第9話 ようこそ鈴守へ
※ネット小説大賞七、一次選考を通過しました
第七位階中位
青葉香る風が吹く、見上げる程に長い階段。
それを登り切った先の大きな広場では、大人達が屋台の準備を進めていた。
——此処は守界。
最初の鳥居を地界門とし、次を守界門と呼ぶ。
名の通り、守界はかつての守りの要。
所々に名残の物見塔が改修されて残され、広がる三重の池と雅な橋は、埋め立てられた3つの堀の跡。
壁はいつの代からか取り払われ、各所の灯篭は僕が産まれたくらいの時に、電気で光を灯す様になった。
遥か昔から続く伝統に則り、今代の護鈴役は此処を主に見回る。
かつて戦場だった守界層は、5つある他の界層よりも広く、御鈴山の東西に掛けて広がっており……夏なんかは広場の一部を貸し出して朝のラジオ体操等をやっていたりする。
適当に挨拶をこなして、次に進む。
2番目は、縁界。
今は小さな社と社務所だけがあるが、昔は縁ある人をもてなす表の顔があった場所。
東には小道に沿った庭があり、西は新しく作られた花園がある。
3番目は、桜界。
今は休憩所があるだけの此処は、東を経由して北東に進むと、桜庭家が管理する桜園がある。
広大な桜園は守界層程もあり、見頃には浅い所を解放したりもするのだが、今は夏なので閉鎖されている。
桜園へ向かう道である東桜界道は、音葉高校の生徒達が出展する学生祭場がある。
鈴守の縁者が指導、管理をして設営、警備しており、5年程前、リナが入学した年から此処に学生祭場と言う場が作られた。
当代宗主はサトリだったので……要は過保護な訳である。
来ている生徒は、音葉高校では夏組、または鈴祭り組と呼ばれる人達で、最低人数は1クラスの半分。
後の半分は秋組、または音祭り組と呼ばれており、その実両方に参加したいと言う人が結構多いので、そう人員に困ったりしない。
悲惨なのは部活動だ。
各所に人員を取られるので、鈴の音祭りも音葉祭でも少ない人数でやらなければならない。
……それでもやるのが音葉流らしいが。
1-Aも委員長がその辣腕を振るい、夏組を統率している。
4番目は、天界。
此処は普段の祭事場で、鈴巫女が舞う場所だ。
東側の道を進んだ所には鈴護の管理する客人用の大きな館があり、そこから更に進んだ北側には鈴守の私有地である広大な森を見渡せる高台の広場がある。
この界層には基本的に神楽舞の時以外余人の入場を制限している。
最後、一番上は、山の頂上を囲う様に存在する鈴護が管理する鈴守の屋敷がある。
名前は、冠界と言い、鈴守に縁ある者以外は決して入ってはいけない禁域である。
北側には鈴巫女が身を清める小さな滝と湖があり、鈴巫女や巫女以外は基本的に進入禁止。入ったら何か天罰的な何かが起きるらしい。
普通は迷い込んだりなんかしないが……女性が迷い込んだ時は、その場で直ぐに鈴守の巫女補佐になる事で天罰を回避出来るらしい。ユミとかそれで巫女役になったのである。
そんなこんなで長い階段を登り、御鈴山の軽い説明を新参のミサキとケイに説明した所で、冠界に到着した。
◇
「りんちゃんおーす!」
「あやちゃんおーす!」
そんな挨拶を交わすのは、僕の妹で本家筋のアヤと、分家であり、系統上僕とタクそれぞれの従兄弟にあたる鈴護の凛花ちゃんだ。
彼女は巫女装束でアヤとハイタッチした後、続け様に桜庭姉妹ともハイタッチを交わし、次に僕に近付いて来た。
「ゆっきーを——」
「——おは——」
「——ゲットォッ〜〜!!」
伸ばされた手は高速で僕の腋に滑り込み、同じ身長体格だと言うのに僕をひょいっと持ち上げた。
リンカちゃんは僕を持ったままタクを一蹴りすると、勢いそのまま本殿に走る。
相変わらずパワーに溢れているが……筋肉痛になっても知らない。
まぁ、連れ去られる前に声だけでも掛けておこうか。
毎年恒例だが、今回は新入りもいるしね。
「ようこそ、鈴守へ!」
◇◆◇
場所は畳の匂い香る客間の一つ。
閉じられた障子の先には、この部屋用に誂えられた庭園があり、所々に置かれた小物は品がある。
……きっと床の間に置かれてる壺なんかは目玉が飛び出る程の値段だったりするだろうなぁ。
「それじゃあおさらいするぞ?」
気を取り直してそう切り出し、ミサキに先の説明を繰り返す。
「鈴守は鈴守神社の祭祀を執り行う一族で、鈴守神社は知ってる通り、鈴の音祭りで有名な鈴守神社の総本山。要は本拠地だな」
「やっぱり、ユキってそうだったんだ……」
少し呆然としながら落ち着かない様子のミサキ。
付き合ってたらキリが無いので、先に進む。
「んで、前に説明した通り、祭り中に俺たちがやるのが、護鈴役っつぅので……元は鈴守の巫女を守る守衛だったとか言う奴だな」
「えと……警備、みたいな?」
二度目の説明にしてようやく色々と飲み込める様になったらしいミサキは、もうすっかり冷めてぬるくなったお茶をコクリと飲んだ。
……西境で作られた最高級の茶葉、『翠玉』の名を冠せられる西境茶葉の一つで、100g……1800万とか言ったっけ?
……頭おかしいわー。
「警備ってか……賑やかしって感じかね? テレビで見た事ないか?」
「あ……ある。仮面つけてる、侍の」
「そう、それだ」
本当は侍じゃなくて護鈴十二武天とか言う連中で、武器も刀だけじゃなくて金棒とか槍とか弓とか色々だけどな。
「袴着て仮面つけて刀持つの……?」
マジで? と言わんばかりに少し引き攣った顔で聞いてくるミサキ。
まぁ、正確には……。
「袴着て仮面つけるが……武器は得意な物だな」
「得意……大剣……」
大剣か……。
「……確か幅広ので6キロくらいだったな……持てるか?」
「うーん……ゲームみたいに片手でブンブンとかは無理だけど……両手なら使えるわ!」
「おけ、大丈夫だな」
自信満々に言い切ったが……何時間も背負って練り歩くのは結構キツいからなぁー。
まぁ、ペアで回る事になる訳だし、休憩何度か挟めば大丈夫か?
「俺たちが回る場所は桜界の人が少なめの場所だ。護鈴役の仕事は祭りの間の4日間。今日も入れて後2日は他の細かい仕事を手伝う訳だが……何か質問は?」
そう問う俺に、ミサキはしばし悩んだ後、口を開いた。
「……え、えーと、その……宮代は…………お、お祭りの期間って、昔は長かったり短かったりしたみたいだけど……なんでなの?」
少し頰を赤くしながら聞くミサキ。
確かに、知ってて当たり前の事だし、聞くのが恥ずかしいのは分かる。
まぁ、聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とも言うし、真面目に答えてやるべしだな。
「祭りの期間は当代の鈴巫女の人数で決まる。今年はリナさんとアヤちゃんとリンカちゃんの3人が鈴巫女だから4日間だな」
「……4日? ……あれ? ユキは?」
ミサキは首をかしげた。
疑問に思うのは仕方ない。伝統に則るなら、鈴巫女の人数=日数なのが正解らしいからな。
「ユキは鈴御霊だ」
「鈴御霊? ……神様役って事?」
「……そうかもな」
実際、鈴御霊役が出来たのはユキの二代前。当時鈴守きっての天才だった、鈴守弥生が産まれてからだ。
当時は良く知らんが鈴守も離散の危機だとか何とかで、産まれて来た天才の鈴守弥生を神の依代として祭り上げる事で、危機を逃れたんだとか。
そこを、本来なら現人神として祀られる筈だった鈴守弥生は鈴守を纏め上げて直ぐに結婚して子を成した。
産まれて来たのが、ユキの母親。鈴守悟。
天才が鬼才を産んだとして、サトリさんは祭り上げられ、何やかんや騒動があってユキが産まれた。
天才が鬼才を産み、鬼才が神才を産んだ。
だから、鈴御霊って言うのも、その発生時から今代に至って、正にユキを神と称え祀る為の役職なんだろうな。
「祭事の詳しい内容と意味は俺も良く知らんし、説明が欲しかったらユキとかに聞いてくれ」
説明と言やぁ……ケイも今はユミに話聞いてんのかね? ……ユミはマジで忙しいからなぁ……やっぱりケイも俺が教えられれば良かったんだが……。
そんな事を考えていると、未だ頰に朱をさしたままのミサキが、おずおずと聞いて来た。
「そ、その……説明っ……どうして宮代が?」
心なしかさっきよりも赤くなっている様に見えるミサキの言葉……言葉だけだといまいち要領を得ないが、つまりは何で俺がミサキに付いて色々手解きしてるかっつぅ事だよな。
「あー……一から説明するとだな」
そもそも、鈴守繁栄の要因は、鈴守の縁者が積極的に味方を増やす立ち回りをして来た事だ。
ところが、近代の情報化社会が形成されるに従い、基本的には上位者たる鈴守やその縁者に唯々諾々と従って勝手な事をしなかった新入りが、悪気一切無しで宗主以外入ってはいけない場所とかに入ったりする様になった。
これはいかんと言う事で、鈴守に受け入れる者はしっかりと教育が出来る人数まで。
つまり、年に一度、その者が最も信頼する、または優れていると思う者を1人指名し、鈴守の縁者として迎え入れる様になった——
「——と言う事だ」
「……も、最も信頼……」
「最近じゃあ招待券なんて言ってるが……昔は同性なら最も優秀で信頼できる部下や親友、異性なら婚約者を指名してたらしいし……正確には御披露目とか、紹介け——」
「——こ、こここんっ!? わっ、わわわっ!?」
「危ねっ!?」
急に慌てだしたミサキが、手を滑らしてお茶が入ったままの湯呑みを転がした。
咄嗟に布巾で溢れたお茶を堰き止め、最悪の事態は防げたが……肝が冷えたわ。
……ってかこれだけで一体何万……いや、考えるのはよそう。
「ご、ごめん、わ、私……」
「良いって……まぁ、緊張すんのも仕方ねぇが、長い付き合いになるんだし、その内慣れるさ」
「う……うん……」
……いやー、慣れるかなぁ? ユキが招待しろって言うから呼んだけど……一杯50万のお茶零しただけで落ち込んで俯いてる様じゃなぁ……夕飯みたらひっくり返るんじゃね?




