物はずっと倉庫に置いとくのも悪いのでオークションに出品される為、今此処にある何体かも今年でさよならになるだろう。
まぁ、今年は人形大好きなミサキがタクの婚約者候補として身内入りしたので、余り物は全部ミサキに押し付けよう。
いやー、当主として貰った物を売っぱらうのは心苦しかったし、良かった良かったヨ。
それにしても——
「おにぇちゃんぬいぐるみ可愛いぃ〜!」
「ゆっきーぐるみゲット!」
——何で今年は僕のぬいぐるみがこんなに一杯あるのだろうか?
僕のぬいぐるみが台の上に20体くらい並べられており、そこはかとなく不気味さが漂う……いやまぁアヤとリンカちゃんは喜んでいるみたいだが。
20体+その周りに置かれていたその他のぬいぐるみを抱き締めて戯れる2人を見つつ、僕は台の上に腰掛けた。
……そう言えば、今年は15になって僕へお披露目しに来る人達が多いみたいだし、そう言う話を事前に職人さん達にしていたのかもしれない。
…………つまり、僕ぐるみを僕が皆へ配れと? ………………うん、きっと喜ぶな。
僕ぐるみを抱き締めて喜ぶアヤとリンカちゃんを見て、僕はそう結論付けた。
「……ん?」
ふと、違和感を感じた。
リンカちゃんは『凄い人形が送られて来た』って言ってたけど……アレはどちらかと言うと『凄くぬいぐるみが送られて来た』が正しいだろう。
と言う事は……人形が別にあると言う事ではないだろうか?
そう考えると、僕が座っているこの台……まるで棺桶みたいに見えるけど……まさかね。
立派な装飾で祭壇か何かにも見えるその台の上板を軽く持ち上げようとすると……音もなくその蓋は動いた。
中を覗き込むと——




