第165話 英雄の津波
第五位階上位
進むと同時に光が灯る。
果てなき闇を切り裂いて。
それはまるで未来の暗示。いや、製作者の願い。
——この道を行く者は皆英雄でなくてはならない。
封印を成した誰かが、そう語りかけている様な気がした。
長い階段を越えた先の大広間。
ここで問われるのは——戦いの覚悟。
しかし、ここに来て今更彼等に問う事は何も無い。
振り返る必要すらない。
ただ、前へ——
◇
開け放たれた扉から、負の霧が溢れ出す。
邪神退治の為に迷宮に溜め込まれている生属性魔力を少し解放し、雪崩れ込む負の力を押し返した。
闇を払い退け、扉の先へと歩みを進める。
奥の広間に立ち込める底の見えない暗闇を、青白い光を放って斬り払う。
見えて来た物は——
——松かさの様な謎のオブジェだった。
僅かに開いたかさの隙間から負の霧が放たれ、私が放出した生属性魔力に触れて溶け消える。
間違いなく負の化身の一片であるが、負の化身特有の邪気とも言えるそれを感じられなかった。
「……たま、ご?」
誰かがそう呟いた次の瞬間——
——ピシッ!
亀裂が走った。
同時に邪気が溢れ出す。
まるで解放の時を待ち望んでいたかの様に、一筋の亀裂が広がって行く。
黒霧達が邪神を囲む様に定位置に着いた所で、それは生まれ出でた。
邪神竜の断片 LVー
割れ砕けた殻が負の霧となって霧散し、小型の黒竜へと吸い込まれる。
——紛う事無き負の化身。
邪神の断片は牙を剥き、産声を上げようとした所で——
『それじゃあ、作戦開始』
『任務了解、結界を作動します』
——精霊達が殴り込んだ。
◇
結界は三重構造だ。
最外殻の結界は、薄められた邪神の気配だけを通し、ちびっ子達に邪神の脅威を見せ付ける。
次点の結界は、一定以下の質量になった負の化身だけを通し、仙人達と2鬼にそれを狩らせる。
最後の結界は、2番目より大きな負の化身を通し、それを私が適当に間引く。
三重結界の内部では、6人の精霊帝が生命力を発散させながら邪神の断片を撃破する。
ただし、懸念もある。
それは邪神の断片が小さい事だ。
先ず持って力の大きさ自体以前狩った邪神の断片より大きいのに、それが凝縮されて質が上がっている。
それにより、此方の攻撃は効き辛く、彼方の攻撃は効き安くなっているのだ。
前回と同じくリベリオンが戦っていたら、殆ど削れる事無く終わっていただろう。
幸い此方はほぼ同格で同質の精霊帝が戦っているので、削り取ると言う点に関しては順調だ。
此方が深追いすると、対消滅させられて無駄に深手を負う事になるので、嬲り殺す様になってしまうのは仕方ない。
ヴェルガノンの右拳は尊い犠牲になったのだ。
また、分かった事として2つ。
卵型は奴等の防御形態であると考えて間違いないだろう。
同時に己を濃縮させる為の蛹形態であるとも考えられる。
この地の結界はさながら砂で石を削るかの如く、殆ど意味のない状態であったに違いない。
更に、この結界内部の様相から帝国の動きに込められた意味も理解した。
戦争を起こして暴虐を振り撒き、人々が生み出す負の力を増やして邪神の断片や邪神の解放を狙っているのだろう。
やる事と言えば大方、大戦力で追い詰め、散々甚振った上で虐殺する物と考えられる。そうすれば効率的に負の力を吸収出来る筈だ。
現状帝国深部の情報はまるで無いから何とも言えないが……もし帝国にいる筈の邪神の断片が、邪神の居場所とその封印の解除法を知っているのだとしたら、もう残された時間は少ないのかもしれない。
何せ、帝国内部でさえ、貧富の差と権力の暴走で今尚人々が苦しんでいるのだから。
ともあれ、今は邪神の断片を撃破するのが先である。
流れて来る黒蜥蜴を適度に粉砕しつつ、安全な外側から様子を見る。
先ずは黒霧。
戦場に6人いる黒霧は、当然皆同じ無表情だが、戦術の幅を広める為に其々が其々違う装備を身に付けている。
続いてちびっ子達。
ぐーたんは、与えた黒い槍を握り締め、険しい表情で主に仙人達の様子を見ていた。
まぁ、見て参考になるのは彼等なので、当然と言えば当然だ。
いつもおねむなしゅーたんは、今は目を大きく見開いてじーっと邪神を見ていた。
流石に負の化身を前にしては眠ってなどいられないらしい。
あーたんの方は、大丈夫と言っていたが、真っ青になって戦場を見詰めていた。
怖くとも律儀に見学を続けるのは、彼女の良い所だ。
あーたんと同じく真っ青になっているめーたんは、うーたんと手を繋いでいた。
きゅっと握られたもう片方の手を見ると、まるでめーたんを中心に三姉妹が並んでいる様に見える。
実際、めーたんの臆病な部分を支えているのは、手を繋ぐうーたんと魂を同じくするれーたんだから、見間違いとは言い切れまい。
対するうーたんは、めーたんと手を繋ぎながらも、目が合った私にもう片方の手を振って来ていた。
それは胆力故か、信頼故か。
思えば最初に会った時も、うーたんはめーたんを庇って死んでいた。
うーたんが泣いたのは、遊技神がイタズラを仕掛けて来た時だけだ。
或いはもしかしたら、死して消えたウーラの残された想いが、うーたんを守っているのかもしれない。
続いて中の仙人と2鬼。
此方は、白夜が最外殻の壁に張り付いてひたすら過剰攻撃をしている以外は特に問題も無く、私が間引いた負の化身の欠片をしっかり処理出来ていた。
しっかりと安全に撃破出来るラインを見極めて間引いているので、当然と言えば当然だ。
……白夜は他の子よりもかなり過剰に迷宮から魔力を引っ張っているので、白夜の方に多く欠片を送っているのは仕方ない事なのだ。
ざっと其々の様子を観察する。
先ず例の白夜は、ピーピーと何やら言っているが、その実怖いと思い込んでいるだけで本当は大丈夫なのだ。
本当にダメなら言の葉を紡ぐ事すら出来ないのだから。
アニスと紅花は、同じく火精に名を与えられた者同士通じ合う何かがあるのか、連携しながら拳で欠片を排除していた。
まぁ、彼女等は基本戦闘狂だが、ちゃんと気遣いも出来るし礼儀もあるので、馬が合うと言うのも納得だ。
他の5人は、主に出過ぎるアジェをナーヤが補助しつつ、最前線で盾を鈍器に使うグルガスを偶にナーヤが補助し、お互いに援護しあって安定して戦うクラディ&ゼーレペアが偶に目算を誤った時にナーヤが補助していた。
……ナーヤ、ちょっと増えた方が良いじゃないかな?
と言うか、ナーヤが甲斐甲斐しいからミスが多いのかもしれない。
まぁ、アジェは大振りな攻撃が必要な鎚使いだし、グルガスは守る事に特化した盾でひたすらに攻撃する必要がある上敵は小さいのの群れ、クラディ&ゼーレに至ってはそもそも召喚士や従魔使いだ。
こうなるのも致し方ないだろう。
……こうしてグンガーダことぐーたんはナーヤ先生に惚れちゃったりするのだろう。そう言うお年頃だしね。
最後、精霊帝達。
此方は、主にヴェルガノンとベスタ、グリドアが邪神の断片へ近接攻撃を仕掛け、シャルとハイネシアさん、アルケレーネさんが遠距離攻撃や飛び散った欠片を押し流したりしている。
この分なら、もう間も無く邪神の断片は完全に消滅するだろう。
精霊王6人なら誰かが犠牲になったやもしれないが、精霊帝6人は過剰戦力だ。
……まぁ、安全を考慮しての編成だから仕方ないね。





