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東方咀毒異変  作者: 彩丸
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姉妹

「妹がその様な事を……」

 難無く辿り着いた地霊殿の中心で、その二階の中庭に面する一室で橙は一連の出来事を古明地さとりに話した。その間、古明地さとりは同席者二名を含めた全員の心を覗いていた。橙や水橋パルスィが時折見せる負の感情をも覗いてなお、彼女は顔色一つ変えなかった。

「ここまで事が大きくなったら知らなかったは通らないわよ? 少なくとも私と門前に居た闇を操る子の二人分、代償が必要だとは思わない?」

「今知ったのに随分と正義ぶるのですね」

 古明地さとりは口に手を当ててクスクスと笑った。その行為にしかし、誰も手も口も出さなかった。水橋パルスィが事前にそう指示していたのだ。

「話は分かりました。お引き取り下さい」

 古明地さとりは席を立ち、部屋から出ようとした。その姿勢には迷いが無く、潔く、慎としていた。

「交渉決裂ですね。古明地こいしの首、頂いていきます」

 魂魄妖夢が立ち上がり、楼観剣を引き抜いた。

「命の続く限り、どうぞ?」

 扉とは反対の場所に取り付けられた窓の外、魂魄妖夢の背となる場所に古明地こいしが居た。いつからそこに居たのだろうか。少なくともその現状に三人は気付いていなかった。

橙は咄嗟に巨大な式を古明地こいしと魂魄妖夢の間に立ち塞がる様に投げ付けた。

「想起「ミゼラブルフェイト」」

 古明地さとりの背中から扉を埋め尽くす程の数の鎖が噴き出して魂魄妖夢に襲い掛かった。それと同時に、古明地こいしも窓を埋め尽くす程の数の鎖を魂魄妖夢に向けて放った。

 一息。

 魂魄妖夢は一拍の間目を瞑りながら息を吐いた。

 そして次の瞬間、そこに魂魄妖夢の姿は無かった。彼女がどうなったのか、その過程を見た者は無く。

 古明地さとりの放った鎖の束は魂魄妖夢が居た筈の床を穿ち、人ひとり程の大きさの穴を空けた。古明地こいしの放った鎖も橙の式神を優と貫き、数瞬だけ遅れて古明地さとりの鎖と交わっていた。その景色に橙は顔を青ざめさせ、水橋パルスィも唇の端を僅かばかりだが噛んでいた。あまりに短い間の出来事に二人とも反応が遅れ、その遅れている間に事が終わっていたのだ。欠片も残さず、或いは運が良ければ下の部屋に体の一部は残っているだろうかと思わずにはいられなかった。

 空気が動いた。

ぶち抜かれた窓から風が吹いたとか、穴を通じて下の部屋から空気が流れ込んで来たとか、そんな生温いものではなかった。

その風は無数の鋭い金属音を伴って古明地さとりの鎖の全てを弾き飛ばした。

その先に、古明地さとりのすぐ隣に魂魄妖夢が立っていた。その事に誰かが気が付いた時には既に楼観剣は鞘に納められ。遅れて訪れた静寂と共に古明地さとりの首が斜めに切れ、頭がごろりと転がり落ちた。沸騰して拭き零すやかんの様に首から血を噴きながら、体もがくりと倒れ伏せる。その傍らで、信管の一本を切られた赤い第三の目が少女の体から全ての手を外して、言葉も無くのた打ち回っていた。

「やはりそっちが本体でしたか。けれども、もうお終い」

 魂魄妖夢は改めて楼観剣を抜き、その切先を第三の目の真上に翳した。

「お姉ちゃん!」

 古明地こいしが魂魄妖夢の脇腹に蹴り込んだ。既に蹴り込んでいたのだ。その様子にもやはり誰も気付かなかった。気が付いた時には既に魂魄妖夢は壁に打ち付けられ、ぐったりと床に倒れていた。幸いにも意識は有る様だが、右の脇腹を両手で押さえて蹲り呻き声を上げている。

 一連の事態が起きてから今に至るまでに十秒と経っただろうか。呆然と立ち尽くしていた橙と漸く立ち上がった水橋パルスィは、我に返った様に慌てて魂魄妖夢の傍に駆け寄り屈んだ。

脇目も振らず。

 既に古明地こいしと古明地さとりの姿はそこには無かったのだから。

「大丈夫?」

「は、はい。しかし、目標を逃してしまいました」

 そう言われて水橋パルスィと橙は初めてその事を認識した。夥しい数の鎖も消えている。ただ、ひとりの少女の死体が俯せに倒れていた。

「半霊もそろそろ戻って来るので、私は大丈夫です。先に行って下さい。古明地さとりを一時的にも止めたこのチャンスを……、有効に使って下さい」

「悪いけどねえ、貴女抜きで勝てる気がしないんだよねえ。あんな動き、私はとてもじゃないけど付いてけないよ?」

 水橋パルスィは同意を求める様に橙に視線を向けた。橙も察した様で、首を縦に小さく何度も振った。

「だい……じょうぶ……、です。あの体は、柔らかかった……から……。恐らく、私を蹴り飛ばした足も無事で済んではいない筈、です」

 水橋パルスィはとうとう呆れたと言いた気にあからさまに鼻で溜息を吐いた。

「肉弾戦なら、ね。弾幕にしたって私の体がコンクリートより硬い事なんてありえないわよ?」

「随分と及び腰ね」

 八雲紫の声がした。その声の元に水橋パルスィと魂魄妖夢が視線を向けるとしかしその姿は無く、ただ橙が吃驚した様な表情をして立っているだけだった。橙は二人の視線を受けて漸く、自身の付けているイヤリングをとんとんと叩いて八雲紫の名前を呼んだ。

「まだ片手間でしか連絡を取れないのよ。さっきは御免なさいね」と。

「随分と安全圏からの物言いなのね」

「棋士が駒となる事はなくてよ? それとも、将校は進んで前線に立つべきではないと言った方が良いかしら?」

 一変。開口一言目にして二人の間には険悪な雰囲気が漂い始めていた。

 橙は「まあまあ」と言いた気な表情をしながら水橋パルスィに向けて両手で抑える様ジェスチャーをした。

「私も含めて三人。魂魄妖夢が一時戦線離脱状態なのよ。地底も私以外はアウト。この規模の異変を解決したいならもっと戦力を回すべきではなくて?」

「人手が足りていないのよ。それに、そんな悠長に構えてもいられないの。博麗霊夢、龍神、そして時間を操る何者か。最低でもこの三者の能力を併せ持つ妖怪と他人の心を操る妖怪が手を組んで幻想郷の崩壊を企てている。その上人里は壊滅状態。幸いにもあれ以降目立った動きは無いにしても、僥倖に過ぎないわ。時間が経てば経つ程弱小妖怪から順に消えていく事になるわ。或いはそれを補おうと一度に大量の人間を幻想入りさせれば、それこそ幻想郷の体すらも保てなくなる。先ずはあの二人を排し、然る後に畏れのバランスを取る。立て直しはそこからなのよ」

 それにしても、と言おうとして水橋パルスィは黙した。八雲紫やその式でる八雲藍ではなく橙がここに居るということ。その意味を彼女なりに考えずにはいられなかったのだ。

「それにしても楽観的じゃなくて? そんな化け物、こいしが居合わせなくても勝つことも出来ないわよ? そうだ、守矢の二柱は? あれなら――」

 結局口走る。それが通らない要求だとしても、何かしらの妥協案は見付かる筈だと思わずにはやっていられなかった。そうしてまで、水橋パルスィにもこの異変を解決したい理由が有った。

「無理ね。これ以上幻想郷から神様を減らす訳にもいかないの。とは言え、全てを貴女達に任せる程無責任でもないわ。古明地こいしをどうにかなさい。その先の事は、霊夢については私が処理するわ」

「どうにかったって――」

「橙がそこに居る意味、ちゃんと考えなさい」

 それきり、誰が呼び掛けても八雲紫からの返事は無く、その苛立ちは自然橙の方へと向けられていた。

「橙。さっきの……、式はあと何枚残ってる? それと魂魄、半霊は?」

 橙は両手を互い違いに袖の中に潜らせて、有るだけのお札を掻き出した。その数はもう、両手で数え切れる程だった。

「半霊ならもう、窓の向こうに待機させていますよ。古明地こいしが割って入ってきた少し後からずっと」

 魂魄妖夢が言い終えると、古明地こいしが割った窓から半霊がそろそろと入り込み魂魄妖夢に寄り添った。

「とは言え、駄目ですよ。半霊の意識は私と繋がっていますから。知らなくとも試されたらそれでお終いです。けど……」

 魂魄妖夢は半霊に手を借りて体を起こした。

「お二人が囮となってくれれば、少しでも私から意識を逸らしつつ足止めをしてくれれば、仕留めます。もう一つの第三の目を切り落として、それで良いのでしょう?」

 それ以上の譲歩は有り得ない。そんな面持で魂魄妖夢は水橋パルスィに問うた。肯定しなければ、この場で先ず貴女を殺す。そんな気迫さえ零れ始めていた。

「十二分よ。地底がいつも通りになるのなら、それ以上は何も要らないわよ」

 水橋パルスィは頷いた。呆れたと言いた気に視線を魂魄妖夢から外し溜息を一つ吐いた。

「作戦だけど、魂魄に関しては自由にしてちょうだい。心を読まれるという事は浮駒が一つは必要って事なの」

「それ……、あまり良い意味、では……」

「と、とにかく! そういう訳だから、魂魄は――」

「あと、私の名は妖夢です。呼び捨てるならせめてこっちの名で」

 水橋パルスィは声にならない叫びを上げた。締まらないのだ。故意なのではないかと疑いたくなる程に。標的は恐らく、今尚遠くへと退いているのに。

 橙は床に散らかしたお札を拾い上げ、きちんと袖の中にしまっていった。もう笑みを溢すゆとりも生まれていた。八雲紫からの応援は確かに彼女を助けていた。しかしそれと同じくらいに水橋パルスィの笑顔が雰囲気を明るくしていたのだ。

 小休止。気休めにもならない程に僅かな。それでも十分だった。

「それで。橙は私の前に有るだけの式神を壁として歩かせてちょうだい。覚妖怪と言えど無い心は読めないし、遮蔽物の更に先までは見抜けないわ。そして隙を衝いてあの黒い第三の目をもぎ取る。視界外から、ね」

 それだけで上手く行くとは誰も思っていなかった。しかし、これ程差し迫った状況下ではそれ以上の考えが出て来なかったのだ。魂魄妖夢の半霊がこの場に居るという事がその猶予の無さを告げていた。

「ま、ともあれ先ずはこいしの行方を見付けないとね。あの子の事だからきっと屋敷から遠くへは行かないでしょうけど……」

 水橋パルスィはすっと立ち上がり、そして扉から部屋を出ようとして足を止めた。

「それじゃあ妖夢、良くなったら追い付いてちょうだいな。ほら橙、行くわよ」

 言い終えるが早いか、水橋パルスィは部屋を出てすぐ廊下を右に向かって歩いていった。

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