閑話 一歩前へ 一
第三位界下位
久しぶりの世界へ降り立った。
なんのしがらみもない、抜けるような青空。
現代にはそうそうない、木と石造りの街並み。
β版と違うのは、色と人。
見回した家屋はただの石造りだけではなく鮮やかな配色に溢れ、辺りを彷徨くのはゴーレムではなく、数は少ないが明らかにプレイヤーじゃない人間のNPC。
街の規模はβと比較して遥かに広大であり、フィールドの広さに期待も大きい。
この無限のフロンティアに踏み出すような感覚が、このゲームの魅力の一つなんだよなー。
そうと思いながら一歩踏み出そうとした次の瞬間——
「俺が来たぞー!!」
「っ!?」
――隣で辺りを見渡していたプレイヤーが奇声を上げた。
共感性羞恥の到来を予見し、すぐにその場を離れる。
「……」
……まぁでも、気持ちは分かるんだよなー。
「……ふ、ふっふ」
小走りしながら、多くのプレイヤーたちの騒めきを聞く。
どれもが喜びと驚きに溢れ、次第に俺も面白くなって来て、つい笑みが溢れてしまう。
そうだな、どこまでもリアルで、すごくワクワクして、来たぞーって叫びたくなるんだ。
でも俺はちょっと違くて、そう——
俺はまた、どこまでも澄み渡る青空を見上げた。
「——戻って来たぞ……!」
この自由な世界に……!
◇
——体が軽い。
鉄の槍を背負いながら、石畳の道を風にでもなったかのように駆け抜ける。
この体の爽快感が人によっては一番の、このゲームの魅力的な点だ。
まるでアスリートにでもなったかのように体が軽く、どこまでも行けそうな程に力に溢れ、リアルではどこか霧が掛かったような思考がここではクリアになる。
感覚や状況からか、果てしない程の開放感。
これで狩りに行った後の、心地よい疲労感や充足感も、また良いのだ。
所持アイテムやメニューの確認を終え、開け放たれた大きな門から外に出た。
「すぅ……はぁー」
深く深呼吸をする。
広がる草原の、青臭い香りが肺いっぱいに満ちた。
都会じゃそうないその匂いが、一層非日常を感じさせる。
「……よし」
暫し草原を眺めたところで、早速槍を手に持ち探索を始める。
事前の連絡によると、仲間との集合時間はおおよそ十五時程度と見込まれている。
一度状況整理をした後連絡し、集合地点を決めるのだとか。
その間に、俺は俺で獲物の調査とかをやっておこう。
後は……一データとして、狩りをしながら街の周りを一周して、街の規模感を調べておくのが良いか。
草原を壁沿いに歩き出したところで、早速最初のエンカウント。
「おお——わっ!?」
そんな情けない声を上げつつ、草むらから飛び出してきた何かを回避する。
バランスを崩しかけたが、どうにか槍を地面に突いて堪えた。
草むらから飛び出して来たのは——
「兎かっ!」
再度突っ込んでくるそれを、今度は余裕を持って避け、次に備えて槍を構える。
「らっ!」
「ギュッ」
槍を横なぎに振るうことで、どうにか的を捉えてぶっ飛ばす。
だが兎は派手に転がった後すぐに立ち上がり、一撃くらったように見えない速度で突っ込んで来た。
「おらっ!」
それを再度迎撃。
兎はまた吹っ飛び、今度こそ突撃の速度が緩む。
そこへ今度は、槍を叩きつけるように振るった。
「ふんっ……!」
「ギュブッ」
空気が抜けるような断末魔を残し、兎は動きを止める。
兎が完全に動かなくなったのを確認してから、腰のナイフを引き抜き、兎に突き刺した。
「解体」
淡い光が溢れ、その後出て来たのは兎の毛皮と肉と……なんかキーホルダーみたいなのがついた毛玉。
「……な、なんか出た」
拾ったそれをよく見ると、兎の足の剥製みたいな物だった。
「え、なん……キモ」
キモいはキモいが、多分装備系のアイテム。即ち、レアドロの可能性がある。
「ううーんんん……」
暫し悩んだ末、腰の皮ベルトに装備した。
レアドロに罪は無いのだ。
「はぁ」
改めて一息付く。
リアルと比べて動きは洗練されていたと思う。
兎は低い位置の割にすばしっこくて攻撃が当てづらいので、一撃も喰らわなかったのは十分すごい事だ。
理想を言えば突きで一撃で仕留められるのが最善だろうが、それは今の俺の技量では流石に厳しい。
点では無理だが線で迎撃できてるなら、ひとまず十分だろう。
ドロップしたアイテムは、メニューのアイテム欄がなくなってしまったので、現状カバンに詰めるしかない。
まぁ、前にできていたんだから、今回も何らかの方法でアイテムをしまえるようになるだろう。
狩りの効率は大分落ちるだろうが、簡単に無限にアイテムをしまっておける方が異常だったのだ。
……とでも思って納得しておこう。
「さぁ、次だ次!」
気を改め、草原を進む。
次に遭遇したのは兎。その次も、兎。次も兎。
永遠に兎しか出ないのかと思われ、何度かプレイヤーとか兵士らしき人にも遭遇したりしたところで、遂に二種類目のモンスターにエンカウントした。
「お、こいつは……」
つるりとした饅頭ボディ。スライムだ。
スライムはイメージの割に案外厄介な魔物で、攻撃時に体を広げて飛び掛かってくる。
体は粘性を持ち、剥がすのは面倒。弱点の核は張り付かれた状態では探すのが困難で、そうこうしてる内にじわじわHPを削られる。更には助けに入るのも難しいと来ている。
十分に警戒し、いつでも逃げられるようにしつつ、槍のリーチを活かしてスライムをぶっ叩いた。
ビチャッと水が弾けて、スライムがグニグニ蠢く。
攻撃が来ない事に寧ろ警戒しながら、再度槍を振り下ろした。
スライムは核を砕かないと倒せないが、その核が小さめなので、動いてるスライムの弱点を砕くのは難しい。
弾けたスライムがビクビクと蠢いているところをよく見て、核を探す。
「…………え、どこ行った?」
念の為距離をとりながら、草の影を探す。
落ち着け俺? 大したことない。
なんか襲って来ないし、ゆっくり確実に倒せばいい。
穂先でスライムを叩きつつ、少し探すと、キラッと光が反射した。
「おらぁっ!」
叫びながら、核へ槍先の腹を叩きつける。しかし外す。
「いやもうほんとに、当たらん!」
力むと本当に当たらん。
穂先で核を転がして草の無い壁際に追い込むと、今度こそ核を叩き割った。
「ふーぃ」
振り返り、スライムのプルプルボディが地面に広がっていくのを見てから、深く息を吐いた。
何とか倒したが……抵抗が無いとは言え、いちいちこれをやんのもな……。
少々げんなりしつつ、地面に広がるスライムの体にナイフを突き立て、解体した。
ドロップしたのは、割れた核と小瓶。
まぁスライムのドロップなんてこんな物だ。
どのくらいの値段で売れるかは分からんがやっぱり狩りが面倒な割に稼ぎが少ないスライムは旨みがなー。
アイテムをカバンにしまい、また壁沿いに進む。
その後も何度かスライムに遭遇しそれを撃破、特にレアなドロップは無く、別の門の前に着いた。
時間にもカバンにもまだ余裕があるので、探索を続行する。
◇
壁沿いにスライムを狩って進むこと暫く。草むらが音を立て、振り向いた時には獣が目前に迫っていた。
「ぐっ!?」
足に噛みついて来たのは、犬。
革鎧越しに感じる強い圧力。もし鎧がなかったら足を食いちぎられてたかもしれない。
押し上げるパワーも大した物で、噛みどころ次第では体勢を崩されていただろう。
「おらっ」
食いついて動かないのを良い事に、その首目掛けて槍を振り下ろした。
「ギャイン!」
悲鳴をあげて犬が離れる。
そこへ追撃で槍を振り下ろす。
「ギャン!」
犬は悲鳴をあげたが、それでも構わず、恐るべき執念で食らいついてくる。
「このッ」
再度槍を叩き付けるも、犬は怯みこそすれ攻勢を続ける。
確かにダメージは入っている、だが何度でも立ち上がり、血を吐きながら襲いかかってくる様は恐ろしいの一言。
そこそこにこちらもダメージを負いつつ、何度目かの攻撃で、犬は遂に動かなくなった。
「……はぁ、きっついな」
やや荒ぶる呼吸を整え、槍を地面に突き刺して、ジンジン痛む手を擦る。
すぐにナイフを取り出すや、犬の解体をして、ドロップ品を軽く見た後カバンに突っ込んだ。
毛皮に骨に、血の入った瓶と魔石。多分そこそこの額になるだろう。
しかし、一人での狩りは結構キツイ相手だ。そうそう無いだろうが連戦も厳しそうである。
逆に的がデカいのでパーティーでの狩りは向いていそうだ。
兎やスライムはソロかデュオで、犬はフルメンツと言った棲み分けになりそうである。
その後はそこそこに低めの遭遇率で犬と戦いつつ、三つ目の門を横目に先へ向かった。
遠目に見えて来たのは、海岸。
起伏の激しめな草原では、度々プレイヤーたちが戻ってくるのが見えていた。
何人かは部位欠損の状態異常になっているのが分かる。
となると、海岸にいる魔物に見当がついた。
「……蟹はヤバイんだよなぁ」
絶対蟹とは限らないが、βの時の海岸では、手や足を切り落としてくる蟹がいた。
おまけに足も早く、何より防御力が高く、一度襲われたら撃破も逃走も困難。
とてもじゃないが、序盤で戦う相手じゃない。
まぁβは初期武器が木製で抵抗の余地がなかったのも原因ではあるが。
「……海岸はいいや」
触らぬ神に祟りなしだ。
そんなこんなで、敵と殆ど遭遇しない草原を抜け、四つ目の門に来たところで、良い時間になったので街に入った。





